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第二百二十八話「婚約!」


 静かになったラインゲン侯爵邸にて、カールは静かに椅子に腰掛けていた。少し前までは賑やかだったラインゲン邸もすっかり人が減り随分と静かになったものだと思いながらお茶を口に含む。


 バイエン派閥の犯罪が明るみに出て追及されるようになってからラインゲン家を去った家人達は数多い。さらに他のバイエン派閥との関係も微妙であるラインゲン家からはさらに人が去り、訪ねて来る者もおらず、その屋敷はひっそりと静まり返っているかのようだった。


 恐らく最終的にカールは隠居させられて息子達に家督を譲ることになるだろう。元々それほど深く関わっていなかったラインゲン家の罪はあまり重くない。被害者達への賠償と当時の当主であったカールの隠居、それに一部ラインゲン家の運営や領地に関して監査が入ったり、権限が制限されたり、という所だろうかと当たりをつける。


「あなた、クリスタが帰ってきましたよ」


「おお、そうか。二ヶ月などあっという間だろうと思っていたが実際にあの子がいないと随分と長く感じるものだな」


 息子達や家人達が大勢いて、前までのように毎日を政務で忙しく過ごしていれば二ヶ月などカールの言う通りあっという間だったかもしれない。しかし政務も出来ずたまに王城に出頭するようにと命令される以外は暇になったカールにとって、またこれほど静まり返ったラインゲン邸にとってはクリスタのいない二ヶ月は随分長いように感じられた。


「久しぶりに可愛い娘が帰って来たのだ。出迎えてやるとするか」


「くすっ。そうですね」


 ただ自分が早く娘に会いたいだけだろうに、そわそわしつつも平静を装って急いで部屋を出る夫の後についてマリアンネも玄関口へと向かう。


「ただいま戻りました!お父様、お母様!」


「うむ」


「おかえりなさいクリスタ」


 眩しい笑顔の花を咲かせている可愛い娘に頷いて答える。そしてその横についている人物を見て目を細めた。


「それで……、ヘルムート君が来ているのは何かあったのか?」


 ヘルムートについて行ったのだからヘルムートが送り届けてくることは何もおかしくはない。しかし何か用件でもあるのかと一応尋ねてみた。すると返ってきた言葉にカールは驚くことになった。


「はい。現在私の両親が王都に滞在しております。私とクリスタの婚約、結婚について両家で話し合えればと思っておりますがいかがでしょうか?」


「なるほどな……。それではここで話すのもなんだ。入りなさい」


 エントランスで立ち話をするような内容でもない。ヘルムートが提案してきた話自体はすぐに済むかもしれないが玄関に立たせて言わせることでもないだろう。応接室ではなく居間にヘルムートを通したカールは今後のことについて話し合ったのだった。




  ~~~~~~~




 ヘルムートにロイス家との話し合いを提案されたカールは大まかな合意はしたもののその場での即答は避けた。今のラインゲン家の状況からして勝手に他の家との結婚を決めることは出来ないと判断したからだ。


 これが何でもないただの日常であったならばカールが日取りを指定したことだろう。しかし今はいつ王城に出頭せよと命令が来るかもわからず、さらに言えば勝手に他の家との結婚を進めて良いものか判断がつかない。王城に使いを出し王国や王家に確認して許可を貰ってからでないと何日に絶対会えるとは約束出来なかった。


 しかし……、と思う。


 今は非常事態とも言える状況でこのようなことになっているが、しかしこのような状況でもなければクリスタとヘルムートの結婚も許可しなかったであろうとも思う。


 権力闘争に明け暮れ、結婚というのは他家との関係を繋ぐための政略であり、また良い家に嫁いでいくことが娘の幸せのためだと信じて疑わなかった。もしこのような事態になっていなければ今でもその考えが変わることはなく、子爵家になど絶対にクリスタを嫁がせることなどなかっただろう。


 最悪はお家お取り潰しも有り得るかと思っていたがどうやらお取り潰しは免れそうだということはわかってきた。それでもラインゲン侯爵家が傾くことに違いはなく、さらにバイエン派閥からも追放され関係が悪化している。こんな状況で年頃の娘であるクリスタの嫁ぎ先などそう簡単には見つからないだろう。


 それならばとどこかつまらない家にクリスタを嫁に出していたかもしれない。傾くことが決まっているラインゲン家を少しでも持ち直させるために多少妥協してでも手助けしてくれる所へと嫁に出していたはずだ。


 しかし幸運にもクリスタは自力で素晴らしい相手を見つけてきた。もしラインゲン家が前のまま安泰であったならば絶対に許可しなかったような相手であったが……。会ってみればヘルムートの人となりがわかる。とても誠実で有能な人物だということくらいはカールにもわかった。


 何よりクリスタのあの幸せそうな顔だ。自分達は娘の幸せを考えているつもりでただの政略の道具としてしか考えていなかった。確かに家格は釣り合わないほど大きな開きがある。しかしヘルムートは素晴らしい人物であり、娘もヘルムートとの結婚を望んでいる。


 この長期休暇の間にヘルムートの実家を訪ねたのだ。暮らしぶりはその目で見てきたはずだろう。それでもなお結婚に意欲的だということは子爵家の暮らしでも良いという覚悟が出来ているということのはずだ。


 ならばもう何も言うことはない。この傾いたラインゲン家で苦労させるくらいならば好きな男と一緒に暮らす方が良い。子爵家では今までのような生活は出来ない。結局ロイス家に嫁いでも苦労するだろう。しかし同じ苦労をするのならせめて好きな男の下へ行き望むように暮らさせてあげる方が良い。


「カール様、知らせが届いております」


「うむ」


 残った執事が持って来た手紙を受け取る。王家からの返信だ。すぐに内容を確認したカールは手紙をしたためた。


「これをカーザース辺境伯邸に滞在するロイス子爵に届けてくれ」


「かしこまりました」


 執事が出て行くのを確認してからどっかりと背もたれに体を預ける。


「ふ~……」


 カールは深く息を吐いた。王家からクリスタとヘルムートの結婚の許可が下りた。もし駄目だと言われたらどうしようかと思っていたが思いの他あっさり認められてよかったと思う。もし許可が下りなければ最早宮廷での工作を行なう力のないラインゲン家ではどうしようもなかった。


 もしかしたら相手が子爵家だから許可が下りたのかもしれない。これが大きな家が相手であったならば色々と勘ぐられて許可されなかった可能性もある。そう考えればヘルムートとロイス家はとことん丁度良い相手だったのかもしれない。


 またロイス家との話し合いの日取りを王家にも確認したのでその日は出頭しろと言われることもない。まさか王家とて事前に婚約の話し合いがあるから日を空けてくれと頼み許可されたのに直前で都合を変えてくることもないだろう。


 かくしてこの後何度かの手紙のやり取りのあと、ロイス家との話し合いの日が正式に決定されたのだった。




  ~~~~~~~




 あと数日でロイス家との話し合いが行なわれるというある日、その日はクリスタが帰って来て、学園が始まってから一ヶ月ほど経った日だった。


 ほんの二週間ほど前に急に届いた書状に従って式典場へと向かう。今日は誰かの陞爵の式典があるらしい。式典があるのは良いが今回の式典には色々と腑に落ちない点が多かった。


 まず書状が届いたのが僅か二週間ほど前だということだ。普通このような大規模な式典が行なわれるのならばもっと前から事前に準備され連絡ももっと前から届いているのが通例だった。それなのに今回はたった二週間しか時間がないなどどう考えてもおかしい。


 別に国中の貴族が全員強制参加しなければならないような式典ではないが、それでも貴族達を呼ぶにしては二週間はあまりに短い。近隣の者や王都に滞在していた者ならば参列出来るだろうが、遠い領地にいる貴族達は二週間でなど来ることすら出来ないだろう。


「私がとやかく言うことでもないが……、今回の式典は色々と妙な点が多い……」


「良いではありませんか。あなたもあと何度この衣装を身に纏って登城出来るのかもわかりませんし……、一度でも多い方が良いでしょう?」


 妻マリアンネに少しだけ衣装を直してもらいながらそう言われる。確かに詐欺事件の責任を追及されて隠居させられたらもうラインゲン侯爵ではなくなる。そうなると当然侯爵の衣装に身を包むこともなくなるわけで、こうして公式の場に侯爵の衣装を着て出て行くのもあと何回なのかと思わされる。


「そうだな……。それでは行ってくる」


「いってらっしゃいませ」


 家人達に見送られたカールは馬車に乗り込み王城へと向かった。歩いてでも十分行ける距離ではあるが貴族が正装しているのに街中を歩いて行くわけにもいかない。すぐに到着した王城の式典場へと向かう。


 今回の式典を見てカールは不思議に思った。落ち目のバイエン派閥の、さらにそこから弾き出されたラインゲン家に近寄ってくる家はほとんどいない。それは予想していた通りだが今回の式典に参加している家が豪華すぎる。式典そのものも参列者も豪華すぎてどう考えても内容と釣り合わない。


 今回の式典は男爵への陞爵だという。普通男爵程度の陞爵ならば王城最大であるこの式典場も使わないし、参列者も法服貴族や大臣など王城に勤める者だけで行なわれたりするのが通例だった。それが今回はどうだ。


 参列しているのはとにかく呼べる貴族は全て呼んだのかと思うほどに豪華な顔ぶれだった。さらに男爵への陞爵だというのにまるで国の英雄や重鎮に対する式典のごとき規模だ。そして一番わからないのが与えられた領地だった。


 カーン男爵領として新たに与えられたテルトゥー台地は王都の目と鼻の先ほどしか離れていない。王家の領地内に、王家の領地を割譲して新たに与えて、王都の隣に領地を持たせる。それが一体どういう意味なのか。


 式典の規模といい、広さはそれほどではないとしても与えられた領地の場所といい、誰でも色々と腑に落ちないと思うはずだ。カーン男爵家とはそれほど重要な家なのかと思わざるを得ない。


「カーン男爵……か。はて……、どこかで聞いたような気もするが……」


 式典に参列していたとは言っても遠くから見ていただけだ。今回陞爵されたカーン男爵という者の姿も良く見えなかった。少しその名前に引っかかるものがあったが深く考えずにカールは家へと帰ったのだった。




  ~~~~~~~




 王城での式典があってからさらに数日、今日はラインゲン家とロイス家による話し合いが行なわれる日だった。


 実質的にはもう話し合うまでもなくほぼ決まっている。クリスタとヘルムートの結婚はすでに規定路線でありロイス家が断らない限りはラインゲン家から断ったり破棄したりすることはあり得ない。今回は話し合いだと銘打ってはいるが実際にはただ両家の両親が顔を合わせるという意味合いが強い。


 あとはクリスタが嫁入りする際に持って行く物や財産や権利について話し合うだけだ。それもラインゲン家の現状からすればクリスタに大量の嫁入り道具やお金を持たせて行かせるのは難しい。またクリスタがラインゲン家に持つ権利などもほぼなくす方向で決まっている。


 本家筋、つまりクリスタの兄弟の家系が途絶えればクリスタとヘルムートの子供が跡を継ぐ可能性もないとは言えないが、これから傾くことがわかっているラインゲン家との関係は極力少なくしておく方が二人のためにもなるだろう。だからこそクリスタにはラインゲン家に対する権利を放棄させる。その代わりにそれは実質的な縁切りであってクリスタがラインゲン家に対して責任を負うこともない。


「まもなくロイス子爵様がご到着です」


「わかった」


 先触れが来たことでカールとマリアンネは揃って玄関口へと向かった。本来であれば子爵が侯爵を訪ねるのだから侯爵が出迎えなければならないということはない。家格や立場の違いからあえて部屋の中で待っていて相手を案内させてくるという場合もある。


 しかし今回は目出度い席でありラインゲン家が嫁を出す方だ。娘をよろしく頼むという立場なのにそんな偉そうにするものでもないだろう。


 玄関口で待っていると見計らったかのようなタイミングで、いや、実際に外で待機してカール達の準備が整うのを待っていたのだろうが、馬車が入って来た。


「こっ……、これは……」


 その馬車を見てカールは絶句する。見たこともない特殊な構造をした不思議な馬車。確かに奇抜というか変わった構造だがそれだけではない。ただ奇抜な構造なだけではなくその馬車が超高級な一品であることはカールほどの者にならば一目でわかった。


 ただ派手な成金貴族とも違う。変わった構造はともかく落ち着いた装飾の馬車でありながら細部にわたるまで作りこまれた素晴らしい出来栄えだ。細かい装飾、芸術的な作り、飾りも派手すぎないが細工が細かく美しい。この馬車一台を作るのに一体どれほどの金額と時間がかかるのか想像も出来ない。


 そしてその馬車から降りてきた人物達を見てさらに声にならない悲鳴を上げた。


「本日はお招きいただきありがとうございます。こちらが父、ハインリヒ三世。そして母クレメンティーネです」


「お初にお目にかかりますラインゲン侯爵様。ロイス子爵ハインリヒ三世です」


 馬車から降りて来た三人の人物、一人は知っているはずだ。そのはずなのに同一人物だとわかっているのに頭が理解しようとしない。


 服装というのは家の力を示すものだ。一着だけに家の全ての力を注いで見栄を張っているのか、何着も持っているうちの一着なのかは関係ない。確かに同程度のものを何着も持てる家と、一着だけに全てを注いでいる家では家の実力には大きな開きがあるだろう。


 それでも素晴らしい一着を用意出来るかどうかというのは家の力に直結する。例え一着だけであろうと素晴らしい物を用意出来るということはそれだけ力があるということだ。貧乏で力もない家ならば例えその一着のみであろうとも素晴らしい物は用意出来ない。


 それが……、今目の前に立つ子爵家を名乗る一家が着ている物は、カールの最も自信のある一着どころか公爵家に匹敵しかねないほどの衣装を身に纏っていたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 権力争いから離れて投げやりになっちゃったかな?情報収集は大事よ?(笑)
[一言] 家格的には下がるけど、結果的に見れば玉の輿だよね( ˘ω˘ )
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