第二百五十三話「父との会話!」
あ~……、胃に穴が空きそうだ……。部隊の編成、補給の確保、作戦の詳細に……。
「うが~っ!」
読んでいた書類を放り投げてバンザイする。やってられるか!仕事が増えすぎだ!
とかいいつつも放り投げた書類を空中で再びキャッチして全て順番通りに整え直す。一瞬宙を舞った書類達は数秒後には何事もなかったかのように再び俺の手の中に収まっている。
「はぁ…………」
腐っていても仕方がない。やらないことには終わらないんだ。それにこれは一度きりの仕事だ。そうだ!毎日の書類仕事と違ってこれはポルスキー王国との戦争の間だけのことだし、しかも一度終わればもう二度と同じ仕事はしないで済む。
もちろん一度落とした町や要塞を再び奪われたら再奪還の計画を練らなければならない。でもそれは同じ仕事じゃない。時々によって常に変化する仕事のうちの一つというだけのことだ。
そう思うとちょっとだけ気が楽になった。毎日毎日同じ書類とにらめっこする仕事に比べればこれを一回乗り越えたら終わりだと思うと多少は頑張れる。もうやらなければならないことは決まっているんだからあとはさっさと終わらせてしまおう。それがいい。
まず俺達は基本的に部隊を百人隊を中心に分ける。多数の方面に同時侵攻しつつ敵の重要拠点の奪還や街道封鎖だけを行い敵の戦意を挫く。
やってきた増援などのお陰で現在カーン騎士団は三百名ほど。実際には三百名に足りていないんだけどカーザース家の部隊から一部の者を借りて三百名として百人隊を三つ編成している。そしてカーザース家は千人を百人隊十個に分けている。残りは予備兵力だったり拠点防衛だったり色々な任務に就いてもらう予定だ。
それからカンザ同盟から送られてきている義勇兵が五百名。これも百人隊五つに分けそれぞれカーザース家の部隊と連動して派手に動いてもらう。義勇兵とは言っているけどほとんど素人同然の者ばかりだ。応援を送ってくれるのはありがたいけど職業軍人もほとんどいないし練度も低い。何より犠牲者を出しすぎたら送ってくれた自由都市の経済力が落ちてしまう。極力余計な犠牲は避けたい。
海軍がガレオン船四隻にキャラック船六隻、これが戦闘艦として海軍の中心になっている。他のキャラベル船やコグ船、カンザ同盟の各都市から送られてきている輸送船なんかも多数いるけどそれらはあまり戦力として計算出来ない。
そして……、今作戦で最も重要なのが砲兵部隊……。ガレオン船等に積んでいる艦載砲を降ろすわけじゃなく本国カーン領から連れて来た専門の砲兵部隊だ。数も練度もまだまだだし砲威力も射程も知れている。それでもこの世界の者達にとっては砲撃を受けるというのは衝撃だろう。
本来なら砲兵部隊を集中運用して敵の城塞や城郭都市の外壁を破壊して一気に攻略するというのが本来の使い道だと思う。でも残念ながら目標の数の多さに比べて砲と砲兵が足りない。だから今回は重要拠点の攻略に分散させて各地で少数の砲兵を運用する。
そもそも砲兵は足が遅い。重い砲を運ばなければならないからどうしても移動に時間がかかる。そこで今回後方の強襲上陸する船に載せて敵後方まで一気に砲兵部隊を輸送する。最初の上陸予定地を攻略後は侵攻限界の攻略目標の町へすぐさま進軍させてそちらの攻略に集中してもらう。途中にある町には砲兵は投入しない。
俺達の作戦はあくまで敵後方の司令部や補給拠点の破壊、奪取、封鎖だ。機動力を駆使して敵陣奥深くへと侵攻、途中の町や砦は無視して重要拠点や司令部、補給拠点だけを攻略する。重要なのは敵の対応が間に合わない速度で侵攻していくことだ。この時代は馬での伝令が中心だから伝令を遮断したり伝令が回る前に次々状況を変えていかなければならない。
敵後方に部隊や砲を輸送するのはいい。問題は上陸地点の目標を落とした後の移動と補給だ。ダンジヒの近くを流れるウェイクセル川は大きいから問題ない。途中の橋は俺が魔法で壊す。自領内だったら橋を壊して船を通すなんて出来ないけどここは現在敵領内だから橋を壊されて困るのは敵の方だ。
ウェイクセル川は大きいから橋さえどうにかすればガレオン船ですら余裕で通れる。目標のグラウデンズに大戦力輸送や物資の集積をするのは簡単だろう。それにガレオン船なら馬も運べる。砲兵用に馬を運んで陸に揚げれば良いだけだからこちらはそれほど心配はない。問題があるとすればプレゴラ川とインステールブルクの方だろう。
こちらは水運が盛んになっていて全て水路で移動可能だけど川が小さく流量も少ない。通れるのは小型船ばかりで輸送に少々難がある。ケーニグスベルクとジマブーデに逃がしていた船を借り上げて使うとしても補給は心許ない。コグ船も全て投入する予定だけどうちは小型や中型船はあまり用意していなかったからな……。
作戦の全容としては第一次作戦として南方の攻略、第二次作戦として北方の攻略の二段階になっている。ちなみに第一次作戦完了前にメメブルクとウィンダウに先に艦隊を派遣して制海権確保と制圧を行なう予定だ。まぁ第二次作戦の方はまたあとで良いとして先に考えるべきは第一次作戦の方だな。
先に言った通り俺はダンジヒ方面に向かってウェイクセル川を上るガレオン船に乗っていくことになる。途中に橋があってそのままじゃうちのガレオン船は通れないからだ。もっと小型の船なら通れるようにはなっているけどあっちもこっちも小型船でチマチマ補給していては間に合わない。
ガレオン船でも通れるだけの水路を確保しつつ南方作戦の重要拠点であるグラウデンズを速攻で落とす。また皆は電撃戦も砲兵の使い方も知らないだろうから最初は俺が手本を見せる必要がある。一度経験させれば皆も各自で応用してくれるようになるだろう。うちは優秀な者が多いからな。
グラウデンズを落とせば俺は東進してオステロデ、アレンステインといった重要拠点を落としていく。インステールブルクを落として逆から侵攻してきてくれるはずの部隊よりもこちらが頑張って急ぐべきだろう。向こう側はさっきも言った通り補給も難しいし俺が目の前で手本を見せないから作戦の理解度も低い可能性があるからな。
これでグラウデンズ、オステロデ、アレンステイン、インステールブルクと内陸部の侵攻限界地点まで落として封鎖すればそれより北の沿岸側諸都市や砦は全て大きくみて包囲されたことになる。あとは沿岸部から南下してくるカーザース軍とカンザ同盟軍と協力してカーン軍、カーザース軍が南北から包囲を狭めて挟撃すればいい。
沿岸部から南下していく部隊はカンザ同盟軍全てにそれを補助するカーザース軍に纏めてもらう。カンザ同盟軍は素人同然だから歴戦のカーザース軍に指示してもらった方が良いだろう。内陸部封鎖用の部隊はカーン軍とカーザース軍の一部だ。内陸部の封鎖がどれだけ早く出来るかで勝負が決まる。
砲兵部隊は全て内陸に運んで落とすべき重要拠点の町に集中運用していく。数はそれほどないけどそれでもこの世界でいきなり城壁を破壊し得るほどの砲撃を浴びれば敵の戦意を挫くのに役立つだろう。実際に破壊し尽くす必要はない。あとでこちらが占領して維持しなければならないからあまり破壊すれば今度はこちらの防衛にも影響するからな。
あとは補給に……、武器弾薬の輸送、兵糧の輸送、馬と荷馬車と……。
俺が色々と考えて処理していると扉がノックされた。こんな時に誰だろう。
「どうぞ」
「仕事中だったか」
「カーザース卿……、座ったまま失礼しました。どうかされましたか?」
まさか父がきたとは思っていなかったから席に着いて仕事をしたまま迎えてしまった。カタリーナやヘルムートの知らせかと思っていたから大失態だ。慌てて立ち上がって迎え入れる。
「ああ、良い。気にするな。こちらこそ仕事の邪魔をして悪かったな。そのまま続けてくれ」
「いえ……」
んん?どうしたんだ?父が俺にこんなことを言うのは初めてだ。部屋に入った父はソファに座るでもなく何故か立ったまま俺の仕事をじっと見ている……。滅茶苦茶やり難い……。これじゃ仕事にならないし一回手を止めて父の用件を済ませた方がまだ捗る。
「あの……、何かご用がおありだったのでは?」
「父が娘を訪ねるのに用がなければならないのか?」
「え……?」
父の言葉に完全に俺の手が止まった。今まで父がそんな風に言ったことは一度もない。驚いて俺が見上げるとじっとこちらを見ている父と目が合った。
「私を恨んでいるか?」
「え?恨む?」
さっきから父はどうしたというのか。言っていることがまったくわからない。何故俺が父を恨むというのか。少々厳しく育てられたとは思うけどそれは子供のことを思ってだ。子育てはただ甘やかして好き勝手にさせれば良いというものじゃない。時には叱り、時には苦労を味わわせて育てなければ碌な大人には育たない。
日本では自由だ権利だと好き勝手にする子供を大人が叱らなくなったために馬鹿な子供が増えた。そんな馬鹿な子供が今度は親になりさらに馬鹿な子供を育てているから今の日本は滅茶苦茶だ。もちろんそれは日本だけに限った話ではなく現代地球全ての話ではあるけど……。
父は俺を必要以上に甘やかすことなく厳しく育ててくれた。だけどただ厳しいだけじゃなくて俺の意見を聞いて正しければきちんと対応してくれている。俺の意見を取り入れて便宜を図ってくれたりやり方を変更したものもたくさんある。
「正直に言おう。私は幼い頃からフローラが不気味だと思っていた」
「あ……、あ~……」
まぁ……、それはわからなくはない。俺だって自分の子供がこんなだったら相当気味が悪いと思うだろう。物分りが良すぎて幼い頃からベラベラしゃべる子供がいたら不気味だと思わない方がおかしい。
「そして次に思ったことは利用出来ると考えた。それだけの知能があり、努力を怠らず、次々と新しい発想をする。フローラを利用すればカーザース家にとって大きな利益になると考えていた」
「それは……、まぁ……」
確かに最初に出資してもらって利益をあげてから父は随分俺の話に耳を傾けてくれるようになった。やっぱり一番は実際に利益を上げてみせることだ。利益を享受する共同体となれば父は俺に便宜を図ってくれるだろうと思って父を巻き込んだ。それは俺がそうなるように持って行った話であって父が俺を利用しようとしたというのは前後が逆だ。
「私にとってフローラは利害関係を共にする者だったのだ。それは親娘のそれではない」
「そう……、ですね……」
でもそれの何が問題なんだ?それはつまり父は俺のことをただの子供と軽くみることなく対等の相手として扱ってくれていたということだ。親と娘として考えれば確かにそれはどうなのかと思うかもしれない。でも一人の人間として対等に扱ってくれていたことに不満などあるはずもない。
「私はフローラに父親らしいことは何一つしてやれていない。今もそうだ。普通の年頃の娘ならば衣装を着飾り夜会に出て煌びやかな世界で生きている。それなのにお前にはこれだけの仕事を押し付け、あまつさえ息子達よりも先に戦場に立たせている……」
そこまで言うと父は少し苦しそうな表情で顔を伏せた。そんなことを気にしていたのか。いつも厳しく俺を導いてくれる威厳のある父だと思っていたけど父は父なりに子育てに悩んでいたということだろう。俺は子育てなんてしたことがないからその苦労はわからないけど……、父の気持ちは受け取った。
「私は父上に感謝しております。私が人に恥じることなく生きてこられたのは父上のお陰です。父上が厳しく私を育ててくださったからこそ私は今も胸を張って生きていけるのです。通常の親娘とは違うと言われますがそれも私を対等な一人の人間として扱ってくださっている証ではないですか」
「う……む……」
少しだけ顔を上げて俺と目が合った父は悩んでいるように声を漏らした。
「それに娘として何もしていただいていないなどと私は思っておりません。私は父上に娘として大切に育てていただいたと思っております。仕事も戦争も私が自ら望んで関わってきたことです。それを女だてらに、と言わずに任せてくださっている父上に感謝こそすれ恨むことなどありません」
あぁ……、そうだ……。全部が全部俺の望んだことというわけじゃない。だけど商会も領地経営もその結果の戦争も俺が望んでやってることじゃないか。別に俺が戦争を望んだという意味じゃない。例え戦争になってでも守りたいものがあるから自ら戦場に立っているんだ。ようやくそれを思い出した。
「十五の娘を戦場に立たせるような父を許してくれるのか?」
「いいえ」
俺の言葉に父はポカンとした顔をしていた。でも許しはしない。許せない。何故ならば……。
「最初からお恨みなどしておりませんと申し上げたはずです。ですから許すも何もありません。最初から恨みも怒りもないのですから。ね?」
「…………そうか。ありがとう」
そう言った父の顔は何か憑き物が落ちたように今まで見たこともないほど穏やかだった。




