第二百四十一話「ケーニグスベルク上陸前!」
父の考えた作戦通りにいくかはわからないけど試してみる価値はある。早速俺は魔法を唱えた。
「水よ。押し流せ!」
見張り台の上から遥か先にいる河口の敵艦隊の周りに水流を作り出す。父の作戦は至って単純だった。それは俺の水魔法であの艦隊を押し流せないかというものだ。
土魔法で破壊すれば破片や残骸が沈んで河口を塞いでしまう可能性がある。火魔法で焼き尽くすのも同じだ。一瞬で灰になるほど焼けるのなら良いけど燃えてもそのまま沈没されたら河口が塞がれてしまう。そこで父が考えたのがあの艦隊を河口から動かしてしまうことだった。
恐らく錨を下ろしているだろうし他にも何らかの方法で動かないように固定している可能性はある。でもそれらも完璧じゃない。完全に沈めてしまっているのならともかくあそこに浮いている以上はどうにかすれば動かせるだろう。
だから俺が魔法であの辺りに物凄い水流を作って敵艦隊を押し流してしまう。まぁ押し流すと言ってもむしろ逆でありこちらに引っ張り出しているんだけど……、水流を作ってあの場から動かしてしまうという意味で押し流すと言っている。
もし湖側へ押してしまったらそれはそれで面倒になる可能性もあるからな。湖の水深がどれくらいかわからないけど狭い方へ押し流して下手な場所で沈めてしまったら結局沈没船が邪魔になる可能性がある。だからこちら側へ、海の方へと引っ張り出すというか……、まぁ水の流れからすると押し流すであってるんだけど……。
そんなことはどちらでも良いということで物凄い水流で河口に停泊している敵艦隊を海側へと押し流す。こちらにいるのも四隻の艦隊だ。海に出しさえ出来ればあとは俺の魔法で沈めれば良い。
「ゆっくり動いていますけど……、重いですね……」
結構激しい水流のはずだけど敵艦隊はゆっくりしか動いていない。まぁ普通は多少海が荒れようが停泊出来るように出来ているはずの錨を下ろした状態で動かしているんだから、それだけでも大したものだといえるかもしれないけど……。
「さすがのお嬢でもちょっと難しいですか」
「う~ん…………」
もっと水流を激しくしたり水量を増やすことは出来る。でもあまりやりすぎたら湖の方の水が減ってしまうんじゃないだろうか。もちろん俺が魔法を止めれば水位が下がった分だけ海から逆流するだろう。だけどそれだと今度は湖に海水が大量に流入して色々と影響が出てしまうかもしれない。
まぁそんなことを気にしていたら何も出来ないわけで多少の影響は覚悟の上ではあるけど……。確かにこのままじゃ埒が明かない。
一応敵艦隊は海側に流されているけどこのままじゃ沖に出すまで結構時間がかかる。それまで敵もじっとしているわけじゃないだろうから何か対策されるかもしれない。のんびり見ていられるほど暇があるとも思えないからどうにかした方が良いだろう。
「う~ん……、あっ!こんなのはどうでしょう……。水よ。持ち上げろ!」
「おお!」
望遠鏡を覗き込んでいるシュバルツが声を上げる。どうやら効果があるようだ。今は魔法を発動させるのに俺は望遠鏡を覗いている余裕がない。さすがにこれだけ離れていればいくら俺の目が良いと言ってもはっきりとは見えないからな。
俺はただ水流で敵艦隊を押し流すだけじゃなくて敵艦隊の周りの水を盛り上がらせて船を持ち上げることにしてみた。敵の錨とかが浮かび上がれば敵艦隊がその場に留まる力も弱まるだろうと思ってのことだ。敵艦隊の周りの水だけ持ち上げてそれごと運べばこれ以上水流を激しくしたりする必要なく押し流せる。
「やった!やりましたよ!さすがお嬢だ!敵艦隊が河口から出ました。このままもう少し沖まで運びましょうや!」
「はい。それからこちらの艦隊も向こうへ向かいましょう。さすがにこの距離で戦うのは手間です」
いくら何でもこの距離でやりあうのは遠すぎる。あまり下手に近づいて敵が河口で自沈したらまずいと思って出来るだけ遠くで待機していたけど、敵を動かすことに成功したのならこんな遠距離にいる理由はない。敵が態勢を整える前に沈めてしまおう。
「野郎共!船を出せ!」
「へい!」
水兵達が慌しく駆け回ると船が動き始めた。これで沖で敵艦隊と戦闘が出来そうだ。
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俺が水を持ち上げて沖まで移動させた敵艦隊が目視出来る距離まで近づいた。もう持ち上げておく必要はないので下ろしてやる。
「今度は土魔法で吹き飛ばします。場所は覚えておいてくださいね」
「了解」
「土よ。貫け」
シュバルツに説明しておいてから敵艦隊を仕留める。どの辺りに沈没船がいるか把握しておくことは重要だ。もしかしたらマストが立ち上がった向きで沈没して上を通る船に引っかからないとも限らない。水深が深くて沈んでも周囲に影響がないなら良いけど、もし浅くて邪魔になったりするようなら後でどうにかしなければならない。
今は時間もないからそんなことをしている暇はないけど、後で沈没船の影響を調査するにしても場所を覚えておく必要がある。
そんなわけでダンジヒ方面で四隻、湖の河口に陣取っていた四隻の合計八隻のポルスキー王国海軍艦隊を沈めた俺達はようやく湖へと入れた。この河口から東へ進めば……。
「見えてきましたね。あれがケーニグスベルクです」
「あれが……」
三日月のような細長い湖の幅の狭い方へ進むとすぐに湖へと注ぐ河口が見えてきた。その川の少し先に町が見える。どうやらあれがケーニグスベルクらしい。
「まずいですね……」
この地形はまずい。町が完全に海や湖に面しているのならまだよかったけどここはそうじゃない。河口からはすぐ近いけどケーニグスベルクの町は川に面していて少しとはいえ湖から川へ入らなければならない。川幅や水深が十分だとしても狭い川に入るのは危険だ。
「船は湖で待機するしかありませんね。艦砲射撃する際には出来るだけ近づくにしても町が敵に包囲されている現状じゃ町の河港に直接接舷は出来ませんぜ」
まったくもってその通りだな。下手に川に入ったら両岸から攻撃されかねない。東西に流れる川の北側に町があるから今町を包囲している敵は北側にいるんだろう。でもこんな目立つガレオン船が町の港につけば敵も気付くし当然警戒もする。
いくらカーン砲を搭載したガレオン船でも接岸中は脆い。それに船というのは陸上からの攻撃には弱いものだ。沿岸砲などで待ち構えている所には近寄れないし両岸から攻撃される恐れの高い川や海峡というのも船にとっては危険な場所になる。
「ガレオン艦隊は川には入らずこのビスラ湖で待機していてください。湖でも危険を感じたらもっと離れても構いません。短艇を出してケーニグスベルクへ上陸部隊を出しましょう」
母艦を危険に晒すわけにはいかない。かといってこのまま指を咥えて見ていても事態は好転しない。何より今の状況や原因がわからない以上はこちらとしても打つ手がない以上はケーニグスベルクに乗り込むのは必須だ。
「まずは私が一人でケーニグスベルクに乗り込みます」
「お嬢!前とは違います!それは認められません!」
俺の言葉にシュバルツが目を剥いて反対する。それはそうだ。ヴィスベイへ上陸した時はまだ戦闘中だったとは言っても敵を撃破した後だった。こちらの力を見せ付けて敵を散々叩いた後であり、仮に敵が残っていたとしてもそれほど脅威ではなかっただろう。
それに比べて今回はまだ敵と戦ってもいない。町の状況もわからないし敵も大勢残っている。現時点でわかっている情報では町は包囲されているというのだから、そんな所に指揮官をノコノコ行かせるわけにはいかないというのはわかる。でも行くしかない。
「このまま指を咥えて見ているわけにもいきません。向こうの状況を知る必要があります。仮に町が包囲されていて河港も危険だとしても私ならどうとでも出来ますから行くのは私以外には有り得ません」
「フローラちゃんだけを行かせられないわ。だからお母様も一緒に行きます」
「お母様…………」
ビスラ湖からケーニグスベルクを眺めながら作戦会議を開いていた俺達の所へ母がやってきた。今までは母の出番はないだろうということで作戦会議には顔を出していなかったけど、地上戦となれば母の役割も大きくなる。でも……。
「お母様を行かせるわけにはいきません。お母様は上陸部隊の前線指揮官ではないですか。まだ兵を上陸させるわけでもないのにお母様だけ先に町へ行かせるのはどう考えてもおかしいでしょう」
今回の戦争においてカーン家・カーザース家連合軍の指揮系統は明確に決められている。全軍の総司令官が父だ。そして艦隊指揮官が俺であり陸上部隊の指揮官が母になっている。
母が陸上部隊の指揮官なのだから強襲上陸するにしろ、ケーニグスベルクの港に着けるにしろ、陸上部隊と一緒に行動して指揮しなければならない。それを放り出して本人一人だけ突出して町に入るなど言語道断だ。
「それじゃフローラちゃんも駄目じゃない。お母様だけ駄目なんて納得いかないわぁ」
「ガレオン艦隊にはもともと旗艦の艦長兼総督のシュバルツがいます。私がいなくとも指揮を任せられる者がいるので問題ありません。ですが陸上部隊はお母様しか指揮出来る者がいません。そのお母様が部隊を放って単身上陸するなど認められるわけないでしょう」
カーン家の陸上部隊はほとんどがオリヴァー隊だ。だから指揮官はオリヴァーということになるけどオリヴァーに母の代わりは務まらない。カーザース家の部隊も母の代わりに指揮を執れるような者はおらず母が陸上部隊から離れることは認められない。
「マリアがいない間は私が陸上部隊の指揮も兼任しよう。それで良いだろう?」
「父上!ですが……」
それなのに……、父がそんなことを言い出した。いつもの父らしくない。いつもの父ならば俺が上陸して情報を持ち帰ってくるまで船上で待っていると言いそうなものだ。それなのに今回は俺に母をつけようとしてくる。もしかして何か俺の知らない情報でもあるのか?
「父上……、お母様も……、もしかして何か隠しておられるのではありませんか?」
ヴィスベイでは俺の単身上陸を何も言わずに許したのに今回はやけに様子がおかしい。これは何かあると言っているようなものだ。
「確証はない……。が、ポルスキー王国が突然プロイス王国に戦争を仕掛けてくるということは『奴』が動いている可能性が高い」
「『奴』?」
父や母も確証があるわけではないようだ。でもそれでもその『奴』というのが動いている可能性があるというだけでこれほど警戒している。この化け物のように強い父や母でもそれほど警戒する相手ということは普通の相手じゃないんだろう。それくらいはわかるけど……、でも、この両親がそこまで警戒するような相手がいるなんてにわかには信じられない。
「ポルスキー王国にはある英雄がいる。むしろ今のポルスキー王国の隆盛があるのは『奴』のお陰とすら言える」
「…………」
一国を隆盛させるような英雄……?
「お母様達は基本的にフラシア王国に対して国境を守らなければならないから東のポルスキー王国とはあまり戦ったことはないんだけどぉ……、それでも何度か刃を交えたことがあるわ」
「ちょっ!ちょっと待ってください!戦場でお母様と『何度も刃を交えたことがある』んですか!?」
あり得ない。戦場で刃を交えるということは本気で相手を殺そうとしている時のはずだ。俺の特訓なんかとはまったく別次元の力が込められているだろう。その、本気で殺しにきているうちの母と『何度も刃を交える』ことが出来るということは何度も生き延びているということになる。
信じられない……。例え命からがら逃げ延びただけだとしても、本気で殺しにきている母を相手に一度逃げ延びられるだけでも奇跡だ。それが何度もとなれば奇跡という言葉では片付けられない。それ相応の実力を持った化け物ということになる。
「そうだ。今まで何度もマリアですら仕留められなかった相手だ。この意味がわからないお前ではあるまい?」
「――ッ」
ゴクリと喉が鳴る。本気で殺しにきている母から逃げ延びるだけでも今の俺ですら出来るかわからない。それを何度も凌いでいる相手となれば……、俺じゃ敵わないんじゃないか?
「わかったならばマリアと一緒に上陸するのだ。でなければ上陸は許可出来ない」
「そんな化け物がいるのならばお母様が艦隊から離れるわけには……」
「心配はいらん。この船には私がいる。それに十分沖に出ていればそう簡単にやられはせん」
「…………わかりました。それではお母様と二人で上陸します」
色々と納得いかない部分もある。父はああ言ったけど艦隊も心配だ。父も俺より強いけど母には及ばないと思う。その母が取り逃がしている相手だ。父だけで狭い船上では厳しいかもしれない。
でも……、そういった個人の感情を抜きにすれば、この戦争の指揮官を預かる身としては父の判断が正しいと思う。だから俺は父に従い母と二人でケーニグスベルクへ上陸することにしたのだった。




