第二百三十二話「シャルロッテンブルク建設!」
最初は忙しかったけど色々と片付いてきたからいつものペースに戻りつつある。ただしそれは今だけの話だろう。今はまだカーン男爵領の開発が本格化していない。あくまでこの前視察に行って大まかな計画を立てただけだ。それがこれから本格化してくればまた大忙しになると思う。
「フロト様、カーン男爵領開発の素案が出来ました」
「わかりました。今行きます」
カーザース邸の執務室で書類仕事の処理を行なっていた俺は呼ばれたからキリの良い所で一度手を止めて会議室へと向かった。
まぁ別に会議室というわけじゃないんだけど俺達がよく会議に使っているから勝手に会議室と呼んでいる。ここはカーザース邸だから俺の屋敷じゃないしね。そもそも俺のための執務室や会議室なんてあるはずがない。空き部屋を使っているうちに勝手に俺の執務室だの会議室だのと役割が分かれていっただけのことだ。
それはともかくカーン男爵領開発に関わる担当官達が待つ会議室へと入ってみれば……。
「これは……」
「カーン男爵様!こちらの案なのですが……」
「こちらを先にご覧ください!こちらは……」
「待て!抜け駆けするな!最重要区画としてこちらを!」
俺が会議室に入るとそれはもう物凄い熱気だった。俺がそれで良いということにしているからだけど皆主君である領主貴族が入って来たとは思えない態度だ。
別に横柄な態度でどうこう、という話じゃない。皆非常に仕事熱心でカーン男爵領開発に物凄い熱意を持って取り組んでいることがヒシヒシと伝わってくる。
「まぁまぁ、皆さん落ち着いてください。全てお聞きしますから」
そう言って俺は会議室に入って奥の席に座ったんだけど……。
あるぇ?何これぇ?
「カーン男爵様!まずはこちらをご覧ください!」
「嫌でも見えますけどね……」
俺はボソッと率直に思ったことを言ったけど誰も聞いていない。俺の席の真ん前には粘土で作られたカーン男爵領の模型と何枚もの大きな絵が並べられている。カーン男爵領開発で全員が共通の認識を持てるようにカーン家では大規模開発においてモデルやスケッチが用いられている。
もちろんこれはまだ決定じゃないし建築図面ほど寸法から何から正確に記されているものでもない。あくまで大まかなイメージや建物の配置を決めて一目で直感的にわかるようにしている。
それは良い。それは良いんだけどこれは何かおかしい……。俺が現地に行って視察して決めた時のものとまったく違う。いや……、違わないけど……、違う……。
自分でも何を言っているかわからない。一度落ち着こう。そして冷静に、正確に分析する。
まず……、どうやらあのテルトゥー台地というのは西側にハーヴェル川というものが流れているらしい。王都ベルンもこの川から取水している。
人間の町や生活圏というのは水辺沿いに発展していく。だから山で遭難したりすれば川を見つけて川沿いに下っていけばまずどこかで町に出られる。
全体としてまず西にハーヴェル川があり、俺が賜ったテルトゥー台地、カーン男爵領シャルロッテンブルクは川の東岸に位置する。そこからさらに少し……、東北東くらいの方向かな?正確な方位はわからないけど東と言っても差し支えない方角へ行くと現在の王都ベルンが存在する。
テルトゥー台地はハーヴェル川に向かって断崖絶壁になっている。そして東にいくほど徐々に斜めに下がっていく。三角形にカットしたチーズを一方の切断面を下にして西側に背の部分がくるように置いた感じだろうか。
ただしカットしたチーズのように真っ直ぐ伸びているわけじゃなくて下りの斜面が途中から北の方向にカーブしている。
俺が視察に行って話し合った時に決めたのは、この川に近い崖付近に研究所・実験場・砦をミックスした建物を置こうということになった。そしてこの下っていく斜面が北へ曲がっている辺りに村を作ってはどうかという話になったはずだ。
それは良い。そこまではこの粘土のモデルにも反映されている。俺が出した意見通りに進めてくれるようだ。問題はその先だろう。
粘土のモデルやスケッチに記されているものを確認してみれば何故か台地を下った先、ハーヴェル川沿いに巨大な町のモデルが作られている。これはおかしい。俺はこんなことは言っていない。
川沿いにはまるで港のようなものがある。河港だからそれほど大規模ではないようだけど、このハーヴェル川はディエルベ川に注いでいるそうだからカーンブルク、カーザーンからここまで小型船の運航をさせようとしているのかもしれない。
南側に台地を壁にして、西はハーヴェル川があり、北に曲がっている台地から下りる先に大きな町を作ろうとしているようだ。ただこの台地の下にある町は台地へと上っていく手前までしかなく、上りの途中には俺が視察に行った際に決めた村を建設するらしい。
つまり台地へと上っていく麓にこのシャルロッテンブルクの町を建設し、上りの途中には台地の上に勝手に侵入しようとする者達を監視する村を作り、頂上付近に研究所兼実験場兼砦を建てる。
スケッチを見てみるとどうやら麓の町には……、って!これは駄目だろ!
「ちょっ、ちょっと待ってください!このシャルロッテンブルク宮殿って何ですか!?勝手に宮殿なんて名乗っちゃだめでしょう!?」
スケッチには立派な建物があり、その奥には崖があって、崖の上にはまた立派な砦が建っている。一番手前の見た目が豪華な建物にはシャルロッテンブルク宮殿と走り書きされていた。
どうやら普段はこのシャルロッテンブルク宮殿を町の中心として、戦時には背後にある山頂の砦に篭り戦うように出来ているようだ。
でもちょっと待って欲しい。本来『宮殿』とは王族や皇族が暮らす場所のことを指すものだ。大臣や議会や軍人が集まり政治を行なう場所と、王族達が暮らす部分が分かれているけどそれらを含めて宮殿というんだ。
もちろん国や時代によっては宮殿と言ってもただ大きくて立派な屋敷を指して宮殿という所もあるし、王族が住まう所だけを宮殿と呼ぶ所もある。王族に限らず領主一家が住む場所も宮殿に含める呼び方をする所もあるだろう。
でも基本的にプロイス王国で勝手に宮殿を名乗るのはやめた方がいい。明確な定義があるわけじゃないけど、いや、明確な定義がないからこそ不用意にまるで『自分が王だ!』と名乗っていると受け取られかねないことは避けるべきだ。
「王国に許可は頂いておりますので問題はございません」
「えっ!?」
もう王国にお伺いを立てて許可まで貰ってんの!?っていうかいつの間にそんなことまでしてたんだよ……。
「それでは順番にご説明させていただきます。まず麓の町はハーヴェル川から取水するため上流のこの辺りに浄水場を建設、また下水処理のために下水道をここまで伸ばしここに下水処理場を建設します。山頂の砦は井戸を掘り手押しポンプでくみ上げた水を中心に……」
各担当官達が我が我がと必死になって俺に説明してくる。大雑把に言うと大体カーン騎士爵領の町作りとそう変わらない。上下水の完備と主要道路を敷いて区画整理を行なう。麓の町はシャルロッテンブルク宮殿を中心に配置が考えられており西はハーヴェル川の水運、東は主要街道を通って王都やその他の地域に接続する。
シャルロッテンブルクは王都に近いだけあって王都に出れば街道からどの地域へも出られる。さらに川を下っていけばディエルベ川に出られるらしいからカーン騎士爵領から船による大量輸送が期待出来る。たださすがにガレオン船が上ってこれるほどの川ではないかもしれない。どの程度の船ならば往来可能なのか。場合によっては川の拡張や川底をさらう工事も必要かもしれない。
上下水の整備と処理場の建設には専門知識も必要になる。カーン騎士爵領から指導のために慣れた職人達を呼び寄せ、こちらの労働者達に教えながら新たな職人達を養成していくことになる。
もちろん機密も多いうちの建設工事は誰でも人手があればいいというわけじゃない。カーン男爵領に住まうことになるような労働者達を集めて開拓しなければならない。
どこの町でもそうだけど大都市になるほど下層区にはスラム街が広がっている。そういうスラムの人間は犯罪に走る場合もあるし衛生問題もあるので大都市にとっては頭の痛い問題だ。そこで普通は開拓等を行なう場合にそういったスラムの者達から希望者を募ったりして開拓させたり移住させたりする。
でもうちの場合は誰でもいいから労働力と移住者がいればいいというものじゃない。うちに入ってくる者はスパイとかが混ざらないように厳重に確認する必要がある。ただそうすると数が集まらず労働力や移住者が足りないというジレンマに陥る。
とりあえずカーン騎士爵領からも指導者やベテラン職人を連れてくる必要はあるけど、向こうも向こうで今も絶賛開発中だ。こちらにばかり人を送っていられないだろう。
シャルロッテンブルクでもいつも通りまずは上下水と主要道路による区画整理を行なう。同時にシャルロッテンブルク宮殿の建設を開始。山頂の砦も同時に着工。そして本当に信用出来る者のみをあつめた山の途中にある村も開拓を進める……。
いや……、ちょっと待って……。それ絶対人手足りないよね?こんなに一度に同時進行しようと思ったら物凄い人手と工期が必要なはずだ。
「これほどの人手が確保出来るのですか?それに町だけ作っても移住者がいなければ意味がありません。ですが移住者も誰でも良いというものではないでしょう?」
「はい。ですので初期の労働者や移住者はすでにカーン家の王都牧場、農場で働いている者達の関係者が中心となります」
う~ん……。まぁまったく見ず知らずの人よりはよほど実績もあるか……。王都のスラム民を全て駆り出せば物凄い人数になる。スラムを丸々引き受けるくらいのつもりならこの計画も出来るかもしれないけど……。
王都からすれば犯罪や衛生などの問題があるスラムが綺麗になるのなら万々歳だろう。ただ引き受けるこちらとしては犯罪者予備軍や現時点ですでに犯罪を行なっているような地下組織や裏組織、身元もはっきりしないどこかの間者かもしれないような者達をホイホイ受け入れるわけにもいかない。
「またカンザ商会、クルーク商会経由でも人を集めます。こちらも以前から取引のある相手や信用のおける者を中心にしますので間者が入り込む危険は少ないでしょう。そして集めた労働者や移住希望者達の中から徐々に信用出来る者を選び出し当家の秘密に関わるような内容にも関わらせていきます」
まぁ『当家の秘密』っていうほどのこともないんだけど……。ただ技術的優位は確保しておきたい。不用意にうちの技術が流出することは避けるべきだ。流しても良いものなら積極的に流していくけどうちの優位が揺らぐと困るようなことは隠さなければならない。
最初は単純労働をさせて、様子を見ながら徐々にそこから取り立てていく者を選別していく。まぁそれしかないわな。
「それはわかりましたが……、私は前回の視察でこのような麓の町の建設は指示していませんが……」
別に今説明されたことも決定ではない。それを決めるための会議だ。それに良い案があれば誰でもどんどん出していけば良いしそれが許されるように当家は運営されている。ただこれはあまりにも俺が想定していた以上の事業になりつつある。俺は秘密の研究所とそれを守るカモフラージュの村を作ろうと思っただけなのに……。
「このシャルロッテンブルク宮殿は絶対に外せません!」
「そうです!これは絶対です!」
「そしてここにシャルロッテンブルク宮殿が建設されるのならば周辺もそれに見合うものでなければなりません!」
「はぁ……?」
何故か皆が物凄い勢いで力説している。俺はその迫力に押されて曖昧に頷くことしか出来なかった。
「王都の隣に王都を遥かに凌ぐシャルロッテンブルク宮殿とその城下を築くのです!」
「このシャルロッテンブルクを見た諸侯が真の王が誰であるのか一目でわかるように!」
「我らが王のために!」
「ちょっ!ちょっ!ちょっ!ちょっと待ってください!何を言っているんですか?」
おいっ!こいつら今サラッと恐ろしいことを言わなかったか?それじゃ国家転覆を狙っていると言われても言い逃れできないぞ!?
「別に武力によって国家転覆させようなどと考えておりません」
「そうです。言葉の綾です。ただここに王都を超える素晴らしい都を建てようという皆の熱意が溢れただけです」
「そっ、そうですか……」
まぁそれならいい、……のか?
実際に王都を超えるような都を作ろうと思ったら何十年何百年とかかるだろう。だから彼らが言っているのはそれほどのものを作ろうという熱意や決意ややる気の表れということ、……なのかなぁ?
色々不安だけど……、結局俺は皆に押されてシャルロッテンブルク開発に許可を出したのだった。




