第二百十七話「最後のお出かけ!」
もうカーン領にいられるのもあと数日だ。この一ヶ月半にも満たない帰省は本当に大変だった。色々なことがあった……。それはもう本当に色々なことが……。
俺は休暇で戻ってきたはずだ。そもそも俺はまだ学生の身分でしかない。そのはずなのに下手な領主や法服貴族よりよほど忙しいんじゃないだろうか?何かがおかしい……。
日本の感覚で考えたら学生なんてお気楽なもののはずだ。毎日適当に学校に行って、よほどひどい成績を取らない限りはボチボチ過ごす。学生生活なんてそんなものだろう?もちろん中には熾烈な受験競争を勝ち抜くために寝る間も惜しんで勉強している学生もいるだろう。だけどそれでも学生はお気楽なもののはずだ。
それなのに俺はお気楽な学生生活どころかこの年で戦争まで経験しちゃったよ……。こっちから吹っ掛けたわけでもないし身を守っただけで、こんな世界だしそのうちいつかはそういうことも経験するだろうとは思っていたけど早過ぎだろ……。兄達ですらまだ実戦に参加していないそうだぞ……。何で末子で女の俺の初陣の方が先なんだよ……。
まぁ過ぎたことを言っても仕方がないので前向きに行こう。それなりに良いこともあったから良しとしておく。
確かにちょっとうなされるくらいに人を殺してしまったことは堪えたけどそのお陰で嫁達とも進展があってよかった。女性同士だし、五人も好きだし、誰か一人を選ぶなんて出来ないと思っていたけど……。むふふっ!
今も俺のベッドで一緒に眠っている俺の可愛いお嫁さん達。ちょっとくらい触っても怒られない!素晴らしい!それどころかもっと触れといわんばかりに迫られる!こんな幸せなことがあって良いのか……。ここが天国か。俺はもうここから出ない!
「フロト様、朝です。起きてください」
「あっ、はい……」
一緒に寝てたはずのカタリーナに起こされて目を覚ます。すでに起きていたと言えば起きていたんだけど起こされたと言えば起こされた。
朝の日課を終わらせて、その後はクラウディアの特訓に付き合って……、と思っていたらクラウディアを特訓していることを知った皆の中からもう一人特訓して欲しいと申し出てきた者がいる。
「どうかな?フロト」
「ん~……、そうですね……。もうちょっとこう……」
少し自信なさげにそういうルイーザに簡単なアドバイスをしておく。クラウディアが自分に自信がなかったようにルイーザも俺の役に立ちたいと魔法の特訓をつけて欲しいと言い出した。ルイーザはルイーザで色々と良い所もあるし俺のために頑張ってくれている。そんな無理に魔法の特訓なんてしなくて良いと思うんだけどどうしてもと言われたら断れない。
そもそもクラウディアは引き受けたのにルイーザは断るなんてあり得ないからな。ミコトもたまに顔を出すけど朝早いからミコトは寝ていることが多い。夜一緒に寝てるのに何故ミコトは朝あんなに弱いんだろう?寝不足ってことはないはずだけどな……。俺なんて皆が寝てから寝て先に起きているけど寝不足なんて思ったこともない。
そんなわけでクラウディアに加えてルイーザも特訓することになり、たまに朝起きていればミコトも顔を出す。アレクサンドラは剣も魔法も出来ないから特訓には参加していない。出来ないと言っても学園で習っているくらいは出来るんだろうけど貴族のご令嬢らしい程度にしか出来ないようだ。
カタリーナは俺の前では戦闘訓練とかしている様子はないけど只者ではないと思う。イザベラは何かの達人っぽい。歩き方とか気配とかからして何も習っていないただのメイドということはないだろう。カタリーナは最近徐々にそのイザベラに似てきている。気配を殺してそっと近づいてきたり足の運びや動きが素人のそれとは違う。
俺も偉そうなことは言えないし何も知らないけどきっと裏でこっそり何かしてるんだろう。ヘルムートも貴族の息子だからそれなりに剣術や体術も使えるようだし皆頑張りやさんで俺もうかうかしていられない。
「今日はもうカーン領でゆっくり遊べるのは最後だと思います。そこで今日は皆さんと一緒に遊びたいと思いますが何か希望はありますか?行きたい場所やしたいこととかがあればおっしゃってください」
朝食の席で俺は皆に聞いてみた。まだ日数は残っているけど最終日まで遊べるというものでもない。まだまだしなければならないこともいっぱいある。何とか一日くらい空けられないかと思って頑張って仕事を詰めて今日一日だけ自由に使えるように予定を空けた。だからカーン領で皆と自由に遊べるのは恐らく今日が最後だ。
カンザ同盟も決めなければならないことは全部決めたし、加盟申請してきていた所は大体回った。もちろんまだ行ってない所もあるけど全部は回れない。初期構想に入っている申請のあった自由都市だけ回った感じだ。
まぁ直接出向かなくてももうモデルケースというかパターンは出来上がったからこれからはもっと楽になるだろう。統治体制とか行政方針とか色々と決め終わっている。大まかな方針は伝えてあるからこれからはいちいち全て俺の判断を仰がなくてもある程度は都市長の権限と判断で勝手にやってくれるだろう。
もちろん権力者の暴走が起こらないように監視機構も出来ているからそんなに心配はない。表向きの監視機構はもとよりあちこちにこっそり俺の目や耳があるから完全に俺に隠れて悪さをするのは不可能だ。すぐに俺の耳に入ってお縄となる。
領内の開発も発展の方向性も示したし予定もある程度決めた。あとは建設が終わるまで待つとかだから俺がいなくても問題ない。研究や開発もある程度アイデアを出してアドバイスをしてあるしあとは時間が必要だ。
行政に軍政に研究開発に……、あとは大丈夫かな?あれもしたしこれもしたし……。
「ちょっとフロト!自分から聞いておいて聞いてないんじゃないの!?」
「最近は暑いから涼しい所に行きたいのでしょう?」
俺が考え事をしているから聞いてないと思ったらしいミコトが凄い剣幕で怒っていたからミコトが言っていたことを復唱してあげる。
「きっ、聞いてたならいいのよ……」
俺がきちんと聞いていたと証明されたのでミコトはそう言って座りなおした。俺がちょっと考え事をしているくらいで人の話を聞き逃すはずがない。三つくらい考え事をしながら五人くらいに話しかけられても音がきちんと届く状態なら聞き分けられる。一人だけやたらでかい声でしゃべって他の人の声が聞こえないとかだったらどうしようもないけどな。
でも涼しい所って言ってもなぁ……。川で水遊びはこの前にしたし、キーンに行って海で遊ぶのもなぁ……。海はちょっとベタベタするし……。そもそも川遊びと海じゃ結局ほとんど変わらない気がする。
「私はフローラさん、いえ、フロトさんとご一緒出来るのでしたらどこでも良いですわよ」
そう言われてもな……。そんなことを言い出したら出不精の俺はずっと家でゴロゴロしてるんじゃないだろうか。俺はいつも外を出歩いていると思われているかもしれないけど基本的には出不精で家でゴロゴロしたい人だ。今生になってからやたら忙しくしているけどそれは止むに止まれぬ事情あってのことだ。
「例えばルイーザやアレクサンドラはカーザーンに行ったりしなくて良いのですか?久しぶりの帰省でしょう?」
今回を過ぎればまた四ヶ月は戻ってこれないことになる。それにアレクサンドラは次からは一人で王都に行くことになるからガブリエラとも長期間離れ離れになることになる。
「私はもう貧民街の皆とは会って来たから大丈夫だよ」
「私は元々カーザーンそのものにはそれほど思い入れもありませんし……」
あぁ……、ちょっと無神経だったかな……。アレクサンドラは昔カーザーンでも色々と大変な思いをしたんだもんな……。会いたい友達や思い出の場所なんてないか……。
そうなると困ったな……。俺だってカーン領やカーザース領で行きたい場所とかもないし……。
「ねぇねぇフロト!それなら森に行きましょうよ!」
「……森?」
ミコトは言うことがコロコロ変わる。さっきは涼しい所って言ったのに今度は森ときたか。森だって確かに都会よりは涼しいよ。山や森に行けば都会にいるよりずっと涼しくて心地良い場合もある。だけど必ずしもそうとは言い切れない。
例えば街道もない森の中を装備を担いで歩いていれば湿気や蒸し暑さに余計暑い思いをさせられる場合もある。車で山や森まで行って沢で涼むというのならそうだろうけど、森を歩くというのはまた別だ。むしろ涼しいとは対極のような大変な思いをする可能性もある。
「皆も思い出の場所に行ったんでしょ?だったら私とも思い出の場所に行ってよ!」
あ~……、そういうことか。昔ミコトと会っていた場所に行きたいということなんだな。
「二人の思い出の場所に他の皆も連れて行っても良いのですか?」
「いいわよ?別に。もう私達六人は家族だもの」
そういうものなのか……。まぁ二人だけの秘密や思い出にしたいというよりは他の皆も連れて一緒に行きたいということなんだろう。ミコトがそれで良いのなら俺は別に構わない。そんなわけで今回の長期休暇最後の遊びは森へと行くことになったのだった。
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フローレンまで馬車で行ってからそこからは歩いて森へと入る。昔俺が森の中を走っていたルートとは違うけど歩く距離を少しでも短くするためにフローレンから歩くことにした。フローレンまで馬車で行ってから森に入ると総移動距離は遠回りになるけど馬車を降りてから目的地までの歩く距離は短くて済む。
俺なら走っていっても大して疲れない。ミコトも昔平然とあそこまで通ってきていたんだからどうってことはないんだろう。でも他にも皆がいるのに長距離森の中を歩かせるのはあまり良くないだろうと判断した。だけど無用の心配だったかもしれない。
クラウディアは近衛師団で鍛えられているから森の中の行軍も日常茶飯事だし、ルイーザも最近でこそ上役になっているとはいっても農民だ。農作業もしているから足腰は強いし健脚で森や山を歩くのも平気らしい。カタリーナは少し疲れてそうだけどやっぱり最近はこっそり鍛えているらしくてそこまで大変そうでもない。問題はアレクサンドラだけだった。
「はぁ……、はぁ……」
「アレクサンドラ、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですわ……」
全然大丈夫そうじゃない。さすがにお嬢様育ちのアレクサンドラにはきつかったか。これはクリスタも来てなくてよかったな。クリスタも同行していたらきっと同じように大変だっただろう。
「アレクサンドラ、私が背負ってあげますよ?」
「大丈夫ですわ……」
「それでは抱っこしましょうか?」
「…………大丈夫ですわ」
ん?今ちょっと間があったな。抱っこには惹かれるものがあったのか?お姫様抱っことか?そうか……。アレクサンドラはお姫様抱っこしてもらいたいのか。じゃあ仕方がないな。
「えいっ!」
「きゃっ!」
俺は不意打ちでアレクサンドラをお姫様抱っこした。二人の胸がくっついている。アレクサンドラの鼓動が伝わってきていた。急に抱え上げたからかドキドキしているのがわかる。それにアレクサンドラの顔が近い。少し驚いたような顔で俺を見詰めている。
「さぁ、行きましょう」
「あっ……、あの……」
真っ赤になって何か言おうとしているけど俺がそれを言わせない。自分で歩くとか言い出しそうだからな。こうしてアレクサンドラの柔らかい体を抱き締められるなんて役得だ。むしろ俺からお願いしたいくらいなんだからこのまま逃がすつもりはない。
胸同士が接触して、背中に回した手が前まで回って少し胸を触っている。この幸せな感触を逃がしてなるものか。
「いいなぁ……」
「ルイーザ……」
俺がアレクサンドラを抱っこしたのを見ながらルイーザがポツリと言葉を零した。
「フロト!私も疲れたわ!私も抱っこして!」
「ミコトは平気でしょうに……」
アレクサンドラが抱っこされているのを見て皆が我も我もと寄ってくる。だけど残念ながら抱っこで抱えられるのは一人までだ。おんぶと抱っこを同時にして両脇に一人ずつ挟めば四人は持てるかもしれないけど……。さすがにそんな荷物を持つように扱うわけにもいくまい。それにどう頑張っても一人余ってしまう。
「ふん!じゃあいいわよ!今夜覚えてなさいよね!」
諦めたらしいミコトがさらっと怖いことを言う。最近皆ちょっと夜になると俺に悪戯してくる。俺も負けじと反撃しているけど何か皆はむしろ喜んでいるような気がしないでもない。
「あっ!見えてきたわよフロト!」
「そうですね」
それはともかくようやく目的の場所に辿り着いたようだ。




