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第二十四話「次なる恋を目指して!」


 ズキリとした鈍い痛みで目が覚めた。瞼を開けると見えるのは見慣れた天蓋だった。ここは知らない天井でも見える所じゃないのか?いやいや、何を言ってるんだ。見慣れた天蓋で当然じゃないか……。どうやら俺の頭はまだ錯乱しているらしい。


「フローラ!目が覚めたのか!?」


「……ルートヴィヒ殿下?」


 痛みを我慢して首を動かすと聡明そうな美少年が俺を覗き込んできた。俺にBLやショタの気があればブヒブヒ言っているほどの美形だろう。だが残念ながら俺にそんな属性はない。ずっと握られている俺の左手に不快なものを感じて手を振り解いた。


「あぁ……、すまない。フローラが気を失っている間ずっと握っていたんだ」


 背中がゾワッとするようなことをはにかんだ笑顔で言う。気持ち悪いことを言うなよ……。俺は男に手を握られて喜ぶ趣味はない。


「貴方は馬鹿なんですか?」


「なっ!」


 俺の言葉にルートヴィヒが絶句する。きっと第三王子ともなれば人から馬鹿なんて言われたこともないんだろう。


「私は来るなと言ったはずです。それなのにどうしてモンスターの前に立つなんてことをしたんですか?」


「それはフローラが襲われていたから……」


「だから馬鹿かと言ったんです。私が死んでもカーザース辺境伯家の長女が一人死ぬだけです。ですがルートヴィヒ殿下に何かあれば例え私が助かろうとも、私だけではなくカーザース辺境伯家にまで大変な累が及びます」


 俺の言葉を聞いたルートヴィヒはキッと目に力を入れて反論してきた。


「あそこで僕が死んでいてもカーザース家に落ち度などないだろう!それに婚約者を守るのは当たり前だ!」


 はぁ……。とことんお目出度い……。それが例え正論であろうともそんなものが通用するのなら世の中はこんなに苦労することはない。


「例え本当に何の落ち度もなくとも領内の巡行中に何かあれば領主が警備上の責任を追及されることは明らかです。むしろそうやって他者を追い落とすために何か不手際をさせようと暗躍する者もいるということくらい殿下も御存知でしょう?そして私が死んでも他の婚約者をたてれば良いだけで代わりはいくらでもいます。ですが殿下の代わりはいないのです」


「むっ……、ぐっ……」


 俺にきつく言われたルートヴィヒは悔しそうに唇を噛んで俯いた。何ならいっそこのまま婚約破棄とかまでいかないかな?俺にこれだけ言われてルートヴィヒも悔しかろう。さぁ?いっそ婚約破棄しましょう?


「フローラ、それくらいにしておきなさい。ルートヴィヒ殿下申し訳ありません」


「父上……」


「カーザース卿……」


 いつからそこに居たのか父が部屋の中に居た。多分俺が気を失っている時からずっと居たんだろう。いくら何でも今部屋に入って来たのなら気がつくはずだ。最初から聞かれていたと判断した方が良い。


「良い。気にするな。フローラの言うことも確かに間違いではない。だけどフローラ!僕はこれからも何度でもフローラが危なければ前に立つ!そしてフローラの代わりなどいない!僕にとってはフローラこそ唯一無二の伴侶となる女性だ!」


 あぁ、そうですか……。この王子は本当にドMなんじゃないだろうか?俺にあんなにボロカスに言われてそれでもまだ俺にこんなことを言うとか本当にいじめられて悦んでるんじゃないかと心配になってくる。


「あまり長居してもフローラの容態に障るだろう。またお見舞いにくる」


 そう言うとルートヴィヒは父と一緒に部屋から出て行った。一瞬父と目が合った気がするけど何か含みのある視線だったような気がする。やっぱり俺と王子の婚約を早く解消しろという意味だろうか。


 それはともかくまずは体の確認だ。右腕が滅茶苦茶痛い。腕を曲げた形で固定されているけど少し動かすというか力を入れるだけでも痛くて泣きたくなる。骨折はしてないかもしれないけど右腕は相当酷い状態だろう。


 それから首や背中も痛い。腕がこんなになるような威力の衝撃を受けて吹き飛ばされて受身も取れなかったんだからこちらにも相当なダメージがあるんだろう。頚椎損傷とか半身不随になっていてもおかしくなかった。


 普段から訓練していたお陰でダメージを軽減したり多少は受身らしきものを取ったり出来たからだろう。もしまともに殴られて吹き飛ばされて叩きつけられていたら背骨や首が折れていた可能性もある。


 すぐに動くのは辛いけど右腕以外は暫く安静にしていればそのうち治るだろう。右腕に関してはグルグル巻きにして固定されているから腕の状態がわからない。ただこれだけの痛みだから相当酷いだろうことがわかるだけだ。


 ……一人になって考える時間が出来るとどうしてもあの娘の顔を思い浮かべてしまう。あの明確な怒りと拒絶……。俺はルイーザにひどいことをしてしまった。もう合わせる顔なんてない。いや、そもそも会ってももらえないだろう。


 それを思うとキュッと胸が苦しくなって目の前が滲んでくる。ははっ……、前世から合わせれば三十数年は生きているはずの俺が十一歳ほどの女の子のことでこんな風になるなんてな……。俺ってロリコンだったんだろうか。なんて冗談でも言ってないととても落ち着いていられない。


 何が悪かったんだろうか。どうしてこうなってしまったんだろうか……。俺はただルイーザと一緒に楽しい毎日が送りたかっただけだったのに……。


 やっぱり本当の自分を偽っていたからだろうか。俺が最初からカーザース家のフローラとして接していればあんなことにはならなかったのか?


 だけど男装して身分を偽るように言われたのは父の命令だ。俺が勝手にルイーザに自分の本当の名前や性別を教えるわけにはいかなかった。じゃあどうすれば良かったんだ?俺にはもうわからない。


 駄目だ駄目だ。一人になるとこうやってウジウジと考え込んでしまう。今日はもう寝よう。痛みでそれどころじゃないし起きたばかりで眠れる気はしないけど無理やり布団を頭まで被って俺は必死に寝ようともがき続けていたのだった。




  =======




 狂い角熊との戦いから一週間が経った。右腕は未だに痛いけど他はかなりマシになっただろうか。こうして出歩くくらいは出来るようになった。この一週間訓練も出来ていないから鈍った体をリハビリがてら散歩で動かす。とは言ってもただ屋敷の中や裏の練兵場を歩くだけで敷地の外には出ていない。


「フローラ!怪我の様子はどうだい?」


「ルートヴィヒ殿下……。いつまでおられるんですか?」


 俺を見つけて子犬のように寄ってくる美少年にうんざりした俺は雑な扱いでさっさと帰れと遠まわしに言ってみる。


「あぁ、それなんだけどフローラにも王都まで来てもらうことになった」


「はっ?」


 今俺はきっと間の抜けた顔をしていることだろう。ルートヴィヒは何て言った?俺が王都に?何で?


「身を挺して僕を守った功績が認められてフローラが叙爵されることになったんだよ」


「はい……?」


 俺の困惑を感じ取ったのかルートヴィヒが詳しく説明してくれた。


 どうやら俺は身を挺してルートヴィヒを守ったということになっているらしい。どちらかと言えば俺達が襲われていた所にルートヴィヒが応援として駆けつけてきたというのが本当の所だけど何故か俺がルートヴィヒを守るために戦ったということになっているようだ。


 そしてこの歳でほぼ一人で狂い角熊を討伐したということと第三王子を守ったという功績をもって俺を世襲権のない一代限りの騎士爵に叙爵することになったらしい。


 どうやらこの話はルートヴィヒがかなり頑張って捻じ込んだようだ。確かに嘘とは言い難いけど本当のこととも言い難い。こじつけや曲解が混ざっているとは思うけど恐らく何らかの政治的な理由があってのことだろう。


 例えば俺はルートヴィヒの許婚だ。その許婚に実家とは別に独立した爵位を持たせることで何らかの意味や目的があるのかもしれない。今の所情報が少なすぎて断定的なことは何も言えないけどそういう政治的意図はありそうだ。


 まぁ結果的に俺がほぼ一人で角熊を倒したこととルートヴィヒが守られたことは間違いない。その原因が俺を守るために前に立ったからだとかそういうことは無視すれば……、だけど……。


 それにしてもこうやって話していて思い出したけどルートヴィヒの護衛達はあまりに役立たずだった。そのことを聞いてみたら納得の答えが返って来た。


 どうやらルートヴィヒの護衛役達は王家の親衛隊らしい。普通なら親衛隊と言えば精鋭揃いかと思いきや実際にはただの貴族のボンボンの集まりで実戦経験もないただのお飾り部隊のようだ。


 王城の守りには親衛隊とは別に近衛師団がいてそちらが主力だという。近衛師団は本当の精鋭揃いだそうで警備や護衛は万全とのこと。親衛隊は貴族のボンボン達がステータスとして所属しているだけで実力は推して知るべしというわけだ。


「フローラには叙爵のために僕と一緒に王都まで来てもらうよ。出発は三日後の予定だけど怪我は大丈夫かい?無理なら延期しても良いからすぐに言うんだよ?」


 何というか……。こんな子供に心配されている俺って何なんだろうな……。ちょっと情けなくて泣けてくる。


「体調面では問題ありません。父にはもうこの話はされているのでしょう?父が良いと言われているのでしたら私から申し上げることは何も御座いません」


「フローラ……、前から思っていたけどちょっと硬いよ。僕達は許婚同士だ。そしていずれ夫婦になる。もっと普通に接してくれた方が僕もうれしく思う」


 にっこり爽やかな笑顔を浮かべるルートヴィヒ……。普通の九歳の少女だったならうっとりする所なのかもしれない。だけど俺にそんなことをしても滑稽で噴き出しそうになるか背筋が寒くて呆れるかどちらかしか反応のしようもない。


「いいえ殿下。私は許婚候補の一人でしかありません。私に何かあればすぐにでも他の許婚候補が選ばれるでしょう。分を越えたことをするわけにはまいりません」


 俺はあくまで許婚候補の一人だと言っておく。一応正式に許婚として決定されたという通知はあったけどそれはなかったことにしたい。あくまで許婚『候補の一人』。このスタンスで行く。何なら今すぐにでも婚約を破棄して他の許婚を作ってくれても構わない。


「フローラ……、女性は慎ましく奥ゆかしいのが良いとはされているけれどそこまで遠慮することはないんだよ。僕達はもう夫婦も同然だ。これからも困難があれば二人で乗り越えていこう!」


 こいつは全然俺の言っていることを聞いていないのか?それとも意味を理解する脳を持っていないのか?


 俺はお前との婚約なんていらないから今すぐにでも破棄して欲しいと言ってるんだよ!それくらい察しろよ!


 とは言えるはずもなく曖昧な笑顔で適当に誤魔化していると満足したのかルートヴィヒは去って行ったのだった。




  =======




 それから三日後。ルートヴィヒが言っていた通り俺はルートヴィヒと一緒に王都に向かうことになった。今回王都に向かうメンバーの中に父も含まれている。どうやらただ単純に王都に行って叙爵されて終わりというわけでもないようだ。


 そもそも女である俺が騎士爵を貰っても良いものなのか?家庭教師の一人であるジークムントに聞いた限りでは前例はあるそうなので問題ないとは言っていたけど俺の歳で辺境伯家の娘という前例はない。


 王都へ向かうメンバーはルートヴィヒの一行と俺に加えてカーザース家からは父と俺の家庭教師達、護衛役も兼ねているドミニクにヘルムートとイザベラだ。


 家庭教師達は俺が王都にいる間も授業が出来るようについてくるとのことだった。ドミニクは角熊の件でも俺の護衛が務まっていたのかどうかで揉めたようだけど俺がドミニクの判断は正しかったと主張したので護衛役のままになっている。


 そしてヘルムートとイザベラ……、この二人も同行してくれることになった。二人は兄フリードリヒの王都への引越しには同行しなかったのに俺にはついて来てくれている。フリードリヒの場合は学園に通っている間中ずっと王都にいるのに対して俺は一時的に王都に行くだけだから条件が同じとは言えないけど、兄の同行は嫌だったはずなのに俺にはついてきてくれることをうれしく思う。


 そもそも兄が二人をいらないとして同行させるメンバーに入れてなかったというのはあってもイザベラはもう歳で引退するつもりだったのに王都までの長旅に同行してくれるなんてありがたいことだ。


 ヘルムートに関しては以前は妹……、カタリーナ……、の看病のために家に残ると言っていたのに今回は同行してくれている。カタリーナの栄養失調と虚弱体質が治ったからだけどこちらも本当にありがたい。


 ようやくカタリーナのことが吹っ切れたと思ったのに今度はルイーザのことでまたショックを受けている。未だに痛い右腕よりもこの胸にぽっかり空いた穴のような痛みの方がひどい気がする。それでも俺は歩いていかなければならない。


 王都に行けば少しは気分転換になるだろうか……。何か新しい出会いでもあるかもしれない。そんな期待と不安を胸に俺達は王都へと到着したのだった。



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