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第二十二話「これが初恋か?」


 ルイーザが十歳になった頃くらいにカーザーンの貧民街に綺麗な身なりの執事とメイドがやってきていた。貧民街の者達からすれば執事やメイドでも雲の上の人というくらいに身分差がある。


 身分差とは言っても法でそういった階級が決まっているわけではない。ただ高位の貴族家に仕える執事やメイドはその家よりもやや下くらいの貴族の次男以降や娘達が多い。相応に高い教養がなければ上の家に見合った執事やメイドなど務まらないのだから自然とそういう家に仕える者も相応の生まれになるというわけだ。


 いくらルイーザが夢見がちな年頃の女の子だったとしても御伽噺のように貧民の子供が突然貴族のメイドになど召抱えられるはずなどないことくらい理解している。裏方の力仕事や配達の仕事であったとしてもそういう家に出向く者は相応でなければならない。信用出来ないような配達業者や庭師など安易に家の中にいれるはずなどないだろう。


 ましてや身の回りの世話をするメイドに身元もよくわからない奴隷や貧民がなれるはずがない。そういうものは現実を考慮していない空想の世界の話だ。政敵が送り込んできたスパイや暗殺者がいるかもしれない中でそんな信用も出来なければ客に対して失礼を働くかもしれない無教養な人間を使うはずなどないのである。


 ただしだからといって絶対に一般庶民が貴族の家と関わりを持てないかと言えばそうではない。伯爵家の執事やメイドが子爵家の者ならば、子爵家に仕える者は男爵家の者だ。ならば男爵家や騎士爵家に仕えるものは?それより下の貴族家がないのならばそこに仕える者は平民出身ということになる。


 もちろん誰でもなれるというものではない。基本的には男爵家や騎士爵家に仕える執事やメイドはよほど裕福な家か豪商などの子息子女がなるものだ。普通ならば貧民などがなれるものではない。幼い頃から子供にそういった教育を施し教養のある人物を育てられる家でなければ普通は出仕出来ないのは当然だろう。


 だが極稀に騎士爵くらいならば平民や、それどころか貧民出身者を愛人にしたりして囲うこともある。もっと上位の貴族達も妾くらいは囲うがそういうものは基本的に元高級娼婦であったりする。それに比べて庶民と接する機会も多い下位貴族ならば政略結婚で本妻は決められてしまうが庶民の娘と恋愛して愛人として囲ったりすることがあるのだ。


 だからルイーザももしかしたらどこかの下位貴族の息子にでも求愛されて愛人くらいにならなれる未来もないとは言い切れない。ただしそのためには見た目の美しさはもとより内面的なものも含めて器量が必要である。それ以外の方法としては相当魔法が使えるなどの特別な技能でもなければそんなチャンスは巡ってこない。


 そんなことを考えていると若くてハンサムな執事と結構高齢のメイドは貧民街の顔役の家数軒を回っていた。顔役とはいってもやくざや元締めというよりは現代日本風に言えば自治会長とか自治会の班長にあたるような者達だ。


 何軒かを回って何か話をしたらしい執事とメイドはその日は帰っていった。その後顔役達が周辺の大人達を集めて何か話し合っていたようだが子供であるルイーザ達には詳しいことは伝わってこなかった。




  =======




 件の執事とメイドが何度か貧民街にやってきては大人達を相手に何か話し合っていた。内容は気になるが教えてもらえない以上はどうしようもない。気にはしながらも日々の生活を送っていたある日父と母に呼ばれて話を聞かされた。


 何でもどこかの貴族が農場を拓くという。執事とメイドはその農場で働く子供達を募集に来ていたらしい。貧しい家で弟や妹がたくさんいるルイーザの家からすればルイーザほどの歳ならば早く働きに行って欲しいくらいだ。ただ学のない貧民の子供が就ける仕事などそうそうなく、仕事にありつけても薄給で重労働が当たり前である。


 そんな中で農場の仕事の斡旋がきたのならば何故早く自分に言わなかったのかと不思議に思っていたルイーザだったが条件を聞いて納得した。その条件があまりに破格すぎて怪しすぎるのだ。


 曰く、仕事は基本的に午前中の半日のみ。何らかの事情により時間外の労働が発生する場合は希望者を募り別途手当てを支給する。


 曰く、子供の労働者は仕事を覚えるために全仕事を一通り体験させるが体に負担となるような重労働は基本的にはさせない。重労働をしなければならない場合は休憩と交代を徹底させ体調管理に十分配慮する。


 曰く、子供以外に引退したベテラン農夫も同時に募集する。また老農夫は子供達の指導と監督が主な仕事で重労働は課さない。子供達への指導の一環として手本を見せる程度の労働はしてもらう。


 曰く、持ち回りで週に一度は休暇を取ることとする。休暇日以外に休みが欲しい場合は休みが必要になってから可能な限り早く知らせること。事情と労働者の勤務状況を見て可能な限り配慮するがどうしても無理な場合は要相談とする。


 曰く、給金はカーザーンの農業従事者の平均的日給を基本とし、勤務状況や労働能力を加味の上、上乗せする。


 もう何を言っているのか意味がわからない。半日働いて他の農場の労働者と同じだけの給金がもらえるならば単純に賃金が倍と言っても差し支えないのではないだろうか。それくらいはルイーザにもわかる。


 農場の仕事は基本的に早朝から始まり午前中に主要な仕事は済ませてしまう。とはいえ普通の農場ならば午後からでもすべきことは山ほどある。その日の仕事を終えて翌日の準備まで済ませれば日没近くまでかかるのは当然だ。


 大体子供に重労働をさせないとか、休暇を与えるとか、規定外の労働があったら別途手当てを支給するとか何もかも意味がわからない。どこの農場でも毎朝、日の出から日没まで重労働で働かさせられるのが当たり前だ。給金を貰う以上は子供だろうが老人だろうが関係ない。


 そもそも農業に休みはない。毎週休日があってその日は農作物の世話をしないでおきましょうなんて出来るはずがないのだ。農業も畜産も生き物が相手であって毎日世話をしなければ大変なことになる。多くの労働者を抱えるにしてもそんなホイホイと休暇を与えられるほど余剰な労働力など雇わない。ギリギリ回るくらいの人数しか雇えないのが普通だ。


 まだ子供であるルイーザが聞いても怪しいとしか言えないような条件がズラリと並んでいる。大人達がすぐにこの話に飛びつかなかったのも頷けた。もしかしたら農場の仕事という名目で子供達を集めて何か善からぬことを企んでいるどこかの悪徳貴族じゃないだろうかという気がしてならない。


 庶民の間でも悪徳貴族が女子供を集めて虐待したり殺したりするなんていう噂話とも言えないような御伽噺が広がったりしている。ほとんどは根も葉もないただの作り話だが実際に貴族の家に出仕して行方不明になった娘の噂もある。


 しかし、とルイーザは思う。この話の説明が嘘であったとしても農場の仕事を斡旋してくれるというのなら普通の農場と同じ条件でも良いので仕事に就きたい。子供というのは労働力として見ればそれほど優れるわけではないので中々雇ってももらえないのだ。そして雇われても給金が安かったり体を酷使しすぎて壊したりすることもある。


 そんな中で普通に仕事を斡旋してくれるだけでもありがたい。条件が破格すぎて胡散臭いのは間違いないがこのまま家にいても家族の負担になるだけだ。それならば物は試しとルイーザだけでも働きに出てみるのも悪くない。もし万が一この話が嘘で何かに巻き込まれたとしても現在働いていないルイーザ一人がいなくなっても家計が楽になるだけでデメリットはないように思える。


 もちろん両親からすれば外で働いて金を稼いできていないとは言ってもルイーザは弟妹達の面倒を見てくれているし、そもそも親からすれば子供は皆大切なものだ。稼いでいないからといっていなくなっても良いなどと思うはずもない。


 ただ貧民街の大人達も子供達を農場に働きに行かせるのに同意したからこうして子供達に話をしだしたのだろう。でなければ断るつもりならばわざわざこんな話はしまい。ルイーザの両親も渋々納得してルイーザを働きにいかせる気になったから話をしたのだ。


 こうしてルイーザは他の貧民の家の子供達と一緒に新たに拓かれる農場へ働きに行くことになったのだった。




  =======




 出仕初日、案内のために迎えに来た兵士に連れられて町の北門を出たルイーザ達は驚いた。何もなく荒れた草原だったはずの町の北側にいつの間にか囲いが作られていたのだ。


 優しそうなお爺さん達に出迎えられたルイーザら子供達は新品の農機具で手取り足取り親切丁寧に仕事を教えてもらっていった。雇い主からせっつかれないためか老人達もリラックスしてゆっくり丁寧に仕事を教えてくれる。それはまるで孫と戯れる祖父のようだ。


 最初の頃は定期的に回ってくる兵士達が自分達を監視しているのだと思って怖がっていた子供達も次第に兵士達にも慣れてきた。兵士達は北の森を巡回して獣やモンスターを追い払ってくれているのだ。自分達を守ってくれている兵士達に感謝こそすれ敵意を向けたり怖がったりするはずもない。


 給金も日払い、週払い、月払いと選べるのですぐにお金が必要な家庭はすぐに、多少余裕がある家はまとめ払いで給金を受け取ったりと各家庭の状況に合わせて支払いを受けていた。


 給金の支払いが遅れることもなければ何か難癖をつけられて減らされるということもない。こんな高待遇の仕事など普通は中々ないだろう。そんな仕事に就けただけでも幸運といわざるを得ない。


 特に貧民は大家族が多いので半日で帰れるのは助かる。午後からは家に帰って弟妹達の面倒を見られるので両親も兄弟も大助かりだ。ルイーザの家だけではなく農場に子供を働きに出している家はどこも以前とは比べ物にならないほど生活が楽になっていた。


 そんなある日いつものように農場で仕事をしていたルイーザはふといつもの巡回の兵士達の中にやたら小さな子供のような兵士が混ざっているのに気がついた。じっとそちらを見ていると向こうも気付いたのかルイーザの方を見詰め返してくる。


 背丈も十歳であるルイーザよりも少し小さいくらいで体格も良いとは言えない。兜を被っているから髪の大部分は隠れているが見えている範囲では金髪のようだった。綺麗な薄いブルーの瞳がじっとルイーザを見詰めていたかと思うとにっこりと微笑まれて手を振られてしまった。


 まるで人形か物語に出てくる美形主人公のようなその相手にルイーザはボッと頬が熱くなって手を振り返すことも出来ずに俯いてしまった。美形の少年兵士は残念そうな顔をしながらも巡回の兵士達について向こうへ行ってしまった。それを内心残念に思いながらルイーザは少年兵士を見送ったのだった。




  =======




 美形の少年兵士が巡回の兵士達についてくるようになって一週間ほどが経過している。少年はいつも興味深そうに農場の労働者達を見ていた。ただの警備の兵士ならば農民出身者もいるので農作業を珍しそうに見ているということはその少年兵士は農民ではなく貴族の子息か何かなのだろう。


 その日はたまたまルイーザは農場の外を通っている道の傍に立っていた。別にルイーザがそうしようと思ったわけではなく仕事の都合上たまたまその時間帯にその場所に居ただけだ。ただその時間にそこに配置になったルイーザは少しだけドキドキしていた。何故ならばその道はいつも巡回の兵士達が通る場所であり時間的にそろそろやってくる時間のはずだからだ。


 ルイーザが少しソワソワしながら仕事をしていると西の方からいつもの巡回がやってきた。何人か毎に隊に分かれてやってくる巡回を見送っているととうとうルイーザの気になる人物がやってきたのだった。そしてまさかの展開にルイーザは気が動転した。


「やぁ、いつも見かける子だね。私は騎士見習いのフロトというんだ。君は?」


 まさかのまさか。気になっていた美形の少年兵士が立ち止まって話しかけてきたのだ。近くで見れたらいいなとは思っていたがまさか話しかけられるとは思ってもみなかったルイーザは突然のことで頭が真っ白になって何も答えられない。


「あっ、あんたこんなとこで油売ってていいの?お仲間の兵士さん達はもういっちゃったよ?」


 あまりの出来事に余計なことを口走った自分をひっぱたきたい。折角彼が話しかけてきてくれたというのに何でそんな憎まれ口を叩くのかと自分でも自分の口が理解出来なかった。


「ああ、いいんだよ。今日からはここに残るって伝えてあるから」


 ん?今日からは?と思ったルイーザは最初その言葉の意味がわからなかった。ただじっと何かを待っているフロトと名乗った騎士見習いの少年と暫く見詰め合ってから顔を真っ赤にして視線を逸らしてようやくフロトが何を待っていたのか理解した。


「ア、アタシはルイーザ。ここの子供達のまとめ役かな」


 お転婆な自分の本性を語ってしまって余計なことを言ったと思ったがもう遅い。


「そっか。よろしくねルイーザ」


 だけどそんなこと気にした風もなくフロトは右手を差し出してきた。土に塗れて汚い手で触っても良いものか悩んだルイーザだったが眩しい笑顔のフロトの手を無視出来るはずもなくその手を握ったのだった。



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