第二百十一話「夜這い!」
カタリーナの美しい素肌が露わになる。その素肌はこの世界ではカンザ商会とクルーク商会でしか扱われていない下着で隠されていた。
「カタリーナ……」
シュルリ、シュルリと……、一枚、また一枚と脱ぎながらこちらに近づいて来る。見えている下着はとてもセクシーなもので、よくこんなものが売っていたなと思うようなものだ。
フリフリでスケスケで……、俺がデザインした下着にはこんなセクシーなものはなかった。誰か別のデザイナーが考えたものだろう。元々はこの世界には下着らしい下着はなかった。それが俺がデザインしたものだけじゃなくてこうして違うデザイナーのデザインのものまで出始めているのは良いことだ。
って、そうじゃないだろう。カタリーナのせいで混乱していて考えがまとまらない。こんなことを考えている場合じゃなくて……。
「フローラ様……」
「カタリーナ……」
とうとう下着だけになって俺の目の前に立ったカタリーナはそっと俺の頬に手を伸ばしてきていた。まるで吸い寄せられるようにカタリーナの瞳から目が逸らせない。少しひんやりしているカタリーナの手が俺の頬に触れる。そのままカタリーナの顔が近づいてきて……。
「ちょっと待ちなさい!」
「抜け駆け禁止ですわよ!」
「僕も混ぜてもらおうか!」
「おじゃまします……」
ドーンッ!と扉が開かれて四人の人物が次々と俺の寝室に雪崩れ込んできた。一瞬逆光と、急に暗闇にいたのに明かりが差し込んで目が眩んだけどそれが誰であるのかは考えるまでもない。
「ちっ!」
カタリーナさん……、今舌打ちしませんでした?さっきまでの妖艶な雰囲気はどこへ行ったのやら……。
「ちょっとカタリーナ!あんたが皆に抜け駆け禁止で一緒にフロトを襲おうって言ってたんでしょ!そのあんたが裏切るってどういうことよ!」
「落ち着いてください。私は何も違反していません」
物凄い剣幕で迫るミコトにカタリーナはサラッと答えた。よくミコトにあれだけの勢いで迫られて平然としていられるものだ。俺ならもっと……。いや、それは考えるまい。
「どこがどう違反していないと言われるのかご説明願えますわよね?」
「はい。これはフローラ様を襲っているわけではなくただメイドとして疲れ悩んでおられる主人を慰めているだけです」
…………俺は皆の言っていることがあまりわからないけど、それでも何となくわかってきた。時々聞き捨てならないことを言っているけどどうやら皆で俺を襲おうと約束していたようだ。それで抜け駆け禁止だと言っていたのに今こうしてカタリーナだけ抜け駆けしてやってきたと。それに怒った皆が乗り込んできたわけだ。
それで抜け駆け禁止を破っただろうと言われているカタリーナの回答は自分は抜け駆けしていない。ただメイドとして主人を慰めていただけだと……。それを抜け駆けって言うんじゃないですかね?
皆誰も納得していないようでさらにカタリーナに詰め寄っている。それはそうだろう。事情がよくわからない俺が聞いてもカタリーナの言っていることは滅茶苦茶だ。メイドとしてはとても優秀なんだけどカタリーナは時々滅茶苦茶になる。いくら何でもそれは通らないだろうということを平気で言う……。
何でこんな子に育っちゃったんだろう?やっぱりヘルムートの教育が悪かったんじゃないか?俺と一緒に居た子供の頃はもっと素直で良い子だったのに……。俺と離れてロイス家で教育されたり、ヘルムートに教育されている間にこんな子になってしまったに違いない。
まぁ……、昔は栄養失調で全体的にはガリガリなのにお腹だけぽっこり出た残念な感じだったのに、今はお腹はかなり引き締まっている。それでいて胸はきっちり育っているようだし体の成長はきちんとしてくれたようだ。
もちろん俺達の中ではまだまだ胸も小さいしお腹もまだぽっこりしている。肉体労働者のルイーザや騎士で鍛えているクラウディアは引き締まった体だ。それに比べたらまだ体は緩い方だけど特に気になるほどではない。
「それを抜け駆けっていうのよ!」
「言い訳にもなっておりませんわ……」
ミコトとアレクサンドラは怒ったり呆れたりしている。だけど残り二人の反応は少し違うようだ。
「まぁまぁ、いいじゃん。幸いまだ手は出していなかったようだし、今から皆で楽しもうよ」
「…………」
クラウディアは自分も脱ごうとしているしルイーザは顔を真っ赤にしてモジモジしているだけだった。
「今から皆でフロトに襲い掛かるのは良いわよ。だけど例えまだ手を出していなかったとしても抜け駆けしたのは事実でしょ!それはそれ。これはこれよ!」
今から皆で俺に襲いかかるのかよ……。
「そうですわね。今からフローラさんを襲うのは良いですけれど、自分は皆さんに抜け駆け禁止と言っておきながらその虚を突いて自分だけが抜け駆けするなんて許せることではありませんわ」
アレクサンドラさんも襲うのは良いんですね……。つまり結局俺は皆に襲われると……。
って、それを聞いてただ黙って一方的に襲われるとでも思っているのか!そもそも何で俺が皆に襲われなきゃならないんだ!襲うってあれだよな?お礼参りとかじゃないよな?にゃんにゃんするって意味の襲うだろう?カタリーナは脱いでるしクラウディアも脱ごうとしているし、そういうことだよな?
「ちょっと待ってください。そもそも私を襲うって何ですか」
「「「「「フロトは黙ってて!」」」」」
「はい……」
あるぇ?何か俺が一番立場が弱くないか?何で?しかも俺はカタリーナに襲われそうになった方だよな?それなのに何で俺が怒られてるんだ?
「はぁ……」
もう溜息しか出ない。未だに皆はカタリーナが抜け駆けしただのしてないだのと揉めている。
「フロト……」
「ルイーザ?」
そんな皆の争いの輪から離れてルイーザが俺のベッドに腰掛ける。しなだれかかって俺の肩に乗せられたルイーザの髪から良い匂いがしていた。お風呂に入ってきたんだろう。ほんのり湿っているような気もする。
「えへへ……、私はこうしてるだけでも十分幸せだよ」
「ルイーザ……」
ちょっと影のある笑顔でそういうルイーザにキュンとしてしまった。
「そんな顔をしないでルイーザ……」
「ありがとう……。でも私は昔に一度フロトを傷つけてしまったから……、だからこれだけでもいいの。これ以上なんて望めないよ」
ルイーザはまだ昔のことを気にしていたのか……。そういえばルイーザはいつも俺達から一歩引いたような態度のことが多かった。あれは自分が平民で貴族達に囲まれているからというだけじゃなかったんだ。俺への負い目でどうしても他の皆みたいに俺に接することが出来なかったんだ……。
「ルイーザは何も悪くありません。もう気にする必要はないのです。私がそういうのだからもう自分を責めるのはやめてください」
「フロト……」
俺は……、ベッドに腰掛けて俺の肩に頭を預けているルイーザを抱き締めていた。成長期の俺達の中で年上だから体は一番大きい。体が大きいっていっても身長が高いとか太っているという意味じゃない。胸もお尻も大きくて女性らしい体つきになっているという意味だ。身長はクラウディア、胸はアレクサンドラの方が大きいけど何というか全体的に女性的というか……。
だけどこうして抱き締めてみればなんて細いんだろう。確かに体はグラマーで色々大きいけど……、それでもやっぱり女の子の体で……、軽くて小さくて細い……。こんな体で家族を養って、農場や牧場の子供達の面倒もみて、俺への負い目も背負って……、いっぱい……、いっぱい背負っている。
「ルイーザ……」
「フロト……」
少しだけ抱き締めた体を離して真っ直ぐ見つめ合うとルイーザはうるうると潤んだ瞳で俺を見ていた。その顔は赤く染まり僅かに震えている。そのルイーザに引き寄せられるようにフラフラと顔を近づけて……。
「って、コラー!そこ!何抜け駆けしてんのよ!」
「そうですわよ!こっちが今話している最中ですのに何をしてますの!」
「フローラ様……」
「あ~……、しまったなぁ。僕もそっちに混ざってればよかったよ」
「ひぃっ!」
ルイーザとキスしそうになっていた俺は皆に責められて青褪めた。特にカタリーナ!怖い!怖すぎる!一番何も言ってないんだけど一番怖い!
「やっぱりカタリーナを追及するのは後回しね!このままじゃ他の人に奪われちゃうわ!」
「そうですわね……。ここは一時休戦ということでまずはフローラさんを……」
「ちょっと待ってください!そもそも襲うのなら私が皆を襲う方でしょう?」
「「「「「…………」」」」」
俺がそう言うと皆ピタリと止まってお互いに顔を見合わせていた。さっきまで揉めていたカタリーナまで一緒になってだ。
「何言ってるんだい?」
「どう考えてもフロトが襲われる方でしょ?」
「フローラさんが手を出してくれるような甲斐性がおありですか?」
「そんな度胸があったらとっくに手を出してくださっていますよね?」
「…………」
ルイーザは何も言わないけどその表情でわかる。つまり言いたいことは同じというわけだ。
「皆酷すぎません!?」
「「「「「事実だし」」」」」
「…………」
もう何も言えねぇ……。俺が男で……、俺が女の子を襲う方で……、だから……、だから……。
「うわぁん!もう知りません!」
俺はベッドに寝転がると頭から布団を被った。
「フロト!布団に入るなら私も入れてよ!」
「フローラ様!」
俺が蓑虫のように包まった布団を皆が引っぺがそうと群がってくる。でも絶対に出てやるもんか!皆の馬鹿馬鹿!
「しょうがないな……。皆、今日は添い寝で我慢しておこうよ」
「そうね……。もうそれでいいわ。いい加減眠いし」
「そう言いながら抜け駆けしてフローラさんとキスしようとするような不届き者が出るんじゃありません?」
「私はフロトと一緒に寝られるだけでもうれしいな」
「…………」
今度はカタリーナだけ何も言わない……。絶対カタリーナは何かを狙っている!
「っていうかベッドに乗ってこないでください!もう皆自室に帰って!」
「機嫌直してよフロト~」
「そうそう。フロトが襲われる方だってのはもう皆知ってることよ?」
全然慰めになってない!むしろ余計悪い!
「まぁもう良いではありませんの。本当に今日はただの添い寝だけにしておきましょう」
「そうだよね。そっとしておくことも大事だと思うよ」
それも慰めじゃないよね!?ただ自分の欲望に忠実なだけだよね!?ちゃっかり俺の横で寝てるし!布団は被ってるけど見えてなくても今ルイーザが俺の横に寝そべったことくらいはわかるぞ!
「ハァ、ハァ……、フローラ様……」
そしてカタリーナさん!怖い!ハァハァ言うのやめて!本当に怖いから!君は一体何を狙っているんだ!?何も言わないのが余計に怖いってば!
結局……、モゾモゾと皆が俺の周りにくっついて寝そべっている。まだ頭まですっぽり布団に包まったままだけど周りを完全に囲まれていることくらいはわかる。
でかくて広すぎると思っていた俺のベッドもこうして六人もが上に乗ると結構狭い。これじゃ容量オーバーだ。
「ベッド狭いわね……。アレクサンドラもっと寄ってよ」
「それは私ではありませんわ」
「え?じゃあこれ誰よ?」
「それは僕の足だよ」
皆がモゾモゾと動いている。寝るなら寝るであまり動かず静かにして欲しい。六人寝れるだけでも十分広いベッドなんだろうけど狭い。俺は真ん中だからベッドから落ちることはないと思うけど狭いことに変わりはない。
「そういうミコトこそもう少し寄ってくださいな」
「あのね……、さっき私が触ってたのがアレクサンドラじゃないのに私がアレクサンドラに触ってるわけないでしょ?」
「アンッ……!それ……、私の胸……」
今の声は!ルイーザの艶っぽい声に俺の好奇心がムクムクと擡げてくる。
「道理で柔らかくて大きなものだと思いましたわ」
「そういうアレクサンドラの方が大きいじゃない……」
ルイーザは胸が大きいと言われるのが恥ずかしいのか小さな声で少しだけ抗議していた。まぁ言い返したい気持ちもわかる。ルイーザは確かに大きい方だけど俺とアレクサンドラには敵わない。アレクサンドラは本当に大きな胸をしている。
この日は結局皆で狭いベッドの上で押し合いへし合い眠れない夜を過ごした。でもとても楽しかった。
そしていつの間にか俺も悩んでいたのなんて嘘のように落ち着いた気持ちで眠りに落ちていた。これも皆のお陰だ。もしかしてこうなることを狙っていたのかもしれない。やっぱり……、皆には敵わないな。俺の可愛いお嫁さん達に感謝だ。




