第二百十九話「気軽に会える王様!」
余裕を持って十日前にカーザーンを出発したけど今回は六日で王都まで着いてしまった。本当は急げばもう一日減らして五日で着けたと思う。ロイス子爵夫妻があまり飛ばしすぎると酔うというので少しペースを落として六日だった。
何故これほど馬の脚が改善されているのかと言えば新型馬車のお陰だ。王都へ向かうのに乗った馬車はカーザース領へ帰る時に乗っていた馬車とは別の物になっている。カーンブルクで開発させていた新型馬車が完成したから試乗も兼ねて乗って来た。もちろんカーンブルクでも各種試験はしているから安全性は確保されている。
この最新型の改良された馬車にはサスペンションが装備されている。構造的には車に装備されているサスペンションに近い……、と思う。タイヤを吊って車体と接触する部分にバネをつけている。まだ俺が理想とするサスペンションとは程遠いけどそれでもこれのお陰で随分揺れることなくスムーズに走ることが出来た。
あとはゴムタイヤでもあれば相当乗り心地も良くなると思うんだけどない物は仕方が無い。いずれ大洋に出た時に探してくるしかないだろう。
そんなわけでサスペンションを装備した新型馬車は走行性能が飛躍的に上昇している。そのお陰でぶっ飛ばして走っても揺れも小さく転びもしなかった。馬は途中でうちが作っている駅で乗り換えるから脚の心配もないし徐々に遠方への移動も革新が起きているんじゃないだろうか。
「は~!やっと着いたわねぇ……。お母様はちょっとお屋敷で休むわね」
「はい」
父と母は王都のカーザース邸へと入って行った。ロイス子爵夫妻も一緒だ。ロイス子爵夫妻はカーザース邸に入る前にクリスタやヘルムートと何か話していた。恐らくロイス子爵家とラインゲン侯爵家のお見合いの日取りをどうするか連絡するのだろう。
普通貴族は用があるからと今日思い立って今日訪ねて行くなんてことはあり得ない。事前に連絡をして、面会の日時を決めてから訪ねて行く。ロイス子爵が今日王都に到着したからと連絡もせずにラインゲン家を訪ねて行くことはあり得ない。
「フローラ様、クリスタを家まで送り届けてまいります」
「はい。最後まで気を抜かないようにね」
遠足は家に帰るまでが遠足です。王都だからと気を緩めずに最後までしっかり護衛しましょう。特に王都では他の貴族がうちやクリスタを狙っている可能性がある。ナッサム派閥やバイエン派閥に喧嘩を売ったも同然のうちはあちこちから狙われる理由がありすぎるからな。
まぁ元々は向こうから喧嘩を売ってきたから買っただけなんだけどああいう輩には理屈は通じない。自分達から絡んできて返り討ちに遭っても逆恨みするような連中だ。用心するに越したことはない。
「はい。必ずや無事クリスタを送り届けてまいります」
そう言うとヘルムートは頭を下げて行こうとした。そこでふと思い出して最後に一つ言っておく。
「あぁ……、ヘルムート……、帰りが遅くなっても、何なら明日でも構いませんがクリスタはまだ学生です。出来れば身重にならないように気をつけてあげてくださいね」
「ぶっ!フっ、フローラ様っ!?」
ヘルムートは慌てているけど俺は手を振って早く行けと促す。少し離れた場所にいるクリスタにも聞こえていたのだろう。その顔は真っ赤に染まっていた。
クリスタの所へ行ったヘルムートは頭をポリポリと掻いている。向こうを向いているからどんな表情をしているかわからないけどクリスタは真っ赤になって俯いたまま頷いている。この調子じゃ送り狼や朝帰りはなさそうだな。
ヘルムートも誠実なのは良いけどヘタレすぎる。ヘタレートだからクリスタに手を出すのもまだまだ当分先になるんじゃないだろうか。あまり待たせていると誰かに奪われても知らないぞ。クリスタはとても良い子だからな。
そんな二人が別の馬車に乗ってヘルムートが御者をして出て行くのを見送ってから俺も出かける。ようやく王都のカーザース邸に到着したばかりなのにどこへ行くつもりかと言えば……、俺もあまり会いたくないんだけど会わなければならない人物達がいる。その面会の予約というわけだ。
「私は少し王城へ行ってきます。皆は休んでいてください」
「フローラ様、私は同行いたします。他の皆様は屋敷にてお休みください」
う~ん……。まぁいいか。誰か一人は御者が必要だしな。俺も馬くらいは乗れる。御者だって出来る。でも王都の中をご令嬢が自分で御者をして馬車を乗り回すなんて出来るはずもない。俺だってそれくらいはわかっている。世間体というものもあるからな。
ヘルムート達の方には念のために『影』達が護衛についているから心配ないだろう。俺にも王城の手前まで勝手についてくるはずだ。来るなと言っても勝手についてくるからな。
『影』というのは簡単に言えば諜報部隊というか暗殺者集団というか……。裏の仕事を何でもこなすまさに影の部隊だ。戦闘向きの人数はそれほど多くはないけど諜報活動に従事している者は結構いる。それこそただのメイドでも街中で噂を集めてくるだけでも諜報活動は諜報活動だからな。
だから『影』と呼ばれているからといってまるで漫画の忍者とか映画のスパイみたいに凄いことが出来るわけじゃない。人知れず活動したり情報を集めたり、逆に欺瞞情報を流したりしている集団だ。俺はそれを隠密部隊『影』と名付けた。
「それではカタリーナに任せましょうか」
「はい」
俺達はカーザース邸に置いてあった馬車に乗り換えて王城へと向かったのだった。
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面倒なことになった……。俺はただ面会の予約を取りに来ただけのつもりだったのに何故か受付に行くとすぐに後宮に通されてしまった。謁見の間とかですらない。いつもの如く後宮に通されている。そんなにホイホイ後宮に騎士爵を通して良いものではないと思うんだけどな……。
「フローラ!おかえり!帰ってきたんだね!」
げっ!廊下でルートヴィヒとばったり出会ってしまった。しかも両手を広げて近づいて来る。これはあれだ。ハグするつもりだろう。目の前ギリギリで俺はルートヴィヒのハグをかわした。
「……ははっ、相変わらずフローラは手厳しいな」
「ルートヴィヒ王太子殿下、時と場合と相手をきちんと弁えられるのも名君にとって必要な素養ですよ」
俺がルートヴィヒのハグをかわすと苦笑いをしていた。だから俺はTPOを弁えろと注意しておく。
一つ言っておくけどこれは決して、例えばルートヴィヒの私室でなら俺をハグして良いとかいう意味では断じてない。俺が言いたいのはつまり大して親しくもない俺とルートヴィヒの関係で、こんな廊下のど真ん中で、日中に未婚の男女がハグなんてしたら余計な噂になりかねないから自重しろと言っているんだ。
「ぷりんちゃん~~~!」
「え?エレオノーレ様?」
「ぷりんちゃ~ん!」
「――っ!?」
廊下の向こうからひょっこり顔を出したエレオノーレは満面の笑顔を浮かべて俺に向かって駆けてきたかと思うとそのままダイブしてきた。俺は慌てて空中でキャッチする。このお姫様お転婆すぎだろ!もし転んで怪我でもしたらどうするつもりだ。
「エレオノーレ様、走っては危険ですよ。それから人に飛び掛ってはいけません」
「やー!」
何が『やー!』なのか……。そして俺の胸に顔を埋めてモミモミしているけどそれはプリンじゃないぞ。プリンほど柔らかくもないしな……、多分?
「エレオノーレ様!エレオノーレ様~!」
「マルガレーテ様、こちらですよ」
「フローラ様!お戻りになられたのですね」
マルガレーテがエレオノーレを捜している声が聞こえてきたから呼びかけるとすぐにエレオノーレと同じ所から出て来た。こっちにマルガレーテが来たからエレオノーレを降ろして……。
「やー!」
降ろして……。
「やー!」
「……エレオノーレ様」
「やー!」
エレオノーレは俺のドレスを掴んだまま放さない。無理に引っぺがそうとしたらドレスからペロンと出てしまう。何がとは言うまい。ルートヴィヒがいないのならば別に無理やり引っぺがして出てしまってもすぐに直せば良いんだけど、さすがにルートヴィヒに見られるのは嫌だ。マルガレーテにならむしろ見せてハァハァして……。
まっ、まぁとにかくエレオノーレが放してくれないから降ろせない。困ったものだ。
「何をしておる?」
「これはヴィルヘルム国王陛下……」
「余と其方の仲だ。挨拶は良い。其方が用があるからと訪ねて来ていると聞いてみれば……。エレオノーレ、プリンちゃんはこれから大事な話がある。少し大人しくしていなさい」
「む~……」
お?流石にヴィルヘルムに言われたらちょっとは言うことを聞くのか。明らかに表情は渋々だけど手を放してくれたので降ろす。
「ぷりんちゃんあとであそんでくれる?」
「はい。国王陛下とのお話が早く終わればまた遊びましょう」
これは暗に遊びたかったら早く終わらせるために邪魔をするなと言っているんだけどこんな子供相手じゃ伝わらないわなぁ……。
「さぁエレオノーレ様、こちらで私と遊びましょう」
「マルガレーテとあそぶ~!」
子供は現金なものでマルガレーテに誘われたらすぐにそっちへと駆けていってしまった。いなくなったらいなくなったで少し寂しく思う俺は自分勝手だろうか。
「それではいくか。ディートリヒも待っておる」
「父上、私も同行してよろしいでしょうか?」
またルートヴィヒが余計なことを……。俺の話の内容がわからないヴィルヘルムは答えられないから俺に視線を向けている。まぁ王太子になら聞かれても仕方ない。どっち道隠していても王太子権限で知ることが出来るだろう。
というわけで俺が頷いたのを見てヴィルヘルムも頷いた。
「よかろう」
こうして俺達は三人で連れ立って王様の私室へと向かった。室内にはすでにディートリヒが待っていた。ルートヴィヒがいることに少し驚いていたようだけど特に何も言うこともなく受け入れる。
「ディートリヒ殿下、御機嫌よう」
「やぁ、久しぶりだね。君達がいない間王都は退屈だったよ」
そりゃすんませんね。トラブルメーカーがいなくて平和だったってことですかい。
と、そんなひがんだようなことを言っていても仕方がないので早速本題に入ろうと思う。
「まず……、運河を建設したいのですがプロイス王国において運河に関する法整備が遅れておりどうすれば良いかわかりません。国家事業としてプロイス王国主体で運河建設を行なうのでしょうか?それとも領主の裁量において建設可能なのでしょうか?」
「それはまたいきなり……、凄い話だね……」
ポカンとしている三人はお互いに顔を見合わせてからディートリヒがそう答えた。まるで答えになっていない。
「生憎と領主が独自に運河を建設しようとしたことがなくてね……。そんな領主が現れるとは思ってもみなかったから想定外だよ」
まぁそんな所だろうと思った。もし想定していたのなら明文化されているはずだ。何の法整備もされていないということはつまりはそういうことだ。
「それからハルク海沿岸を海上封鎖していたホーラント王国海軍を壊滅させました。侵入してきていた船は全て沈めるか拿捕しましたがホーラント王国海軍があとどれほど船を所有しているかはわかりません。もしかしたらいずれホーラント王国と戦争になる可能性があります」
もしこちらが海賊の件についてホーラント王国に問い合わせても知らぬ存ぜぬで通されるだろう。だけどだからって向こうが何とも思っていないかと言えばそれは別の問題だ。海賊行為をしに入って来ていたとはいえ自国の船が八隻も沈められたら報復に出てくる可能性はある。
「それはまた……」
「それから……、私はカーザース領より西のフラシア王国に割譲されたプロイス王国領を取り戻すつもりです。そして地続きになればホーラント王国にも今回の海賊行為の報いを受けさせます」
「「「…………」」」
皆黙って聞いてるな。じゃあついでだから全部言ってしまおうか。
「あと……」
「まだあるのか!?」
王様がカッ!と目を見開いて声をあげた。だけどこれも黙っているわけにはいかないからな。
「はい……。実は海賊に海上封鎖された件を発端に自由都市単独では今回のようなことに対応出来ないことからカンザ同盟という自由都市による同盟が結ばれることになりました。その詳細はこちらです」
俺は用意しておいた書類を王様とディートリヒに差し出す。残念ながらまさかルートヴィヒも同席するとは思っていなかったのでルートヴィヒの分はない。そもそも今日王様達に会うとは思っていなかったけど念のため持ってきていてよかった。
「このカンザ同盟ですが……、ダンジヒとケーニグスベルク、それから今後さらに東に拡がることを考えるといずれポルスキー王国、モスコーフ公国等、東方の国家群と衝突する可能性があります」
詳細はまだこれから説明するけどとりあえず俺は言いたいことを伝えて……。あっ!もう一つあった。
「あと船の建造、保有申請をします。今度はとりあえず五十隻ほど……」
「「あの巨大船を五十隻!?」」
たぶん王様とディートリヒはキャラック船を想像してるんだろうけど俺はガレオン船を造るつもりなんだよな。それもどう説明したものかと思いながら話を進めたのだった。




