第二百十四話「新発明!」
あ~!も~~~っ!忙しすぎる!仕事をしてもしても終わらないどころかどんどん増える!
もうカーン領に居られるのはあと一週間ほどしかない。それなのにあれもこれもそれもどれも何もかも終わらない!次々に仕事が増えて減らした以上に溜まっていく!いい加減髪の毛が抜けるか胃に穴が開いてしまう!
カンザ同盟は順調だ。順調すぎる。同盟への加盟の申請も順調に増えてくれているよ!もういい加減にしてくれ!
結局ルーベーク以降の各都市も全て議会を解散して統治権を全て俺に委ねてしまっている。出来る限り一度は出向いて現地の様子を確認したり解散前の議会と交渉したりしているけどどこも簡単に俺に全てを委ねすぎだろう。
議会を解散した後の自由都市にはカンザ同盟から代官が送られて現地での統治に当たっている。当然代官は信用出来る者でなければならないし代官の監視機構も必要だ。俺の領地になった各自由都市は人口調査を行なったり税制を決めたり早急にしなければならないことからまず取り組んでいる。
集めた税で都市の防衛能力を高めたり、街道整備や港湾整備や……、何やかんやと行政がすべきことを決めて行なっていたら毎日があっという間に過ぎてしまう。
皆にはゴスラント島で海戦をして以来自由に遊んでもらうように言ってある。俺はずっと屋敷に缶詰か同盟に加わる自由都市に出向いていって交渉しなければならないから皆と遊んでいる暇はない。
クリスタは俺のことを気にしつつもヘルムートと親しくなるためにヘルムートと出かけるようにと俺が言うと、顔を赤くして頷いて二人で出かけて行く。だからクリスタにはそれほど気を使わなくて良いだろう。ちょっと言葉はおかしいけど、気を使わないというか下手に干渉せずクリスタとヘルムートが二人になる時間を多くあげれば良い。
それに比べて俺の愛しい彼女達は頑固者が多い。俺は出歩いている暇はないから観光でも里帰りでも行って良いと言っているのにほとんど皆俺から離れない。まぁそれはうれしくもあるんだけど何だかこちらまで心苦しいというか、折角ここまで来ているんだからもっとカーザース領やカーン領を楽しんでもらいたい。
「失礼いたします。フロト様、例の物の試作品が出来たと報告がきています」
「例の物?」
部屋にやってきたイザベラが何かの試作品が完成したと報告してくれたけど思い当たる物が多すぎる。俺はあれもこれもとにかくたくさんの物を作らせているから『例の物』とだけ言われてもどれのことかわからない。
「これです」
「あぁ……」
俺がそう言うとイザベラは口の前に手を持ってきてジェスチャーをしてくれた。それを見た俺はようやくわかった。そうか。あれらが出来たのか。ちょっとそれもどうにかしなければならないな。
「私の承認が必要なものは終わっています。残りの書類は担当官に回してください」
もう面倒になったから今日は残りの仕事は丸投げだ。基本的に俺の承認が必要なものは終わらせてある。あとは各担当官が独自裁量で判断出来るレベルのものばかりだ。そんなものまで全部俺に回してくるなと言いたい所だけど急激に膨張しているカーン家、カンザ商会では担当官も足りない。皆に大量の仕事が回っているからこれも止むを得ないだろう。
「かしこまりました。それではフロト様は……」
「はい。コレの試作品を見てきます」
俺も自分の口の前に手を持ってきてジェスチャーを返す。残りの書類の処分はイザベラに任せて俺はカーンブルクのカーン邸を出たのだった。
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今日は久しぶりに外に出られるから皆を誘って出て来た。俺のお嫁さん達は皆来たけどクリスタとヘルムートはもうその前に出かけていたからいない。二人はカーザーンのロイス子爵邸に行っている。用件は知らないけど結婚等今後についての話し合いじゃないだろうか。
ともかく今日は可愛い可愛いお嫁さん達とのデートだからちょっとだけウキウキだ。担当官達に仕事を丸投げしてきたのは申し訳なく思うから無条件に喜べるわけじゃないけど……。でもあれが彼らの仕事なんだからむしろ俺に回ってきていたことの方がおかしいんじゃ?俺も大分ブラック企業に毒されているな。ワーカーホリックまっしぐらだ。
「ねぇねぇフロト!それで今日見に行くのは何なの?」
「それは着いてからのお楽しみです」
もう我慢出来ないとばかりにミコトが何度も何度も聞いてくるけど答えははぐらかしておく。だけどこう言ってあまりにハードルを上げすぎたら試作品の出来次第ではがっかりさせてしまうかもしれない。あまりハードルを上げるようなことは言いたくないけどだからって説明も難しいしなぁ……。
現物を見てもらうのが一番手っ取り早い話でそれを見たこともない相手に口で説明するのは難しい。まぁこの世界にも似たようなものはあったけどそれを改良したというべきかもしれないけど……。
ほどなく到着したのはカーンブルクのとある工房だった。普通に街中にあるただの工房だ。まぁ私企業じゃなくて官営とか公営というようなもので、カーン家が出資してやらせている工房ではあるけど……。
研究や開発というのには莫大な労力がかかる。お金もかかるしそれをしたからといってお金儲けにつながるとも限らない。個人が研究や新しい物の開発をしようと思ってもそう簡単にはいかない。そこで俺がこういう物が欲しい、こういう物を作れないか、と意見を出してそれを研究、開発してもらう関係機関をあちこちに作っている。
ここもその中の一つでこの工房の役目は金属加工や金属細工の研究や開発だ。
「カーン様!ようこそおいでくださいました。例の物が出来ていますよ。さぁさぁこちらへ!」
出迎えられた俺達は工房に入って行く。通されたのはもちろん金属加工をしている工房内ではなくその裏手にある建物だ。
「こちらです!」
「よく出来ていますね」
裏の建物に入って見せられた試作品は見事な出来栄えだった。まぁ見た目だけはな……。これがちゃんと出来ているかどうかは実際に使ってみないとわからない。
「何これ?ラッパ?」
もう我慢の限界とばかりに俺の後ろから試作品を覗き込んだミコトがそう言葉を漏らした。まぁラッパと言えばラッパだ。
「金管楽器ではありますがただのラッパではありませんよ。これはトランペット(試作)です」
「「「「「トランペット(試作)?」」」」」
俺はこの世界で楽器を作ろうとしている。これはその中でも金管楽器の試作品の一つだ。この世界でも当然楽器はある。ただしかなり未発達だ。いや、地球でも色々な楽器が出て来たのなんてかなり最近の話かもしれない。
俺が金管楽器の試作品を作らせているのはもちろんただの趣味だからじゃない。むしろ俺は別に音楽にそれほど興味はないとすら言える。学校で習った程度のものしか知らずおたまじゃくしも読めても学校で習った程度のものだ。楽譜なんて暗記しているはずもなくこの世界で楽器を作ったって前世の楽譜を再現なんて出来ない。
じゃあ何の意味があるのか。一つは軍事的なもの。もう一つは技術力や工業力を高めるためだ。
地球の中世以降の軍隊では軍事行動をするための連絡手段として太鼓を叩いたり信号ラッパ(ビューグル)を吹いたりしていた。朝の時間を知らせたり、集合の合図を出したり、敵襲を知らせたり、決まったパターンの音を鳴らして合図とするのは重要なことだ。
そしてそれ以外にも式典用という意味もある。この世界ではまだ軍楽隊とかは存在しない。だから軍事行動で大々的に軍楽隊や鼓笛隊が音で知らせることもないし、パレードや式典でそれらの者が楽器を鳴らして行軍したりもしない。
うちはまだ少数の兵しかいないし大砲も使用している。これから銃砲もどんどん開発されて配備されていくだろう。完全に銃が普及してしまうと戦場での合図としては軍楽隊や鼓笛隊は使われなくなっていくけど今はまだ十分使える。それに行軍などや式典で使いたい。
この前のルーベークに渡河して行軍した時も思ったけど、あそこで大々的に軍楽隊が行進曲のようなものを鳴らして旗手が旗を持ち整然と行進したらさぞ効果的だっただろう。前回は残念ながら間に合わなかったけどその姿を想像すればどれほど効果的かはわかるはずだ。
統率も執れずダラダラとバラけて歩いている傭兵達と、軍楽隊が行進曲を打ち鳴らし全軍が綺麗に整列して行軍している軍を見てどちらが凄いと思うだろうか。華やかさや豪華さ、士気の高さなどあらゆる面で凄いと思われるはずだ。
カーン騎士団は数も少ないし名も売れていない。だけどそこでビシッと揃って行軍できたならば視覚的に相当インパクトを与えられる。こちらに敵わないと思わせられたら余計な争いも回避出来るというわけだ。
もちろん中途半端に変に名前が売れると逆に絡まれたりもするかもしれないけど……、どの道争いは避けては通れない世界だ。それならちょっとでもはったりでも威圧でも出来れば御の字だろう。それに見せかけだけじゃなくて最初に言った通り軍事行動での合図という意味もあるから戦術的にも意味はある。
そして二つ目の技術力、工業力という話だ。ビューグルはただの金属管を口で音を変えて演奏する……、らしい。だから出せる音の種類も少ない。だけどトランペットのような楽器にはバルブと呼ばれるものがついていてそれを操作することで口だけでは出来ない音の変化を出すことが出来る。
トランペットが同じ口で出す音をどうやって変化させているかというと管の長さを変えることによって鳴る音を変えている。見た目のイメージでわかりやすいのはトロンボーンだろう。手に持った部分を前後させて管の長さを変えることによって音が変わっているのは視覚的にわかりやすい。
金管楽器は管の長さが長くなるほど音が低くなる。だからバルブを操作して空気が流れ通る管を変えることによって音の高さを変化させている。トランペットはバルブを押すことによって管の繋ぎを変えて音を低くしているというわけだ。
まぁ俺はさっき言った通り学校で習う程度のことしか知らない。理屈や構造は理解していてもどの程度管を長くすればどれくらい音が下がるとか、ましてやそれらの楽譜を書けと言われてもわからない。あくまで大雑把なアイデアを教えて工房や音楽家に研究させていただけのことだ。
これが何故技術力や工業力の向上に繋がるのか。それは金属加工の技術に直結するからだ。
楽器本体の作りはもちろん、細かいバルブの加工や細工、調整や部品作りといったことは金属加工の技術が高くなければ出来ない。つまりただ楽器の構造がわかっていれば出来るというものじゃなくてそれを作るための金属加工の技術が必要だ。
そういう研究をするのは工房の仕事であり、出来上がったものを音楽家と協力してさらに調整していく。そうしてようやくある程度形になったのがこの試作品というわけだ。
さらにトランペットだけじゃなくて色々といくつかの楽器を試作させている。またマーチングバンドをさせるために打楽器、ドラムも必要だ。それらの加工技術もまた工業力を高めるのに一役買っている。
日本人は元来手先が器用でそれによって高い工業力を発揮していた。例えばこうして金属加工の技術を高めていけば大砲や銃のライフリングが可能になる日も来るかもしれない。工業製品というのはいきなり思ったものが自由に作れるわけじゃない。一見関係ないように見えてもこうやって裾野を広げていくこともまた重要だと思う。
「それで……、誰かこれを吹ける者はいるのですか?」
「はい。レオポルト!」
「お初にお目にかかりますカーン様。私はレオポルトと申します」
どうやらこのレオポルトが楽器作製に協力してくれた音楽家らしい。もちろん彼が協力して作り上げたんだから多少なりとも使い方は心得ているというわけだ。
「それでは……」
レオポルトがトランペットを吹き鳴らす。
……うん。うるさい。
こんな間近でトランペットを吹かれたらうるさいに決まっている。だけどまさか自分で試聴したいと言っておきながらうるさいとも言えない。それに音は大きくてうるさいけど音色としては一応音楽になっている。ただピーピーと無秩序にうるさいだけじゃない。
「いかがでしょうか!」
「えぇ……、まぁ……、音は良かったと思います……」
何度も言うように俺には音楽はわからない。ただ軍楽隊のためと、金属加工技術向上のために楽器を作らせただけだ。他にも次々と試作された楽器が演奏されるけどとにかく目の前で吹かれたらうるさい。それだけははっきりわかった。




