第二百五十四話「逆侵攻!」
「私は一ヶ月で帰りますからね」
「「「「「――ッ!?」」」」」
フローラの言葉に会議に参加していた者達が驚く。これほどの戦争を一ヶ月で終わらせると宣言したのだ。普通に考えれば半年や一年で終わるとは思えない。数年がかりになるであろう大戦争を一ヶ月で終わらせるなど一体どんな作戦を考えているというのか。
確かに短期決戦で終われるのならばそれに越したことはない。あまり長く出兵していては領地も心配だ。時間がかかるということはそれだけ戦費も嵩むということであり早く終わることはたくさんの良い面がある。しかしだからといって簡単に勝たせてもらえるわけがない。相手だって時間を稼いで長く凌ごうとしてくるはずだ。
「カーン卿ならばどうやって一ヶ月でこれを落とす?」
「えっ!?」
アルベルトの問いにフローラは一瞬そちらを見て止まったがすぐにボソリと呟いた。
「ブリッツクリーク…………」
「…………何?」
聞きなれない言葉にその言葉が聞こえた者は顔を見合わせた。聞いたこともない言葉だ。一体それが何を意味するのか。しかし当のフローラは平然とした顔で続けた。その策に対する絶対の自信が窺える。
「浸透戦術による敵後方の撹乱及び司令部や補給線の破壊。その後後方部隊と前進部隊による残敵の包囲殲滅を行ないます」
「「「「「…………」」」」」
フローラの説明を聞いてもますます意味がわからない。会議の参加者達は必死にその意味を汲み取ろうと頭を働かせる。そこへフローラが作戦図を広げて説明をし始めた。それを聞いた者達は頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。
これまでの攻城戦や攻囲戦というのは城壁の奥に篭る敵を包囲して消耗させて降伏させる戦い方が中心だった。よほどの兵力差や城壁が弱いということでもない限りは力攻めすれば攻撃側の被害が甚大になるために包囲して締め上げるのが常識だったのだ。
しかしフローラの案は違う。堅い城壁に守られた城塞や都市は無視し一気に敵後方まで侵出、伝令や補給の分断と援軍の到着を遮断してしまうというものだ。
いくら篭城していても勝ち目はない。外から援軍が来るか敵が引き返さざるを得ない事情がなければ篭城戦は成立しないのだ。そのうちの敵の援軍の到着という勝ち筋をなくしてしまうだけでも敵は相当戦意を喪失するだろう。
そもそも侵攻する場合は手前の敵から倒していくものだ。だから前の町が落とされるまでは後ろの町は比較的暢気に構えている。もちろんすぐ後ろの町ならば迂回して自分の所が攻撃される危険もあるが自領奥深くにある町や要塞ならばそこまで警戒していない。
もし敵が何も考えずに周囲も落とさず奥深くへと侵攻してくればその敵の方こそが四方八方から包囲されて殲滅されることになる。だから一つ二つ先まで迂回してくることはあっても奥深くまで突然やってくるなど常識では考えない。
この作戦はその常識も逆手に取っている。侵攻限界にしている場所まで一気に後方に兵を輸送しいきなり後方を落とす。そんな奥深くにいきなり攻撃されると思っていない敵の対応は後手になるだろう。そこへ野戦砲と呼ばれているものを使って奇襲すれば一気に戦局が決まる。
後方を落とした部隊は次々に敵後方を撹乱し街道と重要拠点を落としていく。包囲されている残った敵は四方八方から包囲され援軍の到着の望みも絶たれて降伏するだろう。
フローラの説明が終わり実際に作戦立案が行なわれていく。フローラが示した作戦を基に実際に実行可能なように詳細を詰めるのは実務に関わる者達の仕事だ。
「まさに電撃戦……」
「このようなことを考えられるとは恐ろしいお方だ……」
詳細を詰めていくほどにこの作戦が非常に良く出来ていることがわかった。ほとんど手を加える必要はない。ただ実際の運用や輸送、補給や部隊の割り当てを考えるだけでいい。
「それでは……、作戦名はどうしますか?」
「「「「「…………」」」」」
皆がお互いに視線を向けあう。
「もちろん……」
「「「「「電撃戦だ」」」」」
~~~~~~~
ケーニグスベルクはかつてないほどに慌しかった。フローラが出してくる素案を基に実務者達が計画書を完成させて再びフローラに裁可を仰ぎ、可となればすぐさま準備が進められる。
「フロト男爵は本当にこれが初陣なのか?」
「初陣ではないぞ。すでにゴスラント島攻略に出陣されて直接陣頭指揮を執られた」
「それは海戦だろう。陸戦はまったく別物だ。それなのにこの手際の良さはなんだ?」
「確かに……。歴戦の将でも正面戦力ばかり気にして運用がほとんど出来ていない者が多い。それなのに大規模な陸戦はほぼ初陣の若者が輸送や補給などのような地味なことにこれほど気を配れるとは……」
戦争の華と言えばもちろん正面からの決戦だろう。時には大部隊同士が平野部で大規模な激突をすることもある。ほとんどは地味な攻城戦による対陣ばかりだが勇猛な将軍ほど無策に突撃するばかりで作戦らしい作戦も補給も考えない者ばかりだ。
そんな中で大規模陸戦は初めてである十五歳ほどの少女が真っ先に考えて徹底しているのが輸送や補給に関することだった。輸送や補給に船を利用し大規模に集積を行なう。またそこから先の小さな集積所を作る場所まで事前に決め、そこへの輸送手段も全て段取りをつける。ここまで徹底して輸送と補給を考えている将など見たこともない。
ほとんどの者は現地で徴発すれば良いと考えている中にあってこの徹底ぶりは異常とすら言えるほどだった。
また現地での略奪や暴行の一切を禁じるという命令だ。破った者は死刑だと先に徹底的に御触れが出ている。こちらの軍はほとんど傭兵がいないので元々それほどそういうことは起こらなかったであろうが、それでも現地での徴発などを理由に略奪も行なわれたりするものだ。
カーン家では元々徹底されていたが、カーザース家ですら自国内ならともかく敵領内ならば徴発や略奪は当然のこととして考えられていただけにそれなりに衝撃的な御触れだった。
カンザ同盟からの義勇軍はほとんどが一般市民に近い者ばかりなのでその御触れには驚きも多かったが概ね好意的に受け止められた。傭兵達は略奪が自分達の給料や権利の中に含まれているのが普通なので反発するが、自分達も負けた場合に略奪される側である市民達にとっては略奪を禁止する領主は好意的に受け止められる。
「明日が出航だぞ!急いで間に合わせろ!」
「へ~い」
ケーニグスベルクの港では多くの船が出港準備に追われていたのだった。
~~~~~~~
ガレオン船二隻、キャラック船四隻による主力艦隊がケーニグスベルクを出航していた。この六隻はウェイクセル川を上ってグラウデンズを攻略する部隊を乗せた艦隊だ。この他にも事前にダンジヒへ向かっているコグ船やキャラベル船は多数いる。ガレオン船とキャラック船は部隊の輸送と戦闘が中心であり補給は他の船に任せている。
「フロト様、もう間もなくウェイクセル川に入ります」
「ラモール……、気をつけてくださいね。幅の狭い川は危険ですので」
「はい。お任せください」
こちらの艦隊の指揮官であるラモールが大仰に応える。艦数で言えばこちらの方が多く主力艦隊と呼べるものだがカーン家商船団の旗艦である『サンタマリア号』と提督シュバルツはケーニグスベルクに残っている。輸送や制海権確保なども行なわなければならないので全ての艦をウェイクセル川に投入することは出来ない。
元々はサンタマリア号とシュバルツがこちらの攻略作戦に投入される予定だったが、フローラの母マリアの意向によってサンタマリア号はケーニグスベルクに残り哨戒任務につくことになった。
プレゴラ川を上りインステールブルクを攻略する部隊の指揮官はマリア・フォン・カーザースが選ばれている。プレゴラ川にはガレオン船は入れないがサンタマリア号がお気に入りであるマリアがケーニグスベルクに残す船にサンタマリア号を入れるように強硬に主張したためだ。
フローラからすれば別にどの船を残しても変わらないので母マリアの意向を汲んでサンタマリア号を残すことになった。代わりに増援として到着したラモールがこちらの主力艦隊の指揮官として派遣されることになったのだ。
ラモールとの経緯を知っている者からすると艦隊指揮官のような重要な役目を少し前まで敵だった者に任せて大丈夫かと心配する者もいた。しかしフローラはラモールに任せた。そして任されたラモールはフローラの信頼を感じ取って必ず作戦を成功させようと心に誓った。
またラモールと共にカーン家商船団に降った水兵達もこちらの艦隊に配備されている。その者達もまたフローラの信頼に応えようと闘志に燃えていた。周囲を警戒しつつ川を上って暫く……、最初の橋が見えてきた。
「フロト様、橋が見えてきました。情報通りです」
「はい」
ダンジヒの船はこのウェイクセル川を上って交易を行なっている。だからダンジヒの船乗り達の協力によってこの辺りの地形や状況は把握していた。現在もダンジヒの船乗りが案内人として各船に乗っている。
「土よ……。風よ……」
フローラは二つの魔法を使って橋をどける。派手にぶっ飛ばす方法なら艦載砲を使えば破壊くらい出来るだろう。あるいは上陸して火薬だけ仕掛けて爆破する手段もある。しかしそれでは大きな音がして敵に見つかる可能性が高い。
それに崩れた残骸で水路が埋まる可能性もあり大型船を主力にしている今作戦では不適格な方法だ。艦砲射撃なり爆破した後なりに川底を綺麗にするというのなら余計な手間と時間がかかる。そこでフローラが魔法でどかせることになっていたのだがその魔法がまた驚きだった。
「橋がうねうねと動いて……」
「気持ち悪い……」
レンガの繋ぎ目を土魔法で動かし橋そのものが生きているかのように動いているようだった。さらに落ちそうになった部分は風魔法で浮かせて川べりへと運んでいく。あっという間にレンガ造りの橋が解体されて左右の街道に並べられた。魔法でどかせるとは聞いていたが今のを見て乗組員や上陸部隊はポカンとするしかない。
「あんな魔法があるんですか?」
「いえ、聞いたことはありませんね。まぁある程度の魔法使いなら出来ると思いますよ」
教科書の詠唱丸暗記の者にはあんな応用は出来ないだろうが自分で魔法を編める者ならば確かに可能だろう。ただその発想が普通の者では持ち得ない。誰が土魔法でレンガの繋ぎ目だけを動かして橋を解体してしまおうなどと考えるというのか。
今の魔法を見た後で自力で魔法が編める者ならば試行錯誤すればそのうち似たようなことは出来るだろうがその発想が出てくることがあり得ないのだ。
「それではどんどんいきましょう」
解体したレンガを街道の端に置いておくがそのまま置いていたら敵軍に利用されて川を埋めるのに投げ入れられるかもしれない。なので置かれたレンガは全て一つにくっつけられている。一つの大きな塊になっているのでそのままでは動かすのは困難だ。
塊にしても割れば川に放り込めるがそこまで気にしていたら遠くに持ち出す以外にどうしようもないことになる。いずれこの辺りを占領すればまたそのレンガを利用するかもしれないので出来るだけ再利用可能な形で置いておきたいのが本音だ。
途中に架かる橋をいくつも同じように解体しカーン家商船団はズンズンとウェイクセル川を上っていく。そしてついに……。
「あれがグラウデンズです」
「そうですか……。ここからは少々心苦しいですが……」
港町はどこでもそうだが港は当然ながら町の城壁の内側にある。このグラウデンズも当然ながら町の外周は城壁に囲まれているが港側は川だけで壁はない。つまりグラウデンズへの攻撃は即ち市街地への攻撃。城壁を超えることなく最初から市街戦になることが決定しているのだ。
もちろん国際法も戦時条約も戦争法規も存在しない時代だ。そもそも住民達の犠牲は当然のこととして考えられている。それでもフローラはなるべく一般市民に犠牲が出ないことを願う。しかしだからといって手を抜いたり見逃したりするつもりはない。今回は砲兵部隊の代わりに艦載砲を使っての攻城戦を見せる時だ。
「それでは……、開戦といきましょう」
「「「「「はっ!」」」」」
ポルスキー王国攻略作戦『電撃戦』が始まった。




