第二百九話「演説!」
「続いてはディエルベ川をご覧ください」
案内の声に誘われて、港に詰め掛けていた観衆はディエルベ川の方を向いた。城塞都市というわけではないルーベークからは少し西を見ればすぐにディエルベ川が見える。
「おい、何だあの船は?」
「変な形~」
海からも上流からも河口付近へと集まってきた中型の船に観衆は疑問の声を上げる。しかしその謎はすぐに解かれることになった。
「なっ!船が縦に並んで繋がっている!?」
今やってきた奇妙な形をした中型船は両岸を結ぶように縦に並んでいた。船同士も動かないように乗り手が手早く連結していく。すると平だった船の上部が全て繋がっているではないか。それはまるで突然そこに橋が出来たかのようだった。
「あそこを渡ろうってのか!?」
その連結された船の上を騎馬隊が進んでくる。幅も狭く揺れているであろう船の上を騎馬隊が一糸乱れぬ行軍を行なっている。さらに騎馬隊の後ろには歩兵が続いた。その行軍は綺麗に、完璧に揃っていて隙がない。
ルーベークでも傭兵を雇って戦争を行なうことは多々あった。今も町の治安維持に立っている兵士達もいる。しかし明らかにそんな者達とでは練度が違う。揺れる細い船の上の道を乱れることなく行進してくる姿はその兵達がいかに精強な兵であるのかを示していた。
「歩兵の後ろに続いているあれは何だ?」
「あれは……、さっき海賊船を攻撃していたものに似ているぞ!」
「似ているんじゃない!あれと同じだ!」
騎馬隊が進み、歩兵が続き、その後ろには荷車のようなものに乗せられた黒い筒のようなものがあった。それもまた船の上の橋を渡ってくる。橋を渡り終えた軍は町を練り歩く。その格好良い姿に子供達は大はしゃぎで歓声を上げていた。
「お察しの通りこちらは先ほど海賊船を沈めたカーン砲の陸戦仕様でございます。それでは大きな音がしますので近くの方はご注意ください。……撃てぇ~~!」
その合図と共に……
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
港から海に向けて並べられた陸戦用カーン砲が次々に火を噴いた。遥か沖の方で着弾の水飛沫が上がっている。
「あんなに届くのか!」
「すごい……」
「船だけじゃなくて陸でも使えるなんて……」
観衆はそのことにとてつもない安心感を覚えた。もしまた海賊達がやってきたとしてもこのカーン家商船団とカーン騎士団が守ってくれる限り絶対に安心だ。ホーラント王国の海軍など目じゃないことははっきりとわかる。
「皆様、続いては港の両側にある砂浜をご覧ください。あちらでこれよりカーン家商船団による揚陸作業を行ないます」
「へぇ!」
「どれどれ……」
観衆達は興味津々に港の両側にある砂浜を眺める。港湾都市だけあってルーベークの者達は海の仕事に関わっている者が多数いる。それらの者は揚陸作業がどれほどよく出来ているのか見てやろうという気になっていたのだ。
「何だあれは?」
「また変な船が……」
揚陸作業を開始すると言っていたのにカーン家商船団はまず普通の短艇ではなく奇妙な形をした船を下ろしていた。その船が砂浜に乗り上げてくる。
「あの船はポンツーン船と申します。揚陸作業をより効率的に行なうために即座に臨時の浮き桟橋を設置するための船です」
ポンツーンの名前の通りその船は船自体が即座に浮き桟橋になる船である。砂浜への揚陸作業は揚陸用の短艇がいちいち砂浜に乗り上げていては作業効率も悪く労力もかかる。そこでまずはこのポンツーン船が砂浜に乗り上げ、即座に浮き桟橋を設置し、浮き桟橋に短艇をつけることで揚陸作業の効率化を図っているのである。
また浮き桟橋があれば荷物や乗組員が濡れないという利点がある。濡れても良いものならばいいが濡れて困る物を揚陸するのならばこの浮き桟橋は非常に有効だった。
浮き桟橋をつけるのならばそこを攻撃すれば揚陸を妨害しやすいかと言えばそうではない。確かに効率化や時間短縮のために浮き桟橋を設置しているが、敵がそこを襲ってくるのならば通常通りに砂浜に直接短艇が乗り上げれば良いだけだ。浮き桟橋という固定の目標があるから襲われやすいというデメリットにはならない。
「早い!もうあんなに揚陸しているぞ!」
あっという間にカーン家商船団から荷物が揚陸されていく。それと同時に兵達が動き回り何やら火を起こし始めていた。
「あれは一体?」
「何をしているんだ?」
「料理?何やら良い匂いが……」
揚陸された荷物を解き動き回っている兵達は火を起こして料理をしていた。その匂いにここ最近海上封鎖の影響によって食料も制限されていたルーベーク市民達は腹の虫が騒ぎ始めていた。
「そろそろ皆様も我慢の限界かと思います。皆様、これよりカーン家による炊き出しを行ないます。左右の砂浜に分かれてお並びください。炊き出しは十分な量があります。押したりせずお互いに譲り合ってお並びください」
「わぁ~!」
「やったぁ~!」
それを聞いてすぐさま子供達が駆け出す。大人達も皆笑顔になりながらありがたいとカーン家による炊き出しに並び始めた。
「普段町の治安を守っている兵士の皆様も是非炊き出しにお並びください。カーン騎士団とカーン家商船団が守っているルーベークは安全です。どうぞご遠慮なさらずお並びください」
それを聞いて兵士達もお互いに頷きあって並び始めた。誰も気付いていない。今ルーベークには同じ国の隣の領主とはいえ他所の軍が堂々と駐留しているのだ。それなのにそのことに誰も疑問を抱かない。
そういう式典があると通知があったわけでも準備がしてあったわけでもない。それなのに住民達はおろか警備兵達もそこに何の疑問も感じていなかった。普通に考えたら他領の軍が堂々と乗り込んでくるなど一触即発の事態であるにも関わらず……。誰もその他領の軍の動向すら注意していなかった。
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架橋船の上を渡ってきたカーン騎士団の一部は町を練り歩いた後、議事堂へとやってきていた。それを見て議長も議員達も真っ青になって震えていた。
自分達が普段雇っているような傭兵達とでは練度が違う。これほど一糸乱れぬ行軍が出来るということはそれだけ練度が高いということだ。統率もなくただダラダラと開けて歩いている連中と、完全なる規律によって行動している軍とどちらが精強であるのかは考えるまでもない。
「ついに馬脚を現したかフロト・フォン・カーン!武力によってルーベークを奪おうというのだろう!貴様の所業は全てプロイス王家に知らしてやる!覚悟するが良い!」
それでもフェルディナントはそう怒鳴りながらフロトを威嚇する。他の議員達も議長がどうにかしてくれないかと心の中で応援していた。ただそれが火に油を注ぐ行為であるかもしれないが……。
「なるほど……。ではプロイス王国に全てをお話しましょう」
「ふんっ!呼べないとでも思っているのか!私は王都の法服貴族達にも顔が利くのだ!貴様如き騎士爵など……、ヒッ!」
そこまで言いかけて再びフェルディナント議長は短い悲鳴を上げて次の言葉が継げなくなった。笑顔の形が張り付いている少女の形をしたモノを見て腰を抜かしてへたり込んだ。
「まず……、貴方がたの私への言葉遣い、そして待遇、扱い、これらは全て貴族を侮辱するものです。プロイス王国法により定められた侮辱罪にあたります」
「ヒッ!」
コツリと、フロトが一歩近づく。その分だけフェルディナントは這いずって下がる。
「そして……、損害賠償請求。あれは海賊を派遣してきたホーラント王国に請求するべきものです。それをまったく別の相手を脅しつけ屁理屈を捏ねて無理やり請求する。これはプロイス王国法の定める、脅迫罪及び詐欺罪にあたります」
コツリと、さらにフロトが近づいてくる。フェルディナントは議事堂の前に並ぶ議員達の足にぶつかってそれ以上下がれない。議員達も議場の扉が閉じられているために中へ逃げ込むことも出来なかった。扉を開けば良いのだが、開くためには一度フロト側の前へと出なければならない。ただひたすら下がることしか出来ない議員達は一度前に出て扉を開くことは出来なかった。
「また貴方がたの言動及び要求は他領の領主貴族である私の権利を侵害するものです。これはプロイス王国法が定める中でも現統治体制を否定し破るものであり国家反逆罪にあたります。プロイス王国に今回の件を報告するのですよね?もちろん貴方がたは全員が打ち首の上一族皆殺しになりますが……、国家のために自らその首を差し出す覚悟がおありとは……、皆様は素晴らしい国民です」
「「「「「ヒィィッ!!」」」」」
「ちっ、違うんだ。聞いてくれ……。議長……、そう!議長だ!議長が言い出したんだ!我々は議長に逆らえず止むを得ず……」
「そうだ!俺達は関係ない!議長が決めたんだ!」
議員達は何とか助かろうと一人が言い出したことに乗っかって全ての責任は議長にあると一斉にわめき出した。
「きっ、貴様ら!全て私に責任を擦り付けるつもりか!」
「黙れ」
「「「「「ヒイィィッ!!!!」」」」」
完全に表情の抜け落ちた、暗い、地獄の底から響いてくるかのようなフロトの声を聞いて、議長も議員も全員がその場で腰を抜かしてへたり込み地面を濡らした。
「誰が勝手にしゃべって良いと言った?私の許可なく勝手にしゃべるな」
「はいいぃっ!」
鈴を転がすような美しい声でありながらそこに込められた威圧を感じ取り議長も議員も物音一つ立てないほどに静まり返った。
「現在、貴方がたの邸宅や商会、関係先などにプロイス王国の監察官が立ち入り調査を行なっています」
「なっ!」
その言葉の意味がわからない者はいない。ルーベーク議会に名を連ねている者で不正を働いていない者はいないのだ。当然家宅捜索や関係先の書類を押収されるだけでもボロボロと不正の証拠が出てくるだろう。それは即ち……。
「私は次のルーベーク議会の議長や議員の方々と交渉しましょう。皆さんはプロイス王国の法の裁きを受けてください」
「まっ、待て!待ってくれ!」
「動くな!身柄を拘束する!」
「「「ヒィッ!」」」
最早後ろで聞こえてくる声を気にすることもなくフロトは議事堂から離れて港へと向かったのだった。
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炊き出しが行なわれている港の壇上にて、今回のルーベーク開放の立役者である隣の領主が立っていた。ルーベークの住民達の中にはその姿を知っている者も多数いる。カーン領開拓が始まった頃から領主自ら顔を出し取引を行なっていた者達も多数いるからだ。
「ルーベークの皆さん、聞いてください。今回の件でルーベークは海上封鎖され皆さんの生活の糧が奪われてしまうところでした。またゴスラント島もホーラント王国に占領され無理やり協力させられることになったのです」
「…………」
炊き出しを頬張っていた者達もその話題が出てくると暗い顔をし始めた。皆身に染みているのだ。いくら自由都市だ何だといっても一国を相手に渡り合えるわけがない。ホーラント王国のような領土的には小国にですら手も足も出ないのだ。これがフラシア王国や、プロイス王国自身のような大国、そしてカーマール同盟のような海の覇者が相手ではどうしようもない。
「そこでカンザ商会が中心となって各都市による同盟を結ぶこととなりました。最初期参加都市はカーンブルク、キーン、フローレン、そしてゴスラント島ヴィスベイ!これらの都市による同盟、カンザ同盟の立ち上げをここに宣言します!」
「…………え?」
「…………どうしてそこにルーベークの名前がないんですか?」
「ルーベークも!ルーベークも加えてください!」
「どうか私達を見捨てないでください!」
それを聞いた聴衆達は大混乱に陥った。今回カーン家、カンザ商会はルーベークを助けてくれた。当然これから共に手を取り合って助け合っていくものだと、助けてくれるものだと思っていた。それなのに何故その新しい同盟にルーベークの名がないのか。自分達は見捨てられてしまった。そう思って混乱に陥っていた。
「本来は……、今回の海賊討伐をきっかけにルーベーク側から相互協力体制について打診がありカンザ同盟の立ち上げに至ることになりました。ですがルーベーク議会は自分達の権利が失われることを恐れ当初の約束を反故にし、むしろ今回の被害についてカーン家とカンザ商会に賠償金を支払うように要求してきました」
「なっ!」
「助けてくれた相手に賠償請求っ!?」
聴衆達も驚きのあまり言葉が出ない。そんな馬鹿なことをする者がいるのかと思う一方であの議会ならさもありなんとも思う。
「ルーベーク議会には現在プロイス王国からの調査が入っております。私はルーベークと手を切りたくはありません。ですがこちらがいくら手を差し伸べても相手がそれを握り締めてくれなくてはどうすることも出来ません。ルーベーク議会は……」
「そうだ!どうせ今のルーベーク議会の議員達は不正ばかりしている!」
「そうだそうだ!皆も知っている公然の秘密だ!そんな奴等が私腹を肥やすために俺達がこのままカンザ同盟に見捨てられてもいいのか!」
「今こそルーベーク議会の改革を!」
そこからルーベークの住民達の行動は早かった。すぐさまプロイス王国の監査官に協力して現ルーベーク議員達は全員その罪が暴かれ議員から解かれたのだった。




