第二百十話「同盟拡大中!」
ルーベークに出向いてから一週間、まともに休める日もない。毎日毎日書類とにらめっこして人と会って難しいことを決めていかなければならない。俺がまた王都に行くまであと二週間もないほどだ。その間にカンザ同盟を形にしてしまわなければならない。
ルーベークの対応は早かった。あの時の議員や議長は全員捕まり今も取調べを受けている。全員相当重い罪になるのは確実だ。俺が侮辱罪や国家反逆罪の訴えをする以前にすでにルーベーク議会の不正や腐敗は酷いものだった。
議員や議長である立場を利用して不正をやりたい放題。また議員や議長に便宜を図ってもらうために不正な献金や裏金を渡していた者達も大勢芋づる式に摘発されている。
ルーベーク市民にとっては議会の不正は公然の秘密だったようだけど逆らえる者もまたいなかった。だから半ば公然とそれらは行なわれ、次第に大胆になっていったようだ。
主な容疑は職権乱用や脱税だ。ただ現代日本じゃそんなものは大した罪にはならない。だけどここではそれは通じない。極端に言えば脱税は死刑にされても文句を言えない大罪になる。
理由は簡単だろう?全員から税を集めることで国家は成り立っている。税負担の公平性や国家が国民に税を課す根拠にもなる。それを犯し自らの私腹を肥やすなど言語道断。本来許されるような軽い罪ではない。国家の税制を誤魔化すということは国家体制そのものを否定し犯す大罪だ。
それからルーベーク議会は正式な議案としてカーン家、カンザ商会に損害賠償請求をすると全会一致で可決してしまっている。俺への言動による侮辱罪は俺の証言以外は証拠がないとしてもこちらは自分達でご丁寧に証拠を残してしまっている。
俺への侮辱罪はまぁ半分どうでも良い。もし他に罪状がなければ訴えてやってもよかったけどこれだけあれこれ罪が出てきている中でそんなことを付け足してもあまり意味はないことだ。
そもそも証人は旧議会側の者達しかおらず被害者側の証人はいない。訴えるにしても被害者である俺の証言だけになる。もちろんそれでも十分罪に問えるけどそうすると後で面倒な言いがかりをつけられる余地を残すことになる。
現代でもよくある話だけど言った、言わない、やった、やってないの水掛け論は中々結論が出せない。そして俺は権力側で、俺の証言だけでその罪に問えるとなると後々に公権力による弾圧だの議会潰しだのと騒ぐ輩が湧いてくるのは目に見えているだろう。
だから俺は無理に侮辱罪で訴えようとは思わない。色々と状況証拠や周囲の評判はあるけど、それでも権力者ガー!とか言う奴につけ込まれる余地を完全に失くすことは難しいと判断した。
それに前述通り議会が可決した議案がある。あれは完全にルーベーク議会が全会一致でカーン家、カンザ商会にありもしない被害を請求するという内容が自分達の手によって残されている。脅迫罪と詐欺罪は間違いなく適用されることになるだろう。
そしてそれは国家反逆罪にも繋がる。確かに自由都市には他に侵されない権利があるかもしれないが、だからって貴族の権利を侵しても良いという理由にはならない。あの議案は貴族の権利を侵害し現統治体制を否定するものでありそれは国家反逆罪に他ならない。彼らの一族郎党が皆殺しになるのは確実だ。
「ふぅ……」
「お疲れのようですね」
俺が書類を処理しながら溜息を吐くとグスタフが声をかけてきた。ヴィスベイがあるゴスラント島はカンザ同盟に入ることになりグスタフはゴスラント島統治の代官としてヴィスベイに戻ることになる。
別にゴスラント島を俺の支配下に置こうというつもりはなかったのに頑としてグスタフが譲らず、結局ゴスラント島の統治者はフロト・フォン・カーンとなりグスタフはそこの代官という形に落ち着くことになった。俺はグスタフとラモールに配下になれとは言ったけど領土を寄越せとは言ってないんだけど……。
ゴスラント島がプロイス王国やどこか他の国の領地だったら大問題だっただろう。だけどゴスラント島はどこの領地でもない。そして俺が自分の国の外に領土を持っても許される。
例えば俺がプロイス王国内で他の領主貴族の領土を奪ったらプロイス王国中を敵に回すことになるだろう。まったく奪えないということはない。方法は色々ある。だけど理由もなく勝手に領土を拡張したいからと隣の領にでも攻め込めば途端に俺はプロイス王国から犯罪者として追われることになる。
それに比べて国外に領土を持つことは比較的寛容だ。例えばイギリス王はフランスにおいて広大な領地を有するフランス王の家臣だった頃がある。またプロイセンやオーストリアは神聖ローマ帝国の領域外に領土を持っており、神聖ローマ帝国内では皇帝の臣下であっても神聖ローマ帝国領域外の領土に関しては王でもあった。
他にもデンマーク、スウェーデン、ノルウェーの王が同じ人、同君であったりとか、どこかの国の家臣だった者が他国で王になったり、国外に領土を持っていたり、何かに任命されていたり、そういったことはザラにある。
プロイス王国でも俺がゴスラント島を征服して支配しても法律上、何の問題もない。これが例えばゴスラント島がどこかの国の領土で俺が勝手に攻め込んでその国と争いになったというのなら大事だけど、幸いにもというかゴスラント島はどこの領土でもない。ゴスラント島はゴスラント島であり、その領主が俺になったというわけだ。
「そう思うのならグスタフがゴスラント島の領主をしてください。私としてはただカンザ同盟に加盟してもらえばそれで良いのですよ……」
何故俺がゴスラント島の領主までしなければならないのか……。余計な仕事は増えるし……、まぁ収入も多少は増えるし利便性は上がるけど……。統治はせずに利益だけ得るのが理想であって俺の領地にしてしまうのは面倒が増えるだけだ。
「それは出来ません。我々はもうフロト様の家臣です」
「はぁ……」
また溜息が出る……。これじゃ俺は相当早く老けるんじゃないだろうか……。
「まぁまぁ!良いではありませんか」
「全然良くありません。ラモールはどうしてそんなに上機嫌なのですか……」
ここにはグスタフともう一人、ラモールがいる。キーン別邸の俺の執務室だというのにこの二人は入り浸っていた。まぁ仕事があるから仕方がないんだけど……。
ホーラント王国の海賊達は全員処刑された……、ということになっている。もちろん実際には捕まえた捕虜達は生きている。というより俺の配下に収まった。
俺の説得が効いたのかラモールとその配下は俺に忠誠を誓うことになった。ただし条件がある。それは俺がホーラント王国を攻める際に彼らを従軍させ、出来ることなら先鋒も任せること。もちろん先鋒を任せられるかどうかは作戦やその時次第だから絶対とは言えない。あくまで可能な限りという但し書きだ。
そして彼らがホーラント王国攻略において功績を挙げればホーラント王国での立場や領土を与えることになっている。別に彼らは祖国を裏切って今いる王族や上層部をぶっ殺して乗っ取ってやろうっていうわけじゃない。むしろ今でもホーラント王国に忠誠を誓っているからこそのことだ。
もし俺が、プロイス王国の勢力だけでホーラント王国を攻め滅ぼしてしまえば苛烈な支配をしないとも言い切れない。もちろん俺はそんなことをするつもりはないけど彼らにはそれを確かめる術はないからな。それに敗戦側が支配されるのは世の常だ。
そこで自分達が俺に加担し、功績を挙げて、ホーラント王国支配の体制の中で高い地位を得たり、ホーラント王国内に領土を得ることでホーラント王国を救おうとしている。
もちろん俺が彼らとの約束を反故にしない限り彼らもまた俺にも忠誠を誓ってくれる。多少の打算や他の忠誠の対象はいるとはいえいきなりこれだけの水兵と提督を手に入れられるというのなら悪くない取引だ。
まだお互いに完全に信用は出来ていない。それはこれからお互いに人となりを見て信頼を深めていくしかないことだろう。こちらも万が一裏切られた時のために色々と保険はかけている。それらが役に立つ日が来ないことを願うばかりだ。
とにかくグスタフとゴスラント島のこと、ラモールと配下達のこと、ルーベークとカンザ同盟と、とにかくやることが多すぎて暇がない。それなのにさらに今日はある人物と面会だ。また面倒事の予感しかしない。
コンコンッ
とノックされてその人が入ってくる。グスタフとラモールに目で合図を送ったけどその人、ヴィクトーリアは二人が同席でも良いと言ってきた。
「それで……、本日は一体どのようなご用件でしょうか?」
この前もヴィクトーリアには嵌められたばかりだからな。こちらも警戒してしまう。悪い人ではない。敵でもない。むしろ俺のために色々としてくれている。だけど面倒事を持ってくるのはやめてもらいたい。
「そう警戒しないでください。今日は良い話を持ってきただけですよ」
あ~……、完全に良い予感がしない。ルーベークの時だってそんなようなことを言ってて碌な話じゃなかったじゃないか。今でもまだルーベークの後始末で大変だ。ルーベークは完全に議会を解散してしまって統治をカンザ同盟に預けているからな。つまり俺が管理しているも同然だ。
「どのような……、お話でしょうか?」
「ええ。その前に、フロト様はダンジヒを御存知でしょうか?」
ダンジヒ?もちろん知っている。ルーベークからずっと東に行った沿岸にある自由都市だ。貿易船の中継の流れとしてはルーベークを出た貿易船はダンジヒに寄港してからヴィスベイに渡り、ヴィスベイからさらに東方に進むハルク海貿易を行なう者が多い。その主要ルート上にある要衝だ。
「もちろん存じておりますがそれが何か……?」
「はい。実は……、ダンジヒも今回の件を受けてルーベークやヴィスベイと同じようにカンザ同盟に加盟してフロト様にその統治をお預けしたいと……」
「ちょっ!ちょっと待ってください!」
このお婆ちゃんは何を言ってるんだ?ダンジヒもルーベークのように俺に支配しろというのか?勘弁してくれ!
今いきなりゴスラント島やルーベークが管理下に入って増えただけでもてんてこ舞いなのにこれ以上増えたら手が回らない。
「今これ以上増えたら手が回らない、とお考えでしょうか?」
……読まれてる。まぁ表情に出ていたかもしれないな。
「ですがそれは間違いです。どうせ増やすのならば今まとめて増やすべきです。今ならば処理も一緒に行なえるでしょう。あとからあとから追加で増える方が手間が増えてしまいますよ」
「それは……」
それはそうかもしれないけど……、でもなぁ……。もうこれ以上領土や管理地は欲しくない。……って、そうも言ってられないんだろうな……。カンザ同盟を立ち上げた時点でこうなるしかなかったんだろう。そしてそれはヴィクトーリアの狙い通りでもあるんだろう。
ヴィクトーリアはこうなることがわかっていた。いや、こうなるように仕向けていた。そして俺が見事ルーベークを傘下に収めたらダンジヒの件も交渉を纏めて俺に持ってくるつもりだったんだろう。全てはヴィクトーリアの掌の上であり、そして俺にはそれを断る術はない……。
「はぁ……、わかりました……。ダンジヒとも前向きに交渉してみましょう」
まだ俺の支配下に置くとは言わない。一応直接代表とでも会って話をしてからだ。でなければこんな所で契約書も読まずにサインするようなことは出来ない。
「さすがはフロト様です」
にっこり微笑んだヴィクトーリアにそう言われても素直に喜べなかった。
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ここ最近は毎日が猛烈な勢いで過ぎていく。毎日毎日暇もなく、とにかく忙しく過ぎていく。それが俺には丁度良かった。何故なら……。
「――ッ!また……」
夜、一人になると……、嫌なものが見えてゆっくり眠れない。日中でも一人でぼーっとしているとそんなことがある。だから今のように暇もなく忙しいのは助かる。余計なことを考える暇もなくとにかく忙しく働いて……、一人で余計なことを考える暇もなく泥のように眠る。それが今の俺にはありがたい。だけど……、どうしても時々はこういう時がある。
俺は……、大勢の人間の命を奪った……。俺の目は捉えていた。視力も動体視力もかなり良いからはっきり見えていたんだ。
反航戦でカーン砲の砲撃を受けて死んでいく人間達。沈む船に巻き込まれ渦に飲まれて沈んでいく人間達。俺の土魔法で吹き飛びバラバラになる人間達……。
あの時は何も感じていないのだと思っていた。その後も特に気にしていないのだと思っていた。でもそんなことはなかったらしい。こうして一人になると……、考える時間が出来ると今頃になって体が震えてくる。人を殺してしまった罪悪感や嫌悪感に吐きそうになる。
情けない……。こんなものはまだ始まりだ。俺はこれからもっと……、それこそ今度はこの手で直接人を殺さなければならないかもしれない。それなのに……。
「フローラ様……」
「えっ?カタリーナ?」
いつの間に?ここは俺の寝室だ。カタリーナが勝手に入ってくるなんてことがあるはずもない。はずもないのに今目の前にいる……。
「良いのですよフローラ様。その苦しみを私にも分けてください。私にも背負わせてください」
「カタリーナ……」
シュルリ、シュルリと……、服を肌蹴ながらカタリーナが俺のベッドに近づいてきていた。




