第二百四十七話「火計とか非人道的!」
作戦の段取りは全て完了した。ガレオン艦隊との打ち合わせもばっちりだ。あとは作戦を実行に移すだけとなっている。今回の作戦は時間との勝負でもあるから早速作戦開始といこう。
「一応こちらに被害がこないようにするつもりですが誰も城壁の上に上ったり、高い建物の上から向こうを見たりしないように徹底しておいてくださいね」
注意を出しておいてから俺は城壁の上に飛び乗る。いや……、飛ぶ必要はなかったんだけどね?ただいちいち階段や梯子を上るのが面倒臭かったから飛び乗った。
町の方を振り返って最後に確認してみたけど見える範囲には人が城壁や高い建物の上にはいない。きちんと通達どおりにいっているようだと確認した俺はケーニグスベルクの城壁から外を眺める。
北の方角を中心に扇状に広がるようにポルスキー王国軍がケーニグスベルクを包囲しているのが見える。テントを張ったり資材を置いているから広い範囲に大勢がいるようにも思えるけど、やっぱり三千人なんてちょっとの人数に感じてしまう。
この世界の住人にとっては三千人と言えばかなり大規模な人数だと感じるんだろう。そもそも町でも三千人の人口を抱えている所というのは中々ない。ほとんどは小規模な町が中心だ。そして軍人の数というのは精々人口の数%ほどしか養えないだろう。
近代以降、産業革命を経て人口の爆発と生産性の向上によって総力戦で何十万、何百万という兵を動員出来るようになっただけであり、それ以前の戦争では複数の国や同盟が協力しあっても精々数万の兵を集めるのが精一杯ということが多かった。
もちろん国家存亡の危機となればそれ以上に徴集するだろうし、何年も何十年も戦争を続けていた時期はそれに則した体制が出来上がっていたことだろう。その代わりその後には大変な荒廃の時代が訪れている。平時から万年数万もの軍で戦争を行なえるような国家はそうそうないだろう。
ただしそれは職業軍人や常に雇っている傭兵の話であって戦争となれば農民を無理やり駆り出して戦場に送り込むなんてことも有り得る。古代中国の兵力動員数が馬鹿げた数字になっているのは数字の誇張もあるだろうけど、そこらにいる農民を無理やり連れて来て立たせているだけというものも多く含まれていたからだろう。
日本の戦国時代も兵力数が随分多いから嘘だ誇張だと言う者もいるけどあれは職業軍人じゃなくてそこらの領民を駆り出して戦場に立たせていたからこそ可能な人数だっただけのことだ。そしてそういった農民兵は農業が忙しい時期になると水田や畑に帰ってしまう。だから戦争も収穫や田植えの前に終わったりと暢気なものだったわけだ。
そこから考えればポルスキー王国軍が三千人もの兵を動員しているというのはそれだけポルスキー王国の本気が窺える。偶発的な戦闘だったならばこれほどの兵員が動員されているはずがない。明らかに入念な準備をした上での計画的な侵攻ということだ。
まぁそれはいいか。それよりも早速作戦を開始しよう。まずは火魔法で敵後方を火計で攻める。焼け出されて火に追われた敵はこちらに近づいて来ざるを得ない。そこへガレオン艦隊と俺の魔法によって砲撃を加えて戦力の大半を削ってしまう。そこから先は敵が降伏するまでケーニグスベルクの城壁を盾にして戦うだけだ。
「火よ……」
手を掲げて五つの火の弾を作り出す。もちろんこんな町に近い場所でこんな熱源を発生させたら住民達まで熱くて大変だろう。町の方には熱が逃げないように風魔法の応用で遮断しているけどそれでも完全に防ぐことは出来ない。
何しろ周囲を全て覆っているわけじゃないからだ。この火が物理現象と同じように酸素で火の勢いを増しているのかどうかは知らないけど完全に覆ってしまったら火が消えてしまうかもしれない。だから町側の大部分は風魔法で覆っているけど周囲は塞いでいないのでどこかしらから熱が伝わってしまう。
いつまでもこんなものを町の上に掲げていたら熱いだけなのでさっさと敵陣に放り込んでしまおう。……ついでだから敵陣の後方も巻き込んじゃおうかな。ただ敵陣の後方に火を放つだけじゃなくて後方にいる者達も魔法で飲み込んでしまおう。そう思って最初に考えていたより少し手前に落とす。
「おぉ……」
着弾した火の弾がボワッと膨らんだかと思うと大きな火の壁のようにポルスキー軍の後方を遮断した。でも思ったより効果は低い。着弾して周囲に膨張した瞬間はいけるかと思ったけど結局ほとんど熱量は上へと逃げてしまった。着弾した場所やそのすぐ近くは巻き込まれたけど広い範囲を巻き込むという意味では効果はイマイチだ。
もっと全周囲に広がるような、爆発のようなものだったらある程度は周囲にも被害を広げられるのかもしれないけど、ただの火が落ちただけだと落ちた瞬間にボワッと広がってからは残りはほとんど上に逃げてしまうだけだとわかった。効果的に敵の広範囲に被害を齎そうと思ったらもっと違う工夫が必要だ。
「う~ん……。あまり見ていて気持ちの良いものじゃないなぁ……」
炎に巻かれて逃げ惑う兵士達。城壁の上から高みの見物と言いたい所だけどはっきり言って見ていても楽しいものじゃない、のは当然として目を背けたくなるような大惨事だ。やっぱり火で追うというのはえげつない。
ドンッ!ドンッ!ドドドドンッ!
「お?もう始めたのか」
俺がそんなことを考えていると早くもガレオン艦隊がそれぞれ町の東と西について艦砲射撃を開始していた。俺の火魔法が作戦開始の合図だったからすぐに動いたんだろう。ポルスキー軍の方を見てみれば逃げ惑っていた兵士達はガレオン艦隊の艦砲射撃で吹き飛ばされながらも炎から逃げるためにこちらに走り続けていた。
「計画通りではあるんだけど……、やっぱり人を殺すのは気が引けるというか心苦しいというか……。まぁ仕掛けてきたのはそっちだし仕方ないよね……。ん?あれは……?」
俺もガレオン艦隊と一緒に攻撃を開始しようかと思ったその時、遥か遠くでカーン砲の砲弾を打ち落とす奴がいるのを見つけた。周囲にいるのは高級そうな衣服や派手な装備に身を包んでいる。恐らく将官や参謀クラスの集まりだろうか。
その中の一人が飛んで来るカーン砲の砲弾を打ち落としていた。おいおい……、本当に人間かよ……。いくら現代地球から考えたら旧式どころか最初期クラスのカノン砲とは言っても生身の人間が飛んできている砲弾を打ち落とすとか……。この世界の人間は地球人から見たら化け物だらけのようだ。
あんなのがうじゃうじゃいるんだとしたら俺もうかうかしていられない。もし城壁に取り付かれたらこちらがどれほどの被害を受けるかもわからない。母はあんな楽観を言っていたけどやっぱり敵も侮れないじゃないか。ここは接近されるまでに出来るだけ敵戦力を削っておくべきだろう。
ただあの将官や参謀達が集まっているらしい一団に魔法を撃ち込むのはやめておこう。カーン砲は軌道が不安定だから巻き込まれて死んでもしらない。でも俺が直接狙うのはやめておく。確かに指揮官達を一網打尽にすれば敵はさらに混乱して指揮もままならなくなるだろう。でもその分今度は降伏などの判断も出来なくなってしまう。
完全に統率が取れなくなっている軍ほど危ないものはない。確かに戦争においては指揮官を殺して混乱させる手もあるけど、今の場合はそれはあまり合わないだろう。何しろ敵はこちらに迫ってきているんだ。敗走させるつもりなら頭を潰せば良いけど暴走した敵兵がこちらの町に雪崩れ込んでくることは避けたい。
というわけであの一団は俺は狙わない。それに砲弾が飛んでいってもあの化け物がまた打ち落とすだろう。いくらか将官や参謀も死ぬかもしれないけど指揮官クラスが誰か残っていればいい。そいつが降伏や投降を全軍に呼びかけてくれたら良いだけだ。
「土よ……」
火魔法で火あぶりにするのは少々気が引ける。水魔法だと折角後方を火の海にしたのに火の勢いが止まってしまう可能性もある。風魔法で切り刻むか土魔法で潰すのが現実的な選択だろう。というわけで岩の砲弾を撃ち出すことにする。
ドンッ!と衝撃波を残して飛び出した岩の砲弾は地面を大きく抉って敵兵達を吹き飛ばした。吹き飛ばされた所には兵士の原型は残っていない。風魔法で真っ二つにしたら辺り一面血塗れだっただろうしこれなら視覚的に耐えられそうだ。ホイホイホイと岩の砲弾を撃ち出す。
撃ち出された砲弾は音速を超えているので衝撃波が発生している。町に衝撃波が伝わりにくいようにこちらもある程度は風魔法で後方を覆っておく必要がある。
そんなこんなで随分敵の数を減らした所でとうとう敵はケーニグスベルクの城壁へと辿り着いていた。残りは数百人って所かな。これでもう降伏してくれたらいいんだけど……。
「閣下、敵は自らの攻撃の威力が大きすぎて城壁の近くでは攻撃してこれません。ここで暫く休息を取りつつ態勢を整えてケーニグスベルクを攻略しましょう」
「そうですか……。まだ降伏するつもりはないということですね……。残念です」
城壁の上から様子を窺っていたらどうやらまだ降伏するつもりはないという話が聞こえてきた。敵がまだ戦うつもりだというのなら仕方がない。それによくよく見てみればこいつはさっきカーン砲の砲弾を生身で打ち落とすとかいう非常識なことをしていた人外の化け物だ。確かにこんな化け物がいればケーニグスベルクの守備兵だけじゃ落とされていたことだろう。
「――っ!何者だ!」
「プロイス王国近衛師団所属、フロト・フォン・カーン男爵です」
城壁の上から飛び降りてから名乗る。風魔法を利用してゆっくり降りたからスカートが捲れ上がってマイッチングなんてことにはなっていない。まぁそれでも真下から覗き込まれていたら見えていただろうけど、わざわざ下に人がいる所に降りるはずもない。
「『血塗れマリア』……!?」
その化け物は母の名前を呼んでいた。もしかして……、これまで母と何度も渡り合ってきたという化け物がこいつだろうか……。だったらやばいかな……。俺じゃ敵わない可能性もある。調子に乗って一人で降りて来たけどちょっと後悔……。
「あらぁ?呼んだかしら?」
その時俺の横に母も飛び降りてきた。俺は風魔法でフワリフワリと降りてきたけど母は何mもある城壁の上から鎧とあのクソ重たい槍を持ったまま生身で飛び降りてきた。やっぱりこの母は化け物だ……。こんな母と渡り合うとかその相手も相当な化け物だろう。
「ええいジャンジカ!何をしておる!なさけない!あんな女二人がどうしたというのだ!何ならこのミカロユス様が直々に相手をしてくれよう!うひひっ!すぐには殺さんぞ!散々嬲ったあとで殺してくれる!」
その時……、やたら派手で豪華な衣装に身を包んだいかにも高位貴族という風体の男がそんなことを言ってこちらに近づいてきた。こいつ今なんつった?
「嬲ってから殺す?まさか……、私の大切なお母様のことを言っているのですか?」
「ぁ?何だ?貴様ら二人に決まっておろうが!ぎゃはははっ!まずは手足の腱を切ってぇ~!それから……」
こちらに近づきながらベラベラと不愉快な音を垂れ流す。母を嬲り者にする?このクソが?ふざけるな!例え冗談でもそんな言葉は許さない!
「駄目よフローラちゃん。そんな力で殴っちゃ人は死んじゃうのよぉ?あれはマグナートの一人だから殺すより捕まえましょ」
「お母様……」
俺がそいつをぶん殴ってやろうとしたら途中で母に腕を掴まれて止められた。いくら全力でもなかったしバフ魔法もかけていなかったといってもあの姿勢から俺の拳に追いついて掴むとかこの母はどんだけ化け物なんですか?
あ~……、お陰で頭が冷えた。こんな母を嬲り者に出来る者がいたら見てみたい。この母なら一人で一国を相手にしても余裕で相手の本拠地まで乗り込んで王なり何なりを捕まえてしまいそうだ。さすがに365日毎日毎時間、年中追われていたら疲れ果ててそのうち討たれるかもしれないけど、その前に相手の指導者を皆殺しにして相手を黙らせてしまうだろう。
それより考えるべきことがある。母はいま吹っ飛んでいったクズをマグナートだと言っていた。マグナートと言えばポルスキー王国の貴族議会を牛耳っている者達のことだったはずだ。道理であんな化け物が護衛していたわけだな。
そういえばマグナートの一人とかいう貴族のせいで忘れてたけどあの砲弾を打ち落とした化け物のことは放ったらかしになっているけどいいんだろうか?




