第二百四十八話「一騎討ち!」
敵の総司令官みたいな奴はぶっ飛ばしたけどこれで終わりとはいかないのかな?敵はまだ百人、二百人は残っているしあの砲弾を打ち落とすとかいう非常識な化け物も健在だ。所詮あのマグナートだという高位貴族はただのお飾りだろう。ならばまだ戦いは終わっていないと考えるべきか。
「ジャ・ン・ジ・カちゃ~ん?お久しぶり~」
「ひぃっ!」
何故かしゃがんでいる化け物に母が話しかけたら剣を構えて立ち上がった。やっぱりまだやる気か。もしこいつが母と何度も渡り合ったという敵だったら俺じゃ厳しい相手かもしれない。ここは母とこいつの一騎討ちで決着をつけるという流れだろうか。
「そぉんなに嫌わなくても良いじゃな~い。……ま、いいわ。えっとねぇ……。貴方達は敗残兵なわけだけど、こちらの要求を飲むんだったら命は助けてあげる」
えっ!?何だ?母は何を言っている?……これはあれか?一騎討ちの後にどうするか事前に交渉しているということか?負けた方が素直に武装解除するとかそういうことか?
「――っ!どっ、どうすればいい?」
ゴクリ……。俺の喉も知らず知らずのうちに鳴っていた。母は一体何を言うつもりなのか……。
「うちのフローラちゃんと戦いなさいな。フローラちゃんに勝ったら見逃してあげるし、負けてもフローラちゃんが必ず殺すとは限らないわ。でも言うことを聞かないならこの場で皆殺しにしま~す。ね、どうする?」
…………ん?母は今何と言った?俺があの化け物と戦うって言わなかったか?
「ちょっ、ちょっと!お母様っ!?」
「それはどれを選んでも死ねと言っているのと同じではないか!あなたは鬼か!?」
そして何故か敵の化け物も叫んでいた。まぁ俺も気持ちは同じだけど……。何でこれだけ有利な状況なのに俺があんな非常識な化け物と戦わなければならないというのか。
「絶対確実に死ぬ選択か、もしかしたら生き残れるかもしれない選択か、よ?答えは聞くまでもないと思うけどぉ……、それとも私と決着をつける?」
「――ッ!?わっ、わかった!戦う!その娘と戦う!」
母にそう言われた敵はブンブンと首を振っていた。何でそんなにやる気になってんだよ……。勘弁してくれよ……。何でこんなことに……。
「フローラちゃん……。フローラちゃんはね、人間と直接戦った経験がなくて危なっかしいわ。ジャンジカちゃんならそんなにすぐには壊れないからちょっと遊んであげなさいな。それで対人戦の経験を積みなさい」
「えぇ……」
何かこの母は滅茶苦茶言ってるぞ……。まぁ俺が負けて殺されそうになっても助けに入ってくれるんだろうけど……、何でわざわざ危険を冒さなければならないのか……。もっと安全確実に勝てば良いじゃないか……。
「ゆくぞ!」
「えっ!?ちょっ!?」
そんなことを考えていたら化け物が問答無用でいきなり斬り掛かってきた。慌てて剣を……、なんて暇はないな。剣を抜いている間に間合いを詰められる。ならばここはこちらも間合いを詰めて……。
「――ッ!」
「ほい」
鍔際を刀身の横から掌で押す。白刃取りとか危険な真似はしない。剣速からして取るのは簡単そうだけどこのまま取らせてくれるとは限らない。不規則に剣筋を逸らされたら失敗する可能性もあるし仮に白刃取り出来たとしても相手の腕力の方が上だったらそのまま斬られる可能性もある。
というわけで切れ味の悪い鍔際の側面を慎重に掌で逸らせて……、がら空きになった敵の脇腹にもう片方の手で掌底を叩き込む。拳で殴っても良いんだけど相手の鎧の素材がわからないしな……。母の槍の素材が何か知らないけどあの槍は俺は素手で破壊とか出来ない。そんなことをしたら殴った手の方が痛い。
そんな不思議素材が存在する世界なんだからこいつの鎧も硬い可能性がある。だから正面から殴らず掌底で殴って衝撃だけ通す。最悪相手が吹っ飛んで距離を稼げたらそれでいい。そう思って繰り出したんだけど……。
「ブッ!?!?」
「あぶなっ!」
俺の掌底を受けた鎧はあっさりひしゃげ化け物は口から何か吐き出してきた。もしかしたら毒霧とかかもしれないので慌てて離れる。まさかあんな攻撃までしてくるとは思わなかった。でも……、何か赤い……、血を噴き出したような感じだったな……。
まさかな……。母と何度もやりあった化け物が相手だ。あんな程度でダメージを与えられたとは思えない。母に全力で打ち込んでも普通に耐え切られてしまう。それと同等の相手だというのならまだここから……。
「…………」
「……」
「…………あの?」
吹っ飛んで行った化け物は盛大に地面をゴロンゴロンと転がりバタリと倒れて動かなくなった。これは何かの罠か?俺を誘っているんだろうか?
「フローラちゃ~ん……、それじゃ面し……、じゃなくて特訓になってないわぁ……」
いや……、今絶対面白くないって言おうとしたよね?貴女は面白いか面白くないかを考えて娘を危険な目に遭わせているんですか?
「んもぅ!仕方ないわねぇ……。それじゃフローラちゃんの勝ちってことで残った貴方達は抵抗して皆殺しになるか投降するか選んでちょうだい」
「とっ、投降!投降します!投降させてください!」
こうして何故かあっさりと残ったポルスキー王国軍は投降したのだった。
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投降した兵士達の身柄を拘束して士官以上の者達は別室に捕らえると共に尋問が行なわれることになった。お互いに示し合わせて嘘をつかないように皆バラバラに尋問されている。俺が殴り殺しかけたマグナートだという貴族はミカロユス・ラジヴィというらしい。ちなみに一騎討ちした相手はジャンジカ将軍だという。
将軍自ら一騎討ちをするなんてなんて脳筋な時代なんだ……。俺のような頭脳労働専門の智将には肩身の狭い世の中だな。
捕虜達の身柄を拘束したり、ケーニグスベルクまで迫ってきている大火事を水魔法で消火したり、色々と後始末をしている間に川からガレオン船も脱出させておいた。まだ敵は残っているわけで狭い川にガレオン船がいたら狙われる可能性が高い。それに弾薬もほとんど消費してしまった。今のガレオン船はただのでかい船でしかない。
城壁の上に上って外の消火活動をしていると……、ガレオン船の鐘が聞こえて振り返ってみればビスラ湖の方から一隻の船が近づいてきていた。あの船は見た覚えがある。あれはポルスキー海軍の船だ。旗も掲げているから間違いない。
「――ッ!皆っ!」
敵の船が近づいているのを目撃した俺は城壁の上を駆け抜けていく。ガレオン船にはまだ俺のお嫁さん達が乗っている。川の奥まで入り込む予定だった方は危険も大きいだろうと思ったけど町の西側から砲撃する方はそれほど危険がないだろうと思ってのことだ。
上陸してケーニグスベルクが陥落したら皆まで危険な目に遭わせてしまう。そう思ったから川を深入りしない船に皆を残しておいたというのに……、その手前の方からポルスキー海軍がやってくるなんて……。もっと早く士官達の尋問をしていれば敵の残りがわかったのに……。
恐らくあの船はこちらで燃え上がった炎の壁を見て、大砲、土魔法の砲撃の音を聞いて異変に気付いてやってきたんだろう。恐らくビスラ湖内を南西に進んでいたんだ。ハルク海に出ていた艦隊や河口を塞いでいた艦隊だけを倒してビスラ湖内の敵艦を探さなかったのが仇になった……。そんな時間がなかったとはいえ敵がいることくらい考えておくべきだった。
やや遠回りになっているけど町の城壁の上を走り、端まで来た所で城壁上からガレオン船に向かってジャンプする。まず降り立ったのは川の奥まで進んでいたもう一つのガレオン船だ。そこからさらに船の端まで走って旗艦『サンタマリア号』までジャンプする。結構距離があるけど余裕で届く距離だ。甲板に着地すると共に皆に声をかける。
「皆さん無事ですか!?」
「いくわよルイーザ!」
「はい!」
「「せ~の……、火よ!燃え上がれ!」」
「「「「「おお~~~」」」」」
甲板に着地したまま振り返った俺が見たものは……、ミコトとルイーザが二人で敵船に向けて火魔法を放つところだった。皆暢気にパチパチと拍手している。
「あの……?敵がきているんですよね?」
「ああ」
ゆっくり立ち上がった俺は近くにいた父にそう声をかけた。父はそう言って頷く。
「砲弾はほとんど撃ち尽くしたんですよね?」
「そうだな……。八割から九割近くというところらしいな」
それはやばいじゃん!もうほとんど弾切れ状態だ。自衛戦闘も難しいくらいじゃないか!
「それなのにこんなに暢気にしていていいんですか?」
「射撃準備はしている。万が一の場合は下が火を噴くだろう。しかしその心配もない。あの娘達に任せておけば十分だ」
下が火を噴くってのはカーン砲は上甲板じゃなくて下に格納されているからそちらから攻撃するという意味だ。それは良いけど随分皆落ち着いてるけどミコトとルイーザに任せているだけで大丈夫なのか?正直二人の魔法なんて最低限の自衛手段程度でしかないと思うけど……。
「お?降伏の旗があがりやしたぜ」
「え?」
敵船の方を見てみれば先ほどまであったポルスキー王国海軍の旗が降ろされている。代わりに水兵達が服を脱いだりマントを振って呼びかけてきていた。海軍旗が降ろされて無地の旗が揚げられようとしていた。どうやらあれが降伏の合図らしい。
「あ、フロト、どうしたの?」
「クラウディア……、随分落ち着いていますが……、大丈夫なのですか?」
「ん?見ての通りだよ?敵は接近することも出来ずにミコトとルイーザの魔法の前に降伏さ」
まぁ……、それは俺も見たけど……。あるぇ?戦争ってこんなんだっけ?十五前後の女の子二人で簡単に軍艦とか降伏させられるものだっけ?
「フロト!見てた?私の活躍を!」
「ミコト……、こんな所で抱き付いてくるのはちょっと……」
まだ明るい時間だし周囲にたくさん人がいるというのにこんな過激なスキンシップをとっていたら俺達の関係が疑われてしまう。厳格なキリスト教宗派とかでは長らく同性愛は絶対禁止だったわけで、この世界にも宗教はあるしあまり表立って出して良いものじゃないと思う。
俺自身は皆をお嫁さんにするのに何ら恥じる所はないけど宗教が絡むと面倒なことになる。教会に破門にされるとか影響が大きそうだし、宗教に染まっている者はどれだけ倒しても殉教者とかいって無限に暗殺者とかがやってきかねない。ミコトとハグするのは嫌じゃないけどせめてもう少し人に見られないようにだね……。
「フロト……、私も頑張ったよ」
「ルイーザ……」
ルイーザも褒めて褒めてといわんばかりに俺にくっついてきて頭を差し出してくる。これは撫でて欲しいということだろう。周囲の目が気になるから控えたいんだけど期待した目で頭を差し出してくるルイーザを無下には出来ない。
「ふっ、二人とも凄いですね……」
「ふっふ~ん!当然よね!」
「えへへっ。頑張った甲斐があったよ」
ミコトとルイーザの頭をよしよしと撫でてあげると二人はとても気持ち良さそうな顔をしていた。あぁ……、でもこれで周囲にもかなり関係を疑われているんじゃないだろうか……。これが困ったことに繋がらなきゃ良いけど……。
そう思ってちらりと周囲を見てみれば……。
「「「「「うんうん」」」」」
何故か皆は温かい眼差しで頷いていた。何だこれは……?
「いいなぁ……。遠距離じゃ僕は出番がないし活躍しようがないよ……」
「私なんて遠距離でも近距離でも戦いようもありませんけれど?ねぇ?フローラさん……」
クラウディアとアレクサンドラも俺に撫でてほしそうにすすすっと近寄ってきた。二人も撫でてあげようかと手を伸ばしかけた時……。
「駄目よフロト!これは私達が頑張ったご褒美なんだから!今は私達だけなんだからね!」
「結局後で皆のことも撫でることになると思うけど……、今くらいは私達だけにして欲しいな」
「うっ!」
クラウディアとアレクサンドラも撫でてあげようとした俺の手はミコトとルイーザに掴まれて二人に抱き締められてしまった。そこまで言われたら反対は出来ない。結局後で全員撫でることになるとまで読まれているしそれは許してくれるみたいなんだからせめて今くらいは二人を優先してあげよう。
そういえば何か思わぬ戦闘が発生して大変だと思ったはずだったのに、いつの間にか大勢の船員達の前で俺達のバカップルぶりを披露しているだけになっただけのような気がする……。




