第二百三十四話「一つ片付きまた一つ増える!」
街道敷設の追加と変更を行なってから数日、今日は現場に行く前に王城に行かなければならない。
本来街道整備はその地の領主が行なうことであり、それは義務であると同時に権利でもある。領主がきちんと街道を敷設していなければ領民や商人、場合によっては王国や王家にお叱りを受けることもある義務だと言える。しかしそれと同時にその義務であることは他人に侵されない権利でもあるわけだ。
領主はきちんと領内を治めて納税したり街道を整備したりしなければならない。だけどそれは言い換えれば領内で町を拓いたり街道を敷設したりする権利を持っているということだ。
今回俺はその権利を侵そうとしている。本来王家の領地である王都の街道敷設をこちらで行なおうというのだ。それは相手の持つ権利を侵害しているということになる。だから揉め事になる前に話し合う必要がある。
本当は王城になんて来ているほど暇じゃないし手紙の一つでも送って済むのならそうしたい所だけど、さすがにこちらが相手の権利を侵害しようとしているのに手紙一つで終わりというわけにはいかないだろう。せめて直接会って話をしなければ筋が通らない。
「暫くこちらでお待ちください」
「ありがとう」
ここまで案内してくれた案内役に礼を言っておく。学園帰りに王城に寄って王様かディートリヒに会いたいと伝えるとここに案内された。すぐに会えないのならまた後日でも良いんだけど……。シャルロッテンブルクに行かなきゃならないからあまりゆっくりしている暇はない。
「フローラが来ていると聞いたが……?」
「ヴィルヘルム国王陛下、本日もご機嫌麗しゅう」
通された部屋で暫く待っていると王様がやって来たので立ち上がって挨拶する。一緒にディートリヒも来たのでディートリヒとも挨拶をしてまずは三人でテーブルを囲んで一息入れる。
「さて……、それでは本日参った用件を聞こうか」
お茶を飲んで少し世間話をしてからようやく王様が本題を切り出してくれた。こっちも暇じゃないんだからさっさと用件だけ済ませたいんだよ!と思わなくもないけど、ここ最近は本当に忙しいし少しくらいこうして息抜きするのも悪くないだろう。
「はい。実はシャルロッテンブルクまでの街道を敷設したいと思っています」
「前の報告では一番近い街道に繋げると聞いたけど?」
俺の話にディートリヒが食いついた。元々工事計画として既にある一番近い街道に繋げることは報告してあった。この街道に繋げるためにも王家の領内を敷設しなければならないからだ。でも前回と今回では少々話が変わってくる。
元々ある街道に繋げるために許可をくれ、というのは新設の道路を敷く際に必ずしなければならないことだ。だからこれは各地でもよく起こっている事例と言える。新しく道路を敷いて既存の街道に繋げる場合は繋げる方の領主と新設道路の領主が違う場合話し合いが行なわれる。
繋げる街道までが物凄く遠いのならば両者が話し合って負担割合を決めて繋げられることになるだろう。相手が街道に繋げたいというのだから100%出資しろと言われるかもしれないし、自分の領内を通る分は自分で敷いてやるからそっちの領内分だけ自分で敷けと言われるかもしれない。
そこは両者の話し合いであって特定の決まった解決というものはない。ただ前例を見る限りではある程度の短距離ならば新しく繋げたい方が全額負担するケースがほとんどだ。どこの領主も他人が勝手に敷いた街道のためにお金を出したくないということだろう。
長距離の場合は話がまた変わってくるから置いておくとして、最初に計画した街道への接続では王家領内を通るのは短距離だったから連絡だけしてうちが100%負担で敷設する予定だった。でも変更して一直線に繋げるとなると話が変わってくる。
変更した計画では総延長のうちのかなりの部分は王家の領内だ。これではうちから既存の街道への接続のための工事とは言えず条件が変わってくる。調べさせた結果このケースの場合は王都からシャルロッテンブルクへの新しい主要街道の新設という工事に分類されてしまうようだ。
俺はプロイス王国の工事の分類や何故そうなるのかについてはとやかく言うつもりはない。ただこのまま王都までの直通道路を通そうと思うとこれは単なる接続工事ではなく、相手領主である王家ときちんと話し合わなければならないということだった。
すでに計画変更を決めてから数日が経っているのに今頃王城にやってきたのはそれが理由だ。まず設計の変更や区画割りの再設定、それから前例を調べてこの場合にどうすれば良いのかを確認させていたからこれだけ時間がかかってしまった。
まずはざっと王様とディートリヒに変更点や前例や法解釈的にどうなるかを説明していく。
「ふ~む……。そうなると王家の領内はこちらで敷設しなければならないということだな?」
「いえ、工事そのものはこちらでします。正直に申しまして古い街道は路面がひどく、そのためにいっそ新設しようという話になったのです。また路面の仕上がりからして当家の工事でなければわざわざ新設する意味がありません。ですので費用も労働者もこちらで用意します。ただ敷設するにあたってこちらの領主である王家に敷設工事の許可をいただきたいのです」
確かに前例でも法解釈的にも王家領内は王家が敷設すべきものだろう。そしてだからこそ新しい街道というのはそう簡単には出来ない。相手の都合で勝手に新しい街道を敷設しようと言われたら自分の領内の分を自分で負担しなければならないのだ。相手は街道を敷いて得があるのかもしれないけど相手から言われて自分の懐を痛めてまで余計な工事をして出費したい者は少ない。
実際には街道が出来ることで交通の利便性が上がったり、そのお陰で流通や行商が増えたりとメリットもあるだろうけど、この時代にそんなことまで考えて思いきった政策が出来る者はそういないだろう。
そしてうちからすれば他の領主達が敷いた街道は出来が悪すぎてそれならわざわざお金と時間をかけて敷く意味がないとすら思える。馬車でぶっ飛ばしても揺れず、そして雨が降っても水が溜まらず足回りが汚れない。そんな道路が欲しいのであって、悪路で泥だらけになるのならわざわざ高いお金を払って敷く意味はない。
「表向きは王家が敷設していることにして工事の仕上げはこちらでさせてください。労働者も費用もこちらで負担いたします」
これは本来相手が費用を出すから勝手にしても良いという話ではない。自分の家の庭先を、相手が費用を出して工事業者を雇って何の負担もないからと勝手に工事させても良いということにはならないことくらいはわかるだろう。
もちろん個人の土地同士ならば、例えば相手の家が自分の家の奥にあって相手の家に行くためには必ず自分の敷地を通らなければならず、相手が家に入るために通路を確保して舗装させてくれと言われたら許可することもあるだろう。
しかし領主同士ともなれば、おたくがお金を出すなら勝手にやれば?とはいかない。それは自分の権利を侵害されているのと同じことで、例え自分の懐からお金を出そうとも自力で敷設しなければならないことだ。
でなければ『私がお金を出すんでここに町を作らせてもらいますね』『私がお金を出すんでここに工場を作らせてもらいますね』『私がお金を出すんでここに○○を作らせてもらいますね』という要求が全て通ることになる。相手がお金を出すから良いというのなら自分の領内を他人に好き勝手にされるということであり、お金を出すから良いという話ではなくそういう問題に発展することになる。
「う~む……。ならばこうしよう。この新設の街道に関してはカーン家に敷設させる。そしてそこでこちらの技術者や職人に新たな街道敷設の技術を学ばせるのだ。そのためにここは技術伝授のためにカーン家が工事の主体を担う。それならば周囲の反発も抑えられよう」
なるほどな……。まぁいいか。今後各地の道路が綺麗になることを思えばうちの舗装方法が流出しても痛くはない。舗装技術に関しては秘密にするよりも広めた方が国の流通が良くなり結果的に商会を営んでいるうちに利益が返ってくる。
もともと隠すつもりもなかったし高く売りつけられるのならそれが良い。丁度タイミングだということだろう。どうせたかが道路の敷設技術なんてこれ以上高く売りつけることも出来ないだろうしうちにデメリットはないだろう。
「わかりました。それではこの新設街道工事にて王家から派遣されてくる技術者達に工法を伝授しましょう」
「おお!そうか!ならば決まりだな。詳細はこれからディートリヒと詰めるとしよう」
「そうですね。まずは……」
ようやく出番が回ってきたディートリヒが張り切って話し始める。結局この日は王様達との話が思ったよりも長引き建設現場に行っている暇はなかった。だけど街道については纏まったので一つ案件が解決した。他にもしなければならないことが山積みだけど一つでも何か片付くとほっとするものだ。
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王城へ出向いて街道敷設の件が片付いた俺はそれ以降上機嫌で台地の上の整備に取り掛かった。下の町の担当工区は全て終わったから後は労働者達が地面を掘り返して地下埋設物を施工していくことだろう。
変更された区画整理も決定されるまでに出されていたいくつかの案のうちの一つに手を加えて修正したものだから、大きな混乱も手間もなく変更することが出来た。
宮殿と山頂の砦の建設予定工期はたった二年だ。町全体の完成はもっとかかる。ただ宮殿とその周りの庁舎や貴族街、そしてそこから離れた商業区や工業区、河港等の主要部分は宮殿がお披露目される二年後までに同時に完成させることになっている。
町に関しては住む者達が自分達でそこを作っていくのだから区画は整理して人が住めるようにはするけど、住民にしろ商人にしろは誰がいつどこに住みどういう風に建物を建てていくのかはこちらではコントロールしない。居住や建設の許可はこちらが判断するけど住む者達や倉庫や工場は各自で頑張って建ててもらう。
今日も建設現場で頑張って働いてきた俺はカーザース邸に帰ってから報告を聞いていた。最近では打ち合わせは日が暮れた後に行なわれている。日中は出来るだけ作業を進めたいので日が暮れた後でも出来る会議や打ち合わせは出来るだけ日が暮れてからというわけだ。
「ハーヴェル川ですが少々問題があります」
いきなり面倒そうな報告がきたものだ。ディエルベ川へと繋がっているというハーヴェル川を利用すれば、カーン騎士爵領との往来も簡単になるかと思ったけどそう簡単にはいかないらしい。
「まず水深の浅いと思われる箇所が複数あり、このままでは大型船どころか中型船でも座礁する恐れがあります。また現在は小型船が往来しておりますが中型船を往来させるには途中にかかる橋が邪魔になり通航するのが困難な箇所があります」
「なるほど……」
まぁそれはそうだろうな。もし現時点で中型や大型船が往来しているのならばもっと前から俺も知っていたはずだ。喫水の浅い小型船なら往来出来るようだけど喫水が深く船体が大きい船では通航は難しいようだ。
「川底をさらい、川幅を広げ、橋を付け替える、となれば相当に費用、労力、期間が必要になるでしょう。またこれらは他領主の領内を通るものであり、河川工事は王家の権限で可能でも橋の付け替えは少々面倒な話になります」
「う~ん……」
二年後のシャルロッテンブルクの町開きとお披露目には間に合わないとしても、話を進めて順次工事していかないことにはいつまで経っても水路が確保されない。手間と費用はかかるだろうけどやらないわけにはいかないだろうな。
「運河法案の時に河川工事についても規定されたので河川工事については大丈夫でしょう。問題は橋の付け替えですね……」
橋というのは今でも重要拠点だ。橋頭堡という言葉があるように橋というのは軍事的にも大きな意味を持つ。流通的にも軍事的にも重要な橋について王家や俺のような新参領主に口出しされては流域沿いの領主達の反発を買いかねない。かといってこのまま放っておいたらいつまで経っても水路の確保は出来ないし困ったものだ。
ガレオン船をここまで引っ張ってくるつもりはないけどそれなりに積めて速度があり小型の船が必要だ。川と橋の工事に加えて中型から小型の船の開発も必要かもしれない……。




