表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
252/545

第二百五十二話「軍議!」


 ケーニグスベルクでフローラ達が今後の侵攻作戦の会議を行なった日から遡ること数日。王都ベルンにおいてヴィルヘルムは受け取った手紙を読みながら溜息を吐いていた。


「ふ~……」


「フローラ姫は何と?」


「…………」


 ケーニグスベルクから届いたフローラの報告書と私信を読んでいたヴィルヘルムは黙って手紙をディートリヒに差し出した。受け取ったディートリヒは報告書と私信に目を通していく。


「えっ!?もう敵を殲滅したのですか!?」


 報告書にはケーニグスベルクを包囲していたポルスキー陸軍三千を殲滅。また陸軍と連動して出撃してきていた海軍の軍艦九隻のうち八隻を撃沈、一隻を鹵獲したと記されていた。敵総兵力五千数百に対したったあれだけの急場凌ぎの派遣軍だけで捕虜七百名、残りはほぼ全滅という大戦果が淡々と書かれている。


 普通に考えてあり得ない。これほどの戦力差があってたったこれだけの日数で勝てるなど軍神を連れてきても不可能だと思える。そもそもこういった敵勢力や討ち取った数というのは過大に誇張されていて武勲を誇るように記されているものだ。それがフローラの報告書はどうだ。


 ただ淡々と、数字と経緯と結果が冷徹に記されている。そこに自らの武勲を誇るようなことも、観戦者の主観も、戦場の興奮も何もない。恐ろしいまでにただ淡々と明瞭簡潔に記されているだけだ。そしてだからこそこの報告書に嘘偽りや一切の誇張が含まれていないことがわかる。


 そもそも……、当然ながら今回の派兵について王国から観戦と報告を行なう者が派遣されている。そちらの報告はフローラの報告に比べて報告者の興奮や主観が含まれているが内容はほぼ同じだった。むしろ観戦官の方が誇張して書いているくらいだ。普通逆だろうと思いながら書類を読み進める。


 そして私信の方……。これには公に出来ない重要な情報が記されていた。捕虜を尋問した結果得られた重要な情報でありこれまでの経緯やプロイス王国内の調査とも合致することから確度の高い情報だと思われる。


「これはまぁ……。まったく……、あのお転婆姫はいつもこちらの度肝を抜いてくれますね」


「うむ……。しかし……、ふ~……、困ったものだ……」


 ヴィルヘルムは再び深い溜息を吐き出した。それらの報告や情報を疑っているわけではない。むしろ納得出来るものだ。しかし……、信じたくないというか、それに対処しなければならないのが億劫というか……。やらないわけにはいかない。しかしこれは大変なことだ。下手をすれば国を割っての内戦が勃発しかねない。


「まずは軍議を開くとするか……」


「はっ!」


 それまでは砕けた態度だったディートリヒも宰相の顔に戻ってヴィルヘルムに礼をすると部屋を出て行った。ディートリヒを見送ってからヴィルヘルムは再び深い溜息を吐いたのだった。




  ~~~~~~~




 軍議が開かれている室内は静まり返っていた。その報告を受けて誰一人、それこそ歴戦の将軍達ですら押し黙った。いや、歴戦の将軍だからこそ理解が追いつかないのだ。自らの常識からあまりにかけ離れた短期間での大戦果に理解が及ばず、そして時間をかけて考えるほどにそれが嘘ではないかとすら思いだす。


「おっ、お待ちください。たった数日の間にたかが百名程度の戦力でポルスキー王国五千数百を打ち倒し、七百名も捕虜にしたというのですか?」


「そうだよ」


 古参の将軍の一人、アルフレート・フォン・ワルデーサーの言葉にディートリヒはいつもの調子で答えた。ディートリヒにはアルフレートが疑う気持ちもわかる。自分も事前に報告を受けていなければ疑いはしなくとも間抜けな顔で問い返すくらいはしたかもしれない。


 そしてアルフレートはこれだけのことがありながらディートリヒがいつも通り飄々としていることから欺瞞情報ではないかと疑った。そもそもあまりに現実離れしすぎている。


「有り得ません!こんな馬鹿げた嘘の報告を信じると言われるのですか!」


 アルフレート将軍は机を叩いて声を荒げる。しかしディートリヒは涼しい顔で受け流す。


「まずは落ち着きなさい、アルフレート将軍。ここは陛下の御前だ。それから確かに陸上部隊は百名ほどだが軍艦二隻とその乗組員もいる。途中で海戦も行なっているし、ただ百名で一度に五千名以上を破ったわけではない」


「たかが二隻の船が増えた所で何だというのですか!その程度などで……」


「静まれ」


「――はっ!」


 ディートリヒに諭されても声を荒げたままだったアルフレート将軍はヴィルヘルム国王に注意されて口を閉じた。


「これは王国から派遣した観戦官からの報告からも確認している確度の高い情報だ。それでもなお信じられぬというのならば構わぬ。直接出向いて確認してくるが良い」


「はっ……。申し訳ありませんでした……」


 注意されたアルフレート将軍は頭を下げる。アルフレートとて無能ではない。それに王国に忠誠を誓っている。国王陛下に直接お叱りを受けてまで騒ぎ立てるような者ではなかった。


「戦果が過大な誇張であるかどうかは置いておくとしても先遣部隊が包囲されていたケーニグスベルクを確保したのは間違いない。だから今後の対応について……」


「お待ちいただきたい」


 ディートリヒの言葉に待ったがかかる。この場に居並ぶ者達の視線が集まってもその者、ヨハン・フォン・ナッサムは一切動じることなく全てを受け止めていた。


 リンガーブルク家の件で権勢を失ったとはいってもナッサム家の影響力は依然高いままだ。かつての国政を牛耳ってしまいそうなほどの勢いは止められたとはいえ今でも中央政界において絶大な権力を有している。そのヨハン・フォン・ナッサムが口を開いた。


「そもそもポルスキー王国がケーニグスベルクを包囲しているなどという話自体が荒唐無稽ではありませんか?一体そのような情報がどこから届いたというのです?何故ポルスキー王国がそのようなことをしなければならないのですか?我が国と戦争をしてポルスキー王国が何を得るというのです。まずはそこから確認しようではありませんか」


「う~む……」


「確かにこちらでもそのような情報は掴んでいないが……」


「「…………」」


 ナッサム公の言葉で会議の流れが大きく変わった。ディートリヒとヴィルヘルムは無言で視線を交わして肩を竦める。


「我々は誰一人そのような情報を掴んでいないというのに何故かディートリヒ殿下だけがそのような情報を知っている。しかももう陛下と殿下の子飼いの部隊だけで敵を追い払ってしまったなどと……。これはおかしいのではありまんせんか?」


 ザワザワと居並ぶ者達が近くの者達と言葉を交わす。『確かに』とか『まさか……』という言葉が飛び交っていた。ヨハンの言わんとしていることは簡単だ。他の誰もが掴んでいないポルスキー王国の侵攻作戦を何故か王家やそれに近しい公爵家だけが知っていて、しかもその王家や公爵家の子飼いの部隊だけですでにそれを解決しました、という。これはあまりに出来すぎだ。


 ポルスキー王国の侵攻などなくでっち上げではないのか。そういう空気が出来上がってしまった。


 もちろんポルスキー王国の侵攻がでっち上げか本当のことかは時間をかければ判明するだろう。しかしその情報を確かめるという名目でプロイス王国の行動を遅らせたい者からすれば時間が稼げれば良い。最短では数日もあれば人を派遣して往復出来るだろうが調査だ何だと言い逃れして報告を遅らせるなり内容が怪しいなどとケチをつけるなり時間稼ぎはいくらでも出来る。


 そしてこれを聞いた他の者達も確かに妙だと思ってしまった。何故王家やクレーフ公爵家がそのような嘘をでっち上げているのか。それは色々と考えられる。


 例えば、ポルスキー王国に戦争を吹っ掛けたい、という可能性もあるだろう。本当はポルスキー王国は攻め込んできてなどいないのに、先に向こうから攻めて来たのだと国内向けに説明して軍事行動を起こしポルスキー王国に戦争を吹っ掛ける。そのための口実としてありもしないケーニグスベルク侵攻をでっち上げてすでに対処済みであるとしている可能性もあるかもしれない。


 あるいは臨時戦費の徴収が目的かもしれない。ポルスキー王国が侵攻してきたからその対処のために臨時戦費を貴族達から徴収したり、特別予算を組んだりするという名目でお金を集めて好き勝手に使おうとしているのかもしれない。実際に戦闘が起こっていないのならそうやって集めたお金を他のことに自由に使える。


 他にも考えれば細かいことは色々と有り得る。本当は攻められてもいないケーニグスベルクにポルスキー王国の攻撃から守るためという名目で部隊を送り込み王家やクレーフ公爵家、あるいは王国の直轄地としてケーニグスベルクを手に入れることが目的なのかもしれない。


 考え出せばいくらでもこの件を悪用することが可能であり、そして誰もポルスキー王国の侵攻などという事実を確認していない。王家や王国がいつの間にか勝手にそれを察知し、すでに対処も完了している。今からその後のことについて話し合おうなどと急に言われても怪しいことこの上ない。


「そもそももう敵を追い払ってしまったというのならばこの話し合いの意味は何ですか?もう終わったのならば何も話し合うことなどないではありませんか。それともまさか……、もう敵を倒したと言われながらさらにケーニグスベルクに兵を派遣したり、戦費を出せと言われるのではありませんよね?」


 それを聞いてますます会議の参加者達がざわつく。さっき考えた通り、もしポルスキー王国の侵攻というのがでっち上げであれば……、これからさらにケーニグスベルクに兵を派遣しようと言えばそれはケーニグスベルクを王家が奪ってしまおうという策略ではないのかと思える。


 あるいは戦費を出そうというのならばそのお金を横領しようとしているのではないかと思える。


 何にしろもう終わったというのであればこれ以上追加の対応など必要なく、まだ終わっていないというのならまずはその情報の確認だと言われたら反論のしようもない。


「「…………」」


 再びヴィルヘルムとディートリヒは視線だけを交わす。まともに反論出来ない二人に自らの勝利を確信したヨハンはさらに止めを刺すべく口を開いた。


「そもそも現在モンスター討伐のためにヘッセム州に兵が派遣されている。それはどうされるおつもりか?まさかヘッセムの住民達を見殺しにして引き上げるなどと言われはしますまいな?」


 王家や王国の直轄部隊を派遣しようと思ったらモンスター討伐のために出征した近衛師団、親衛隊を呼び戻して派遣するしかない。それ以外の通常の兵を召集して派遣しようと思えば相応に時間がかかる。即応力があって常備されている動かせる兵力はその二部隊だけなのだ。


 もちろん王城や王都を守る通常の兵はいるがそれらを動員、派兵するわけにはいかない。諸侯軍や王国軍を集めて準備するにはこれからまた何ヶ月もの時間を要するだろう。


 この場の他の誰もが把握していないポルスキー王国軍の侵攻などという情報、そしてそんな重要な情報を知っていながら誰にも知らせることなくすでに敵は壊滅させたという話。そして、であるにもかかわらずこれからさらに特別予算で戦費を用意し部隊を派兵する。そう言われて納得出来る者はほとんどいなかった。


「まず肝要なのはヘッセムのモンスター討伐を完遂すること。ヘッセムの民を守ってこそ民が王国に忠誠を誓うのです。そしてポルスキー王国の動きがあるというのならばまずはそれを調査、確認いたしましょう。そのために調査員を派遣いたします。いかがですか?皆さん」


「う~む……」


「確かにそれが筋というものだろう……」


 会議の流れはほぼ決まった。そしてさらにダメ押ししようとヨハンは最後の仕掛けを放った。


「オットー殿はどう思われる?」


「えっ!?いや……、私は……、重要な案件なので一度帰って情報を精査してから……」


「帰って父上に相談せねば何も決められないのか?やれやれ……。いつまで自立出来ないおつもりか?アルト殿はもう隠居させられた身。今のバイエン公はオットー殿であろう!この場で決断も出来ぬようではお家のお先も真っ暗ですぞ!」


「ぅ……」


 話を振られた者はオットー・フォン・バイエンという。先の巨額詐欺事件で責任を追及されているアルト・フォン・バイエンは隠居させられて息子のオットーがその跡を継いだのだ。さすがにいきなりバイエン家ほどの家をお取り潰しにすると反乱が起きかねない。そこでアルトには詐欺事件の刑罰とは別に隠居を申しつけ息子に代替わりさせたのだ。


 しかしオットーはこれまであまりこのような舞台に立ったことがない。バイエン家はアルトが独占的に取り仕切っていたのでまだ跡を継ぐ予定にはなかったオットーは派閥作りも腹心作りも何も出来ていなかった。実務経験もなく他の大貴族達と渡り合っていけるだけの経験も覚悟もない。


「さぁ!どちらを支持されるのか!はっきりされよ!」


「うぅ……、まずはヘッセムのモンスター討伐とポルスキー王国についての情報収集が肝要かと存じます……」


 その言葉を聞いてヨハンはニヤリとほくそ笑んだ。ナッサム派閥、バイエン派閥が反対に回ったのだ。いくら王家やクレーフ公爵家が強権を発動しようと思ってももうほとんどの者は動くまい。議会の大多数をおさえたヨハンは勝利を確信した。


「ではケーニグスベルクへの派兵は調査が終わってから検討する、特別予算も戦費もそれらが決定されてから予算を組む、ということでよろしいですな?」


「うむ」


「異議なし」


 ナッサム、バイエン派閥以外の者も戦費や兵員の負担はしたくない。先延ばしにして他の者がどうにかしてくれるのならばそれに反対する理由はない。


「ああ、そうでした。もし陛下や殿下のおっしゃられる通りであるのならば、その現在派遣されている先遣隊が勝ったというのなら残りの我が領土も解放してもらおうではありませんか」


「おお、それは良い」


「いやいや、まったくその通りですな」


「取り返せるものならば……、ですが!」


「わはははっ!」


 ヨハンの冗談に会議がドッと盛り上がり笑い声が溢れた。こうして軍議は幕を閉じ、追加の派兵や特別予算の編成は調査を行なった後にということになった。さらに先遣隊にこれまで奪われてきた土地の解放を命じることになり第一回ポルスキー王国対策会議は解散となったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 新作連載を開始しています。よければこちらも応援のほどよろしくお願い致します。

イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言]  >>ただ百名で一度に五千名以上を破ったわけではない そうだね!ぶっちゃけフローラちゃん1人で敵殲滅したようなもんだもんね!(砲撃で多少数減ったとはいえ  そして怪しすぎるナッサム公……こ…
[一言] 王と宰相にとっては予定道理だったのかもしれない。強くなり過ぎたカーン家・カーザース家を消耗させつつ、支援をしなかった事の責任とヘイトをナッサム公達に押し付ける。内乱も視野に入れた粛清時に両…
[一言] カーザース家とカーン家の一人?二人?勝ちの功績でさらに地位が上がってフローラの胃にダメージが行くんですね( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ