第二百三十三話「建設現場!」
あっひゃ~~~っ!いっそがしぃぃぃ~~~っ!
ありえな~い!おわらな~い!しごとがへらな~い!
シャルロッテンブルク開発が始まってから俺は本当に寝る暇もない。学園でも授業そっちのけで仕事の書類を処理している。これで俺の成績が落ちたらどうしてくれるんだ……。まぁたまにチラチラ授業を見て聞いてるけどもう知っている内容ばかりだからそんなにガタ落ちにはならないかもしれないけど……。
とにかくシャルロッテンブルク開発が始まってから俺は毎日毎日忙しすぎて目が回りそうだ。朝の日課が終わったら学園へと行って、授業が終わると同時に王都を出てシャルロッテンブルクの建設現場まで向かう。日が落ちるまで工事をしたり現場指揮をして夜になると家に帰って、風呂、飯、寝る!と言いたい所だけどまだ甘い。
夜は夜の日課の訓練をして、終わってからは書類仕事。終わりきらない書類仕事は学園でも処理しなければならない。毎日数時間も寝ているのかどうか……。
「あ~~~っ!もう!」
「いかがなさいましたか?フローラ様?」
今も王都からシャルロッテンブルクの工事現場に向かう馬車の中で俺は頭をガシガシと掻いて声を上げた。
「この街道が酷すぎます!いくらうちの最新の改良型である馬車でもこうも揺れたら仕事が出来ません!」
王都から工事現場に行くまでの時間も無駄には出来ない。馬車の中で書類仕事をこなしているけどサインしようにも揺れが酷くてきちんと書けない。この最新の馬車は今までの中でも一番揺れが抑えられているけどそれでも限度がある。根本的に道が悪すぎてどれほど馬車の性能を上げても乗ったまま文字を綺麗に書くのは無理だ。
「………………さい」
「はい?」
「道路建設を追加しなさい!王都からシャルロッテンブルクまで一直線に幅の広い道路を敷くのです!平坦で揺れない道路を今すぐ敷きなさい!」
「はっ、はい!かしこまりました。ただちに指示いたします!」
当初の計画ではシャルロッテンブルクの一番近くを通っている元々ある街道に道を繋げて完了にする予定だった。でもこんな狭くてガタガタの街道なんて通っていられない。そもそもシャルロッテンブルク行きのための街道じゃないから直線ルートでもなく若干とはいえ遠回りになっている。
だからもうこっちで勝手に新しく街道を敷いてやる。王都から最短一直線にシャルロッテンブルクへと接続する直通の街道だ。どうせ工事のために人員や資材、物資の輸送が必要になる。街道があっても困るものじゃない。
本来ここは王家の領地だから街道を敷設するのも領主である王家の仕事だけど知ったことか。向こうに任せていたらいつ出来るかもわからないし路面が酷すぎる。こんなガタガタの街道を敷かれるのならこちらで勝手にやらせてもらう。
だけど……、今のはなかったな……。
「ごめんなさいカタリーナ……。カタリーナにあたってしまいました。許してください」
「あ……」
カタリーナをそっと抱き寄せてぴったりとくっつく。カタリーナの温もりと鼓動が感じられて心が落ち着いてきた。
イライラしている俺はカタリーナにあたってしまった。街道が悪いのも馬車が揺れるのもカタリーナのせいじゃない。道路を敷設するのもカタリーナの責任でも担当でもないだろう?それなのにカタリーナにあんな言い方をしてしまった。俺は最低だ。
「いえ……、いいえ!良いのです!フローラ様は何も悪くなどありません!それが私の仕事です!」
カタリーナの言葉が心に沁み込んでくる。荒れた心が落ち着いてくる。
「カタリーナ……」
「フローラ様……」
抱き締めたカタリーナと少しだけ体を離して見詰め合う。カタリーナの顔は紅潮していて抱き締めあって触れ合っている胸からドキドキとはっきりと鼓動が伝わってきていた。俺達の顔は自然に近づいて……。
「到着いたしましたフローラ様」
「ひゃいっ!」
もうすぐ口付けしてしまいそうなほどに近づいていた二人の顔は御者の声で現実に引き戻されて一気に離れた。危ない危ない……。もうちょっとで流れでカタリーナとキスしてしまうところだった。
「ちっ!」
えっ?!今カタリーナさん思いっきり舌打ちしませんでした?さっきまでの潤んだ瞳の美少女はどこへ行ったんだ?今俺の横にいるのは黒いオーラを放った怖い女の人だ…………。
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シャルロッテンブルクの建設現場に到着した俺はまずさっき考えていたことを他の者達に伝える。当初の予定ではカーン騎士爵領の職人が到着次第シャルロッテンブルクから既存の街道の一番近い場所までだけ街道を接続する予定だった。でもそれじゃ不便すぎる。何より街道の路面が悪い。
カーン騎士爵領の街道ならこの馬車で走っていたらほとんど揺れない。それに比べて王都の道路を走ったら揺れがひどくて文字も書けないくらいだ。書類の確認くらいなら読めるけど文字を書くのは難しい。それじゃ仕事にならない。
「新たに土木工事の労働者を追加してカーン騎士爵領の職人が到着する前から王都に向けて街道敷設を始めましょう」
「それは良いのですが……、完成までに相応の期間がかかりますが……」
人手はまだ大丈夫だ。シャルロッテンブルクの開発もまだ始まったばかりで全体の労働者は少ない。これからあちこち労働者が増えてくるだろうけどその前に街道敷設に人手を回しても問題はない。
何よりこの街道が出来ればシャルロッテンブルクの建設にもあれこれ利点が多い。この街道が出来れば労働者、資材、物資の移動、輸送に使える。今敷設予定の遠回りの街道よりも道幅も広く最短距離で結ぶ街道が出来れば建設工事上もメリットが多い。そしてそれは早ければ早いほど効果的だ。
「では王都から直通の街道を主要道としシャルロッテンブルク宮殿の向きもこの街道から真っ直ぐ向くように変更しましょう!」
担当者の一人がそう言うと皆がワイワイと賛同し始めた。というより元々は王都から直通街道を通しそちらを正面にして宮殿を建てるという案自体はあった。ただ俺が領内の街道整備は領主の仕事だから、カーン男爵領はともかく王都近郊はうちでは街道整備が出来ないからとして既存の街道へ接続する案で纏まった経緯がある。
「しかしそれでは王家領内は王家に街道を敷設してもらうことに……」
「それは心配いりません。全て当家で敷設します。許可は後日私が国王陛下から取ってきますのですぐに計画と設計の変更と人足を確保してください。……あ!それと当初予定されていた街道との接続も行なってください」
担当者や現場責任者達を集めて計画の変更部分と再設計、人足や資材についても話し合う。
まず現段階では工事といっても木々の伐採と整地がメインとなっているから今ならば変更してもまったく問題はない。浄水場等の掘削や基礎は掘り始めている所もあるけどそれだって特に問題はない。これからさらに拡げていくばかりだからな。
変更点は先に言った通り王都の城門からシャルロッテンブルク宮殿まで真っ直ぐにでかい街道を繋げる。宮殿の正面は当初予定のメインストリートに向ける予定だったけどそれを新しい街道の方角へ変更するだけだ。町の区画は少々変更になるけどすぐに手直しに入れば工事の開始は遅れないだろう。
そして当初計画で繋げる予定だった街道への接続も行なう。こっちはすでに仮設道路が出来ているから新設する道路が出来るまでは工事用道路としてこのまま活用し、新設の街道が出来たら仮設から本設へと作りかえる。
大した距離じゃないと言えばそう言えなくもないけど街道への出口は複数あった方が良いだろう。王都とシャルロッテンブルクの往来がメインになるとしても他方面へ出たい者も出てくるはずだ。その時に全員が同じ道を通らないと街道に出られないのでは将来的に混雑する可能性が高い。
その対策としてどうせ作りかけている当初予定の街道への接続はこのまま続行する。王都からの最短ルートなら新設の街道だけど王都へ出ずに他に行きたければそちらを通れば良い。将来的にはまだ増やして街道を通すだろうけど今はとりあえずその二箇所だ。
「それでは私は今日の担当工区に行ってきます。何かあればそちらへ。区画の変更は出来るだけ急いでください」
一通り指示を終えると俺は建設工事の指揮所を出た。現場に来たって俺なんて椅子に座って偉そうにしてるだけだろうと思ったら大間違いだ。
現時点ではまだ労働者も確保されていない。いくらかはいるけど信用出来る労働者という意味ではほぼ皆無と言っても過言ではないかもしれない。ほとんどが今回の工事のために王都で確保した労働者であり極端に言えば身元の知れない者達だ。
もちろん調査はしているし面接も行なった。そもそもの伝手が牧場農場の労働者達の家族や親戚だったり、カンザ商会に勤めている者の関係者だったりする。だけどそれでも初めて共に仕事をする相手なら当然ながら信頼なんてないだろう。
今はまだ木を切り倒し、根を抜き、穴を掘り大きな岩を取り除き、基礎や地下埋設物のために穴を掘ることがメインの作業となっている。やがてこうして共に作業をしている間に信用出来る者は取り入れ、信用出来ない者や仕事の品質が悪い者はどうでも良い所に回したり、最悪契約終了となる。
ただ彼らだけに任せていたら伐採と整地だけでも何ヶ月もかかってしまうだろう。そこで俺が担当する工区は……。
「三工区の整地が終わりましたので木材を運んで下さい」
「わかりました。人を回します」
剣で木を切り倒したり、バフ魔法で根を引っこ抜いたり、魔法で地面をごにょごにょして岩を取り除いたりしている。
ちなみに俺がバフ魔法を使えば切った木材も運べるけどそれだと労働者達の仕事もなくなってしまう。他にも色々仕事があると言えばそうなんだけどそれは俺も同じことだ。労働者達には単純な作業をさせて俺は人が見ていない間にコソッと伐採と整地を終わらせておく。
俺はこの現場の最高責任者でありながら一番最初に一番重労働をしているという意味不明の状態だ。まぁ俺がやった方が手っ取り早いし、全部が全部俺が切り開いたというわけでもない。労働者達が自力で切り開いている工区もあってそれぞれ担当工区を整備していっている。
カーン騎士爵領からの職人や技術者達が来る前に整地くらいは終わらせておかなければ時間の無駄になる。向こうからの応援が来たらすぐに本格的工事に入れるようにしておかなければならない。それに俺の本来の仕事はここじゃない。本当に俺がしなければならないのは台地の上の村と研究所兼砦の整地と建設だ。
上の村と砦はいわば機密が含まれているわけで信用出来ない労働者達には任せられない。向こうからの応援とこちらの労働者の中でも信用出来る者の中から取り立てた者達で進める必要がある。
だから俺はまず向こうからの応援が来るまでに下の町の整地を終わらせ、上の村と砦の整地に取り掛かっておく所まで進めなければならない。その担当地域は広大でありゆっくりしていたら到底日程が間に合わないタイトなスケジュールだ。
「カーン男爵様、そろそろ日が暮れます。今日の作業は終わりにしましょう」
「そうですね。他の者達にも伝えてください」
「はい」
監督の一人が本日の作業終了を告げに行く。昔の地球でもこの世界でも基本的には日が暮れたら作業は終了だ。現代ならライトでも何でもあるから夜中でも仕事は出来る。夜でないと出来ない工事もあるし急いでいるから夜を徹してやるということもあるだろう。それに比べてこちらではそうはいかない。
まず光の確保が難しい。この暗い森の中で松明を燃やすとなると工事現場を照らそうと思ったら相当な量になってしまう。薪も貴重なものであってそんなに大量消費していられない。なくはないけど工期が迫っているわけでもないのに今からそこまでするわけにもいかない。
それに暗い工事現場では事故も起こりやすい。現代でも危険なのにこんな世界じゃなおさらだ。そして極めつけがモンスター……。モンスターは夜行性のものもおり夜の森の中は危険でいっぱいだ。労働者が広がってバラバラに作業していたらはぐれた一人がモンスターに襲われる、なんてことも起こりかねない。
だからこの現場では日が暮れる前には片付け始めて作業終了となる。これから冬になって日が短くなってくるのに俺が学園が終わってから来てもどれほども時間がないようになってしまうだろうな。
まぁそれも見越して工期を取っているし労働力も確保している。それにいざとなれば俺だけなら魔法で明かりをつけて作業すれば良い。労働者達は貧困層が多いから魔法なんて習ったこともない者が多くほとんど使えない者ばかりだけど俺は魔法の明かりを出せる。
これから冬になってきて作業が出来なかったり、工期が押してきたら俺が魔法で明かりをつけて残業でもすればいい。
「それでは今日は帰りましょうか」
「はい」
今日も現場で汗を流した俺は日が暮れかかった薄暗い街道を馬車で駆け抜けていったのだった。




