第二百三十五話「仕事ばかりじゃ生きてる意味がない!」
さらに数日が経過して、今俺達は王城に居た。今日はいつものようにラフな感じで俺だけが後宮でお話するというものじゃない。今日は正式な会談の場としてカーン男爵家の担当官達や王国、王家の官僚、文官達が居並ぶ場での話し合いとなっている。
会談を希望したらすぐに段取りが進められて恐らく最短でこの場が用意された。王様とディートリヒの配慮に感謝してから話し合いを始める。
「それでは……、全員の認識をすり合わせておくためにまずは今日の議題から整理しておきます」
何故か宰相なのに司会進行役をしているディートリヒが話し始める。この会談、いや、会議のためにカーン家が用意した資料が全員に配られた。
「今日の議題はハーヴェル川の護岸・運河工事についてです」
そう。今日俺達が王国に持って来た話はハーヴェル川の運河化についてだ。ハーヴェル川は王都ベルンのすぐ近くを流れておりディエルベ川へと合流してハルク海へと注いでいる。現時点ではハーヴェル川は流量も少なく底が浅かったり、川幅が狭かったりと色々な問題があって大型船どころか中型船も通航出来ない。
ハーヴェル川は途中に数多くの湖を抱える曲がりくねった川だ。流量が少ないのは運河化でどうにか出来る。運河で分岐を作ったり、川底をさらったり、川幅を広げて護岸工事をしたりすればディエルベ川までガレオン船だって運べなくはないだろう。
ただ『出来る』のと『実際にする』のは大きな違いがある。現段階ではシャルロッテンブルクやベルンまでガレオン船を運んでくる理由はない。そこまで大規模な運河を建設しようと思ったらそれこそ国家百年の大計となってしまう。
川幅と水深は確保しておくけどガレオン船を通そうと思ったら色々と問題も発生するからそれは後回しだ。とりあえず必要十分な中型船くらいまでの貿易船が往来出来れば良い。カーン騎士爵領と人や物の行き来が出来れば十分だろう。
ただガレオン船だけじゃなくて現状の主力である帆船では橋を越えるのが難しい。櫂船を開発してもいいけど櫂船は櫂船で幅が必要になるからな。
俺としては将来的に櫂船や帆船以外の動力を考えているからこれらの案が実行されることはないだろう。ガレオン船が通れるほどの運河が完成する前には異なる動力の船が運航しているかもしれないからな。
とはいえ例え中型船であろうと現状作り得る帆船では橋の下は潜れない。ならば運河化すると同時に架かる橋も全て可動橋にする必要がある。
今日王城にやってきて王国の官僚や文官達と公式に会議を開いているのは、ハーヴェル川の運河化と途中にかかっている橋の可動橋への架け替えに関して話し合うためだ。
「さて……、それでは全員の認識のすり合わせが出来た所で早速……」
「ちょっと待っていただきたい!」
ディートリヒが俺が考えていたのと同じ説明をし終わると文官、いや、大臣格の担当貴族が机を叩いて立ち上がった。
「何故王国がこのような馬鹿げたことにこれほど莫大な予算を出さねばならんのですか!」
あ~……。まぁね……。この時代の感覚を持つ者からすると意味がわからないというか、投資に見合うだけの見返りがあるとは思えないだろうな。
「ソルムス卿、それはこの資料に書いてあると思うが?」
立ち上がった貴族にディートリヒは全員に配られている資料を示す。確かに俺達が経済効果などの試算を載せている。運河化出来て中型船が往来するようになれば人や物の流れがよくなりその経済効果は計り知れない。特に水運に力を入れているカーン騎士爵領との連結が出来るようになればその相乗効果は……。
「こんな資料に何の意味がある!水運ならば今まで通り東側にあるオデル川を利用すれば良い!こんな馬鹿げた額の運河を造った所で何の意味もありはしない!」
オデル川とは王都ベルンの東に流れている大河でもちろんハルク海まで流れている。俺は直接辿ったことはないけど相当大きな川でかなりの大型船も上れるようだ。
以前王都の魚屋さんで聞いた通りこのオデル川の下流の港町から王都まで魚が運ばれている。だから海から離れたこの王都でも海魚が売られているというわけだ。
資料には仮の試算というか、現時点で簡単な調査を終えている部分の運河化に必要だと思われる予算が書いてある。下流はまだ順次調査中であり、ここに書かれているのはあくまでシャルロッテンブルク付近から徐々に調査した範囲の試算だ。実際にハーヴェル川の運河化を完了するまでにはこの何倍もの予算が必要だろう。
確かにソルムス卿とやらが言うようにこんな馬鹿げた金額を投資して果たしてそれだけのものが得られるのかという気持ちはわからなくはない。だけど国家がこの程度の投資も惜しんでいてはその国に未来はないだろう。
例えば道路を敷設したからといってかかった費用以上の経済効果が絶対に得られるかと言えばそんなことはない。むしろ結果的に赤字となる場合の方が多いだろう。この場合の赤字というのは経済効果全体と敷設費用とを比べた場合じゃなくて、その結果増えて入ってきた税収で賄えるかという意味でだ。
税収として道路を建設した費用と増えた税収を比べたらコストが回収出来るまでに何十年とかかるかもしれない。その間に道路は悪くなり補修してコスト回収が終わる前にさらに余計なコストがかかることになる。
それでも、例え国がそのために大きな予算を投じなければならないとしても国家繁栄のために経済発展を推し進めなければ、国は停滞し、周辺国に遅れをとり、やがて飲み込まれることになる。
国の活動には単純な損得や得られる税収だけじゃなくて、国がコスト回収出来なかったとしても公共工事を進めなければならないことが山ほどある。ソルムス卿が言うようにただかかる予算と回収出来る税収だけでしか物事を考えていなければ国が滅ぶだろう。
「私達が生きている間には税収は回収出来ないだろうね。でもねソルムス卿。これは今後プロイス王国が発展するためには必要なものだ。目先のかかる予算を気にするのも大事だけどこの計画が完了した暁にはプロイス王国はさらなる飛躍を遂げることが出来る。そういう先を見据えることも大事だと思うよ」
…………ディートリヒはさすがだな。もしかしてこのおっさん危ないかもしれない。元々こうだったのか俺と接するようになって学んだのかはわからないけどディートリヒは明らかにこの時代の人間の認識を超越している。普段はただのちょっと可哀想で残念な感じのおっさんを装っているけどこいつ相当頭が切れるぞ。
味方であるうちは良い。物分りが良くて頼れる国の上層部として居てくれる間は俺にとっても好都合だ。でももし俺とディートリヒや王国が対立することになったら?俺が何か教えるごとにディートリヒは俺の現代知識による認識に近づいて来る。それに比べて俺は前世の現代知識から先へは進んでいない。
このままディートリヒが学んで俺に追いついてきたら…………。
いや……、やめよう……。ただ無邪気に相手を信じるだけなのは愚かだけど必要以上に疑うのも愚の骨頂だ。手は打っておく必要はあるけど協力出来る所は協力していかないと俺一人でこの国が動かせるわけでもない。
「…………ふんっ!聞くだけだ!認めるかどうかは話を聞いてからだからな!」
ソルムス卿が俺をジロリと睨んでくる。でもこのじいさんも一応態度は軟化させてくれたようだ。ディートリヒは人望もあるし人を説得する口もある。とことん厄介なおっさんだ。絶対に敵に回したくない。
「え~……、それでは説明を続けますね。まず……」
気を取り直してディートリヒが説明を始める。カーン家の担当者達が測量を行い実際に運河を造る場合の構想や建設方法を練ったものだ。
川幅の狭い所は広げたり、水深を確保したり、場合によっては分岐させて新しく運河を掘って迂回させる箇所もある。まだ近辺だけとはいえかなり具体的な資料だ。むしろこれだけの資料が出来るまで待っていたとすら言える。
王城に来て会議したはいいけど案はほとんど何も決まってませんじゃ話にならない。計画を持って来たのにその相手が何も具体的なことは決めていなくてただ運河を造りましょうと言ってるだけだったらどう思う?誰がそれに乗ろうと思う?
そんな馬鹿はいないだろう。だからこちらも相手に提示出来るだけのものが揃うまで時間をかけて練ってきたというわけだ。
王国側の担当者達が不明な点などを質問してカーン家の担当者達が答える。具体的な計画は出来ているから話し合いも早い。運河構想自体は王国側も比較的好意的に受け取っている印象を受ける。ただ……。
「ふん!やはり絵に描いた餅ではないか!この計画には少なくとも三つの大きな無理がある」
一通り話し合いが進んでからソルムス卿が再び口を開いた。言わんとしている三つというのは予想がつく。
「一つ、この莫大な予算をどうやって捻出するのか。二つ、これだけの大工事を行なう技術者と人足はどうやって確保するというのか。三つ、これが致命的だ。流域に架かる橋全てを付け替えるなど領主達が同意するはずがない」
やっぱりこのソルムス卿とやらも危険だ。ただの頑固じじいじゃない。この話を聞いただけでその問題点にすぐに気付くなんてかなり優秀な証拠だろう。まぁヴィルヘルム国王陛下も無能な馬鹿じゃないってわけだ。側近達には優秀な者をきちんと揃えている。
俺から見たらまだまだだと思うこともあるけどそれは俺に現代知識があるからこそだ。ディートリヒやソルムスのようなこの時代の優秀な人物達に現代知識と認識を学ばせたら俺なんかよりよっぽど切れ者になるだろう。
「予算については王国と流域領主達による分担金で賄います。技術者と職人についてはまずカーン家において現在建設を開始しているカーン騎士爵領の運河に関わっている者達の一部をこちらに回します。最初のうちは技術者や職人の数が足りないでしょう。ですが長い目で見て徐々に技術を伝授していけばやがて技術を持った職人が増え、加速度的に工事が進むようになります」
予算については運河法案でそう決められているんだからその通りにすれば良い。まぁどうせ負担割合とかは王国とカーン家がかなりの部分を占めるだろうけどな。流域の領主達がこの運河の価値を理解して相応に分担金を出してくれるとは思えない。
技術者と職人に関しては言った通りだ。現時点では職人の数は圧倒的に足りない。でも建設工事をしている間に実地に関わりながら技術を教えられた職人も育つわけで、そうやって技術を持った熟練の職人が増えてくれば何箇所も同時に工事が進められるようになるかもしれない。そうなれば加速度的に工事は進むようになる。
「仮にその二つが解決したとして橋の付け替えに関してはどうする?」
そうだな。ソルムス卿も前の二つは時間をかければ解決可能なことはわかっていたんだろう。最悪領主達が分担金を出さなくても王国が長い年月をかけて少しずつ進めればいつかは完成するだろう。人足も同じだ。でも橋の付け替えはそんなことでは解決しない。
「領主達の説得は私が行ないましょう。説得の出来た所から順次付け替えを行ないます」
「ほう……。大した自信だな」
うん。はったりです。何の根拠も自信もありません。でもそうでも言わないと話が進まない。本音を言えば王家の威光で強権発動して命令しろよとか思ってるけど俺の方からそう言うわけにはいかない。運河構想をこちらから出しておいて、解決策が王家の強権というのではあまりにお粗末だ。
最初から王家の強権をアテにしていたと思われたら色々と困ったことになる。運河構想でも主導権を握られかねないしこちらで解決しなければならないだろう。
まぁアテも根拠もないけど何とかするさ。出来なければご破算だ。出来るか出来ないかじゃなくてやるしかない。
そんなわけでこの後も話し合いが行なわれ、しかも当然の如く一回で全てが終わるはずもなく、幾度となく俺達は王城に出向いては会議が繰り返された。さらに調査が終わった下流域の話も次々に追加され運河構想会議の終わりは見えない。
そんな毎日が続いてついに……。
「あ~!も~~~っ!!!いい加減皆と遊びたい!これ以上皆と触れ合えないと死んじゃう!」
毎日毎日仕事仕事仕事。学園に行っても仕事。放課後は土木作業か王城で会議の毎日。もういい加減我慢の限界に達した俺は女の子達とキャッキャウフフするために仕事をサボることを決意したのだった。




