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第二百四十五話「ジャンジカ将軍!」


 ミカロユスが率いるケーニグスベルク包囲軍に早馬が駆け込んで来た。伝令はそのまま諸将のいる天幕に転がるように駆け込み声を張り上げた。


「ほっ、報告します!第一艦隊が……、第一艦隊が燃えています!」


「なっ!」


 普通ならばこんな勝手に伝令が軍議の開かれている天幕に入り込んですぐに報告することなど出来ない。しかしあまりの出来事のために伝令は一刻も早く伝えなければと手順を無視して天幕に駆け込んだ。そして練度も士気も低いポルスキー王国軍ではそれを止める体制も出来ていなかった。


 もし駆け込んだのが緊急の伝令にみせかけた暗殺者だったらどうするというのか。軍議の真っ最中の諸将が不意を打たれて命を落としたら大事になってしまう。


 本来ならば今の出来事を見て軍の体制の不備を注意すべきところだ。しかし伝令の報告があまりに衝撃的すぎたためにその場にいた将も参謀もそんなことを気にしている余裕はなくなっていた。


「どういうことだ?何故燃えている?」


「詳細はわかりません!ダンジヒ方面に侵出していた第一艦隊に合わせて陸路を進み警戒していた部隊から第一艦隊が燃えていると緊急報告があったのです!」


 ポルスキー軍は今回のケーニグスベルク攻略において近隣に偵察や斥候を出していた。いくら敵の援軍が来るまでに半年の猶予があるとはいってもそれはあくまでプロイス王国軍主力の話だ。本国から出てくる主力軍は半年の足止めが約束されているが各地の守備隊はまた別である。


 だからもしケーニグスベルク攻撃が敵に察知された場合近隣から応援が来る可能性は普通にあり得る。ただし所詮そこらの一都市を守る守備兵力くらいならば三千もの大軍を擁する自分達が負けるはずはないと思っている。


 負けるはずはない、が、警戒しないというのも愚かな話だ。そこでポルスキー軍の将軍や参謀達は西を中心に偵察や斥候を放っていた。その偵察部隊の一部を海軍のダンジヒ牽制に合わせてダンジヒ方面へ侵出させ、陸上からも牽制、また海軍の戦果確認を行なうように指示していた。その陸上部隊から艦隊が燃えていると報告があったのだ。


「燃えているといってもどうせ一隻が小火でも出したという程度だろう?」


 どれほど細心の注意を払っていてもたまには小火を出すこともあるだろう。揺れる船の上で電灯ではなく火を使う明かりを利用して木造船ならばたまには何かが燃えることもある。初期消火に失敗すれば焼失してしまう可能性もあるが木造の船に乗っている者ならばその危険性を理解し注意しているはずだ。


「そっ、それが……、第一艦隊四隻全てが大炎上しており至急応援を派遣して欲しいとのことです」


「四隻全てが炎上!?」


「それは敵の攻撃を受けたということではないのか?」


 報告を聞いて天幕の中は一気に騒がしくなった。不注意や事故により一隻が小火を出したという程度ならわかるが四隻全てが燃えているなど尋常ではない。それは事故ではなく敵の攻撃によるものだと判断するのが妥当だ。


「ここは第一艦隊救援のために至急部隊の派遣を……」


「待て!敵に攻撃されたというのならその敵はこちらにも来るということではないのか!本隊を危険に晒すことは許さん!救援の派遣は許可せんぞ!」


 話を聞いていたミカロユスが大声を張り上げた。事故で船が燃えたというのならともかく敵の攻撃を受けて燃やされたというのならその敵が自分達、いや、自分の方にまで来ないとも限らない。そんな時に自分を守る兵を一人でも他所へやるなどミカロユスには到底許せないことだった。


「しかしこのままでは第一艦隊の兵をむざむざ失うことになります……」


「ぬ……?」


 兵を失うということは全責任を負っているミカロユスが補償をしなければならないということになる。それを持ち出されてはミカロユスも考えざるを得ない。


「ならばどれほどの救援が必要なのだ?」


「はっ……、第一艦隊四隻の救援となれば六百名ほど……」


「馬鹿を申すな!六百人も出せるか!それではこの本隊の……、かなりの数ではないか!」


 即座に五分の一とわからなかったミカロユスはそう言って参謀達を怒鳴り散らした。五分の一もの兵を割いている間にこちらが攻められたらどうするのだと駄々っ子のように喚く。


「しかし少数では救援に出す意味がなく……、またその付近に敵がいる可能性もあります。ある程度は敵に対処出来るだけ派遣しなければなりません……」


「ぐぬぬっ!ならば二百!二百だ!それ以上は出さん!」


「それでは少なすぎます。せめて四百は……」


「ええい!三百だ!三百までしか許さん!これ以上は何を言われても許可せんからな!」


 まるで露店で値切りの交渉でもしているかのように救援部隊の数が決められる。普通に考えれば軍事的観点から計算して算出すべきだがミカロユスにそんなことを言っても通じるはずもない。これ以上譲る気配のないミカロユスを見て諦めた参謀達はどうにかして三百の派遣でやり繰りするように考え始めた。


「そもそも海軍がやられたのだ。ここは大丈夫なんだろうな!」


「は……、ダンジヒ方面の牽制に向かった第一艦隊がやられたということは敵は恐らくダンジヒの海上戦力かと思われます。ダンジヒの保有兵力から考えてこちらに上陸してくることはまず有り得ません」


「そもそもこちらはポルスキー王国が誇る最精鋭の主力部隊三千。そしてそれを率いるのはプロイス王国の悪魔『血塗れブラッディーマリア』と互角の戦いを繰り広げた歴戦の猛将ジャンジカ将軍がいます。ダンジヒの弱兵になど遅れを取ることはありません」


 その言葉を聞いてミカロユスは少しだけ落ち着いた。そうだ。三千もの大軍がいるのだ。しかもポルスキー王国で最強のジャンジカ将軍がいれば万が一にも自分の前まで敵が迫ることなどあるはずもない。


「よ~し……。わかった!ならば第一艦隊救援に三百の兵を派遣しろ!こちらは引き続きケーニグスベルク封鎖を続ける!」


「「「「「ははっ!」」」」」


 ミカロユスの命令が下り諸将や参謀は慌しく作戦と編成を話し合ったのだった。




  ~~~~~~~




 第一艦隊救援に三百の兵が出陣した後、本陣の位置の引越しが行なわれていた。当初はケーニグスベルクを包囲しているポルスキー軍の中でも最後尾に置いていたが今は布陣の真ん中近くに移っている。


 理由は簡単だ。もし敵が背後から襲撃してきた場合、最後尾に本陣を置いていたら一番最初にミカロユスのいる本陣が攻撃を受ける可能性がある。だから背後から奇襲されても大丈夫なようにミカロユスは布陣の真ん中に移るように指示したのだ。それだけケーニグスベルクに近づくことになるが背後から奇襲されるよりは良い。


 そしてその判断がミカロユスをはじめとしたポルスキー軍の首脳部の命を救うことになった。ただし救われたのは敵の最初の一撃に対してのみであり、また最初の一撃ですぐに命を落としていた方が幸せだったかもしれない……。


「ん?何だありゃ?」


「火矢?」


 最初にそれに気付いたのはケーニグスベルクに一番近い場所に陣を張っていた兵士達だった。ケーニグスベルク方面から何やらいくつかの光るものが放たれたのだ。光を放っていることから火矢でも射掛けてきたのかと思っていたが、どんどん近づいて来るその光の大きさが尋常ではないことにようやく気付き始めた時には全てが遅かった。


「なっ!何だあれは!」


「巨大な火の弾が……」


「敵襲だ!敵襲ーーーーっ!」


 最前線にいた兵士達の上を、轟ッ!と物凄い音をさせながら通り過ぎた火の弾は一つ一つが巨大な建物をまるまる包み込んでしまうほどに馬鹿げた大きさだった。いや、それも正確かどうかはわからない。上空を通過したために距離感がどれほどかわからなかったが、もし相当上空を通ってあの大きさに見えていたのだとすれば実際の大きさがどれほどになるか想像もつかない。


 ゴオオォォォーーーーッ!と不気味な音を響かせながら幾筋もの巨大な火の弾が通りすぎ……、そして自分達の陣地の後方に着弾した。


 ドオォォンッ!という耳を劈くような大轟音と共に巨大地震かと思うほどに地面が激しく揺れる。そして見上げた空は真っ赤に染まっていた。


「うっ、うおおっ!」


「ひぃっ!」


「にっ、逃げろ!」


 自分達の後方を見てみれば巨大な火柱、いや、周囲を扇状に囲うかのように巨大な火の壁が出来上がっていた。その火の壁は一気に膨れ上がり自分達の上に炎を撒き散らす。天幕はあっという間に燃え、熱風が吹きつけ、着弾地点から一番遠い最前線にいた兵士達ですらその熱でチリチリと焼かれて軽度の火傷を負うほどだった。


「ヒイィッ!だっ、誰かなんとかしろぉ!」


 ミカロユス達ポルスキー軍首脳部がいた本陣の天幕にも火が燃え移る。しかし天幕の中にいたお陰で直接熱風に晒されることなくそれほど大きな火傷は負っていない。


 すぐに天幕から出たミカロユス達は辺りの光景を見て驚愕に目を見開いた。自分達の後方、ほんの少し前まで本陣が置かれていた辺りは見たこともないほど巨大な炎に包まれて完全に燃え尽きていた。着弾から天幕を出て外を見るまでのほんの数秒、数十秒の間に完全に燃え尽きるなど一体どれほどの火勢だったというのか。


「閣下!こちらへ!」


「そっ、そっちは敵のいる方ではないか!」


 首脳陣が比較的無事だったのは数多くの幸運に恵まれたからだ。巨大な炎の熱はほとんど上に逃げた。だからよほど着弾地点から近くない限りは熱風だけで焼け死んだ者はそれほどいない。また分厚い生地の天幕に入り、さらに周辺に張られていた護衛の天幕があったお陰で熱風が遮られていた。


 しかし外に出てみればあちこち燃え広がっておりいつまでもこんな場所にいては炎に巻かれて焼け死ぬしかない。後方が燃えているということは炎から逃れるには前に進むしかないのだ。


「閣下は私がお守りしましょう」


「おお!ジャンジカ!ならば貴様に私の護衛を申し付ける!必ず守るように!」


「はっ!」


 ポルスキー王国最強のジャンジカが護衛につくということで何とか気持ちを持ち直したミカロユスは炎に巻かれる前に前進を開始した。せめて燃える天幕のない現在の布陣の最前線より前にいかなければ自分達が持って来た資材や天幕が燃えて炎に巻かれてしまう。


 突然の出来事と強すぎる火勢によって指揮はとれず大混乱のままポルスキー軍はとにかく燃えていない場所を求めて前進を開始した。そしてケーニグスベルクに近づいた時、それが姿を現した。


「おい!何だあれは?」


「船?」


「おかしい!でかすぎる!」


 ポルスキー軍から見ればケーニグスベルクの町の向こう側にあるはずの川に浮かんでいるはずなのに、その船は遠近感が狂うほどに大きく見えた。いや、見えたのではない。実際に大きいのだ。


 北から南下しているポルスキー軍から見て町の後方の東と西に一隻ずつ、今まで見たこともない巨大船が町の影から姿を現していた。その巨大船は不思議な構造をしており舷側にいくつもの窓がある。その窓が開いており黒い筒のようなものが顔を覗かせていた。そして……。


 ドンッ!ドンッ!ドドドドンッ!


 物凄い轟音と共に火と煙を吐いたその巨大船から何かが飛んで来る。


「ぁ?」


「ぷぎゃっ!」


「ぐぇっ!」


 何かが飛んできたと思った時にはもう遅かった。直接その飛んできたものに巻き込まれた者はひしゃげ、ばらばらの挽肉になっていた。そして直接当たらなくとも地面に着弾したその弾が周囲に衝撃を撒き散らし地面を爆ぜさせるとそれに巻き込まれてさらに周囲に居た者達まで吹き飛ばされる。一撃着弾するごとに何人もの兵士が宙を舞っていた。


「ヒイィッ!なんだ!なんなんだこれはぁぁぁっ!どうにかしろジャンジカ!」


「――っ!おさがりください!はぁっ!」


 辺り一帯あちこちで地面が爆ぜる音が鳴り響く。まるで雨のように降り注ぐその弾は兵士も士官も将軍も参謀も関係なく等しく挽肉へと変えていく。当然ミカロユスにもその弾が迫っていた。その前にジャンジカ将軍が立ちミカロユスを庇う。


「うおおおおっ!」


 飛んできていた弾を自慢の槍で打ち落とそうと殴りつける。大岩をも軽々と持ち上げるジャンジカの腕力を持ってしてもその弾を打ち落とすのは容易ではなく、ミシミシと腕と槍が嫌な音を奏でる。


「おああぁぁっ!」


 しばらく鍔迫り合いのように弾と槍で押し合っていたジャンジカはようやく弾の一発を地面に叩き落した。腕は痺れ槍は曲がり全身の骨は軋んでいる。もう一発打ち落とせと言われたら打ち落とせる自信はない。


「さぁ!閣下!まいりましょう!」


「おっ、おおっ!さすがはジャンジカだ!この調子でどんどん打ち落とせ!」


 簡単に言ってくれる、ジャンジカはそう思ったが口には出さない。もしもう一発も打ち落とせないと言ってしまったら全軍の士気にも関わる。今まだ辛うじてポルスキー軍が組織だって動けているのは首脳陣が偶然にも生き延びていたことと、ジャンジカの活躍があってこそだ。そのジャンジカがそんなことを言えば一気に総崩れになりかねない。


「敵船からの攻撃を防ぐにはケーニグスベルクの城壁に取り付くしかない!全軍このまま突撃だ!」


「「「「「おおお~~~っ!」」」」」


 ジャンジカが砲弾を打ち落としたことでポルスキー軍は士気を取り戻しケーニグスベルクへ向かってさらなる前進を開始したのだった。



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[一言]  フローラちゃん&お母様「計画通り(ニヤッ」  ところでこの軍の総大将まさか算数できないんじゃないでしょうね???もしくは軍の総数覚えてないか()  見事に狙ったとおり動いてくれる敵ほどや…
[一言] ブラッディマリア「あらあら~鴨がネギ背負ってやってきたわ~」 ( ˘ω˘ )
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