第二百十八話「休み終了!」
俺とミコトの思い出の場所にやってきた。少しだけ森が開けた場所に大きな岩がある……。という記憶だったんだけど開けた場所といっても狭いし大きな岩だと思っていたものも思い出よりも小さく感じる。
理由は簡単だろう。俺達がここに来なくなったことで周囲に色々と生い茂ることになった。だから開けた場所も植物が増えて狭くなっている。さらに何年も前のことであって俺達の体が大きくなったせいで当時大きいと思っていた岩も今から見ると小さく感じるんだ。
日本でも子供の頃に見ていた景色を久しぶりに見ると随分小さかったり低かったり感じるものだろう。子供の頃に歩いていた通学路の家の壁ってこんなに低かったっけ、と思ったり、当時遊んでいた場所がこんなに狭かったっけ、と思ったりしたことがある人は多いはずだ。
この場所も周囲は植物が生い茂り始めているし苔も生えている。当時は俺達が二人で座っても余裕だと思っていた大きな岩も今見てみれば案外小さい。
「この岩こんなに小さかったのね」
「ミコトも同じことを考えていたのですね」
アレクサンドラを降ろした俺はミコトの横に並んで岩を見下ろす。ここに来たからと言って何かあるわけじゃない。ただ数年前の懐かしい場所というだけだ。それも当事者である俺とミコトが懐かしいと思うだけで他の皆にとっては何もないただの森の中にしか感じないかもしれない。
「へぇ……、静かで良い所だね」
「ここに来るまでが大変すぎますわ……」
ルイーザの感想にアレクサンドラは疲れた顔をしていた。この中で一番体力がないのはやっぱりアレクサンドラだな。多分ミコトも本来の身体能力的には大差ないのかもしれないけど何らかの魔法で自分を補助しているんだと思う。だからミコトはここまで歩いて来ても平気そうな顔をしている。
「私とミコトにとっては思い出の場所ですけれど……、特に何かあるわけでもありませんし……、これからどうしましょう?」
ミコトがここに来たいというから来たけどこんな何もない森の中でポツンと佇んでいても間が持たない。何かしようにも何もすることがないからな。一体これから残りの時間をどうしようかと皆に聞いてみる。
「食事にしましょうよ」
「今日はお弁当は持ってきていませんが……」
簡単な軽食や水は持っているけど前のピクニックのようにお弁当は用意してきていない。万が一の時のための備えだけで本格的な食事は想定していなかった。
「わかってるわ。折角の森の中なんだからこれから皆で食材を集めてこの場で調理しましょうよ」
「え~……、私は構いませんが……」
俺は幼少の頃から父に野戦料理のようなものを仕込まれていた。カーザース邸から裏の森に入って自分で食材を集めて調理して食うなんてことはしょっちゅうさせられていたからそれほど抵抗はない。
だけど貴族のご令嬢達もいる俺達がそこらで狩りや採集をしてそれを料理とも呼べない方法で調理してワイルドに食うなんて耐えられるんだろうか?
クラウディアは多分大丈夫だろう。騎士団はそういう訓練もしているはずだ。野戦食を食べたり現地調達する訓練もしているはずだから何とかなる。
ルイーザは?ルイーザも貧民育ちだから案外そこらで何かを採って食べるというのは慣れているのかもしれない。そんな生活をしていたのは昔の話だし当時もそんなことをしていたかどうかはわからないけど……。
カタリーナは俺と離れている間の生活はわからない。だけど元栄養失調だったためか現在では率先して何でも食べるようになっている。子爵家育ちで今も俺に仕えているけど案外平気かもしれない。
心配があるとすれば言いだしっぺのミコトとアレクサンドラだろう。アレクサンドラはまずそんな食事を食べたことはなさそうだ。ミコトだってなんだかんだ言っても王族なんだからそんな料理なんて食べたこともないんじゃないだろうか。
「作るだけ作ってみても良いですが……、本当に皆大丈夫なのですか?」
「うん。僕は平気だよ」
「私も……」
「やってみようじゃないの!」
若干不安な者もいるけど仕方がないか……。今から狩りと採集をして調理すればお昼まで時間を潰すのにも丁度良いだろう。今からフローレンに引き返すかここで現地調達するかすぐに決めて行動した方が良い。皆も乗り気なようだからとりあえずやるだけやってみるか…………。
~~~~~~~
俺達はそれぞれ別れて狩りや採集をすることにした。そういうことに慣れている俺とルイーザとクラウディアはなるべくバラバラになるように配置している。もし採集もしたことがないアレクサンドラやミコトだけに任せたら毒も採ってくる可能性が高い。
きのこはもちろん草や球根、果実にも毒があるものがある。何の知識もない者がそこらの物を取って食べたら毒にあたる可能性は高い。そもそも下手な物に触れたら、触っただけでかぶれたりすることだってある。あまりそういう知識のない者はきちんと知識がある者と一緒に行動させなければならない。
「フロト様」
「しっ……」
茂みからそっと向こうを覗いている俺にカタリーナが話しかけてくる。だけど今は静かにしてもらう。よーく狙いすまして……。
「風よ」
「――!」
俺が魔法で発生させた風の刃でその首を切り落とされた猪は声を上げる暇もなく絶命して倒れた。これで肉ゲットだ。
「さぁ、素早く血抜きしてしまいましょうか」
早急に血抜きをしてしまうか獲物を冷やさないと臭くなってしまう。血液というのは非常に栄養豊富であり血管を通して全身に行き渡っている。その血液を通して雑菌が繁殖すると肉が臭くなるというわけだ。
それらの対処法として昔はすぐに血抜きが行なわれていた。血液を介して血管を通って全身に広がる雑菌の侵入や繁殖を抑えれば肉は臭くなりにくい。経験則的にそれを知っていた先人達は獲物を狩ればすぐに血抜きをしていた。
菌などの存在やそれらの繁殖を抑えれば良いとわかるようになったのは近年になってからであり、それがわかってからは繁殖を抑える方法として獲物を冷やすということを奨励するようになった。ほとんどの雑菌は冷えると活動が鈍るか死滅する。暫く温かいままの死体を放置せず一気に冷やしてしまうことで雑菌の繁殖を抑えるというわけだ。
俺は血抜きしやすいようにあえて頭を切り落とした。木に吊るして血抜きを行なう。血抜きが終わればどこか池か何かに放り込んでおけば冷やせるんだけど……。
「フロト様……、随分手馴れておられますが……」
「あぁ……、カタリーナは知りませんでしたか?私は幼少の頃よりカーザース邸の裏の森に放り込まれてはこうして自力で食材を手に入れて野戦料理をさせられていましたから。これくらいは慣れたものですよ」
まぁ前世の知識とかも混ざってるけどね。それは言う必要はない。実際前世の中途半端な知識よりも今生で覚えた知識や何度も森に放り込まれて実地で覚えたことの方がよほど役に立っている。前世の知識はおまけや効率化の際の手助けになる程度のものだ。
「なるほど……」
カタリーナは少々俺の手際に戸惑っているようだ。まぁいくらメイドさんでも森に入って獲物を仕留めてきて料理なんてしないからな。鳥を絞めるくらいはしていると思うけど猪を狩ってその場で捌くなんてしたことはないだろう。
血抜きは済ませたけど池や川が近くにない。止むを得ないので魔法で冷やす。ちょっと冷やしすぎたというか若干凍らせてしまったけど気にしてはいけない。猪を担いで最初の所へ戻るとすでに皆は戻ってきてた。
「やるねフロト」
「クラウディアは色々と採集してきてくれたようですね」
慣れているクラウディアはよくある標準的なものを色々と採集してきてくれていた。根や葉や実で森でも手に入りやすくて見分けやすい物が中心だ。
さすが近衛師団は野営訓練の一環で野草など現地調達可能な食材についても教えられているんだろう。ただ専門知識が必要な難しい物は避けて間違え難くどこにでもよくある物を中心に教えているんだと思う。そこからさらに知識を磨くのか、そこで満足してそれ以上勉強しないのかは団員次第ということだろう。
クラウディアはわからない物を無理に集めようとはせず自分の自信のあるものだけを取ってきてくれた。俺がパッと見ても食べられるとわかる物ばかりだったから毒や食中毒の心配はない。
「こっちはこれよ!」
そう言ってミコトが無い胸を反らして見せてきたのは魚だった。少し離れた場所に川がある。ミコト達は最初から魚狙いで川へと向かったんだろう。それに魚と一緒にきのこなどもあった。これは同行したルイーザが集めたに違いない。
「きのこや山菜もありますね。さすがはルイーザです」
「私はちょっと拾っただけだから……。やっぱり魚を獲ってくれたミコトの方がすごいよ」
うんうん。ルイーザは謙虚さもある。とても素晴らしい。
「それでアレクサンドラは大丈夫でしたか?」
「ええ……、まぁ……」
クラウディアと一緒だったはずのアレクサンドラはあまり顔色が優れない。ここに来るまでもかなり無理して来たんだろうし、採集で歩き回って、さらに狩りたての猪が転がってれば顔色も悪くなるだろう。
「それでは調理しましょうか。調味料はあまりありませんが……」
一応少量の塩胡椒くらいは持ってきているけど本格的な料理が出来るほどのものは持ってきていない。ルイーザとクラウディアが香草を採ってきてくれているからそれで香り付けをする。
「いい匂い」
「食欲をそそるね!」
簡単に焼いたり炒めたりしているだけだけどそれでもお腹が空いた状況で野外で作る料理はおいしそうに感じるだろう。自分達で苦労して取ってきた食材を使った料理がまずいはずがない。調理している俺が失敗しなければな……。
ミコトとアレクサンドラは料理に関しては戦力外だったので残りの四人で調理していく。ほとんど俺が中心で他の三人はちょっと手伝ってくれている程度だけどそれは言ってはいけない。
「さぁできましたよ」
「わぁ!おいしそう!」
「こんなのが作れるなら前の時も作ってくれてもよかったじゃない」
ミコトにそういわれたけど当時は塩胡椒なんて持ち歩いてなかったし……。そもそも胡椒は入手が困難だった。塩だけふって焼くだけなら出来なくはなかっただろうけど……。
「いっ、いただきます……」
アレクサンドラが恐る恐る料理を口に運ぶ。普段家で食べているものとはまったく違うからこういう反応もわからなくはない。俺だって慣れていなければアレクサンドラのようになっていただろう。日本に居た頃だったらきっと同じような反応だったはずだ。
「おっ、おいしいですわね!」
「ふふっ、それはよかったです」
でも一口食べればあら不思議。多分本当の味としては家で食べている物の方がおいしいんだろうけど、自分達で採集して調理して空腹で青い空の下で食べるとまたおいしく感じるものだ。
「こっちの魚も食べなさいよ」
「これはミコトが魔法でずばばー!って獲ったんだよ」
アレクサンドラにあれもこれもと進める二人だけどルイーザよ……。その魔法でずばばー!っていうのは何だ?全然意味がわからないぞ。ルイーザだって魔法使いなんだからもうちょっとこう……、何かあるだろう?
「本当においしいね。今日は来てよかったよ」
「そうでしょう、そうでしょう」
何故かクラウディアの言葉にミコトがまた胸を反らしていた。まぁいいけどね。
こうして俺達はカーン領滞在で最後の遊びを堪能して屋敷へと戻ったのだった。
~~~~~~~
とうとう六十日余りあった休みも残すところ十日となった。王都までの日程と予備日を考えれば今日出発しなければならない。というわけで五十日以上も滞在していたカーザース領、カーン領に別れを告げて俺達は再び王都へ向かう。
「それでは行ってまいりますわお母様」
「ええ、いってらっしゃい」
アレクサンドラがガブリエラと別れの挨拶を交わす。ガブリエラはカーザーンのリンガーブルク邸に残るから最短でも四ヶ月以上は会えなくなる。でも二人の挨拶は簡単であっさりしたものだった。
「もう良いのですか?」
「ええ。必ずまた会えますもの。ですからこれくらいで十分ですわ」
なるほど……。アレクサンドラは強い子だ。まぁ俺のお嫁さん達も皆親元から離れているしこの世界ではこれくらいの年になればそれが普通なのかもしれない。
「それでは出発しましょうか」
「はっ!それでは出します」
御者が馬車を走らせ始める。俺は両親と別れの挨拶はしていない。何故ならば……。
「は~。やっぱりカーザーンはよかったわねぇ。出来ればこちらで暮らす方が良いのだけれど……」
「父上やお母様はお仕事もおありでしょう?無理に王都に同行される必要は……」
「いいえ!フローラちゃんはまだまだだもの!お母様頑張るわよ!」
……いや、あまり頑張らないでください……。
うちはリンガーブルク家と違って再び両親揃って王都に一緒に行くことになっている。俺としては両親にはカーザーンにでも残って欲しかった所だけど……。
それから別の馬車にはヘルムートの両親がクリスタと一緒に乗っている。何でも二人の婚約や結婚についてラインゲン家を訪ねて話し合うためだそうだ。結局帰った時より人数が増えている。今回の旅路も賑やかになりそうだと思いながら俺は再び王都に向けて馬車に揺られていたのだった。




