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第二百四十六話「壊滅!」


 それはまさに地獄と呼ぶべきものだった。一方的に降り注ぐ砲弾。爆ぜた地面と一緒に風に木の葉が舞うように飛ばされていく兵士達。将軍も、参謀も、士官も、兵士も、何もかも関係ない。


 昨日まで酒を共に酌み交わしていた戦友が、先ほどまで議論を交わしていた参謀が、この戦いが終わったら田舎へ帰って結婚すると言っていた若者が、いくつもの戦場を渡り歩いてきた古強者が、等しく無価値に死んでいく。


 戦争で兵が死ぬのは当然だ。それが仕事だ。しかしそれはその行為に意味があるからこそ耐えられることだ。


 生還率の極めて低い作戦であろうとも、自分達がその作戦を行なうことで味方が助かり、最終的に戦闘に勝利出来るからこそ命を投げ打って戦うことが出来る。


 それなのにここはどうだ。華々しい戦果とは無縁の、そして自分達の死が何の意味もない、何の布石にもならないただの犬死でしかない。誰も彼もがただ死にたくないと必死に駆けずりまわるだけで戦士としての戦いも、騎士としての名誉も、立身出世の夢もない。


 ただ等しく無慈悲で無意味な死が撒き散らされる。それを地獄と言わずに何というのだろうか。


「ひいいいっ!」


「もういやだぁぁぁぁっ!」


「じに゛だぐな゛い゛!」


 誰も彼もが必死に走る。攻撃してきている敵船に向かって近づくという恐怖。しかし立ち止まればあの鉄の雨に晒される。何より後ろから猛烈な勢いで炎が迫っているのだ。嫌でも前に進むしかない。死ぬための行軍。自ら水の中に飛び込んでいく鼠の群れのように、ひたすらに前に進む哀れな道化達。


「これだけいれば早々当たるものではない!恐れるな!ケーニグスベルクの城壁に取り付けばあの鉄の雨は撃てないはずだ!」


 最後の希望はそれだけ。敵船が放っている鉄の雨は威力がありすぎる。ケーニグスベルクの城壁に取り付きさえすれば城壁を崩してしまわないように敵船はあの攻撃が出来ないはずだ。だから死ぬ前にケーニグスベルクの城壁に辿り着くしかない。


 前へ、前へ。ひたすら前へ。止まることは死を意味する。それが理解出来ているからこそミカロユスですら必死で走っていた。


 そしてジャンジカは賭けに勝ったと勝利を確信した。今まで降ってきた鉄の雨の勢いと自軍の損害から考えれば城壁に辿り着くまでに全滅するということはない。自分ももう次の砲弾は打ち落とせないだろうがそれでも良い。誰かは必ず生きてケーニグスベルクの城壁まで辿り着ける。そうなればケーニグスベルクを攻め落とせるはずだ。


 僅かに希望が見えたその時……。


「ん?城壁の上に誰か……?」


 正面に見えるケーニグスベルクの城壁の上に誰かが立っている。それはこれだけの攻撃を仕掛けてきているのだから観測員なりが立っていても不思議ではない。しかし……、何か妙な胸騒ぎがする。ジャンジカの勘がそう告げていた。そして猛烈に嫌な予感がした次の瞬間、城壁の上から何かがチカッと動いたのが見えた。


 ドオオオォォォォーーーーーーンッ!!!


「うおおおっ!」


 一瞬何かが動いたと思った次の瞬間周囲の何箇所もが火山の噴火かと思うほどに大爆発を起こし地面が揺れた。あまりの揺れに立っていられない。何事かと思って周囲を見てみれば……、そこは地面が大きく抉れ巨大なクレーターが出来上がっていた。当然その辺りにいた友軍など見る影もない。完全に粉々にされたのか誰かがいた痕跡すら見分けがつかないほどだ。


「ばっ……、馬鹿な……」


 ジャンジカはガクガクと震える体を止めることが出来なかった。降り注ぐ鉄の雨だけでも信じられない威力を秘めている。それこそジャンジカが一発打ち落としただけで腕や武器が駄目になってしまうほどにだ。それなのに……。


「こっ……、こんなもの防げるはずがない……」


 いつ着弾したのかも見えなかった。飛んできた攻撃の音が着弾よりも遅れて届いたのだ。チカッと何かが動いたように思った瞬間にはもう地面が爆ぜていた。受け止めるとか打ち落とすとかそれ以前の問題だ。


 そして仮に、万が一にも、偶然でも、とにかくこの一撃を受けられたとしても、止めることも打ち落とすことも出来るはずがない。これは人間にどうこう出来る問題ではない。どれほど人知を超えた力を手に入れようとも生身の人間がどうにか出来るようなものではないと本能的に察した。そして……。


 ドオオオォォォォーーーーーーンッ!!!


 ドオオオォォォォーーーーーーンッ!!!


 ドオオオォォォォーーーーーーンッ!!!


 城壁の上がチカッと光るたびに大地震の如く地面が揺れて爆ぜる。これほどの馬鹿げた威力の攻撃だというのにいくらでも放てるとばかりに連続で攻撃してくる。


「とっ、止まるな!走れ!走れ!走れ!あの攻撃も城壁に取り付いたら使えないはずだ!」


 ジャンジカは自分に言い聞かせるようにそう叫んだ。ジャンジカの冷静な部分は察している。もう理解している。仮にケーニグスベルクの城壁に辿り着けてもそこは天国などではない。さらなる地獄が待ち受けているだけだろう。


 しかし……、それでも……、走るしかない。まだ生きているのだから……。自らさらなる地獄に飛び込んでいるのだとしても止まることなく駆けるより他に道はなかった。




  ~~~~~~~




 シュテファンは目の前の光景が信じられなかった。先制攻撃として敵陣地の後方に火を放つと言っていた。一体どうやって敵の後方に火を放つというのかと馬鹿にしながら見ていたその光景を生涯忘れることはないだろう。


 トンッと城壁の上に飛び上がった美しい天使は背中に太陽を背負った。比喩でも何でもない。城壁の上に飛び上がったフロト男爵が空に向かって手を掲げるとそこに太陽が五つ現れたのだ。不思議なことにそれほど熱さを感じない。もしかして見せ掛けだけで熱くないのだろうかと錯覚しそうになる。


 それを無造作に軽くヒョイという感じで手を振ると五つの太陽はポルスキー軍の陣地の方へと飛んで行った。そして……、着弾したと同時に世界が揺れた。もちろんシュテファン達は城壁の下にいるのだから実際に着弾したかどうかを目で見て確認したわけではない。


 ただ城壁からでも向こうの空が真っ赤に染まり巨大な火の壁が次第に上空を覆っていく様が城壁の上に見えただけだ。そして城壁の下に居ながらにして噴きつけてきた熱風の熱さが実感出来た。


 これほど離れていながら、しかも城壁の影にいながらにしてこれほどの熱風を感じたのだ。これがもし城壁の外に居たのならば……。それを想像するとあまりの恐ろしさにブルリと身震いをした。フロト男爵が誰も城壁に上らず城壁の影に隠れるようにと言った意味がようやくわかった。


 そして次はドンッ!ドンッ!という腹に響くような音の嵐だ。当然ながら港の方には城壁はない。その港から見える光景にシュテファンは息を飲む。


 カーン家商船団の巨大船が火と煙を噴く。すると城壁の向こうで何かが爆ぜる音が返ってくる。目の前の光景が理解出来ない。『船が陸上を攻撃する』などということはシュテファンの常識にはない。そのあり得ないことが起こる。


 さらに……、城壁の上に立っている美しい天使は次は岩を背負いだした。細長い筒状のような岩が現れたかと思うと腹に響くようなドンッ!という音を残して岩が消える。そして間を置くことなく城壁の向こうに火山の噴火のような大きな噴煙が起こる。地面が揺れ、音が鳴り響き、土煙が立ち上る。


 何もかもが理解不能。しかし一つだけわかることがある。あの城壁の上に立つ者は神が遣わし給うた天使、神の御使いなのだ。


 その圧倒的な暴力でありながら幻想的な光景を目の当たりにしながらシュテファンは自らが生涯仕えるべき主を見つけたことを知り、これから生涯変わらぬ忠誠を誓ったのだった。




  ~~~~~~~




 幸運にも(不幸にも)、ジャンジカやミカロユスや一部の兵士達はケーニグスベルクまで辿り着いた。まさに地獄だった。命に価値などないと突きつけられているかのような命の大安売りの中で何とかケーニグスベルクの城壁まで辿り着いた。


 ある程度接近してからは敵船からの鉄の雨も、城壁の上からの信じられないような攻撃も飛んでこなくなっていた。ジャンジカの予想は当たっており、城壁に近すぎては自分達の攻撃でケーニグスベルクを破壊してしまうために攻撃出来ないのだ。


「ひぃっ!ひぃっ!もう走れん!どうにかしろ!」


「閣下、敵は自らの攻撃の威力が大きすぎて城壁の近くでは攻撃してこれません。ここで暫く休息を取りつつ態勢を整えてケーニグスベルクを攻略しましょう」


 自分で言っていても白々しい。最早残った兵力ではケーニグスベルクを落とすのも簡単ではない。三千の兵が居た時に奇襲を仕掛けていれば今頃とっくに落とせていただろう。しかし今更そんなことを言っても意味はない。そして残った兵力でケーニグスベルクを落とせるかと言えば不可能だろう。


 現状の兵力でケーニグスベルクを落とすというのも相当に困難なはずなのに、敵には今の攻撃を行ってきた者達がいるのだ。それはどう考えてもケーニグスベルクに元々いた防衛戦力ではないだろう。


 ケーニグスベルクにあんな巨大船がいるなど聞いたこともない。あんな馬鹿げた攻撃方法を持っているなど聞いたこともない。つまり……、あれらは自分達が暢気に包囲している間にやってきた敵の援軍だ。そしてその援軍があれだけで終わりのはずがない。


 あれほど自分達の常識では考えたことすらないような攻撃をしてきた非常識な相手だ。接近されたからもう攻撃も出来ません。ケーニグスベルクは明け渡しますなどとなるはずもない。どう考えてもここは死地だ。しかしポルスキー王国最強である自分がそんな泣き言を言えるはずもない。


「そうですか……。まだ降伏するつもりはないということですね……。残念です」


「――っ!何者だ!」


 突然聞こえた声にジャンジカは剣を構える。自慢の槍はもう使い物にならない。それに走るのに邪魔で途中で捨ててきた。武人としてあるまじき行為とも言えるがどちらにしろもう使えなくなっていた槍だ。戦いに邪魔となれば捨ててくるのも止むを得ない。


「プロイス王国近衛師団所属、フロト・フォン・カーン男爵です」


 そう言いながら……、城壁の上からフワリと天使が舞い降りて来た。


「天……使……?」


 誰かが呟く。誰もがそう思った。あり得ない。城壁の上から飛び降りたというのにフワリフワリと宙に浮いているようにゆっくり降りてくる。スカートを穿いているはずなのに捲れあがることもなく音も立てずに地面に降り立った。


 長い金髪に薄いブルーの瞳。その目に見詰められるだけで全てを見透かされているかのような気さえしてしまう。うっすら微笑んでいるようにも見えるその顔はあまりに美しい。しかし……、ジャンジカはその少女を見た瞬間ブワッと全身から汗が噴き出した。


「ぁ……、ぅ……」


 圧倒的な力、その差をおぼろげながらに感じ取った。どうあっても敵わないと本能が訴えかける。こんなことは人生で今までに三度しかない。そしてその三度ともジャンジカにそんな気持ちを抱かせた相手は同じだ。


「『血塗れブラッディーマリア』……!?」


 これまでジャンジカをそこまで恐怖させたことがある相手。その少女からはその恐怖の対象と同じ匂いがする。近づいてはいけない危険な相手。全身全霊をかけて逃げに徹してようやく逃げおおせたプロイス王国の悪魔。その悪魔と対峙しているかのような感覚に全身がガクガクと震えてくる。


「あらぁ?呼んだかしら?」


 そして……、ズシャッ!とその天使の横に悪魔が降り立った。その姿を忘れるはずもない。かつて三度もジャンジカに恐怖を刻み込んだプロイス王国の悪魔『血塗れマリア』の姿を忘れたことなどただの一度たりともありはしない。


「ヒィッ!」


 それまで勇ましかったジャンジカ将軍が、まるで子供のように怯えた声を出し、武器を落として地面に蹲った。それだけで生き残った周囲の者達は全てを察した。もう自分達の戦いは終わったのだと。あとは地獄が待つだけなのだと……。


「ええいジャンジカ!何をしておる!なさけない!あんな女二人がどうしたというのだ!何ならこのミカロユス様が直々に相手をしてくれよう!うひひっ!すぐには殺さんぞ!散々嬲ったあとで殺してくれる!」


 相手が女と見ると途端に元気になったミカロユスが立ち上がり剣を構える。しかしあまりに構えからしてお粗末すぎた。だが……、その者の実力が伴わなかろうが何だろうが関係ない。ある人物の怒りに触れたのだ。


「嬲ってから殺す?まさか……、私の大切なお母様のことを言っているのですか?」


「ぁ?何だ?貴様ら二人に決まっておろうが!ぎゃはははっ!まずは手足の腱を切ってぇ~!それから……」


 下衆なことを言いながらニヤニヤとミカロユスが近づいて来る。無造作に詰められた間合いで天使のような少女の姿が一瞬ブレたかと思うとミカロユスは後方遥か先に吹っ飛んでいた。


「駄目よフローラちゃん。そんな力で殴っちゃ人は死んじゃうのよぉ?あれはマグナートの一人だから殺すより捕まえましょ」


「お母様……」


 しかしフローラと呼ばれた少女の拳はミカロユスには届いていなかった。寸止め状態でマリアがその腕を掴んで止めていたのだ。しかしそれでも寸止めの衝撃波によって吹っ飛ばされたミカロユスは顔がぐちゃぐちゃになりながら意識を失っていたのだった。



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[一言]  前回感想でたいしたことなさそうっていったけど全身全霊かけたとはいえお母様から3回逃げのびてんのよくよく考えれば十分化け物クラスだった(なおお母様は化け物クラスの中の最上位クラスのもよう) …
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