表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/545

第二百二十話「どこまで斜め上を行くのか?」


 プロイス国王ヴィルヘルムはフローラが王城を訪ねてきたらすぐに通すようにと常々言っていた。これまでもフローラが王城を訪ねて来た日はヴィルヘルムかディートリヒがいればどちらかが対応している。運悪くどちらもいない場合はあるがフローラの訪問は最優先で伝えられることになっていた。


 それが今日訪ねてきたと連絡が入ったのでヴィルヘルムは立ち上がった。ディートリヒは今仕事中のはずなので使いを出して自分の私室で待っているように伝える。フローラは自分が迎えに行けば良いだろう。


 そろそろ学園の長期休暇が終わるので近々戻ってくるだろうとは思っていた。まだあと数日は後になるかと思っていたので思ったよりは早く戻ってきたなと思いながら廊下を歩く。


 恐らく今回の用件はハルク海の海上封鎖についてだろう。ヴィルヘルムとディートリヒも情報収集は行なっている。半年ほど前からルーベーク近海がホーラント王国の船に封鎖されて困っているのは知っていた。しかしプロイス王国は海軍が貧弱であり海洋国家であるホーラント王国を相手に海では勝ち目がない。


 国家というのは必ず大陸国家か海洋国家かに分類される。どちらも兼ねるということは不可能であり両立し得ない。


 プロイス王国は東へ開拓と植民を行いながら西のフラシア王国や北西の魔族の国と対峙する伝統的な大陸国家だった。陸軍大国であるプロイス王国にとっては海戦は鬼門であり過去何度もハルク海やヘルマン海で苦い思いをさせられている。


 プロイス王国ですらそんな状況なのだからまだ領地を持って数年しか経っていないフローラ、いや、フロト・フォン・カーン騎士爵はホーラント王国海軍に相当困っているはずだ。そのホーラント王国の海賊への対応について訪ねて来るだろうということはヴィルヘルムとディートリヒの認識は共通していた。


 長期休暇で領地へと帰り、ハルク海の海賊に困って、王都に戻ってきた時に国と歩調を合わせるために訪ねて来る。そう思っていたからこそそろそろフローラが来るだろうと思って待っていた。


 多少予想よりは早く戻ってきたがそれも別に問題はない。海賊を名乗るホーラント王国海軍をどうやって退けるか。準備や移動も考えれば早くともあと半年か一年くらいは時間を要するだろう。それまでルーベークやキーンといったハルク海沿岸の港湾都市がもつかどうか。早急に手を打たなければならない。


 廊下の向こうで騒いでいるルートヴィヒやエレオノーレを見つけたヴィルヘルムはエレオノーレを宥めてフローラを連れて歩く。ルートヴィヒまでついて来ることになったのは予想外だったがフローラが問題ないと頷いたのだからヴィルヘルムから何か言うことはない。


 ルートヴィヒもそろそろ色々な実務に関わっていく必要がある。それに王位を継承する時のために今から派閥を作り後押ししてくれる者達を集めなければならない。王太子の支持者や派閥が不完全なまま王が崩御したりすれば王位継承が荒れる。それを思えばヴィルヘルムはまだまだ死ねないなと一人頷いていた。


 ヴィルヘルムの私室に入るとすでにディートリヒが待っていた。四人で腰掛けてから早速本題に入る。


「まず……、運河を建設したいのですがプロイス王国において運河に関する法整備が遅れておりどうすれば良いかわかりません。国家事業としてプロイス王国主体で運河建設を行なうのでしょうか?それとも領主の裁量において建設可能なのでしょうか?」


「それはまたいきなり……、凄い話だね……」


 てっきりホーラント王国の海賊船に対する話でやってきたと思ったのにまるで想像もしていなかった話をされてヴィルヘルムとディートリヒもポカンとした。ルートヴィヒが話についてこれないとは思っていたが自分達も想像のはるか外のことを言われるとは思ってもみなかったことだ。


「それで……、その運河とはどこを結ぶものだ?」


「こちらの資料をご覧ください」


 ヴィルヘルムの質問にフローラは綺麗な紙の資料を出してきた。それを見てヴィルヘルムとディートリヒは絶句する。


「まさか……、ディエルベ川からヴェルゼル川まで運河を繋げようというのか!?」


 渡された資料には途中までアースタル川を拡張し、そこから先はヴェルゼル川まで運河を掘削すると書かれている。詳細なルートや工法、予想される必要な人手や予算や工期まですでに全て調べられ示されている。もうゴーサインが出ればいつでも開始出来る所まで段取りされていた。


 そしてその事業規模は一貴族が行なえるようなものではない。ちょっとした水路や溜池を作るのとはわけが違う。これは最早国家事業レベルの案件だ。それを地方の騎士爵一人で行なおうなど相手がフローラでなければ何の冗談だと笑い飛ばすところだ。


 しかし……、相手がフローラなら話は別となる。これだけ詳細な調査も全て完了している。もしプロイス王国が手を貸さないと言ってもフローラなら自分の領地のみで勝手にやってしまうだろう。それだけははっきりとわかった。


「この可動橋の建設というのは?」


 資料を見ながらディートリヒが見慣れない言葉を見つけて聞いてみた。


「はい。この運河は大型船が往来することを想定しています。ですので広い川幅と高い帆船が通れるだけ開けておかなければなりません。ですが高い帆をかわせるだけの橋を作ろうと思うととても高い橋になってしまいます。そこで可動橋の中でも跳開橋、城などでも使われている跳ね橋を大型化したものを架けようと考えています」


「なるほど……」


 資料にはすでに大型の跳ね橋に関する研究まで記されている。三人にはその資料を見ても構造などちんぷんかんぷんだがすでに実用化に向けた研究と実証実験が行なわれているのはわかった。


「フローラ、この閘門というのは何だい?」


「水というのは必ず高い所から低い所へ流れます。自然に出来た川であれば基本的に上流へ行くほど海抜が高くなり川下へ行くほど海抜が低くなります。ですが人工的に造られた運河の場合は必ずしも高低差が船が通るのに適しているとは限りません」


 フローラは口で説明しながら別の紙に図を書き解説していく。


「そのため船が高い位置に上るために前後に水門を設けて閉じ、その中に水を入れたり抜いたりして船の高さを変えるのです。その前後にある水門のことを閘門といいます」


「へぇ……」


 意味や理屈はわかったがそんなことなど聞いたこともなかったルートヴィヒは素直に感心していた。しかしヴィルヘルムとディートリヒは違う。今まで下手なルートで不用意に運河を建設出来なかった問題の大半がこれで解決してしまったのだ。もし今後プロイス王国がどこかに運河を建設しようと思えばこの事業をモデルケースにすればほとんどの問題が解決してしまう。


「この水道橋、もしくは溜池の必要ありっていうのは?」


「はい。先ほども申し上げました通り水というのは必ず高い所から低い所へ流れます。陸地を削り運河を拓いた場合通る場所によっては元の川よりも高い位置を通らなければならないこともあります。船の高さを変えるのに閘門を利用すると言いましたが、今度はその閘門に水を流せるように上流に水源がなければなりません」


 再びルートヴィヒがフローラに質問してくれたので大人二人もわかっている顔をしながら説明を聞く。自分達が尋ねるのは少し恥ずかしいと思っていたことをルートヴィヒが全て聞いてくれるのでありがたい。今回はルートヴィヒがいてくれて二人は大いに助かったと思ったのだった。


「運河を拓いた場合に掘った場所が元の川よりも高い場合はどこかから水を持ってこなければなりません。その水源として水車で掬い上げた水を水道橋によって流すか、どこかの水源から分岐させ溜池に溜めておく必要があります」


「水道橋もしくは溜池と書いてあるということは……」


 ディートリヒが気付いたことをフローラに尋ねる。フローラは少しだけ表情を曇らせて頷いた。


「はい……。ディートリヒ殿下がおっしゃられる通りまだどちらが適しているかは断言出来ません」


 資料に示されているのはアースタル川の上流から分岐して溜池を作るか、アースタル川を拡張したディエルベ川側から水道橋を建設するかと記されている。しかし問題点としてアースタル川の上流は流量が少なく、水門で溜池に流れる水量を調節するとしてもアースタル川下流の流量が減って影響が出る可能性が示されている。


 またディエルベ川側から水道橋を建設する場合、建設費用の増大、運河完成までの工期の延長、また陸を走る水道橋の安全性など様々な問題点が書かれていた。意図的にしろ事故にしろ陸を走らせている水道橋が破壊された場合、橋が復旧されるまで運河が使えなくなってしまう。敵に攻撃で狙われる可能性もあり運河の弱点となり得る。


 とはいえフローラはそれが出来ていないのがまるで悪いことと思っているようだがそうではない。むしろもうこれだけ計画が立てられ準備が進められているのだ。多少の問題が残っていることなど当たり前で、本来なら工事が始まった後でも様々な問題に気付いて計画変更や新しい技術の導入が必要になる場合もある。これだけ出来ているのはむしろ驚きでしかない。


「もし運河建設に関する法律で、領主が独自に行なって良いと決めて、プロイス王国や王家が支援しないと言えば?」


「もちろんすぐにカーン騎士爵家で事業を開始いたします」


 だろうね、というディートリヒの言葉は紡がれることはなかった。この資料と計画書にはすでにこの事業が走り始めていることが記されている。運河建設に関しては法律が定められていないから名目上手付かずになっているが、実際にはすでに曳舟道を作るという名目で掘削予定地の森林の伐採や曳舟道を盛り上げるための盛土という名目で掘削まで始めている。


 つまるところプロイス王国がどう言おうともすでに工事は始めておりやめるつもりはないということだ。名目上とはいえ現時点では地方領主が敷設することを認められている街道を敷設しているだけだから王国としても文句は言えない。


「わかったわかった。それでは早急に法整備しよう。時間はどれほどかかる?」


「はっ……、なにぶん初めてのことですので……、三ヶ月……」


「一ヶ月以内にお願いします」


「「…………」」


 フローラの要求にヴィルヘルムとディートリヒは沈黙するしかなかった。フローラはもう今すぐにでも本格的に工事に着手したいと言っているのだ。そしてフローラがそれだけ言うということはそれだけ重要な案件ということでもある。ただの趣味でこれほどの運河を造ろうなどという愚か者ではない。


「それからハルク海沿岸を海上封鎖していたホーラント王国海軍を壊滅させました。侵入してきていた船は全て沈めるか拿捕しましたがホーラント王国海軍があとどれほど船を所有しているかはわかりません。もしかしたらいずれホーラント王国と戦争になる可能性があります」


「それはまた……」


 そしていきなりこの発言だ。三人はただ目を丸くすることしか出来ない。ヴィルヘルムとディートリヒは今日の面会でこのホーラント王国海軍に対する方策を話し合うことになると思っていた。それがもう全て倒したなどと誰が思うだろうか。


「それで敵は何隻いたんだい?」


 海賊船として派遣されていたのだから数隻の可能性はある。ヴィルヘルム達はまだ詳細な情報は手に入れていなかったからホーラント王国がどれほど船を送り込んできていたか把握していなかった。


「ホーラント王国の標準的な船八隻です」


「はっ、八隻!?」


 ホーラント王国海軍八隻となればプロイス王国が保有する海軍全てを差し向けても勝ち目はないだろう。船の数だけで言えば当然上回ってはいるが機動力が違いすぎる。向こうは快速でプロイス王国の船では追いつけない。向こうは好きに逃げ回り自由に攻撃してくることが出来る。逆にプロイス王国海軍は守ることしか出来ず相手を攻めることは出来ない。


 多少船が多かろうと一方的に攻撃されるだけでは勝ち目はなく翻弄されて各個撃破されていくしかないだろう。実際にホーラント王国との海戦でそのようにして敗れたことも一度や二度ではない。


 もちろん陸戦になればプロイス王国の方が遥かに圧倒しておりホーラント王国は国土を守ることは出来ない。いくら海の上に逃げようとも補給する本拠地がなければ海の上で渇いて死ぬだけだ。


 だからこそ国境が接していた時はホーラント王国もプロイス王国に従っていた。いくらプロイス王国の海上を封鎖しようとも陸を伝って攻められては本国が陥落してしまうからだ。


 しかし今となってはホーラント王国と国境を接しておらず国境を囲まれているフラシア王国に接近していると聞いている。今回海上封鎖してきたのもどういう流れであるのか考えるまでもないだろう。


 それをただの一地方貴族、それも騎士爵家が単独で海洋国家であるホーラント王国の軍艦八隻を破ったのだ。その意味と衝撃はヴィルヘルムとディートリヒの顎が外れそうになるくらいには十分だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 新作連載を開始しています。よければこちらも応援のほどよろしくお願い致します。

イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] 斜め上になりすぎて垂直になりそう( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ