第二百三十六話「休みはもらったらもらったで使い道が浮かばない!」
「いいですよ」
「…………え?」
相手の思わぬ答えに俺の方が驚いて聞き返す。俺はカーン男爵家の担当者達に向かって休みを寄越せと要求した。その答えが今の返事だ。
誰一人、何一つ悩むことなく即答であっさりと良いという返事が返ってきた。今物凄く忙しいはずなのに女の子と遊びたいからって休んでいいのか?そんなことが許されるのか?俺の方から言っておいて何だけどこんなにあっさり許可が下りたら不気味というか怖いというか。
「むしろこれまで何度もカーン男爵様には休んでいただくようにお願いしていたはずです。それなのに一向に休まず仕事を続けられて我々も心配だったのです。ここらで一度ゆっくりお休みください」
「えっ……、え~……」
いや、ほんと……、自分で言い出して何だけど本当に大丈夫なのか?もう少ししたらカーン騎士爵領からやってくる技術者や職人が到着する。それまでに下準備を終えて応援が到着すると同時に技術や腕が必要な仕事を行なっていく予定だ。それまでに予定の下準備を終えておかなければならないんじゃないだろうか。
「カーン男爵様の考えられておられることはわかります。実はですね……。何度も申し上げました通り工事は予定以上に進みすぎていて現在少々手持ち無沙汰なのです」
「それは報告を受けていましたが……、私を休ませるための嘘だったんじゃ?」
これまで何度か現場の進捗状況が進みすぎだから少し手を緩めて休めと何度も報告と注意を受けていた。でもそれは俺が毎日働いているから休ませるための嘘だと思っていたけど……。
「現時点ですでにカーン男爵様のお陰で計画の予定以上に進んでいるのは間違いありません。騎士爵領から来る技術者や職人達が到着するまで出来ることがあまりないので別の仕事を進めているくらいです。ですのでカーン男爵様はお休みいただいても問題ない……、どころか休んでいただかないと労働者達の仕事がなくなってしまいます」
「そうですか…………」
現場の指揮所で監督や担当者達に寄って集ってそう詰め寄られる。確かに労働者達に仕事がないから日をあけろとは言えない。彼らは所謂日雇いであり仕事がなければ給料が入らない。毎日安定して仕事があるからこそその仕事を続けられるのであって、現場の都合で仕事があったりなかったりだったら生活もままならず困るだろう。
かといってさせる仕事もないのに現場にだけこさせて給料を払っていては給料を払うこちらにとっては無駄でしかない。これだけの人間に給料を払って一日何も仕事をさせないだけでもとんでもない損失だ。
「カーン男爵様が整地を進めてくださったお陰ですでに整地予定範囲はほぼ完了。残りは地下埋設物のための掘削や基礎を作るための掘削が中心になっています。向こうから職人が到着するまでは本格的な工事は出来ないのであまりやりすぎると本当に仕事がなくなってしまうのですよ」
「…………わかりました。それではこれから応援が到着するまでの間、少しだけ全員交代で休みを取りましょう。現場の労働者達も休みたい者がいれば工事が遅れない範囲で希望を募っておいてください」
こちらの都合で仕事がないから家で休んでろ、給料はない、と言うのはよくない。だけど仕事が暇だから休みたかったら休んでいいよと言えば給料が欲しい者は来るだろうし家族サービスでもしたい者は休むだろう。本人達の希望を聞いて休みを与えるくらいなら問題ない。
また俺達現場監督や担当者達もここの所休みなく働き詰めだった。余裕がある今のうちに少し休んでおいた方がいいだろう。責任者が誰もいないというのはまずいけど交代で休むくらいなら出来るはずだ。
そんなこんなで俺の予想に反して何故かあっさりオーケーが出た休暇の割り当てを担当者達で決めたのだった。
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俺は今お嫁さん達五人を集めて話し合っていた。非常に重要な話し合いだ。
「……というわけで、今週末二日間お休みが取れることになりました。その二日を皆さんと一緒に過ごす時間に当てたいと思いますがどうやって過ごしますか?どこかへ出かけましょうか?」
そう、俺は週末の二日が休みになった。日本風に言えば土曜日曜が連休になったようなものだ。学園は土曜日もあるから土曜日の放課後から休みが始まり日曜一日が丸々休みという感じだろうか。どこかへ出かけるというのなら土曜の夜に現地に前乗りして日曜一日遊び倒すという考えもある。
「私はフローラさんと一緒に居られればどこでも良いですよ。こうして傍にいるだけで良いのです」
「アレクサンドラ……」
隣に座っているアレクサンドラがそっと俺の腕に手を回して肩に頭を預けてくる。近い。最近なんだか皆の距離感が随分近い気がする。これはあれか?色々と手を出しちゃってもオッケーってことなのか?
顔は少し性格がきつそうな悪役令嬢顔なのに性格は正統派ヒロインのようなアレクサンドラはとても可愛い。これはあれだ……。イメージで言えば悪役令嬢が普通にデレて可愛い系のような……。
「僕は日頃フロトと鍛錬で一緒にいられるから何でも良いよ」
「それを言われると私も毎朝一緒なので……」
クラウディアの言葉にルイーザも小さくなって答える。確かに毎朝日課で一緒だけどそんなこと気にすることないのに……。
「そうよね!二人だけずるいわ!だから私が決めても良いわよね!」
「ミコトはいつも学園で一緒ではないですか……。この中でカタリーナかミコトが一番長く一緒にいると思いますよ?」
クラウディアやルイーザの日課の時間はそれほど長くない。前までと違って毎朝顔を合わせるようにはなったけどほんの少しの時間だけだ。それに比べてミコトは学園でずっと俺の横に座っている。一日の中で一番一緒にいるのは俺のお世話をしてくれているカタリーナか学園でずっと一緒のミコトだろう。
「カタリーナは何かありますか?」
「いえ、私はフローラ様についていきます」
一人だけあまりしゃべらないカタリーナに話を振ってみてもそう答えるだけだ。どうもカタリーナはメイドとして一歩引いてしまうきらいがある。主人とメイドの時はそうしなければならないかもしれないけどプライベートとは分けて考えて欲しい。
「カタリーナ……、カタリーナが優秀なメイドとして振る舞ってくれていることはわかっています。ですがこれは主人とメイドとしての話ではないはずです。そういう時にまでメイドとして一歩引いた態度を取られては悲しくなってしまいます」
「ですが……」
どうやらカタリーナにはカタリーナなりの葛藤があるようだな。でもカタリーナの態度は時として距離を感じてしまう。メイドとして節度を守って……、とか考えているんだろうけどプライベートの時に友達や恋人としてじゃなくてメイドとして接されたらこちらも悲しい。
「公式の場で主人とメイドでなければならないのにそれを崩すことは良くないかもしれません。ですが公式の場でも主人とメイドでもない場でまでそうした態度で接されると距離を感じてしまいます。メイドとしての心得を忘れないのも大事かもしれませんが、友人として、恋人として、夫婦として、時と場合によって相応の接し方というものがあると思います。違いますか?」
「…………はい。ありがとうございます……」
カタリーナの瞳が潤んでいる。二人でじっと見詰め合……。
「ちょっと!カタリーナと恋人で夫婦だっていうの!私は?私が第一夫人よね!」
「いや……、あの……、今のは言葉の綾というか例えというかで……、別に今私とカタリーナがそうだと言っているわけではありませんが……」
俺とカタリーナの視線を遮るように俺の前に顔を持って来たミコトが迫ってくる。近い近い!これ以上近づいたらキスしてしまいそうだ。
「話が逸れているよ。どこかへ出かけるなら準備も必要だろうし先に決めるべきことを決めた方が良いんじゃないかな?」
「クラウディアの言う通りですね……。まずは今度の休日の使い方を考えましょう」
まったくもってクラウディアの言う通りだ。じゃれあうにしてもまずは決めるべきことを先に決めてしまわなければならない。
「誰も意見がないなら狩りに行きましょうよ、狩り!ここの所狩りもしていないからたまにはした方が良いわよ」
狩りねぇ……。ミコトは魔族の国の第二王女なのに随分血の気が多いというか何というか……。あるいは魔族の国のお姫様だからこそこうなのだろうか?
「ですが狩りではアレクサンドラやカタリーナは楽しめないでしょう?」
クラウディアは騎士だし近衛師団でも鍛えられているから狩りはお手の物だろう。ルイーザも森へ入ることもあるだろうし魔法もあるから多少のモンスターと出会っても問題ないはずだ。ミコトは本人が言い出した通り幼少の頃から一人で森に入っていたし平気だろう。
ただお嬢様育ちのアレクサンドラは狩りなんてほとんどしたこともないだろうし、同行しても狩りをする術も持たない。カタリーナも護身術くらいは身につけているだろうけど狩りには向いていない。
「帰省中も最後に森に行きましたし……、今度は違うことでも良いのでは?」
よくよく考えたら帰省中最後のイベントも森でキャンプ……、サバイバル?だった。ミコトが思い出の場所に行きたいのかと思ったけど、どうやらむしろミコトはアウトドア派で森や川で遊ぶのが好きなだけのような気がしてきた。そういえばアースタル川で川遊びした時も一番はしゃいでいたような気がする。
「私は……、こうして家でゆっくり同じ時を過ごすのも良いと思いますわよ」
「アレクサンドラ」
俺にしな垂れかかっているアレクサンドラは少し頬を赤く染めながらこちらを見上げて微笑んでいた。何というか……、妙に色っぽい。思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまった。
「アレクサンドラはただ外に行きたくないだけでしょ!」
あぁ……、ミコトさん……、それを言っちゃあおしまいってやつですよ……。
明らかにミコトはアウトドア派でありアレクサンドラはインドア派だ。普通ミコトの方が高位なんだからミコトの方が世間知らずでインドア派でもおかしくないけど、このお姫様だけは少々特別なのか、魔族は皆こうなのか知らないけどこっちの王女様とは随分違う。
「王都でお買い物とかどうかな?」
「う~ん……」
ルイーザの提案は無難だ。そしてそれはいつもと変わらないことも意味する。買い物といってもどうせほとんどカンザ商会かクレープカフェにしか行かない。他も見て回るけど碌な商品がなくて結局ほとんど何も買うことがないからだ。
カンザ商会のラインナップに太刀打ち出来る店は存在せず、ちょっと冷やかすつもりで覗くくらいはあっても他の店に入った所で買う物はまずほとんどない。そもそも他の店で売ってないから俺が欲しい物を自分で作ってカンザ商会で売っているわけで、他の店に俺が欲しい物があったならばカンザ商会なんて立ち上げていなかったかもしれない。
「フロトと一緒に料理するってのはどうかな?僕達もフロトの料理を習ったらどうだろう?」
「えぇ……」
それはご勘弁願いたい。皆ほとんど料理が致命的に出来ない。ルイーザは家でも家族に料理を作っているようで庶民料理なら普通に作れる。手際も悪くない。いや、たまに趣味で作るだけの俺より良いだろう。カタリーナはメイドさんだからそれなりには身につけつつある。まだ完璧ではないけど。
クラウディアは一応料理らしきものは作るけどちょっとワイルドすぎる。料理というよりは野戦糧食みたいな感じだ。そして残る二人が料理が出来るはずがない。こんな面子で料理をしてもほとんど俺が作って皆が食べるだけ……、あ?
「クラウディア?それはただ私の料理が食べたいだけなのでは?」
「えへへ、バレたか」
可愛らしく笑って誤魔化そうとしているけど俺は誤魔化されないぞ。今までそうやって乗せられて何度料理を作らされたことか。頼まれたら断れないからついついいつも料理を作ってしまう。でもそれは折角の休みにすることじゃないと思うぞ。
「「「「「う~ん…………」」」」」
皆どうやって過ごそうか必死に頭を働かせるけど良い案が浮かばない。毎日毎日遊ぶ暇もないから休みが出来たら遊び倒してやろうと思ってたけど、いざ休みが出来たら出来たで何をして遊ぶか思い浮かばない。二日休みとは言っても学園があるから実質一日半もないわけだし出かけるには短すぎる。どうしたものかと悩んでいると……。
「それでは川くだりはいかがでしょうか?」
「川くだり?」
カタリーナの言葉で今度の休日の過ごし方が決まったのだった。




