第二百四十九話「戦闘後!」
何事も準備と後片付けが大変だ。実際にそれをしている時間というのは極限られたもので大したことはない。何かを実行しようと思ったら事前の準備が大事であり、そして終わった後の後始末が一番大変だ。
何が言いたいかと言うと……、ポルスキー王国軍の侵攻の後始末が大変すぎて何も片付かないってことだよ!
まず……、戦闘が終わってからすでに五日が経過している。その間に敵の別働隊となっていた三百名の部隊も投降させている。
どうやら俺の作戦がうまくいったようでハルク海で燃やしたポルスキー海軍の救援のために三百名が派遣されたようだ。いくらかの部隊が移動しているという情報はケーニグスベルク側も把握していて俺達も報告を受けていたけど、それが捕虜の尋問によってハルク海で燃やした海軍への救援だったと確認されたというわけだ。
敵の別働隊が残っていることがすぐにわかったからジャンジカ将軍等の一部の将官や参謀を連れて別働隊に降伏を迫りに行くことになった。
敵の数もわかっているし基本的には捕らえた将官達による降伏の説得が目的だから、ガレオン船の乗組員達も一部降ろしてケーニグスベルクの部隊も合わせて母が率いていった。そこでどんなことがあったのかはわからないけど捕らえてきた別働隊は酷く怯えていたし聞いていた数と合わなくなっていたから何らかの争いがあったんだろう。俺はあまり深入りしたくないから詳細は聞いていない。
偵察や斥候に出ていた者と救援に向かった者を合わせて三百数十名になるはずだったのに、捕らえてきた別働隊は三百名を若干切っていた。ケーニグスベルクでの戦闘で捕らえた敵が二百名を切っているから両方を合わせても五百に満たない。
そして敵海軍だけど派遣されてきていた軍艦は九隻だと敵からの情報で判明している。四隻はダンジヒに向かう手前で燃やし、四隻はビスラ湖の閉塞作戦を行なっていたのを沈めている。残る一隻はケーニグスベルク包囲戦の時にビスラ湖方面からやってきて焦ったけど、あれもミコトとルイーザの魔法で半分燃やされて投降しているのでこれで全滅だ。
ビスラ湖からやってきたポルスキー海軍の船は二人の魔法で少々焼かれたけど完全に焼失する前に消し止められたからまだ浮かんでいる。現在は一部の敵捕虜を隔離するためにビスラ湖の沖に係留されている。
海軍の生き残りは鹵獲したその一隻に乗っていた者に加えて若干名のハルク海から救助されてきた者で約二百名となっており、今回のポルスキー王国軍の捕虜の総数は約七百名近くというわけだ。
敵軍が三千名だったから七百名は捕虜が多いと思うかもしれないけどそれは違う。三千名の中には海軍は含まれていないから陸軍で言えば三千名中五百名しか残っていないということだ。六分の五が死亡だと思えばそれがどれほど大損害かわかるだろう。こんな情けも容赦もなく大勢を犠牲にするなんて戦争なんてするもんじゃないな。
ポルスキー海軍も二千何百名近く乗組員達がいたようだけど残っているのはそのうちの二百名のみであり海軍の方が損害が大きい。海の上で逃げる場所もないから船が沈めば自然と大勢の乗組員が巻き添えになるからこれは必然だろう。
というわけで敵の総数は五千数百名くらいの中から負傷者も合わせて生き残りが七百名を切っているんだからもう軍隊としては機能しない。今回のケーニグスベルク侵攻作戦に関しては完全に失敗に終わって取り返しもつかないと判断しても良いと思う。
ただ戦争の面倒臭い所はそれではい終わりとはいかないということだ。今回の件はポルスキー王国がプロイス王国に宣戦布告もなく不意打ちで侵攻してきたということであり、ケーニグスベルク防衛という戦術や戦略面で勝利してもそれで終わりとはならない。これからはプロイス王国とポルスキー王国の戦争として何らかの決着を図らない限り終わらないというわけだ。
そしてこの間にカーン領・カーザース領からの増援が到着しておりカーン家・カーザース家連合軍はすでに陸軍だけで総数千名を超えている。当然ながらその大半はカーザース家の兵であって、いくら最近はフラシア王国との戦争が起こっていないとは言ってもこれほどの兵をこちらに回して大丈夫かと心配になる。
だけど何より驚くべきはその動員の早さだ。俺が王都で知らせを受けてから領地にも命令を送ったわけだけどたった数日のうちに千名もの部隊を動員して出陣させてきたことに驚きが隠せない。
もちろん輸送してきたのはカーン家商船団なわけで船旅のお陰で移動時間も相当短く済んでいるし補給の心配もない。カーン騎士団やカーン家商船団もたった数日で出陣準備を終えて、物資の集積までしている。
ケーニグスベルクで借りていたカーン家商船団の倉庫は今大量の兵糧や武器弾薬が詰め込まれている。もともと置かれていた貿易品は封鎖で物資不足に陥っていたケーニグスベルクに流し、カーン家・カーザース家連合軍の物資がその倉庫だけでなく溢れた分は他に倉庫を借りたりしてケーニグスベルクに集積されていた。
今回やってきた船団はガレオン船だけでなくカーン家の輸送船の大半が動員されて消費したガレオン船の砲弾、弾薬まで補給されている。さらに他のカンザ同盟の協力もあって海上輸送は今物凄い早さで行われておりケーニグスベルクは現在戦時物資で溢れかえっている状況だ。これなら年単位で籠城も出来るかもしれない。
うちは少数だからフットワークの軽さと指揮系統が俺がトップのワンマン体制だから判断も早いのは理解出来るけど、カーザース家が千名の部隊を動員して出陣するまでにたったこれだけの期間で済ませてしまうというのは予想外すぎた。
長年フラシア王国と魔族の国との国境を守ってきたというのは伊達ではないということだろう。すでにそういう体制が長年に渡って築かれてきていたからこそこういった有事の際にすぐに動けるんだ。これはカーン家も見習うべき所だろう。正直父を侮っていたと言わざるを得ない。まさかこんな時代にこんな体制を敷いている領主がいるなんて思ってもみなかった。
はっきり言ってこの時代の戦争なんてのは暢気なものが多い。半年や、場合によっては年単位で対陣してるだけとか包囲するだけとかそんな戦争もザラにある。攻める方も暢気なら守る方も暢気で、何ヶ月も耐えてようやく援軍が来たら包囲が解かれて開放されるなんていう時代だ。
そんな頃にたった数日のうちに千単位の部隊を召集してすぐさま派遣出来る体制を敷いている者がいるなんて誰が思うだろうか。俺のようにもっと先の時代から来たというのならともかく独自にそこまでたどり着いているなど父は相当なやり手だと認めるしかない。最初から侮っていたわけじゃないけどまだ評価が足りなかったと考えを改めた。
フラシア王国国境は少々不安だけど近隣領主や王国が後詰めとして応援を派遣してくれているらしいのでこちらはこちらに集中しよう。素早く終わらせれば良い話だ。フラシア王国がカーザース家の隙に気付いて侵攻準備を整えて侵攻してくるまで相当時間がかかるだろう。それまでに戻れば良い。
俺と一騎討ちしたジャンジカ将軍というのはどうやら母と何度も刃を交えたという奴だったらしい。ただ彼も俺と同じであり、母と刃を交えたといっても何度も逃げおおせたというだけのことのようだ。俺の場合は本気で殺しにきてないとはいえそれでも母から逃げ回るのが精一杯なわけで、彼は戦闘の流れ上うまく逃れることが出来ただけらしい。
それでもジャンジカ将軍も人間離れした超人であることは間違いなく、ポルスキー王国では最強クラスの武人でもあるようだ。恐らく俺と戦った時は色々とあったんだろう。火に追われて、砲撃を浴びながら、他の将官や参謀やマグナートのおっさんを守りながら走ってきた直後だ。全力が出せない状況だったとしても止むを得ない。
ミカロユス・ラジヴィというマグナートは鼻の骨が折れてまともに尋問も出来なくなってしまった。歯も折れているし何かしゃべらせてもほとんど『フガフガ』言ってるだけであまり内容がわからないとのことだ。他の将官や参謀達は諦めたのか素直に取調べに応じているらしいのでポルスキー王国のことについては大体わかった。
ケーニグスベルク包囲戦決着の後で王都にも知らせを出しているからそろそろ王様やディートリヒから返事が来る頃かもしれない。これ以上の戦線拡大を望まないのか、ポルスキー王国を降伏させるまで続けるつもりなのか……。それは俺や父が決めることじゃない。今はただ王様達からの返事を待つだけだ。
そして……。
「フロト男爵様!」
「シュテファン……、せめて入室する前にノックくらいしなさい……」
仮の執務室として利用しているケーニグスベルクのカーン家商船団事務所にシュテファンがノックもなく入って来た。
「申し訳ありません!俺は育ちが悪いんでそういうことには疎くて……」
いや、そういうことじゃないだろう……。お前は何度言っても直らないじゃないか……。これが一回目だというのならその台詞も聞く価値はあるかもしれないけど、何度注意しても直らないのは育ちが、とか、マナーを習ってないから、とかいう言い訳は通用しない。本人に守る気がないというだけのことだ。
ケーニグスベルクを包囲していたポルスキー軍を排除した後、シュテファンは俺にそれまでの非礼を詫びて頭を下げて子分にしてくれと頼み込んできた。子分というのもどうかと思うけど……。まぁカーン家はいつでも人手不足だから入りたいという者は大歓迎ではあるんだけど、秘密も多いから信用出来ない者は安易に入れられない。
だからシュテファンが信用出来るかどうかも確かめるために一応仮でシュバルツに預けることになった。というのもシュテファンはケーニグスベルクの海軍総督をしていたように海の男だ。まだ若いけど船乗りとしての経験もそれなりにある、……らしい。
ケーニグスベルクの海軍総督がいなくなってもいいのかとも思うけどどうやらただ役目を押し付けられただけのようで問題はないそうだ。
シュテファンは性格もあの通り結構ズケズケ言うし行動力もある。そして海軍総督とはいっても構成員自体がただの港で働いていた労働者や船を失った船乗り達が港を警備していただけの集まりだ。その中でリーダーシップのあったシュテファンが頭に担ぎ上げられていただけらしい。
もうケーニグスベルクの包囲も解いたわけでこちらの海軍も周辺の警戒についているからケーニグスベルクの部隊は通常通りに戻ってもらっても問題はない。警備兵達は前まで通り城門や城壁の警備をするだけとなり、足りない分や治安維持には自警団が協力している。それ以外の志願兵や海軍は解散されることになっている。
その中でシュテファンと海軍に所属していたその子分達五十名近くはケーニグスベルク海軍が解散されると同時にカーン家商船団に入るということだった。さらに海軍に所属していなかった子供同然の、というか実際に子供も混ざっているシュテファンの他の子分達も合流して百名ほどの大所帯になっている。
どうやらシュテファンは港での労働者達やその家族、浮浪児のような者達を纏め上げていたようだ。その中でも港の労働者をしていたような者達を海軍に所属させていたようだけど、平時には労働を手伝っていたまだ成人まではいかないような子供や、労働力になりにくいもっと小さな子供達も多く抱えている。それらを丸ごとカーン家商船団に入れてもらいたいらしい。
これまでのところシュバルツが言うにはシュテファンは裏表もなく間者である可能性はほぼないということだった。また若いのに経験も豊富でシュテファン自身はすぐにでも使えるほどに能力と経験があるらしい。ただ他の抱えている者達は練度や士気もバラバラで一概には言えないとのことだった。
特に子供達はこれから自分達で食い扶持を稼がなければならない上にシュテファンに憧れているようでしっかりついていっているようだけど、大人達の一部は食うために仕方なく従っているという者もいるようで少しばかり足を引っ張っているらしい。
またそれだけの数がいれば忠誠心が低く情報を売る者や、もしかしたら最初から間者も紛れ込んでいるかもしれない。全員の調査を行なって受け入れがたい者は弾くこともしなければならないだろう。人が増えるのは助かるけどその分余計な仕事も増えて大変だ。
「それで……、何か用件があって来たのではないのですか?」
「あっ!そうでした!フロト男爵様に手紙が届いたようです!」
「手紙……?」
多分手紙というのが変なんだろうな。恐らくこんなタイミングで届いて慌てて持ってこさせるんだから王様からの勅書か何かだろう。一体どんな命令が書かれているのか多少の不安を覚えつつシュテファンから封書を受け取ったのだった。




