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第二百十三話「このまま拡がって大丈夫か?」


 先触れとしてダンジヒの使いがケーニグスベルクに向かったようだ。俺達は少し遅れてからゆっくりケーニグスベルクに向かうことになる。普通なら連絡を取り合って返事を貰ってから行くものかもしれないけどそれだと時間がかかりすぎる。今日のうちにはケーニグスベルクに行って話を始めたい。


 貴族の訪問などは先触れが出てから遅れて到着すれば良いものだから相手からの返事を待つ必要もないだろう。そもそもダンジヒにこう言ってあったということは今日俺がダンジヒを訪れることも知っていたに違いない。今日こちらで話がうまく纏まればケーニグスベルクにも来ると思って待っているはずだ。


 それにしても……、これは俺が思っていた同盟と全然違う……。


 普通カンザ同盟と聞いて想像するのはただカンザ商会が主導する各自由都市による互助組織のようなものを想像するだろう?俺だけか?いや、そんなことはないはずだ。


 どこの誰が同盟と言っておきながら結局領地や統治権をカンザ商会に明け渡してその傘下に収まるかのような形を想像するというのか。それじゃ同盟じゃなくてただカンザ商会が各自由都市を征服しているのと変わらない。


 もちろんカンザ商会は武力によって無理やり征服しているわけじゃない。だけどこれまでの流れと行いを客観的に見て誰がそれを信じる?外部から見ればまるでカーン家、カンザ商会がホーラント王国海軍をハルク海から排除し、その武力をもって自由都市を砲艦外交の圧力によって征服しているように受け取られるだろう。


 これはプロイス王家にも報告する必要がありそうだ。それどころか場合によっては俺は引っ立てられて申し開きを求められる可能性もある。


 カンザ同盟については形が出来れば報告はするつもりだった。でもこれでは俺の領地が拡がっているのと変わらない。プロイス王国が定めた領地を勝手に俺が変えているようなものだ。ヴィスベイ、ゴスラント島は誰の領地でもなかったからまだ良い。でも他の自由都市が俺の傘下に収まるというのはまずいだろう。


 どうしたもんか……。ルーベークも議会を解散させるつもりはなかった。ただ問題のある議員を入れ替えればよかっただけなのに何故ルーベークは議会を解散なんてしてしまったのか……。ダンジヒもそれに倣って議会を解散して統治を俺に任せるというし……、カンザ同盟に加盟するには議会を解散して俺に統治権を譲らなければならないと誤解されかねない。


 ケーニグスベルクの議員達は議会を解散せずに互助組織的な感じでカンザ同盟への加盟を申し出てくれないかな……。




  ~~~~~~~




 ケーニグスベルクはまた違う形でカンザ同盟に参加してくれるんじゃないか。そう思っていた時期が俺にもありました。


「貴女様がカーン様ですか!お噂はかねがね!それに素晴らしい船です!これで勝つる!」


「いえ……、あの……」


「ケーニグスベルクはたびたび蛮族の攻撃を受けていたのです!カーン様に全権でも統治権でも税でも何でもお譲りします!どうかケーニグスベルクをお救いください!」


「えっと……」


 俺がケーニグスベルクの港に到着すると同時に大勢の人にそういって縋られてしまった。ケーニグスベルクはダンジヒよりさらに東にあるハルク海貿易の重要拠点だ。だけどこの都市の経緯は少々ややこしい。


 昔プロイス王国よりさらに東に東に開拓と植民が行なわれていた。現在ハルク海貿易として成り立っているのはその開拓と植民が行なわれた各都市が中心となっている。開拓されたケーニグスベルクはその後徐々に発展してくるわけだけど当然そこには様々な敵や障害も現れる。


 発展してくれば当然そこを狙う者が出てくる。色々な勢力が自分のものにしようと武力侵攻してきたり、様々な計略を仕掛けられたり、政治取引で勝手に色々と決められたり、順風満帆な歴史などあるはずもなく様々な苦難や紆余曲折を経て今へと至っている。そしてケーニグスベルクは今でもまだ色々な揉め事の真っ最中だ。


 ケーニグスベルクはプロイス王国の東側に存在するポルスキー王国に囲まれている。そして度々侵攻を受けて、時には支配されたこともある。さらにポルスキー王国より東側にあるモスコーフ公国からも侵略や海上封鎖を受けた過去があった。


 ポルスキー王国は領土的に隣接していて、いや、むしろ周囲を囲まれていて陸から絶大な影響力を受けている。モスコーフ公国は国境こそ接してはいないけど、モスコーフ公国もまたハルク海沿岸国だ。ハルク海の東の果てがモスコーフ公国であり海上から侵略してくるモスコーフ公国に何度も煮え湯を飲まされてきたらしい。


 ケーニグスベルクの歴史は周辺との戦いの歴史であり、それは現在も続いている争いだ。


 そんな状況でプロイス王国は何の援助も対策もしないのかとも思うけどプロイス王国もただ放置しているわけじゃない。ただケーニグスベルク周辺でプロイス王国が優勢の時もあればポルスキー王国が優勢の時もある。ハルク海貿易も現在はカーマール同盟が最大の勢力としてハルク海を支配している。


 それにプロイス王国は長年北の魔族の国や西のフラシア王国との対立が激しくそちらに注力せざるを得ない。自然と東方やケーニグスベルクの優先順位は下がり後手後手の対応しか出来なかった。


「我々は全ての統治権をカーン様に捧げます!どうかこの町をお守りください!」


「はぁ…………。とにかくどこかで話し合いをしましょう……」


 何故自分達の権利を放棄してまでカンザ同盟に全てを委ねようというのか。それはもう一目瞭然だ。カンザ同盟に入れば自由都市という権利や看板を下ろすことなく名目上は自由都市を維持したままカーン家、カンザ商会の庇護を受けられる。これはケーニグスベルクだけじゃなくて他の自由都市の多くも飛びつきたいはずだ。


 都市一つで出来ることなんて知れている。自由都市の議会は有力商会などの利害調整機関でしかない。自治と言えば聞こえは良いけど報酬もなく自治をしなければならないのならただの負担でしかない。誰もそんなことはしたがらないだろう。


 そこで議会を開いて都市の自治をしているわけだけどもしどこかの商会の代表一人で全てを決めていたら当然自分の商会が有利になることばかり決めるだろう。だからそれをなるべく多くの者が納得出来るように利害調整しつつ都市運営を行なっている。


 A商会は運送業で優越、B商会は海運で優越、C商会は小売で優越、こんな風にそれぞれが納得いくように調整しているわけだ。


 だから議会はあくまで議員を出している商会や組合の利害調整が主になっている。その結果として都市運営もされているような感じだ。でもそれじゃ致命的な問題が起こった時にうまく対処出来ない。


 普段なら海運業のために港を整備しましょう、とか、運送業のために街道を整備しましょう、と話し合いで予算が組まれる。だけどもし大地震であっちもこっちも全て一度に潰れてしまったら?誰もが自分に関係ある所に先に予算を回して修復しろと言うだろう。そうなれば途端に議会は回らなくなる。


 それに問題は自然災害だけじゃない。それこそ外敵がやってきたらどうする?町が破壊されたり占領されたら自分達の財産も命も危ないかもしれない。だけどだからって町を守るために自分の私財を投げ打って傭兵を雇って守りますなんて殊勝な人間が何人いることだろう。


 当然誰かがやれ、とか、町の予算でやれ、という。だけど予算も無限ではないし誰が責任と権限を持ってそれらを行なうのかということになる。中には傭兵を雇う予算があるなら○○の整備をしろ、なんて馬鹿な要求をする者だっているかもしれない。


 平時の利害調整にならそれなりに有用な議会も非常時には何の役にも立たないどころかかえって足を引っ張る結果になる。かといってどこかの領主の下に降るわけにもいかない。それを決めるのは自分達ではなく自由都市の権利を保障している権威だ。だから自分達だけで勝手に決めることは出来ない。


 そこで便利なのがカンザ同盟だ。自由都市という看板は下ろすことなく、カーン家やカンザ商会という武力の後ろ盾を得ることが出来る。代わりに都市の運営や税収管理も託すことになるけどどうせ重荷でしかなかった自治など人に任せても問題はない。治める領主、つまりこの場合俺が無茶な法を決めたりしない限りは勝手にやってくれというもんだ。


 もちろん俺が支配したからと滅茶苦茶な税を課したり、既存商会や組合に一方的に不利な法令や制度を作れば反発はするだろう。でもこれまでの俺の統治をどこかから聞いていればそんな無茶はすまいという判断もあるに違いない。


「一つ……、先に言っておきますがカーン家やカンザ商会にはここに大軍を送って駐留させたり防衛させたりするような兵はいません。それは理解しておいてくださいね」


「大丈夫です!カーン様が統治してくださるのであればポルスキー王国もモスコーフ公国も敵ではありません!」


 だからそれが困るんだって言ってるのに……。


 確かに海戦は相当出来るだろう。カーン家商船団の新型艦隊はハルク海のみならずこの世界でも最先端かつ最精鋭だと思う。同数以下の敵が相手ならばカーン家商船団が負けることはまずあり得ない。だけどそれでも敵の数が多ければ話は別だ。


 カーン家商船団はまだ数が圧倒的に足りない。ホーラント王国海軍がどれほど船を保有しているのかはわからない。単艦の戦闘能力は比べるべくもなくうちの方が圧倒しているだろう。だけど数には敵わない。一度に積み込める大砲の弾には限りがある。全て撃ち尽くせばただの船だ。


 カーマール同盟に関しては確実にカーン家商船団では勝てない。それは船の数が圧倒的に違いすぎるからだ。一回、二回、小規模な海戦で勝つことは出来るだろう。それこそ大砲の有用性や使い方を知らない相手に緒戦では大勝出来るに違いない。


 でも砲弾数に限りがあるという弱点を見抜かれたり、小規模海戦での消耗を避けて大艦隊による一斉攻撃を受ければ今のカーン家商船団ではまったく勝ち目がない。


 さらに陸軍はもっと状況が悪い。カーン騎士団といつの間にか呼ばれているうちの陸軍は総数があまりに少ない。カーン騎士爵家の規模や人口から考えたら当たり前だ。いくら陸上用の大砲を装備しているといっても所詮数門や数十門の大砲で何万もの大軍は抑え切れない。国家規模どころか地方の大貴族を相手にしても戦えないだろう。


 架橋船とかポンツーン船とか小細工は色々している。あれもまだ改良の余地はあると思うけど自画自賛じゃないけど良い発明だ。あれらは使いようによってはこの世界の常識すら覆してしまうだろう。それでも総数が数百やそこらしかいない兵ではどうしようもない。


 カーン騎士爵領内ですらそんな程度の軍備なのにカンザ同盟各都市に防衛出来るだけの戦力を今すぐ置くなんてことは不可能だ。


 もちろんこれから整備していくことは吝かではない。むしろ俺が税を徴収して都市を運営していくのならば当然各都市にも自衛戦力を育てる。でもそれは長い年月がかかることであって今日カンザ同盟に入ったから明日から万全の守りですというわけにはいかない。


「ですからカンザ同盟に入ったからと今日明日から急に兵を送るということは出来ませんよ」


「わかってますって!大丈夫です!ホーラント王国の海軍を壊滅させたカーン家、カンザ商会に手を出そうなんて輩はそうそういませんよ。ケーニグスベルクだって今日明日にでもすぐ攻められるというわけではありません。カンザ同盟の威光が効いている間にカーン様が兵を育ててくだされば良いのです」


 それはそうかもしれないけどそう簡単にいくとは限らない。はっきり言って良い予感はしない。むしろこれは何かのフラグじゃないかとすら思える。


 だけどだからってこのままケーニグスベルクを見捨てるという選択肢もまたあり得ない。ヴィスベイやルーベークだけなら別の事情があったからだと言えるかもしれない。だけどダンジヒまで受け入れた今となってはケーニグスベルクだけ断るというのは筋が通らない。


 今後色々と面倒が起こるだろう。まず最低でもプロイス王国にはカンザ同盟について説明しなければならない。そして場合によってはその際に俺は取り調べを受けたり何らかの罰を受ける可能性もある。


 今回カンザ同盟に加わった各地は様々な問題を抱えていた。それを俺が丸ごと抱え込んだようなものだ。ダンジヒはまだしもケーニグスベルクはそのうち問題が起こるだろう。それこそ国家間紛争レベルの……。


 それはわかっていても俺は黙ってこの状況を受け入れるしかない状況だった。



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[一言]  兵力拡充は難しい問題ですよねぇ……。  何の生産性も無い「専業兵士」を養うには、食料生産率の頸木からは逃れられませんし。  自由都市からの“援助”があったとしても、カーンブルグ周辺の兵士…
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