第二百五十五話「市街戦!」
フローラは風の魔法を発動させる。グラウデンズの全ての住民達は不思議な風に包まれたがその自覚があったのは魔法に優れたものだけだった。他の普通の者達は自分の周囲に魔法が発動していることすら気付かなかった。
『グラウデンズの皆様御機嫌よう。私はプロイス王国近衛師団所属、そして今回のポルスキー王国によるケーニグスベルク侵略に対する戦闘指揮を任されたフロト・フォン・カーン男爵です。今戦争はポルスキー王国によるプロイス王国自由都市への宣戦布告なき侵略から始まりました。我々は王命によりケーニグスベルクを防衛、そしてかつて奪われたプロイス王国の各都市も解放する命を受けています……』
突然耳元で聞こえた声にグラウデンズの住民達は大いに驚いた。物凄く大きな音が鳴り響いたわけではない。まるで自分の耳元で話しかけられているかのような天使のような美しい声による不思議な体験に動揺が走る。
『グラウデンズには数多くの同胞が住んでいます。また我々は無抵抗な一般市民を無闇に巻き添えにしたくはありません。ですがグラウデンズを落とすためにはそこに巣食うポルスキー王国軍を排除しなければなりません。ポルスキー王国軍には町や住民を盾にすることなく正々堂々と表で戦うことを望みます。それが叶わない場合は止むを得ません。市街戦に突入します』
住民達に戦慄が走る。しかし自分達は知らない、関係ないとは言えない。当然知っていたのだ。ケーニグスベルクへの侵攻も、場合によってはダンジヒまで落とすということを知っていた。そのための補給物資や兵の移動をグラウデンズは受け持ち好景気に沸いていたのだ。知らないはずがない。
『住民の皆様、よく考えてください。不当なポルスキー王国による支配を受け入れるのか、プロイス王国による解放を願うのか。これより発生する犠牲は全て町を盾に立て篭もるポルスキー王国に責任があります。ポルスキー王国軍及びグラウデンズの住民の皆様には賢明な判断を望みます。攻撃開始は今から半刻後。またそれまでにポルスキー王国側から攻撃があった場合、あるいは町から出ていく者が一人でもいた場合は即座に開戦とします。この宣戦に対する返答は港に使者を送ってくるように』
そのあといくつか説明や注意事項を告げられて不思議な声による宣言は終わったのだった。
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魔法により通告を終えたフローラは『ふぅ』と溜息を吐いた。この程度の魔法で疲れたわけではない。ただ恐らくこれから市街戦になるであろうことを考えて少し気分が沈んでいるだけだ。
「予定の配置は完了していますね?」
「はい。全て問題ありません」
本来すでにプロイス王国とポルスキー王国は戦争状態に突入している。わざわざこんな所で通告してやる必要はなかった。戦略や戦術的な意味で圧倒的兵力を見せ付けて降伏を迫るということは有り得る。いくら大戦力を有していても無駄に戦うよりも相手に降伏してもらった方が犠牲も負担も少なくて済むからだ。
しかし逆に相手に知らせずにいきなり奇襲した方が効果が高い。降伏を促しても必ずしも降伏してくれるとは限らず、それならば夜間に奇襲でもした方がよほど確実に相手に損害を与えることが出来る。
それでもフローラは最後通牒を突きつけることを譲らなかった。主力艦隊で近づきいきなり港を砲撃、敵水上戦力を停泊中に叩きそのまま市街に向けて艦砲射撃を行なえばほぼ勝利は確実だっただろう。だがフローラは堂々と姿を現した上で最後通牒を出すことを譲らなかった。市街戦になるこの戦いにおいてこれだけはフローラが譲れない最後の一線だったのだ。
もちろんこれで降伏しないのならば、あるいは周囲に伝令を出そうというのならば戦闘の意思ありとして即座に攻撃に踏み切る。これが一般市民を巻き込んだ市街戦を行なう最後の一線だ。
堂々と最後通牒を行なったことで敵は慌しく動いている。当然外に伝令を出そうともするだろう。そのためグラウデンズの周囲にはすでに下流で上陸していた陸上部隊がいくらか展開されている。それは伝令を出そうとしても周囲を包囲して見ているぞと相手に知らしめるためだ。
もし敵が伝令を出した場合にはそれを止めると共に艦隊に連絡して敵に戦闘の意思ありと伝えなければならない。陸上の包囲部隊はそれほど多くないので敵が包囲を突破しようと突撃してくる可能性はある。しかしそんな危険な役目である上陸部隊も士気は高く誰一人任務を放棄しようとはしていなかった。
「カーン男爵様、グラウデンズ側より使者を出したいと合図がありました」
先ほどの魔法による最後通牒の時に交渉の使者の出し方も伝えておいた。古来より使者や外交官の身の安全はある程度保障されていたがそれでも運次第だ。現代でこそ国力や兵力差がはっきりしているから使者や外交官を殺して相手国の怒りを買えば大変なことになるから外交官を害する可能性は極めて低くなった。
しかし現代ですら相手国や当事国同士の国力差次第によっては使者や外交官が害されることもある。ましてや時代が遡ればノーの答えとして使者を殺して送り返すなどということもザラに行なわれていた。使者は危険な役目であり、安全が保障されていなければ相手も責任能力のある使者を出せないだろうと配慮したのだ。
ただ……、カーン家・カーザース家連合軍のほとんどはどうせ時間稼ぎの使者を出してくるだけだろうと思っていた。そして実際にそうなった。使者が来るまでは早かったというのにいざ交渉の席に着けばのらりくらりと明言を避けて待ってくれ、時間をくれというばかり。到底本気で交渉しにきているとは思えない。
「いい加減にしろ!カーン男爵様!この者達は降伏どころか交渉するつもりすらありません!こんな茶番にいつまで付き合われるおつもりですか!」
使者との交渉に同席していたカーザース軍の指揮官の一人が机を叩いて立ち上がる。いつまでものらりくらりと肝心なことは言わず時間稼ぎをしているのは明白だった。しかしフローラは慌てない。カーザース軍指揮官を見ながら静かに口を開いた。
「別にどちらでも良いのですよ、私としては……。最初に言ったはずです、半刻後に攻撃すると……。使者殿?時間を稼いでおられるおつもりかもしれませんが十分前になれば港へ戻っていただきますよ。たとえ強制的であろうとも。そして時間になれば攻撃を開始します。貴方は時間を稼いでおられるのではありません。この切羽詰まった状況で貴重な時間を浪費しているだけです。ですので我々は何も困りません。さぁ、茶番を続けましょうか」
「――ッ!?おっ、お待ちいただきたい!交渉中なのに攻撃を始められるといわれるのか!それは慣例を無視した非道な行いだ!」
サラリと、何の感情の起伏もなくそう言い切るフローラに背筋が凍ったグラウデンズの使者は慌てて反論した。しかしフローラの表情は一切動かない。ただ淡々と言葉を述べていく。
「ですので時間切れの十分前には交渉は打ち切りとなると申し上げています。交渉中ではありません。交渉決裂が確定するだけです。もちろん使者殿を人質にしてしまうことがないように十分港に戻れる時間を確保するために十分前にはお帰りいただきます。まぁ……、港に着くまでそちらがもたもたされていれば着いた瞬間に戦闘開始となるかもしれませんが、こちらの試算では十分あれば十分に上陸出来ます」
「――ッ!――ッ!」
グラウデンズの使者は何か言おうとして言葉が紡げなかった。交渉中であることを理由に攻撃開始を引き延ばそうとしていたグラウデンズ側の策略は失敗していると突きつけられたのだ。交渉がまとまらなかろうが、交渉中であろうが、十分前には交渉は打ち切られ攻撃開始が決定される。ならば使者がここでのらりくらりと時間稼ぎしていても意味はない。
「どうやら使者殿はお帰りのようです。送って差し上げなさい」
「はっ!」
引き延ばし作戦が失敗している時点でこの使者と話すことなど何もない。使者の方もこれ以上ここにいても戻った瞬間に敵に攻撃されて自分が真っ先に殺されることになる。その未来を幻視した使者はフローラに言われるがまま慌ててグラウデンズへと逃げ戻ったのだった。
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「馬鹿者が!それでおめおめと戻ってきたというのか!」
「ですが引き延ばしは無意味です!それならば引き延ばしが出来ないと知らせに戻った方がまだしも……」
「言い訳するでないわ!」
「ひっ!」
おめおめと逃げ戻ってきた使者にグラウデンズの指揮官達は怒りをぶつけていた。最初から降伏するつもりなどない。ただ戦闘準備を整えるために使者を出して時間を稼ごうと思っただけだ。しかしその使者が敵に言われるがままにおめおめと戻ってきたために怒りが爆発していた。
だが使者の言うことの方が正しい。交渉の間は時間が稼げると思い込んでいるこの上層部に、交渉での引き延ばしは不可能で時間になれば必ず攻撃してくると知らせる方がまだしもマシというものだった。
ただし使者も体を張ってその情報を伝えよう、戻ったら怒られるのを覚悟で知らせに戻ろうと思ったわけではない。あのままギリギリまで敵艦の近くに居たら自分が真っ先に殺されるから少しでも早く戻って安全な場所を確保しようと思っていただけだ。尤も最早グラウデンズに安全な場所などどこにもありはしないのだが……。
「こうなれば止むを得ん……。船に残っている者にはこのままこっそり出港準備を続けさせて、水兵達は近くに隠れて待機。時間ギリギリに船に飛び乗れ」
指揮官達は現状で取り得る最善策を模索する。敵の上陸を許せば混戦になることは間違いない。土地勘のある自分達の方が市街地では有利だろう。しかし出来るだけ無用な上陸は妨害したい。そこで敵艦隊を牽制するためにこちらの水上艦も出すことで敵艦隊の動きを封じる。
水上戦となれば下手に接舷上陸出来なくなる。敵艦が動き回っている中で自分だけ港につけて停泊していれば一方的に攻撃されるからだ。だからグラウデンズの水上戦力が健在の間は敵は無闇に上陸してこない。つまり自軍の水上艦を囮にして時間を稼ごうというのだ。
その間に港に出て来た陸軍によって敵艦の上陸を阻止する防御柵を設置する。水際を封鎖してしまえば敵の上陸を防げるだろう。それでも無理に上陸してくればすぐに川に追い落としてやればいい。
「よし!すぐに準備にかかれ!」
慌しく兵士が駆け回り大急ぎで準備が進められる。そしてついに刻限が迫った。敵艦隊がゆっくり動き出したのを見て港に隠れていた水兵達が一斉に停泊中の自分達の船に駆け込む。それと同時に陸軍がある程度準備していた防御柵を担いで港の縁付近を目指す。縁を防御柵で封鎖して兵士が待機していればそう簡単には上陸出来ない。敵前上陸は非常にリスクが高く、ましてや目の前に上陸など不可能だ。
グラウデンズの部隊がそうして急いで駆け回っているというのに敵艦隊はゆっくりと回頭して側面を町に向け始めていた。まったく行動の意味がわからない。ここで敵艦隊が取るべき手段は一直線に港を目指しグラウデンズ側の船が動き出す前に港に上陸してしまうことだろう。それなのに横を向くとは何を考えているのか……。
「おい……、あれはなんだ?」
急いで船に駆け込み出港準備をしていた水兵が発した言葉はそれが人生で最後の言葉となった。
ドンッ!ドンッ!ドドドドンッ!
突然敵艦隊が火を噴いたかと思うと次々に港に水柱が上がった。多くの水兵が乗り込み出港し始めていたグラウデンズの船はあっという間に穴が開き、吹き飛び、砕け散る。また港の縁に防御柵を設置しようとしていた陸軍も次々と降ってくる砲弾に吹き飛ばされ港付近にいた者はほとんどがわけもわからないまま挽肉にされ、何とか逃れた者は隠れた港の倉庫が砲撃されて倉庫の崩壊に巻き込まれてさらに潰されていた。
開戦時刻から僅か十分足らずでほとんどの船は沈むか使用不能となり、港や付近の倉庫は破壊され、水兵も、陸兵も、港の作業員達も、あらゆるモノが破壊し尽くされていた。
この戦いを楽観していた者達は全員が我が目を疑う。堂々と姿を現し、目の前で敵前強襲上陸しようなどという馬鹿は痛い目を見るだけだと思っていた。巨大船に驚きはしたが用兵はまるでなっていないと笑っていた。それがどうだ。蓋を開けてみれば愚かだったのがどちらなのか明白に答えが出た。
そして敵の攻撃は終わらない。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
港を破壊し尽くした火の筒は市街地に向けて数発攻撃を放った。それだけで町は大混乱だ。攻撃を受けたのは煉瓦造りの頑丈な建物であったはずなのにたった一発で穴が開き脆くも崩れる。それが何のために放たれたのか考えるまでもない。先ほどまでの港での猛攻に比べればほんの僅かに放たれただけの数発の攻撃。それが意味するものは……。
『ポルスキー王国軍を止めない限り今の攻撃がグラウデンズ市街に降り注ぎます。よく考えてください。今の攻撃を受けて町が瓦礫の山となるか、ポルスキー王国軍が降伏するか。降伏しないポルスキー軍がいても、ポルスキー軍に協力する市民がいても全ての住民が等しく同じ被害を受けます。十分だけ攻撃を一時待ちます。よく考えてください』
再び聞こえた声は変わらずまるで天使の囁きのように美しい声だった。しかしそれが逆に恐ろしい。開戦前は何と迫力のない敵だろうと侮った。しかしこれだけの惨状を作り出しても感情の起伏も戦闘の興奮も感じられないその冷徹な声に全ての住民は震え上がった。
「捜せ……」
「さがせ!まだ降伏しないポルスキー軍を吊るし上げろ!」
「俺はあんな殺され方は真っ平だ!ポルスキー軍を捕まえろ!」
「俺達はプロイス王国国民だ!ポルスキー王国の奴らを吊るせ!」
狂乱状態となった住民達は自らすすんでポルスキー軍狩りを行なった。五分後には吊るし上げられたポルスキー軍の指揮官達を連れて現れたグラウデンズの代表がカーン家・カーザース家連合軍への降伏を宣言したのだった。




