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第二百五十六話「熱狂!」


 その戦闘を観戦していた者誰も彼もが言葉が出なかった。グラウデンズは重要拠点であり大きな町だ。防御のための城壁も立派であり、多くの水軍も常駐している。陸からも川からもそう簡単には落とせない難攻不落の城郭都市の一つだと思われていた。


 それがどうだ。蓋を開けてみれば僅か数十分の戦闘で、自軍の被害は一切なく完全なる勝利を収めた。確かにカーン砲の威力は理解しているつもりだった。しかし自分達はまだまるでわかっていなかったのだ。この恐るべき新兵器の真の威力はただ鉄の弾を少しばかり飛ばして硬い目標を破壊しやすいというだけのことではない。


 その攻撃に晒される者にとっては砲弾の威力以上に途轍もない恐怖が齎される。煉瓦造りの建物も、防御のために造られている城壁も、立派な港湾も倉庫も軍船も、何もかもがまったくの無力。一方的に蹂躙されるだけの哀れな獲物だ。


 将兵ならば戦いで死ぬ覚悟は出来ているだろう。それは軍人なら誰もがわかることだ。自分が祖国のために、領地のために命を賭けられる者ならば相手もそうだろうと思える。しかしそれは自分の死が祖国の、領地の、自軍の勝利に繋がると思っているから耐えられることだ。


 何の意味もなく、ただ無意味に、無価値に、無残に殺されるだけというのは耐えられない。それは武人であるはずの者達が押し込めている根源的な死の恐怖を呼び覚ます。


 将兵ですらそうなのだ。ましてやただの一般市民ともなれば死の覚悟ですら将兵に比べて弱い。こんな世界だからある程度死は身近にある。それでも行商や旅人でもない限りそう遠くにはいかないしモンスターに襲われる危険もあまりない。大きな町には大きな町なりの犯罪に巻き込まれることはあるが盗賊に襲われる心配も低いだろう。


 そんな者達があれほどのものを見せられて正気でいられるだろうか?その答えはたった今示された。答えは否だ。


 住民達はあの一方的な暴力を見て恐怖で震え上がった。そして今度はその暴力が自分達に向くかもしれないと突きつけられた。後は簡単だ。住民達はどちらがより強く怖いか知った。ならば自分達が助かるためにはどうすれば良いのか。ただ忠実にそれを実行しただけだ。


 そしてカーン男爵の恐ろしい所はそれだけではない。ただ恐怖で住民達を縛り付けるのではなく、彼らをプロイス王国国民だと呼び、迎え入れ、砲撃で崩れた建物の復旧と救助にすぐに兵を向かわせたのだ。


 住民達は熱狂的にカーン男爵を受け入れ喝采を送る。自分達はプロイス王国国民であると、ポルスキー王国に不当に支配されていたのだと誰もがそう思うようになっていた。


 確かにこの地にはプロイス王国から送られた開拓民達が大勢いた。今でも住民の割合はプロイス人の方が多いのだろう。しかしただ不当にポルスキー王国に支配されていたわけではない。グラウデンズの住民達にとって今までは支配者などどちらでもよかったのだ。


 最初に植民と開拓を行なったのがプロイス王国だった。だからプロイス人が多い。その後ポルスキー王国が攻め込み奪い取った。だからポルスキー王国に所属している。ただそれだけ。ポルスキー王国に奪われてからも交易はプロイス王国とも行なっていた。


 住民にとっては支配者が誰であろうとあまり関係ない。ある程度平和で自分達の暮らしが安定して農業でも貿易でも仕事が出来て生活出来ればよかったのだ。


 しかし……、今日の出来事でグラウデンズの住民達は目覚めた。自分達はプロイス人でありポルスキー王国に無理やり占領されていたのだと自覚した。それは一種の連帯感と高揚感を生み、さっきまでは恐怖の対象だったカーン男爵が今では解放者として受け入れられている。


 何というカリスマ。圧倒的指導力。完全なる人心掌握術。


 普通なら元自国領であった場所でも戦争によって取り返せば戦争に巻き込まれた町の者達は多少なりとも恨みを持つものだ。完全に慰撫するには長い時間や莫大な労力や予算がかかる。それなのにこれだけ長くポルスキー王国に支配されていた地をたったこれだけの時間で完全に掌握してしまった。


 真に恐れるべきはフロト・フォン・カーン男爵だ。ここに至るまでの凡人には到底真似出来ない用兵。それでいて堅実で現実的な軍事作戦の立案。あの超兵器の完璧なる運用。そして人の心を弄ぶ悪魔のような人心掌握。


 この戦いで初めてフロト・フォン・カーンを知った者は全員が震え上がった。味方であるうちは良い。しかしもしこれほどの化け物が敵に回ったならば……?それは敵となった者の完全なる死を意味する。


 ならば取り得る選択肢は二つ。今のうちから味方として接近し決して裏切らないこと。あるいは……、この化け物が本当に手のつけられない成竜となる前に…………。


 初めてカーン男爵と轡を並べたカーザース家臣団の者達は答えの出ない問いに悩むことになったのだった。




  ~~~~~~~




 グラウデンズを占領してからの連合軍の動きは素早かった。まず早々にグラウデンズの支配を掌握し、戦闘で破壊された町の復興を後押ししつつ戦闘部隊を上陸させる。先に城壁外に展開していた陸上部隊と合流した後すぐさま進軍を開始した。


 街道を通って北上しつつこれまで無視して素通りしてきたポルスキー王国の町や砦を攻撃していく部隊と、東進してオステロデを目指す部隊に分かれる。


 もちろんグラウデンズには守備隊が置かれ大量の物資が揚陸されて大規模集積所となっていた。これからもダンジヒを経由してカンザ同盟の船が往来し物資や兵員の輸送が順次行なわれていく。


 沿岸部から南下してきているはずの部隊の知らせはまだ届いていない。もしかしたらどこかの町が篭城していて足止めを食っているのかもしれない。しかしそんなことは関係ない。今作戦の肝は後方に突如現れたカーン男爵率いる部隊が後方拠点を早々に落としてしまうことにかかっている。


 どうでも良い場所にある落とせない城塞は無視する。打って出てくれば相手にすれば良いがそうでなければ敵を引きつけて押さえておくだけでいい。


「それではそちらはお願いしますね」


「はっ……。カーン男爵殿も……、ご武運を」


 北上していくのはほとんどカーザース軍だ。カーン軍は侵攻限界にある重要拠点の攻略に向かう。北上して残してきた敵勢力を排除していくのは北上するカーザース軍と南下しているはずのカンザ同盟義勇軍とカーザース軍に任せることになっている。


 専用の荷車に乗せられて馬に曳かれている『野戦砲』と呼ばれる火を噴く筒を見詰める。『野戦砲』はグラウデンズを落とした船に積まれていた物を陸上で使うために専用の荷車に乗せられているものだ。


 艦載砲と呼ばれていた物も運べなくはないが移動させつつ使うことは想定されていない。それに比べて『野戦砲』は最初から動きのある野戦で使うことを想定して多少なりとも移動に有利なように設計されている。野戦砲が艦載砲とほぼ同じものでありその威力がどれほどのものであるのか思い知ったカーザース家臣団は唾を飲み込む。


 これらのカーン砲と呼ばれる超兵器を運用しているのは恐らく世界でもカーン家のみだ。一体どこでどうやってこんな超兵器を手に入れたのかはわからないが自分達の理解を遥かに超えた代物であることは間違いない。


 そして……、これらを曳く牛馬……。その牛馬達はカーン領・カーザース領の牧場から運ばれている。最初は笑っていた。貴族ともあろう者が牛飼いかとカーザース家臣団の者の一部はカーン家を笑っていたのだ。貴族が牧場をしているなどとんだ貴族の恥さらしだと笑っていた……。


 しかしどうだ?あの牛や馬の飼育はこの時のためだったのだ。兵糧輸送や野戦砲の輸送に牛馬が大量に使われている。最初は家畜のフン塗れの田舎貴族だと笑っていた者達も事ここに至っては笑えない。全てはこの時のために、これだけ先のことを見越して全て準備してきていたのだ。


 その行いには何一つ無駄がない。一見無駄や無意味に思えることが全て将来を見越した布石になっている。一体どれほど先まで見通しているというのか……。恐ろしい。火を噴く筒の開発。兵員や武器弾薬、兵糧を運ぶための家畜の飼育。戦時に耐え得るように領地を挙げての食料の増産。戦費確保のための経済発展。


 一見バラバラに見えて全て繋がっていたのだ。全てはこの最強の戦闘集団を作り出し、何年でも何十年でも、全世界を相手にしても戦えるだけの軍団を作り出すためのほんの序章に過ぎないのだ。


 野戦砲などのような重い兵器を引っ張りながらだというのに信じられない進軍速度で出陣していくカーン騎士団を見送りながらカーザース家臣団は恐怖に震えていた。




  ~~~~~~~




 輜重隊を切り離し最速で進軍し続けたカーン騎士団は次の目標であるオステロデに到着していた。今回は城壁の外からの攻撃なので最後通牒は出さない。いきなり城壁に風穴を開けて敵の度肝を抜く。何より完全に周囲を包囲するだけの兵は連れてきていないために暢気に最後通牒を出していたら伝令に逃げられる危険が高いのだ。だから最後通牒はしない。


「ん?何だありゃ?どこの軍だ?」


 オステロデの城壁で歩哨に立っていた兵は外から近づいて来る武装集団を見て首を傾げた。盗賊の類ではない。それにしては装備が統一されているし立派だ。またわけのわからない荷車に乗せられた黒い筒を引っ張ってきている。


 オステロデは内陸後方にある。まだ前線で戦闘が開始したばかりだというのにまさかこんな場所に敵がいるはずがない。そう……、誰もがそう思っていた。


 ドンッ!ドンッ!ドンッ!


 と腹に響くけたたましい音と共に地震かと思うような揺れに見舞われた。そして近くで地響きが鳴り歩哨の兵士はグラリと天地が滅茶苦茶になった。それが最後に見た景色だった。


「なっ、何事だ!?」


「わかりません!」


「てっ、敵襲ー!敵襲ーーー!」


「「――ッ!?」」


 突然の大轟音と振動に浮き足立っていたオステロデの防衛隊はほとんど何もする暇もなく崩れた城壁から突入してきたカーン騎士団によって壊滅させられた。戦闘はあっという間に終わり、またグラウデンズで行なったような演説を行なったカーン男爵によってオステロデの住民達もあっという間に親プロイス派に染まった。


 元々プロイス人が多数派だった開拓地だ。少しそれらを自覚させるだけで簡単に住民達は親プロイスへと染まっていく。そしてポルスキー人だからと差別はしない。プロイス王国に恭順する者ならばポルスキー人でも受け入れると宣言されていることですぐさまプロイス王国に恭順するポルスキー人が圧倒的だった。


 稀にプロイス王国に反抗する者もいるがそれは少数に留まり、またカーン男爵の策によって住民自身が反プロイス的な者を吊るし上げる。統治は非常に楽で順調だった。これまで国家や領地という概念をあまり持たなかった一般民衆達を、国家や領地という概念にはめ込み、その一員であると自覚させ、国家や領地に協力させる。


 代わりに領主は領民の生活と権利を守る。これまでの搾取するだけの貴族達と違い、一方が利用するだけの関係ではなく同じ目的と目標を持った運命共同体であり利益享受者であると自覚させるだけで、人々はすぐに親プロイス派に、いや、カーン男爵派に染まっていった。


 オステロデを攻略し後続部隊が到着したのを確認するとあとは守備隊に任せてカーン騎士団はさらに東へと進む。同じようにアレンステインを野戦砲の砲撃によって城壁を破壊し敵を無力化した所で北東のインステールブルクからやってきたマリア隊と合流したのだった。


「あら~……、もうフローラちゃんにおいしいところは取られちゃってたのね~。お母様くやしい」


「まだです。これから各地から北上して残った残敵の掃討を行なわなければなりません。それから今の私はフロト・フォン・カーンです。お間違いなきよう」


「親にとってはいつでも、いつまでもフローラちゃんはフローラちゃんなの!」


 そういうことではないんだけど……、と思いながらもフローラは肩を竦めて首を振るだけにした。この母には何を言っても通じないと理解しているからだ。


 次々届く後続部隊と物資の集積を確認してフローラとマリアはこれからの侵攻方面を打ち合わせる。折角合流出来たのだから打ち合わせしておかなければ両者が同じ所へ向かったら無駄になってしまう。完全に侵攻方向を打ち合わせした両隊は再び分かれて残った町や城塞を次々と攻略していった。


 こうして第一次作戦である南方作戦は僅か二週間足らずでその予定範囲全ての攻略を終えたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言]  やっぱり1ヶ月全然かからないじゃないですかやだぁ!  これ王国の調査団から軍儀に参加した人達が説明受けたら心臓弱い人ぽっくり逝くんじゃね?  そして途中でなにやら不穏な選択肢が……あ、これ…
[気になる点] 砲撃の音で馬や牛が暴れないように訓練されていたのか [一言] 文字通り快進撃( ˘ω˘ )
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