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第二百四十話「最初の敵はだいたい噛ませ!」


 東にあるケーニグスベルク沖から西のダンジヒ方面に向かって航行中のポルスキー王国海軍に先制の一撃を食らわせる。接触を避けつつ攻撃をするために俺達は若干北側へと迂回していた。


「それで……、魔法っていうのは前の馬鹿でかい砲弾のような魔法を撃ち込むんですか?」


「いえ、言ったでしょう?反撃の『狼煙』だと」


 甲板上から南に見える船を眺めているとシュバルツが話しかけてきたので答えておく。シュバルツが言っているのは前回の土魔法のことだろう。でも今回は別の魔法を使う。


 前回土魔法を使ったのは船を沈めるのに穴を開けてやろうと思ったからだ。その前に砲撃戦を見ていたからそれに引っ張られたというのもある。だけどそれだけじゃない……。


 もしそこそこ大型、というと誤解があるか。うちの船から比べたら中型船くらいに分類されそうだけどそんな大きさを誇る木造船を沈没させようと思ったらどうするのが一番良いだろうか?


 水魔法で船の中を満たして沈める?それとも水の弾で穴を開ける?それは効率が悪いと言わざるを得ない。


 風魔法で船を煽って転覆させる?それともかまいたちのように船を切断する?それも効率が悪いと言わざるを得ない。


 土魔法で砲弾を作り出し穴を開ける。これが手っ取り早いように思われる。だから俺はそれを実行した。


 水の弾で穴を開けたり、かまいたちで船を真っ二つにするのは非常に効率が悪い。硬い土の砲弾で貫くのが良い。でももう一つ方法がある。それは今出てきていない火魔法……。


 この時代の船は全て木造船だ。いくら海にいるからしけっていると言っても火で攻めるというのは非常に効果的だ。油壺を投げ込んで火矢を放つなんてのは昔から行なわれていた戦法だろう。ましてや火魔法なら油壷なんて投げ込まなくても相手の船を燃やすことも出来る。


 では何故前回俺は火を使わなかったのか……。それは非常に残酷な結果を引き起こすからだ。土の砲弾を浴びれば一瞬でミンチになるか、バラバラに吹っ飛んだ船体と一緒に海に投げ出されるだけだろうと思っていた。威力を間違えたから結果はちょっと想定以上のことになってしまったけど、俺の想定ではそんな感じになるはずだった。


 それに比べて船が燃えるように火魔法を放てば船員達は炎に巻かれて生きながらに地獄を味わうことになるだろう。すぐに一酸化炭素中毒で意識を失って熱さも痛みも感じる暇なく死ねたらまだ良いだろう。でも長い間炎に巻かれながらもがき苦しむことになったら地獄だ。


 俺は前回までまだ表立って、自分の手で人を殺したことがなかった。だから避けたんだ……。船上で、船内で、炎に巻かれてもがき苦しむ者を見たくなかったから……。


 でも今回はあえてする。もちろん意味もなく相手を苦しめて殺してやろうとかそういう理由じゃない。カンザ同盟に攻め込んできた愚か者を苦しめて殺してやろうと思って……、というわけでもない。俺が今回あえて火魔法を使おうと思っているのは派手に燃やして敵をこちらに引きつけるためだ。


 ケーニグスベルクは現在ポルスキー王国の兵に包囲されている。その包囲を少しでも緩めるためにあえて海上でポルスキー王国海軍を派手に燃やして陸上部隊に救援でも送らせようというのが目的だ。四隻もの船が燃えればさぞ派手に煙を立ち上らせるだろう。それを見た包囲部隊が海軍救援のために来れば儲け物ということで燃やさせてもらう。


 土魔法で一瞬のうちに海の藻屑にしてしまったら誰にも気付かれない恐れもある。派手な音や水飛沫、波などは起こるだろうけどポルスキー王国に自分達の海軍がやられたと伝わるかどうかはわからないからな。


 だから今回は火魔法を使う。自分達の海軍が燃えていることに気付いてもポルスキー王国は救援を出してこないかもしれない。それでもあえて燃やす。炎に巻かれて苦しめて殺すことになっても……。


「…………それではいきましょうか」


 南側を航行中のポルスキー王国海軍を眺める。向こうもこちらに気付いているけど近寄ってくる様子はない。向こうは海上封鎖が目的だから無理に深追いするよりケーニグスベルク近海を警戒するだけなんだろう。こちらが無理にケーニグスベルクに接近しようとしたら攻撃してくるだろうけど遠巻きに航行しているだけの船までいちいち追って来る余裕はないんだと思う。


 もしこれが釣りなら先に俺達が囮となってポルスキー王国海軍を引きつけて、その隙に本命の船がケーニグスベルクに辿り着くという作戦である可能性もある。向こうもそれを警戒して遠くを航行しているだけのこちらを深追いしてこないんだろう。


 ということは恐らくもっと東側にまだ別の艦隊がいると考えるべきだな。あの四隻だけで海上封鎖するつもりならこちらまで追ってこないにしても反転して監視は続けるはずだ。反転もしないということはこの先に別の艦隊がいるから、俺達が目の前の艦隊をスルーした後でケーニグスベルクに近づこうとしたらもう一つの艦隊に捕捉されるという自信があるからだろう。


「火よ……。焼き……」


 あっ……。危ない危ない……。焼き尽くせ、って言うところだった。俺の魔法は少し言葉や意思を込めると途端に威力が変わってしまう。本来魔法っていうのは特定の詠唱で事象を発生させるみたいだけど俺は詠唱を利用していないから関係ない……、はずだ。だけど実際に俺が魔法を使う時に使う言葉によって威力が格段に変わってしまう。


 魔法を認識して込める魔力量で魔法の威力が決まるはずだけど、どうやらわかりやすいキーワードを言ったり強く思ったりしながら魔法を使うと頭で考えて制御している以上に魔法を増幅させてしまうらしい。


 例えば俺自身はまったく同じ威力の魔法を放とうと考えて同じ魔力量を込めているつもりでも『火よ、燃え上がれ』というのと『火よ、焼き尽くせ』と言うのでは何故か威力がまったく変わってしまう。たぶん焼き尽くすというキーワードによって俺が無意識に焼き尽くすほどの炎を出さなければと思って魔力を込めすぎてしまうのかもしれない。


 俺が同じ程度の魔力を込めていると思っているだけで実際に魔力量を測定しているわけじゃない。だから普通に考えたら俺が自分で言ったキーワードによって無意識に魔力量を変化させてしまっている……、と考えるのが妥当なはずだ。


 ただ……、もしかしたら魔力量自体は同じなのかもしれないと考えることも出来る。魔力量は同じだけど魔法を発動させる際の俺の意思の強さ、考えや思いによって魔法の効率が変わっているから威力が違うという可能性もある。


 詳しくはわからないけどただほんの一言言う言葉の違いだけで威力が変わってしまうという事実だけは変わらない。だから言葉は気をつけなければならない。俺が『焼き尽くせ』と言って発動させてしまったらあの船達は一瞬で燃え尽きてしまう。それは困る。長く煙を上げるように燃えてもらいたい。


「火よ。燃え上がれ」


 ろうそくのように長い時間あの船達が燃え上がるのをイメージしながら火魔法を放つ。四つの火の弾がポルスキー王国海軍の船に吸い込まれたかと思うとゴォッという音が聞こえてきそうなほどに甲板を燃やし始めた。


「う~ん……。お嬢は見ない方が良いですね」


 俺の隣で簡易な望遠鏡を覗いていたシュバルツがそんなことを言う。理由はわかっている。敵の船上で炎に巻かれながら逃げ惑い焼かれている兵士達の姿を見ない方が良いと言っているんだろう。


 普通なら効果を確かめるためにシュバルツと同じように望遠鏡を覗き込んで向こうの様子を見るものだ。でもその光景を俺は見ない方が良いとシュバルツは気を利かせてくれた。


 ただ……、残念ながら俺の目はそんな低倍率の簡易な望遠鏡を使わなくてもポルスキー王国海軍の様子がはっきり見えている。目が良すぎるのも考え物だな……。見たくないものまで見えてしまう。でも俺はそれを見なければならない。いくら戦争とはいえ俺がやったことだ。そこから目を逸らすことはしたくない。


 まぁ折角シュバルツが気を利かせてくれているんだ。わざわざ見えていることを言う必要はない。その厚意は受け取っておこう。


「それではケーニグスベルク方面へ進みましょう」


 もうもうと煙を上げている四隻の船を尻目に俺達はさらに東へ、ケーニグスベルク目指して歩を進めたのだった。




  ~~~~~~~




 ケーニグスベルクは細長い湖の奥にある。湾岸に沿うように北東から南西に向かって細長い湖があり、湖に入ってさらに東に進めばケーニグスベルクだ。名前は湖になっているけど実質的にそこが海なのか湖なのかは俺にはわからない。ただ湖と名付けられているからそう呼んでいる。


 それよりも問題はこの湖へ入る河口が一箇所しかなくひどく狭いことが問題だ。ケーニグスベルクに入るには湖に入らなければならず、湖に入るには一箇所しかない狭い河口を通らなければならない。


 もっと西で出会ったポルスキー王国海軍が俺達を無理に追ってこないわけだ。何しろその狭い河口をポルスキー王国海軍が封鎖している。でもおかしいな。俺が聞いた情報ではポルスキー王国海軍の海上封鎖は完璧じゃないと聞いたけど、こんな封鎖しやすい場所があって、実際に封鎖されてしまっている。


「私の聞いていた情報と違いますが……」


「いえ、そんなことはありませんよ。確かに私が聞いた時点でも海上封鎖は不完全だと聞いています。ですがこれだけ時間が経っていれば制海権を奪われたということでしょう」


「なるほど……」


 最初に攻められた頃はまだここも封鎖されておらず完全に制海権を奪われていたわけではなかったということか。ただ俺達がここに来るまでの間に完全にこの河口を押さえられてしまったというわけだな。


 そう言えば最初の知らせがあってから続報はまったく届いていなかった。もしここが通れていればもっと何度も続報を知らせてきていたはずだ。それがなかったということは完全に封鎖されて伝令も出せなくなっていたと考えるのが妥当だろう。


「あれは沈めるにしてもあんな場所で沈めてしまっては邪魔ですね……」


「そうですね……。そういうことも考えての布陣かもしれません」


 向こうからは見つからない遥か遠くから見張り台に登って望遠鏡で見ているけど……、ポルスキー王国海軍は湖から海へ出る狭くなっている河口を完全に塞ぐように停泊している。向こうからすれば最悪あの艦隊が沈められても河口を閉塞出来れば良いということだろう。


 もしあそこで敵艦隊を沈めてしまって河口が通れなくなったらこちらが困る。あんな場所だから沈没船をサルベージしたり撤去するのも出来なくはないんだろうけど時間はかかる。敵からすればケーニグスベルクが陥落するまで時間が稼げれば良いのであって河口閉塞作戦が成功すればそれだけでも十分なんだろう。


 あの艦隊は生贄で、あそこで沈むまで踏ん張れというわけだ……。恐らく接舷されて白兵戦になって負けたら船をどけられてしまうから自沈する用意もあるに違いない。もしくはもう半分沈めて固定する段取りが出来ているという可能性もある。


「こちらから接近して釣り上げるというのも無理だろうな」


「父上……」


 シュバルツと話していると父まで見張り台に登って来た。かなり狭い。見張り台ってのはマストの上の方にある丸い人が立つ部分だ。そこから見張りが周囲を見ているわけだけど、そんな大人数が立つことは想定されていないので普通に狭い。


「恐らく敵艦隊が受けている命令は死んでもそこを動くな、でしょうからね。こちらがいくら挑発を繰り返しても出てくることはないでしょう」


「あまり時間をかけていられませんが……」


 折角外をウロウロしていた艦隊は派手に燃やして注意を引きつけたんだ。今のうちに突破してしまいたい。だけど向こうは梃子でも動くつもりはないのにどうやって突破するというのか。攻撃して倒すことは出来るけどあそこで沈まれたら厄介だ。特にうちは大型船が多い。ちょっとでも河口を塞がれるだけでも通れなくなる可能性が高い。


「フローラ、こういうのはどうだ?」


「え?」


 父が俺の耳元でコソコソと作戦を話す。


「それ自体は出来ますが……、ですがうまくいくとは限りませんよ?」


「どの道このままでは埒が明かん」


「それは……、そうですね。それでは賭けてみましょうか」


 父の作戦がうまくいくとは限らない。ポルスキー王国の狙いがあの狭い河口の閉塞であるのならば他にも何らかの手を打っている可能性もある。


 でもこのまま指を咥えて見ていても事態は好転しない。僅かでも可能性があるのならこの作戦に賭けてみるとするか。



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2023/10/29 10:32 退会済み
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[一言]  やっぱり燃やされる哀れな船達……。そして入り口を塞ぐように展開している船……津波で押し流す、土魔法で突き上げて吹き飛ばす、今度こそ焼き尽くす等等……果たしてどんな手を使うのか……。ただ湖の…
[一言] 危ない危ないって言いながらユーキちゃんが手をわたわたさせて魔法をキャンセルしてるしてる姿を想像したw 入り口が狭い上に封鎖されてるなら? 封鎖ごと吹き飛ばして広くしようぜ( ˘ω˘ )
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