第二百四十四話「ポルスキー王国!」
ポルスキー王国貴族、ミカロユス・ラジヴィは満足気に目の前の部隊を眺めていた。ポルスキー王国は王国という名前ながら貴族共和制という制度が敷かれていた。貴族共和制とは貴族達が開く議会が国政を司る体制であり地球で言われる共和制と同じシステムである。
本来は全員が対等な一議員として議会が開かれているが実際にはそんなことはない。領地や経済が発達するに従って富める者はより豊かに、貧しい者はより貧しくなり格差が拡がっている。そんな中で大きな領地や財を握りマグナートと呼ばれる大貴族へと成り上がった者達が議員達の票を集めて国政を好き勝手に操っていた。
ミカロユス・ラジヴィもマグナートと呼ばれる大貴族の一人であり議会においても大きな権力を握っていた。相手に金を貸し借金漬けにして言うことを聞かせたり、金で票を買ったり、派閥を作り便宜を図ってやる代わりに自分の政策を支持させてきた。そのミカロユス・ラジヴィは今回ついに大きく動く決断をした。
今まで西の大国としてのさばってきたプロイス王国に正義の鉄槌を下しハルク海沿岸の自由都市を開放する。
というのは名目でありただ単純に富める都市であるハルク海沿岸の自由都市をプロイス王国から奪い取ってやろうというだけのことだ。
もともとその土地を開拓したのはプロイス王国の民であり始まりからしてポルスキー王国にハルク海沿岸の権利などありはしなかった。しかしプロイス王国がより西のフラシア王国や魔族の国と対峙している隙を突いては今まで何度もプロイス王国が開拓してきた東方植民地を奪ってきたのだ。
そして次は大きな港を有するケーニグスベルクを、さらに出来ることならばダンジヒまで奪ってやろうと常々狙っていた。しかしプロイス王国も黙って奪われるばかりではない。最近はフラシア王国や魔族の国との抗争も起こっていないので、あまり派手にプロイス王国に攻め込んだら逆にポルスキー王国が滅ぼされかねない。
これまで奪ってきた他の町や都市についてはまだ権利が宙に浮いた状態だ。ポルスキー王国はもう自国領として扱っているがプロイス王国が権利を放棄したわけではない。いつプロイス王国が奪われた領土の権利を主張して逆襲に出てくるかもわからない緊張状態が続いていた。
それなのにこんな時にさらなる火種を投下して大丈夫なのかと心配しているポルスキー王国議会の貴族達も居た。しかしミカロユスはそんな連中を鼻で笑って自ら出撃すると名乗り出たのだ。
領地に篭って自らの金を数えることしか能のないマグナート達ではあるがその発言力は高い。とはいえいくら発言力が高く組織票を持っていようともあまりに無茶な議案は他の派閥が賛成しないので通せない。本来ならばこんな時期にプロイス王国に戦争を吹っ掛けるような議案が通るはずはなかった。
しかしミカロユスは慎重に根回しを行い、さらに全責任を自らが背負うことを条件にケーニグスベルク侵略案を通した。議会の他の貴族達はミカロユスが失敗して失脚するだろうと影で笑いながらケーニグスベルク侵略案を可決した。
だがミカロユスには絶対の自信があった。他の議員達には一切漏らしていないがミカロユスはオース公国やプロイス王国に強いコネを持っているのだ。
本来ポルスキー王国はプロイス王国やオース公国と仲が悪かった。地球の歴史を振り返っても古今東西、隣国同士で仲が良いことなどあり得ない。様々な問題を抱える隣国同士は基本的に仲が悪く敵同士だ。
ただポルスキー王国がプロイス王国やオース公国と仲が悪いのは、ポルスキー王国が不意を突いては背後からプロイス王国、オース公国の領土を奪いに行っていたのが原因だった。完全に自業自得ではあるがそういう経緯からポルスキー王国はさらに東のモスコーフ公国と手を結び、プロイス・オース連合と対峙してきたのだ。
そんな中でミカロユスはオース公国に接近した。国同士が揉めていたとしても所属する者全員がお互いに憎しみ合い殺し合っているわけではない。特に議会議員である貴族達が好き勝手にしているポルスキー王国では大貴族が勝手にポルスキー王国を通さず外交を行なっていることなどザラにある。
ミカロユスはその有り余る財力に物を言わせてオース公国のあちこちを買収し、さらにオース公国を通じて長年の宿敵であるプロイス王国の者達にまでコネを広げてきた。そのコネをフルに活かして今回の事が計画されたのだ。
オース公国と裏で手を結んだことで本来オース公国との国境に貼り付けていた兵力を動員し、さらにプロイス王国の者達にすぐにケーニグスベルクに援軍を送れないように色々と暗躍してもらった。その結果ミカロユスはケーニグスベルクへの奇襲と半年間の時間の猶予を得たのだ。
プロイス王国の内通者達にケーニグスベルクへの援軍を半年足止めしてもらう約束になっている。さらに本来なら警戒しているはずのプロイス王国の兵を下げさせることで事前に奇襲を察知されないようにしていた。
動員してきた兵はポルスキー王国が誇る大英雄ジャンジカが率いるポルスキー王国主力軍三千。そして最新鋭艦の海軍九隻だ。これだけの兵力があって奇襲の成功が約束され、半年間応援が来ない一都市程度を落とせないはずはない。
ただ力攻めをして兵を損なったらダンジヒ攻略に支障が出る可能性がある。だからミカロユスはケーニグスベルクを包囲して兵糧攻めにすることにした。その時点で折角の奇襲が全て台無しになっているのだが無能のマグナートの一人であるミカロユスがそんなことに気付けるはずもない。
軍の参謀や将軍達は奇襲によってケーニグスベルクを即座に落とし、余勢を駆ってダンジヒに攻め込むべきだと何度も進言していた。しかし兵を損ねることを嫌ったミカロユスが聞く耳を持たなかったことから結局無防備なケーニグスベルクを目の前にして包囲しているだけだった。
「閣下!報告します!我が艦隊によりビスラ湖河口は完全に制圧。さらに万が一の場合には船を沈めて河口を閉塞出来る準備も進めております」
「うむ!」
報告を受けたミカロユスは尊大に頷く。ケーニグスベルクに停泊していた船を襲って海戦になったと聞いた時は激怒したものだが、今となっては敵の海上戦力がいなくなったことは都合が良い。
今回の侵攻はミカロユスが全ての責任を負うことになっている。つまり兵を損なえばその補填や遺族への保障も全てミカロユスがしなければならない。自分の金を払わなければならないために今回ミカロユスは兵を損なうことを極端に嫌っているのだ。それは決して兵の身を案じてや無駄な犠牲を出さないためではない。
最初の海戦で少々海軍に犠牲が出たためにミカロユスは勝手に海戦を行なった海軍の上層部にそれはもう当り散らしたが、敵の海上戦力がいなくなったお陰でビスラ湖やダンジヒまでの制海権を握れている。そもそも最初は奇襲の一撃だったのでポルスキー王国海軍の被害は軽微だった。これが本格的に戦争が始まってからだったならば敵ももっと警戒していて大きな損害を出していただろう。
そう考えればケーニグスベルクそのものも多少の被害を厭わず開戦と同時に突撃していれば軽微な損害で落とせていたはずだが、ミカロユスはそこまで頭が回らない。
海軍の貧弱なポルスキー王国にとってはビスラ湖から敵の海軍が侵攻、上陸してくることが何よりも恐ろしい。陸路を進んでくるのなら敵の接近にも気付けるしプロイス王国からケーニグスベルクまで大軍を送るには時間がかかるはずだ。それに比べて海路で輸送されては接近に気付きにくい上に大軍がすぐに来てしまう。
そこで最悪の場合はビスラ湖の河口に自軍の船を沈めて閉塞してしまおうと考えていた。確かに船を沈めればその補償もミカロユスがしなければならないがそれは問題ない。自分が持っている旧式船を代わりに差し出せば良い。もう廃棄するしかないようなボロ船だが誰にも文句は言わせない。議会さえ通せばどうとでもなる。
「我が海軍は作戦の第二段階に移行しております」
「うむ……」
第二段階と言われても何だったかなと思って返事が小さくなる。チラリと後ろに控える近習に視線を向けると察した近習がコソッと耳打ちした。
「ビスラ湖河口を押さえた後に艦隊を二つに分け、一つをダンジヒ牽制のために派遣するというものです」
「ふむ……」
プロイス王国が救援の軍を派遣してくるまで半年の猶予がある。しかし言い換えれば半年の猶予しかない。その半年の間にミカロユスはケーニグスベルクに加えてダンジヒも奪おうと考えていた。そう思えば今のうちからダンジヒにも攻撃しておくのは悪くない。
「早急にダンジヒの海上戦力も無力化してしまえ!」
「ははっ!必ずやご期待に添えてご覧にいれます!」
共に報告を聞いていた居並ぶ諸将達がミカロユスに向かって頭を下げたのだった。
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ビスラ湖河口を押さえたポルスキー海軍は艦隊を二つに分けていた。第一艦隊は河口からハルク海へと出てダンジヒへ向けて、第二艦隊は河口を封鎖している。ダンジヒへの牽制のために西へと向かっていた第一艦隊は自分達の北方を迂回している二隻の船を発見していた。
「あれはどこの船ですかね?」
「さぁな。どうでもいいさ。たかが二隻で我々に手を出してくることもあるまい」
「そうそう。どうせ俺達を迂回して行ったってビスラ湖の河口は第二艦隊が封鎖している。俺達は命令通りにダンジヒの貿易船や漁船を沈めれば良いさ」
そういって楽観しながら北へ迂回している不明艦を見送っていた。しかし……。
「なぁ……、でもあの船やたらでかくないか?」
「そうか?あれだけ船足が速いんだから小型船だろ?精々中型か?」
他に比べる物のない海の上では距離感や大きさがいまいちわからなくなってくる。ただ船乗りの常識から考えて自分達を迂回している船の足の速さからそれほど大型艦ではないだろうと判断していた。
「仮に大型だろうが何だろうが向こうがこっちに近寄ってこないならどうでもいいさ」
「そうだな。どうせこの距離じゃ何も出来まい」
見えている敵は明らかに自分達を避けて迂回している。攻撃してこないのならどうでも良い。弛緩した空気が第一艦隊に流れていた。だが状況は一変する。
「――ッ!敵襲!敵襲ーーー!」
けたたましい音が鳴り響き弛緩し切っていた水兵達が慌てて飛び起きる。しかし全ては遅かった。
「ぎゃあ~~~っ!」
「火だ!消火!消火ー!」
「うわぁっ!たっ、助けてくれぇぇ!」
遥か遠くから飛んできていた小さな火の玉は……、しかし目の前まで来てみれば船の上部ほとんど全てを一撃で火の海にしてしまうほどの馬鹿げた威力だった。甲板に出ていた者達は着弾と同時に炎に包まれて全身に大火傷を負って海へと転がり落ちた。船倉や船室にいた者達は上が火の海になっているために逃げることも出来ずに炎に巻かれて長く苦しむことになったのだった。
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第二艦隊は平穏な海を眺めていた。自分達の仕事は河口の封鎖だ。最悪の場合は仕掛けを使って自沈してでもこの場を閉塞しろと言われている。これほどの艦隊を捨てるのはもったいないが敵に乗り移られて船を奪われてこの場からどけられることだけは避けなければならない。
とはいえケーニグスベルクの海上戦力はすでに壊滅状態、一番近い敵の船の多いダンジヒには今第一艦隊が牽制のために向かっている。万が一にも自分達が戦うことなどあるまい。第二艦隊の乗組員達は全員がそう思っていた。しかし……。
「なっ、何事だ!?」
「わかりません!急に潮の流れが!」
「錨を下ろしているのに流されているぞ!」
突然の揺れに慌てて甲板に出てみれば錨を下ろして停泊していたはずの自分達の船が湖から海の方へと流されている。そんな馬鹿なことがあるかと思いながらあまりの不可解な出来事にどうすれば良いか頭が働かない。
「うわっ!」
「今度は何だ!?」
暫く流されていた第二艦隊はさらに大きな揺れに見舞われた。何が起こっているのかさっぱりわからない。
「おおっ!神よ!」
「こんな……、こんな馬鹿なことが……」
「船が……、浮いている!?」
明らかに見えている河口の陸地よりも圧倒的に上まで艦隊四隻全てが浮かび上がっていた。あり得ない。何が起こっているのかさっぱり理解出来なかった。そしてそのまま持ち上げられているかのような艦隊は沖へと運ばれていく。
「おい!あれを!」
「何だあの巨大船は!?」
「どこの船だ?」
沖へと流された自分達に向かって近づいて来る超巨大な二隻の船。その船に翻るのは三色の旗に鷲。見たこともない旗を掲げていた。
「うわ!」
急に浮いていた船が海面に叩きつけられたような衝撃が走った。否、実際に浮いていた船は全て普通の海面まで落ちたのだ。
「一体何が、あっ……」
第二艦隊所属の乗組員達の意識があったのはそこまでだった。その瞬間目の前が真っ暗になったと思った所で全員の意識は……、命は全て消えていた。後に残ったのは巨大な水柱とまるで海が爆発したのかと思うほどの大音響だけだった。




