第二十五話「家名を授かる!」
カーザーンを出発してから十日で王都に着いた。かなりの強行軍だったはずなのにそれでも十日だ。普通の馬車でゆっくり進めば倍近くはかかるだろう。俺達は王家が要所要所に設置してある駅家で馬を換えていたから相当な速さだった。それで十日ということはカーザーンと王都はかなり遠いということになる。
ちなみに馬車の乗り心地は最悪だった。日本の車や電車ほどとは言わないまでもせめてもう少しどうにかならないものかと思う。ゆっくり歩くような速度ならまだマシなのかもしれないけど高速で走って良いように出来ているとは思えない。
駅家のようなシステムを誰が考えたのかプロイス王国には日本の駅家と同じような施設が主要街道の一定間隔おきにある。駅家というのは馬と兵を置いている施設だ。急ぎの伝令などがあった場合に馬や人を換えて疲れや脚を気にすることなく迅速に伝令などを伝えるためのものと言えば大体わかるだろうか。
プロイス王国ではもう少し踏み込んでいて王族などが国内の巡行などに出る際には駅家で馬を換えたりして移動速度を上げる措置が取られている。
理由は簡単で移動が速ければそれだけモンスターに襲われる確率が下がるからだ。そして仮に襲われても疲れている馬と違って定期的に乗り換えている馬ならば脚も残っているから逃げられる可能性が高まる。このモンスターが跋扈する世界において定期的に馬を乗り換えて高速で移動するというのは自衛手段でもあるというわけだ。
尤も俺達はこの十日の移動でモンスターになんて一度も出会わなかった。いくらモンスターがいる世界だとはいっても人間の生活圏の近くでそうそう強力なモンスターに出会うなんてことはないらしい。もちろん油断はよくないけど定期的にモンスターの討伐も行なわれているから主要街道を走っていれば滅多に出会うようなもんじゃないというわけだ。
そうしてようやく辿り着いた王都なんだけど……、言っちゃ悪いけど小さい。いや、今まで通って来た都市と比べても十分大きいんだけど俺の感覚からすると小さいと言わざるを得ない。大都会の高層ビル群を見慣れている俺からすれば城壁も低く城下町も狭い。
古いヨーロッパ風の石畳とレンガ造りの町並みのような雰囲気ではあるけど建物も低いし全体的にちゃっちいというか何というか……。
ヨーロッパの古い町並みとかを見て歴史的価値や何らかの憧れ的なものを除いて考えれば思ったよりもちゃっちいと感じるのと同じようなものだろうか。期待して見に行ったほどのものは得られないというか何というか。
もちろん王都はカーザーンと比べても大きいこの国でも最大級の都市だということはわかっている。わかってはいるけど現代地球の大都会と比べるとどうしてもそう思ってしまう。
「どうだい王都は?素晴らしい町並みだろう?」
同じ馬車に乗っているルートヴィヒが自慢げに聞いてくる。これまた答えにくい質問だ。
「えっ、えぇ……、まぁ……。レトロと言いますかノスタルジックと言いますか……。趣がありますね……」
「レト……?ノスタル……?」
俺の言葉の意味がわからなかったのかルートヴィヒは首を傾げていた。俺は他に言いようがないのでこれ以上この話題はやめて欲しい。
適当にルートヴィヒの話をかわしている間に俺達を乗せた馬車は王城へと辿り着いていた。町中も道が狭くて怖いくらいだったけど王城の門も何か小さいような気がしてしまう。もちろん現実的に考えたら小さくなんてないはずなんだけど巨大建築物に囲まれた生活をしていた俺からするとどうしてもその感覚に引っ張られてしまう。
門を抜けた俺達は王城の入り口で別れる。王子であるルートヴィヒは出迎えを受けて歩いて行くけど俺達は別室で一時待機だ。これからのことを父に聞きながら別室にて少し待つ。
今日は関係各所へ簡単な挨拶回りに行くだけで叙爵の式典は今日ではないらしい。それはそうか。今日やってきていきなり今日するなんてことはないだろう。移動の日程だって予定通りにいくとは限らない。今日王都までやってきたのも偶々であって日本のように必ず今日ここに辿り着いているという保証もないのに王や関係閣僚の予定をとっておくというわけにはいかないだろう。
そんなわけで今日は父と一緒にあちこちに挨拶回りに行ってから王都にあるカーザース辺境伯家の邸宅へと帰ることになった。この邸宅はカーザース家の王都での活動拠点であり学園に通っている上の兄もここに住んでいるはずだ。
父と夕食を摂りながら今後のことについて色々と指示を受けたけど結局俺達が夕食を摂っている間に兄が帰ってくることはなかった。
別に会いたいわけじゃないけどこれから暫く一緒に住むことになるのだし挨拶くらいはしておいた方が良いかと思ったけど会えないんじゃ仕方がない。兄への挨拶はまた今度ということにして今日は早々に眠ることにした。初めての長旅でゆっくり休めなかったからかこの日はすぐに眠りに落ちたのだった。
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王都に着いてからすでに五日が経過している。毎日忙しくて一日があっという間に過ぎてしまう。叙爵の式典に向けた準備や練習で忙しい。衣装も用意するために町の仕立て屋にも何度も足を運んでいる。
ラノベでよくある『中世ヨーロッパ風』という世界観なのに女性陣が町の服屋であれこれ服を買って回るというのはあり得ない。現代日本の感覚で書いているから意味不明になってしまうのだ。
この時代には既製服というものはほとんど存在しない。国や地域によってはまったく存在しなかったとは言い切れないかもしれないけどあっても少数、フリーサイズ的なものが主流だろう。現代のように店中にハンガーで吊るされて様々な種類とサイズが売られているなんてことはあり得ない。
そんな既製服が出回り始めたのは十九世紀以降の機械化、工業化が進んだ後の話であってもし本当に『中世ヨーロッパ』レベルだとするとそんなものは存在しないのだ。
この国でも一般庶民は古着が主流。サイズも自分達で直す。だから昔は女性の仕事の一つとして針仕事があったわけだ。針仕事が得意な女性は嫁に行く際のアピールポイントにもなったほどだ。
だから俺の式典用のドレスも仕立て屋にオーダーメイドで作ってもらうしかない。だけどおかしいな……。何か俺のドレスがパンツルックな気がするんだが?右腕はまだ吊ったままだからあまり派手なものや腕に負担がかかるようなものは着れないとは思ってたけど何だか男物のような格好に見える。
「父上……、これは男性用の衣装に見えるのですが?」
今日はある程度仕上がっている服を父と一緒に試着しにきた。確かに採寸されて俺専用にオーダーメイドされたんだからサイズは問題ない。だけど何かおかしい。女の俺が式典にドレスではなくパンツルックで出るのか?
「当然だろう?騎士爵の叙爵式なのだ。騎士には騎士の服装というものがある」
どうやらこの国では爵位によってある程度服装が決まっているらしい。階級による極端な差や細かい取り決めがあるわけじゃないようだけど、例えば現代地球でも勲章や装飾によって階級を表していたりするのと似ている。騎士爵なら騎士爵なりの、辺境伯なら辺境伯なりの決まりが色々あるようだ。
そんなわけでまだ完成ではないけど今日の試着でわかった通り当日の俺の格好は少年のようになってしまう。髪が長いし俺は明らかに女顔だから見れば女だとはわかるだろうけど……。そもそもフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースなんて名前からしてどう考えても女だろう。
仕立て屋だけで終わりじゃない。まだまだあちこち挨拶回りに行ったり式典に向けた準備をしているうちにさらに五日が経過したのだった。
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今日はようやく叙爵の式典の日だ。王様やら何やらの都合がつくまでにかなりの時間を要した。叙爵される俺達の都合というよりは叙爵する王様側の都合で散々かかった。王様や関係者達の都合もあるとは思うけど俺が叙爵されると知らされてからでもかなり経っているんだから動きが遅いというか何というか……。
現代日本人の感性を持つ俺からすると、良く言えば大らか、悪く言えばルーズ、といったところだろうか。とてもじゃないけど俺にはこの時間の流れで生活することは到底出来ない。式典くらいするんならとっとと準備して済ませろよと言いたくなってしまう。
色々と都合があるというのもわからなくはない。だけど実際には王様も閣僚も官僚もかなり暇そうだ。さっと意思決定してすぐ準備に取り掛かればもっと早く出来たのは間違いない。ただ意思決定が遅いというか何やかんやとウダクダしているうちにこれだけ時間がかかってしまったのだ。実際の準備期間が長かったわけじゃない。
まぁ言っても仕方がない……。もう準備も済んでこれから式典なんだ。今更ブツブツ文句を言っても意味はない。
それよりも今日は式典用に準備してきた手順や作法を間違えないように気をつけなければ……。オリーヴィアにも色々と教わったけど今回の式典用にはまた別の者に習った。何故ならばオリーヴィアは女性向けのマナーの先生であって叙爵の式典の先生じゃないからだ。女性で叙爵されることは稀でオリーヴィアもそんなことは教えたことがなかったらしい。
そんなわけで王都に来てから今日まで練習してきた成果を見せる時だ。……ってメッチャ緊張するぅ~!今日は俺一人で大勢の参加者の間を通っていかなければならない。今日は俺の叙爵だから父も参加者の一人にすぎない。あくまで王様の前まで行くのは俺だけだ。
まだ社交界デビューも果たしていないというのにもっと高位の貴族や官僚が集まる場にいきなり俺一人で出て行かなければならないとか緊張するなという方が無理な話だ。むしろこれは何て罰ゲームだ?と問いたい。
俺の緊張など知ったことかと式は待ってはくれず進んでいく。合図があって扉が開かれると大ホールのような広間の両側に高級そうな服を着た大人達が大勢並んでいた。真っ直ぐ続く通路を歩くと目の前には数段高い位置の玉座に腰掛ける人物がいる。どうやらこの人がこの国の王様らしい。
ヴィルヘルム・フォン・プロイス国王。ルートヴィヒと良く似た銀髪碧眼だけど肌はやや浅黒いというか土気色というべきか。素人の俺が見ても恐らくこの国王はどこかが悪いと思われる。全体的に体の線も細いしとても健康そうには見えない。
俺は医者じゃないし王様ともなれば専属の医者や治癒魔法使いがいるはずだ。俺がとやかく言うべきことじゃないだろうしその人達に任せるしかない。肌が黄色くなるのは肝臓の病気のサインの可能性が高かった気がするけど俺の曖昧な知識で余計なことを言っても面倒なことになるだけだ。
王様が色々と言っているけど俺は軽く聞き流す。俺が反応すべきキーワードはいくつか決まっている。それを聞き逃さないことが重要であって王様の話に聞き入りすぎて反応を間違えたら大問題だ。俺は返事をしなければならないタイミングや動作が伴うタイミングを間違えないようにキーワードに注意したお陰で全て滞りなく進んだ。
「其の方には騎士爵と共にフロト・フォン・カーンの名と家名を授ける。これからはフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースに加えて騎士フロト・フォン・カーンとしてもより一層……」
「えっ?」
まだ王様が色々と述べてるけど頭に入ってこない。後ろの参列者もザワザワとざわついている。こんな予定はなかったはずだ。そもそもフロト・フォン・カーンって何だよ……。微妙に語呂が良いのか悪いのか判断がつかない。とくにフォン・カーンだ……。何か変な感じがする……。ぽん……かーん……、ぽんかーん……、ポンカンか!
突然王様が俺に変な名前をつけた以外は特に問題もなく式典は終了した。参列者達もまだザワザワしてるけどそりゃそうだろうな。俺だってまだ頭に『???』が一杯だ。
式典が終了して退室した後に予定通り別室にて父と顔を合わせると父が憮然とした顔をしていた。
「やれやれ……。陛下にはしてやられたな……」
「どういうことでしょうか?」
俺にはイマイチ良くわからないので父に尋ねてみる。変な名前を贈られてしまったけどそれ以外は全て予定通りだった。何か問題なのだろうか。
「名前を贈られたことでお前はフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースというカーザース家の長女と、フロト・フォン・カーンという騎士という二つの顔を持つことになった。フローラならばまだ我が家の娘として私が介入も保護も出来るが騎士爵家フロト・フォン・カーンについては私は何の干渉も出来ない。これからお前は一人で貴族社会の中で家を守ってゆかねばならぬことになった」
えっ?!何それ!それってむしろ褒美っていうか嫌がらせじゃね?
「何故そのような……」
「ただしカーン騎士爵家には王家の後ろ盾がある。安易に手を出してくる者はそうそういないだろう。そもそも世襲権のない一代限りの騎士爵家を守るだ何だという心配はそれほどない。だがそれはお前が王家に囲われたことも意味する。後ろ盾を得るということはそういうことだ」
あぁ~……、何となくわかってきた。つまり王様は俺を囲い込んだわけだ。俺を野放しにしていればルートヴィヒとの婚約以外には俺は家臣であるカーザース家の娘という接点しかない。だけど俺が叙爵されて名前まで贈られて王家の庇護下に入ったと宣言したことで俺は王家の直臣となったわけだ。
家名を与えずカーザース家の娘のまま騎士になっただけなら俺のことに関して父が介入する余地はある。だけど俺がカーン騎士爵家という別の家になってしまえばカーン騎士爵家のことに関しては父は介入出来ない。
何故俺を囲い込んだのかはわからない。ルートヴィヒの婚約者だから?それならカーザース辺境伯家との関係が欲しいはずだから辺境伯家の娘のままでも良かったはずだ。
じゃあ何だ?狂い角熊を倒した子供だからか?この世界の標準的子供がどれくらいの強さなのかいまいちわからないけどルイーザ達の反応からして普通の貧民の子供達では狂い角熊は倒せないような危険なモンスターなんだろう。俺がそれだけの力を持つ子供だから将来に期待して囲い込んでおいた?
わからない……。ただ一つわかることは俺はますます面倒なことに巻き込まれたらしいということだけだった。




