第二百四十二話「ケーニグスベルク上陸!」
そうと決まれば早急に行動に移す必要がある。そんな化け物がいるのならさっさと母艦も沖に出してしまわないと危険だ。あっという間に降ろされた短艇に俺や母や一部の水兵が乗り込みケーニグスベルクの河港を目指す。
俺達が出た時点でガレオン船二隻はすぐに沖へと移動を開始している。ポルスキー王国の化け物とやらもさすがにこれだけの広さの湖の上は走っていけないだろう。夜陰に紛れて小船で近づいて乗り込まれたらやばいかもしれないけど……。
少なくとも俺は母が夜陰に紛れて船に乗り込んできたら止められる気がしない。その母と戦場で何度も渡り合ったという相手なら相当危険だろう。いくら警戒しても夜の暗闇の中でひっそり近づく小船を毎回必ず発見出来るとは思えない。一度でも見逃せば乗り込まれて大惨事になってしまう。
「心配しなくても大丈夫よ。アルベルトだって強いんだから」
「お母様……」
……そうだな。ここで俺が必要以上に無駄に心配しても意味はない。もしかしたら敵は母艦に乗り込んでこないかもしれない。乗り込もうとしてきても発見して撃退出来るかもしれない。父とその化け物が戦ったら父が勝つかもしれない。
全ては想像でしかなく、想定され得る危険に対して何の手も打たないのは愚かだけど、把握し予想し対策しているにも関わらずそれ以上にただ不安になるのはもっと愚かだ。すべきなのは恐れることではなく戦局を読みきちんと対策を立てること。それだけだ。
「それにしても周囲にまったく気配がありませんね」
「そうねぇ……」
少し離れた位置から短艇を下ろして町に接近している俺達に対して周囲から何の反応もなさすぎる。
もしポルスキー王国が完全にケーニグスベルクを包囲しているのなら町へ接近しようとしている俺達に誰何してきたり、止められたり、何かアクションがあるはずじゃないだろうか。
あるいはまだ敵に完全に周囲を押さえられていないのだとすればケーニグスベルクの住民や警備兵などが何かアクションを起こすはずだ。でなければもし俺達がポルスキー王国の者だったら警戒もせず黙って接舷上陸させるはずがない。
「…………ん?町の方で何人か息を殺しているようですね」
「フローラちゃんもそれくらいはわかるようになってきたのね」
そういえば……、いつの間にかある程度は物陰に潜んでいる気配を察したり出来るようになってきた気がするな。森に入る前から森の中にいる全ての生物の気配や動きがわかる!というほど馬鹿げたものじゃないけど、何となく自分の周囲にいるものくらいはわかるようになっている。
野生動物が息を潜めて隠れているとか、モンスターがこちらを狙っているとか、人が隠れてあとをつけてきているとか、あまり遠すぎずこちらに関係ありそうな気配くらいなら何となく掴めるようになっていたようだ。その感覚に従えばケーニグスベルクの河港付近に息を潜めて待ち伏せしている者がチラホラいるのがわかる。
「どういう状況でしょうか……」
こちらに声をかけてこないということはいくつかパターンが考えられる。もし町が無事で俺達が何者かわかっていなければ普通はケーニグスベルク側から警告なり誰何なりしてくるんじゃないだろうか?ポルスキー王国の者が上陸してきているのかもしれないから黙って見過ごすはずはないだろう。それがないということは……。
まず一番最悪なのがすでに町がポルスキー王国に落とされている場合だ。この場合はポルスキー王国が町を占領していれば近づいてきているのが敵だとわかっているということになる。自分達の海軍以外の者が近づいてくれば全員敵なわけだからな。だから誰何する必要もなく友軍じゃないから敵だと判断して待ち伏せしている可能性がある。
それよりはマシだけどよくない状況の可能性として大きな声で誰何も出来ないような状況であるという可能性もある。例えばもうケーニグスベルクは完全に包囲されていてここで大きな声で誰何すると敵に気付かれるから大声で呼びかけてくることが出来ない、という可能性も考えられる。
他にもいくつかパターンが考えられるけど一番楽観としてはケーニグスベルク側が俺達が味方だと理解していて黙って上陸するのを待っている、というものだろうか。これは楽観が過ぎるとは思うけどそういう可能性もないとは言い切れない。
「相手の人数も実力も大したことないからこのまま上陸しちゃいましょ」
「お母様……」
どうやら母は潜んでいる相手の実力までわかるらしい。母の高みは遥か高く……、俺が追いつけるのはまだまだ先になりそうだ。
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短艇をケーニグスベルクの河港に接舷して上陸する。これだけ近づけば俺にもわかる。物陰に隠れて息を殺している者が五人、こちらの隙を窺っているようだ。でも俺や母が上陸すると敵の気配が揺らいだ。どうやら動揺しているらしい。
まぁ包囲されて戦争真っ只中のこの町にいかにも貴族らしいドレスを身に纏った母がやってくれば誰でも驚くだろう、って俺も人のこと言えないけど……。俺もドレスだし……。
「そう警戒しないでください。見ての通り私達は敵ではありません」
俺が両手を広げて武器を持っていないことをアピールしながら町の方へ近づくと物陰から一人の青年が出て来た。俺より年上……、二十代くらいかな。よく日焼けしていることから外で働く労働者だろうと思われる。
「止まれ!それ以上近づくな!お前達は何者だ?」
武器とも呼べない鉤のようなものをこちらに向けて青年が声を上げた。格好や道具からして漁師関係の人物かな。
「私達はカンザ同盟の者です。それからプロイス王国の指示を受けて救援部隊も連れてきました」
カーン家・カーザース家連合は確かにプロイス王国の指示を受けて救援にきた。だけど手柄を全てプロイス王国にくれてやる謂れはない。元々カンザ同盟がケーニグスベルクの情報を仕入れて救援にやってきたんだ。それに乗っかったのがプロイス王国でありあくまで救援の主体はカンザ同盟だ。
「おおっ!カンザ同盟!」
「プロイス王国がこんなに早く!?」
他に隠れていた者達も期待の声を上げながら出て来た。でも青年だけは厳しい表情を崩していない。
「お前達が本当にカンザ同盟だという証拠は?それにプロイス王国がこれほど早く動くとは思えない。何か証拠はあるのか?」
「カンザ同盟であるということを証明する手段はありません。ですが先ほど沖へとやってきていたガレオン船を見ていた貴方達ならばあれがカンザ同盟の船だとわかっているのでしょう?そしてプロイス王国からというのはこれで証明出来ます」
そう言って俺は王様とディートリヒが用意してくれた勅書を見せた。普通の一般市民がこんなものを見せられても本物かどうかなんて見分けもつかないだろうけど、ケーニグスベルクの行政機関などに見せれば本物だとわかるだろう。
そして上陸してわかったけどここからならさっきの位置にいたガレオン船が見えていたはずだ。この青年達がこの町の港で仕事に従事していたのならカンザ同盟、カーン家商船団の船も見たことがあるはずであり俺達が上陸するまで黙って見逃していたのもそれを知っていたからだろう。
「それにしても……、以前私がケーニグスベルクに招かれた際にやってきた町とは違いますね。前回の訪問時は河口に入らず向こうの半島部分にあった町に呼ばれました。あちらはケーニグスベルクではないのですか?」
「ジマブーデのことか?あそこはケーニグスベルクの出先という立ち位置だから話し合いにやってきた余所者ならあそこへ案内されるだろうな」
どうやら色々とやられたようだ。以前ケーニグスベルクがカンザ同盟に加盟するという使者を送ってきた時に訪問した際はこんな河口の中にまで来ていない。湖の先にあった半島部分にあった町に案内されて議会と話し合った。
でもどうやらあそこはケーニグスベルクの本体部分ではなく部外者を招いて話し合いをする時に使われる出先機関だったようだ。一応港もあったし色々と漁業や貿易の町として整備されていたけどこちらのケーニグスベルク本体とは規模が違う。
まだあの時は俺やカンザ同盟が信用出来なかったのかもしれないけど、カンザ同盟に加盟させてくれと向こうから言ってきておきながらその扱いはどうなんだと思わなくもない。
まぁそれは今言うことじゃないだろう。ともかく今回カーン家商船団の案内でやってきた本物のケーニグスベルクがわかっただけでもよかったと思うことにしよう。危うく騙される所だった。
「それを知っているということは貴女様が重要なお方であることはわかりました!でも勘違いしないでください!外から来られた方をこんな河の中にまで招くのは遠いからあそこで外交使節などの対応を行なっているんです!決して騙そうとか嘘をついたというわけではないんです!」
俺と青年のやり取りを見ていたいかにも漁師という風なおじさんが泣きそうな声でそう言ってきた。どうやら多少は事情を知っていそうだ。
彼が言うには外から来た外交使節等をこのケーニグスベルク本体の奥地まで招くのは少々不便だということで、河口に入るまでもなく少し離れた湖の中の半島部分にジマブーデという町が建設されているらしい。もともとはただの漁村だったようだけど、立地的に外交使節を迎えるのに都合が良いからそういう方向に発展させたようだ。
だからケーニグスベルクの町を隠すためとか騙すためではなく、陸路からやってきてケーニグスベルクの方が近ければそちらへ、海からきてジマブーデの方が近ければそちらへ、近い方に案内して向かえるのがケーニグスベルクのやり方らしい。
「わかりました……。思う所がないわけではありませんが今はそんなことを言っている場合ではないでしょう。それについてはこの件が片付いた後にしましょう。まずは今の町の状況が知りたいのですが……?」
「本当に敵じゃないのか?」
「ああ。間違いねぇ。ジマブーデに招かれたってことはカンザ同盟加盟の時に来た偉いさんだろう」
おい、コソコソ話すのはいいけど聞こえてるぞ。別に良いけど……。
「……わかった。俺はシュテファン。ケーニグスベルク防衛隊海軍総督だ」
肩書きは何やら凄そうだけどこの青年が総督?そもそも海軍と言ってるけど船もほとんどない。小船ばかりで大型船は一切見当たらないし、まさかとは思うけど海軍ってここにいる五人だけじゃないだろうな?
「私はフロト・フォン・カーン男爵です。こちらはケーニグスベルク救援部隊の陸上部隊指揮官マリア・フォン・カーザース辺境伯夫人です」
「…………え?」
シュテファンがポカンとしているけど付き合っている暇はない。何とか正気に戻らせてケーニグスベルクの町へと入った俺達は解散された議会の代わりにカンザ同盟が置いた行政機関へと向かったのだった。
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カンザ同盟の代官や行政機関に顔を出せば俺のことを知っている者もいる。カンザ同盟から派遣された者は俺の信用出来る者で構成されているから顔見知りなのは当然だ。そこで母とシュテファンも交えて現状の説明を受けた。
「つまり急に攻められた原因に覚えはなく、ポルスキー王国側からも正式な通知もなく、現状では少し遠巻きに包囲されているだけということですね?」
「はい……」
どうやらまだポルスキー王国の本格的な攻勢は始まっていなかったようで町に大きな被害はないらしい。でも陸路が封鎖されているから物資は減り続け、このままではそう遠くないうちに飢え死にすることになるという。
何故突然ポルスキー王国がケーニグスベルクを包囲したのか理由は不明であり、宣戦布告も通知もなくただいきなり陸路を包囲されたということだった。
それと派遣した代官や行政機関の関係者達は俺が手前のジマブーデまでしか案内されていなかったことは知らなかったらしい。だから何の報告もなかった。ただ本当に悪意があったり町を隠そうとしたわけではなく、前述通り近い方に案内されて話し合いが行なわれるだけで他意はなく、誰に対してもそうらしい。
まぁ今そのことをとやかく言っている暇はないからそれは後で良い。まずは包囲してきているポルスキー王国への対応を考えなければならない。
あとシュテファンも本当に海軍総督だという。ただ……、俺の予想通りというか海軍なんて勇ましい名前だけど船もほとんどなく所属員もただの水夫とかが中心のようだ。当然と言えば当然だけど本格的海軍があるはずもない。
陸上部隊も同じであり元々居た警備兵に町の人間や一部の自警団を加えた者が少数いるだけで到底まともな軍隊ではないらしい。外にいるのは三千ほどのポルスキー王国の兵隊だ。対するこちらは数十人、数百人のほとんど一般市民と一部の兵士のみ。
敵の数が思ったよりいないように感じたけどそれは俺の間違いだ。地球でも中世くらいなら一国の大部隊でも数千人とか、複数の国が連合を組んでも数万人とかいう戦争が普通だった。近代以降の数十万、数百万を動員する戦争が異常なのであって、この世界でなら数千でも十分大軍だということを失念していた。
とはいえ思ったより敵の数が少ないとしてもこちらはさらに少数であり状況が好転したわけじゃない。敵の中にも化け物がいるらしいし一体どうしたものやら……。




