第二百三十九話「海戦開戦!」
兵がないものはどうしようもない。陸軍を出してもらおうと思っていたけどこれじゃ無理だ。もし残った兵力をケーニグスベルクに向けて、この近辺で反乱でも起ころうものならば残った兵力で王都や王城、王族を守るのが無理になってしまう。あるいはそこまで考えて用意しているのではないかとすら思ってしまうくらいだ。
内通者がいてここまで大掛かりな準備をしているということは場合によってはそういう展開も準備しているのではないかと考えるのが自然だろう。
ヘッセム方面でモンスター騒ぎを起こし王都の兵力を差し向けさせる。その隙にポルスキー王国がケーニグスベルクを包囲して攻める。もし万が一にも王国が王都の残った兵力をケーニグスベルク救援に差し向ければがら空きとなった王都を占領する。
あり得る……。というよりむしろそれが本命かもしれない。そしてこちらがそう思って兵を動かせなければそれはそれで良いということだろう。
そもそもいつも参加しているわけではないとはいえ近衛師団に所属しているはずの俺に何の連絡もないのもおかしい。クラウディアも何も言っていなかった。つまり俺やクラウディアには親衛隊や近衛師団が遠征に出るという情報は隠されていたというわけだ。これは根が深いかもしれないぞ。
「私やクラウディオは近衛師団所属でありながら親衛隊や近衛師団の遠征について何も聞いておりません」
「うむ…………」
王様も顎鬚を触りながら目を瞑っている。もちろん極秘作戦だったから参加者以外には情報が漏れないようにしていた、とかいうケースもあるだろう。でも今回のことはそんな極秘にしなければならないことか?
それにいくら隠そうとしても普通は遠征準備をしていればたまにしか顔を出さない俺はともかくクラウディアくらいなら気付くはずだ。団員間でも完全に情報を遮断するなんていうのはほぼ無理な話で、何気ない会話にしろ遠征の準備をしているのを見られるにしろ大軍の遠征をまったく気付かせないなんて不可能だろう。
もしそんなことが出来るとしたら意図的に隠されている場合だけだ。クラウディアが俺と親しいとわかっていて情報を遮断していない限りそんなことはあり得ない。
「内にいる敵はこちらであぶりだしておくよ。カーザース家・カーン家にはケーニグスベルク救援に必要な全ての行動の自由を許可する。よろしいですね陛下?」
「…………其方達だけに負担を押し付けてすまぬ。しかし今王都の兵は動かせん。頼んだぞ」
「はい。必ずやご期待に添えてご覧にいれます」
俺はカーテシーではなく騎士の礼で王様とディートリヒに応える。ぶっちゃけ期待外れというかあてにしていただけに非常に困っている。俺達だけでどうにかしろなんて無理な話だとすら思えるけど……。でもやるしかない。これは命令だ。
ディートリヒが言った『行動の自由を許可』というのは非常に重い。領内の治安維持や国境警備で領主の軍が軍事行動をするのにいちいち王国の許可は必要ない。そんなことをしていては肝心な時に行動が間に合わない可能性もあるからだ。
でも外敵に打って出るとか、国内でも勝手に越境してどこかに軍を向かわせるというのは勝手には出来ない。出来なくはないんだけど……。
例えばカーザース領にフラシア王国が攻め込んできたとしよう。まずは攻め込まれたカーザース家が自領内で守りに入り、やがてフラシア王国の攻勢を凌ぎ切ったり、あるいは敵の後方を撹乱するためにフラシア王国内に攻勢をかけたり奇襲したりするのは許される。これは攻められた一連の戦争の流れの中での出来事だからだ。
でもカーザース家が『フラシア王国むかつくから勝手に攻め込んでぶっ潰してやる!』と自分から仕掛けることは許されない。それが出来てしまったら各地の領主が勝手にプロイス王国を外国との戦争に引き摺り込めてしまうということになる。
攻め込まれた場合の防衛や、その中での相手領側への攻勢や奇襲は許されるけど、自分から攻めて戦争を起こすことは許されないというわけだ。
同じく国内であっても意味もなく他領へ大軍を越境させることは禁じられている。同じ国同士であったとしても理由もなく大軍を差し向けてくるということは戦争を仕掛けてきていると受け取られる行為であり、王国としても問答なしで反乱を企てていると判断しても良いほどに重大なことだ。
ただしこちらにも例外があって話し合いにより通行権が認められる場合がある。例えばカーザース家の軍が海に出たい時、カーン家の領内を通る必要があるためにカーン家に対して軍の通行権を求めてくるというわけだ。
そしてもう一つ、国の要請や何らかの理由によるものの場合は領主間の合意ではなくプロイス王国の許可によって各地が通行可能になる。王都で閲兵式や式典があるから兵を連れていく必要があるとか、プロイス王国が戦争になっているから諸侯に軍の派遣を要請していたりという場合だ。
閲兵式のような式典用などの場合は軍の数も決められているし領地から王都などの式典場までの道のりの通行しか許可されない。また普段の移動による護衛はそんな大軍にならないように制限されており、護衛の範囲内であると規定されている数以下であれば自由に連れていける。
それに比べて戦時行動の許可というのは非常に重い。極端に言えば今許可を貰ったカーザース家・カーン家はもういちいち王国に軍事行動に関して許可を求める必要もなく好き勝手に行動出来てしまう。もちろん今回は『ケーニグスベルク救援に必要な』という制限はついているけど自領から王都まで全軍率いてくることも可能だ。
ケーニグスベルク救援のために、と言いながら王都に全軍を呼び寄せていきなり反乱を起こす、ということも可能でありこれが許可されているということは相当なことであるというのはわかるだろう。
まぁ……、本当はこんなのは上辺だけの話であって国内で国民の移動は自由に認められている。完全武装の兵士が行軍して越境することは出来なくても、武器防具を隠して平民の振りをして目的地まで移動していけば良い話だ。それを完全に防ぐ方法は存在しない。
ともかくそれだけ重い軍事行動の権限を与えられたということが現状を物語っている。今回はちょっとばかりやばいかもしれない。
~~~~~~~
カーザース邸に戻ってきた俺は両親も呼んで現状を説明する。今回ケーニグスベルク救援の命令を受けたのは俺だけじゃなくてカーザース家もだ。だからカーン家・カーザース家で協力して事に当たる必要がある。
「なるほどな」
「前は見てるだけだったけど今度はフローラちゃんと一緒に戦えるのねぇ」
「随分落ち着いておられますが……、勝算はおありなのですか?」
王都にいるカーン家の兵力は微々たるものだ。ステッティンのガレオン船二隻を加えればまぁ……、というところだろう。それでも陸上戦力は圧倒的に足りない。
それはカーザース家も同じであり王都にいるカーザース家の兵なんて僅かなものだろう。それなのにこれだけ落ち着いている両親にはもしかしたら何か作戦が……。
「いや、どう考えても兵力が足らん。本来ならば態勢が整うまで半年くらいはかかるところだろう」
「やぁねぇ。心配しすぎよ。私達親子三人がいれば無敵よぉ」
「お母様…………」
父は俺と同じ意見のようだ。でも母は楽観が過ぎる。何千いるのか、何万もいるのか知らないけど仮にもこれだけ準備を整えて攻めて来た相手だ。相当の自信と策があるに違いない。それをそんな簡単に倒すなんて無理な話だろう。
「今夜中に準備を終えてカーザース家・カーン家全軍で明日の朝一番でステッティンに向かう。フローラの艦隊と合流して海上からケーニグスベルクへ乗り込む」
「そうですね……」
他に手はない。王都のカーザース家・カーン家の兵力はほとんど空になるけど今は全軍で行くしかないだろう。一応シャルロッテンブルクの建設現場にはカンザ商会の護衛が向かうことになっている。もし敵がここまで読んでいればシャルロッテンブルクにも手を出してくる可能性はあるからな。
「まずは大まかな作戦として……」
この後各所に指示を出した俺と両親は遅くまでこの局面打開のための話し合いを行なったのだった。
~~~~~~~
オデル川を下ってステッティンに到着した俺達は早速ガレオン船二隻に分乗して出航した。昨日の話し合いでわかったけど母も普段はアレだけど指揮官としては相当優秀だ。
父は総大将として戦略に優れている。それに比べて母は前線指揮官として戦術に優れている。普段のあのハチャメチャな言動を知っている俺からすると母は無策に全軍突撃とか、力技で正面突破とか言うタイプかと思ったけどまったくそんなことはなかった。
今回もまだ敵の状況がわからないから具体的な作戦は決まっていないけど想定される事態に対しては話し合いが行なわれた。その中で父と母の役割の違いや、立場の違いから出てくる意見の調整などは見ていて気持ち良いほどしっかりしたものだった。
両親はこれまでもこうして二人三脚で様々な局面を乗り越えてきたんだろう。だからこそ二人は阿吽の呼吸で、そしてお互いの力を信じているからこそ相手を信頼して、さらに本音で語り合える。
正直見ていてうらやましい。二人が愛し合っていて、信頼し合っていて、良き夫婦であり、良き理解者であり、良き戦友だということがヒシヒシと伝わってくる。俺もいつか皆と本当に、心からそう想い合える日が来るだろうか。
「頭ぁ!ポルスキー海軍がでやした!」
「わかった。フロト様、敵艦隊を発見いたしました」
「規模と配置を……」
ステッティンにいたガレオン船のうちの一隻は『サンタマリア号』だった。艦長はもちろんシュバルツだ。サンタマリア号を旗艦としてこちらに俺や両親が乗り込んでいる。
船足の速いガレオン船二隻だったからあっという間にダンジヒを越えた辺りまで来ていたけどすぐにポルスキー海軍を捕捉したようだ。まぁ捕捉というか向こうはケーニグスベルクの近海をウロウロして海上封鎖を試みているから見つかるのは当然とも言える。
「旧式船四隻が西へ向かって航行中です。恐らくダンジヒからの救援を警戒しているのでしょう」
「う~ん…………」
旧式船ってうちの船からすると皆旧式船になりますけど……。と、そんな上げ足取りは置いておくとして……。
「シュバルツならどう戦いますか?」
「相手は中型の旧式船四隻です。このまま正面から反航戦ですれ違い様にカーン砲を撃ち込み撃破しケーニグスベルクへ向かいます」
うん……。確かに最短で向かうならそれがいい。でも今回は武器弾薬が心配だ。前回はこちらが攻める側だった。最悪弾薬が尽きれば領内に戻れば済む話だったけど今回はそうはいかない。一度救援に向かっておきながら失敗したら敵も焦ってケーニグスベルクに力攻めをしかねない。そうなると町に大きな被害が出るだろう。
今回は補給に帰っている暇はなく船の数も弾薬数も限られている。こちらの虎の子であるカーン砲の弾薬は無駄には出来ない。
「今回は補給している余裕がありません。弾薬に限りがあり敵の数も未知数ですから出来るだけ弾薬は温存しておきましょう」
「では船をぶつけるか接舷して白兵戦にしますか?」
残念ながらうちの船には衝角は装備されていない。体当たり自体は出来るけど衝角で船腹に穴を開けるより効果は劣るだろう。それに乗り移って白兵戦を仕掛けたらこちらも損害が出る。弾薬を温存するために兵を損なっていては本末転倒だ。
「北側に迂回して敵と接触しない距離から私が魔法を打ち込みます。弾薬を温存しつつ敵を確実に仕留めるにはこれしかありません」
「あっ……、あ~~~~っ……。ソウデスネ」
「?」
俺がそういうとシュバルツが変な顔をしていた。
「そういう裏技がありなら簡単ですよね……。俺はもう提督として必要ないんじゃないですかね……」
「どうしたのですか?」
「ナンデモアリマセン」
全然意味がわからない。シュバルツは一体どうしてしまったというのか。何やら黒いオーラを放ってドヨドヨとしている。
「それでは北に迂回しましょう。まずはこの一戦が反撃の狼煙です!」
「「「「「おおぉ~~~~っ!」」」」」
水兵達の鬨の声を聞きながら、早くもポルスキー王国との戦端の火蓋は切って落とされようとしていた。




