第二百八話「架橋船!」
式典を見ようと港に集まって海を見ていた民衆達は驚いた。遥か遠くに見えていた船影はあっという間に目の前まで迫っていた。見たこともない巨大船に引き連れられたその艦隊は一糸乱れることなく進んできている。
「おい!ぶつかるぞ!」
もう港に突っ込んでくるのではないかと思うほどに迫っている先頭の四隻がいかに巨大であるのか、そこまで迫られて観衆達には怖いほどにはっきりと感じ取れた。
「ぶつかる!」
船はもう真っ直ぐ港に突っ込んでくる。そう思った瞬間……。
「おおっ!」
「すごい!」
一列五隻が四列に並んでいる艦隊は港に突っ込む直前で二列ずつ左右に回頭した。その動きもタイミングも全て完全に揃っている。港に突っ込むかと思うほどに接近しておきながらこれほど乱れぬ艦隊行動を取るなど相当練度が高くなければ出来ない。ルーベークが港湾都市であるからこそこの艦隊の凄まじさが余計にはっきりと感じ取れた。
二列ずつが左右に分かれた艦隊に続いて中央から一隻のキャラベル船が近づいてきていた。真正面から見ていた者達には前を走っていた四列の真ん中後方に五列目が走っていたことは見えていた。しかし真正面以外から見ていればまるで分かれた艦隊の後ろから突然船が現れたかのように見える。
「おお~~っ!」
そのあまりに美しい艦隊の動きに歓声と拍手が沸き起こる。そして真ん中後方を走っていたキャラベル船は二隻の船を曳航していた。
「あっ!あの船は!」
「ボロボロだな……」
キャラベル船が曳航している船を見てルーベークの人々はそれが何の船であるか即座に気付いた。少し前までルーベーク近海にまでやってきて海上封鎖していた海賊船、いや、ホーラント王国海軍の軍艦だ。
曳航されている二隻の海賊船は一応応急処置は施されているがそれでもボロボロだった。この二隻を拿捕するためにいかに激しい戦闘が行なわれたのか生々しくまざまざと見せ付けられる。
キャラベル船も方向転換し曳航している二隻の海賊船が式典を見守っているルーベーク市民達にもよく見える位置で停止した。それを見てルーベーク市民からさらに大歓声が上がる。自分達を苦しめていた海賊船が討伐された何よりの証だ。それを喜ばない者などこの場にはいない。
「皆様、ご覧の通り『カーン家商船団』はゴスラント島ヴィスベイにてホーラント王国海軍が派遣してきていた海賊船八隻を発見し、戦闘により六隻を撃沈、残る二隻を拿捕し、ホーラント王国の海賊に占拠されていたゴスラント島を開放してきました!」
「八隻!?」
「五隻は確認していたが八隻もいたのか……」
「さっきの艦隊はカーン家商船団っていうの?確かに数は多いけど海賊船八隻を相手に戦えたのかしら?」
港に設置された壇上に立ち解説している声を聞きながらルーベーク市民達はヒソヒソと話し合う。港湾都市であるルーベーク市民にとっては海戦も慣れたものだ。その常識から言えばルーベークを襲っていた海賊船が八隻いたとしてそれを倒すとなればそんな簡単なことではない。海賊船があれだけボロボロなように味方にも相当な死傷者が出たであろうことは想像に難くない。
「皆様の疑問も心配もご尤も。それではお見せいたしましょう。カーン家商船団の力を!」
そう言うとキャラベル船は海賊船の一隻だけを曳航して沖へと出て行った。そこへ先ほど港の直前で回頭した艦隊のうちの一隻、見たこともない超巨大な新型船が戻ってきていた。
港から見ているルーベーク市民達から見て右側に海賊船が、左側に超巨大船がルーベークの方を向いて横に並んでいる。そして……。
「それではご覧下さい!カーン家商船団が誇る『カーン砲』の威力を!」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドドドドドンッ!
その言葉を合図にしたかのように突然鳴り響いた大轟音。超巨大船から火柱と煙が上がっているのが港からでもはっきりと見えた。
「うわっ!船が爆発したぞ!」
「大変だ!」
最初にそれを見た人々は味方の超巨大船が突然火を噴いて爆発したのだと思った。しかしよく見てみればそうではないことに徐々に気付いてくる。
「違うぞ!あれをみろ!」
「海賊船が!」
海賊船の回りに水柱が上がり、海賊船そのものも船体が吹き飛び穴が開いている。あれは超巨大船による何らかの攻撃なのだ。そしてあれだけ距離が離れているというのに一方的にしている攻撃はこれまでの常識を遥かに超えるだけの威力を発揮している。
これまでも接舷する前に矢や弩を射かけることはあった。接舷する前に少しでも相手に損害を与えておくのは当然の発想だ。しかし今目の前で起こっているのはそんなものの比ではない。圧倒的な破壊力を秘めた何らかの攻撃が一方的に海賊船を打ちのめしている。
「ああ!もう傾いているぞ!」
「マストが折れた!もう駄目だ!」
あっという間に……、あり得ないほど一方的に味方の船は海賊船を沈めてしまった。もちろん敵船に船員が乗っていれば応急処置などで対応するだろう。今は無人だから簡単に沈んでいるように思うかもしれない。しかしあれは船員が少し乗っているからどうこうという問題ではない。
あまりに圧倒的。あまりの破壊力。海と共に生きてきたルーベーク市民には信じられない常識を覆す光景だった。
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議事堂前で……、議長も議員達も絶句していた。耳を劈くような大轟音。火柱と煙。そして常識はずれの一方的な遠距離攻撃。
あり得ない。確かにあれならばフロト・フォン・カーンが説明した通り海賊船が八隻いようともいとも簡単に沈没させられるだろう。あの力は世界の常識を覆す。あってはならない悪魔の船だ。
「こっ……、これが……」
カーン家商船団か……、という言葉は継げなかった。
「あんな場所に沈没船があっては邪魔でしょう。私達が開いた式典で沈没させたのですからどけておきますね」
「…………は?」
フロト・フォン・カーンの言った言葉の意味がわからない。確かに邪魔と言えば邪魔なのかもしれないが遥か沖に沈没船が沈んでいることなどよくあることだろう。特に邪魔ということもない。何よりどうしようもないものだ。
様々な条件が揃っていれば引き上げたりどかせたりすることが出来る場合もあるだろう。しかしほとんどの場合はこの世界の技術ではどうしようもない。ただ放っておくだけのことだ。
相当傾き、最早沈没は免れない状況になっている。あれを今から動かすことは無理だ。このまま沈むのを見送るしかない。そのはずだ……。
「土よ……」
フロト・フォン・カーンがそう呟いた瞬間、魔法など使えずその知識もほとんどない商人である議長や議員達にもはっきりとわかるほどに莫大な魔力が渦巻いたかと思うと……。
「ひぃっ!」
「なっ、何だこれは!?」
フロト・フォン・カーンが掲げる手の上にいつの間にか巨大な岩の塊が浮かんでいた。その形は先端が尖っていて細長い。
「貫け」
ただ優雅に、詩でも詠むかのように涼やかな声でそういうと浮かんでいた巨大な岩はあり得ない速度で沈没しかかっている海賊船の所まで飛んでいき命中した。
ドッパァーーーンッ!!!
物凄い音と水柱が上がる。
「きゃー!」
「うわぁ!」
遥か沖で起こった水柱がまるで津波のように港に向かってくる。港に集まっていた観衆は混乱で逃げ出そうとし始めた。しかしその必要はなかった。
「風よ」
またしてもフロト・フォン・カーンがそう呟くと港近くまで迫っていた津波はまるで見えない壁に遮られるかのように何かにぶつかり霧散してしまった。
案内の声が心配ないと言っていたにも関わらずパニック寸前になりかけていた観衆はそれを見て再び大歓声を上げていた。それも一つのデモンストレーションとして理解されたのだ。
その水柱と津波が消えた後には沈みかけていた海賊船の姿はなかった。いくら沈没しかかっていたとはいってもたったこれだけの間に忽然と姿を消すはずがない。そして海賊船があった辺りには木片が散乱して漂っている。それが表すことはただ一つだ。
「まっ……、まさか……」
「今の一発で?」
「あっ……、ああぁ……」
観衆からはどこからともなく巨大な何かが撃ち出されたということしかわからなかった。今全ての者達は港から海に集中していて後方にある議事堂など見ている者はいないのだ。しかしこの議事堂にいる者達は全員が目撃した。今何が起こったのか。誰が何をしてあれほどの海賊船を一瞬で木っ端微塵にしたのかを……。
ほとんどの議員達は真っ青に青褪めながらガタガタと震えてそちらを見る。そこには今までと何ら変わることなく愛らしい顔をしている上品なご令嬢が立っているだけだ。しかしそれが余計に恐ろしい。
あれだけのことをしておいて顔色一つ変えることがない。この者にとってはあの程度のことなどまるで呼吸することのように当たり前のことなのだ。
普通あれだけの魔法を放てば大量の魔力を消費する。そうなればどんな大魔法使いであろうとも疲れ果てて身動き一つ出来ないだろう。それを平然としているなど人間ではない。悪魔だ。あそこに居並ぶ船が悪魔の船ならばそれを率いるこの女は悪魔そのものだ。
「次はあちらをご覧ください」
「……え?」
今度はフロトがディエルベ川の方を指差してみれば……、川の上に見慣れない船が多数浮かんでいた。キャラベル船以上の大型船に比べれば中型船というような船が海から河口を上って、そして川上からも下ってきていた。
その船の構造は見たこともないものだ。低めの船体の上に平な板のような物が載せられている。矢を防ぐために上面に盾をつけた船もなくはないがそれにしても上面は真っ平で両側に少し段がつけてありまるで道や橋のようにみえる。その船がおかしな動きを見せ始めた。
「なっ……」
「まっ、まさか!」
それらの船が真っ直ぐ縦に並ぶと上の板が綺麗に揃う。川の端から端まで上に盾を載せた船が並ぶとまるでそこに橋が架かったかのようだった。
「あれは中型船を改造して作った架橋船というものです。あれがあればご覧のように渡河が迅速に行なえます。渡河は軍事行動においても重要なこと。渡河中はどれほどの精鋭であろうとも一方的に攻撃される危険に晒されます。ですがご覧のようにカーン家では周辺を先ほどのカーン砲を搭載した船が守り、即座に架橋することが出来ます」
そう言っている間に、今架けられた橋の上を向こう岸から騎馬隊が渡り始めた。その後ろに歩兵が続く。今は行軍だからゆっくり渡っているがこれが戦争中ならばもっと早く渡ってくるだろう。
これまでは川といえば防衛において大きな役割を果たしていた。川を盾に布陣すれば多少不利でも守る方が圧倒的に優位だったのだ。それなのにこの架橋船というものでどこにでもあっという間に橋を架けられてしまったらどこから攻撃されるかわからない。橋頭堡がどこに作られるかわからないのだ。こんな方法で渡河されては防衛など出来ない。
「今回はたまたま海賊が海上封鎖するだけでしたが、次も海上封鎖だけとは限りません。もし私が指揮官ならば陸上も封鎖して完全に干上がらせてしまうでしょう。ですがご心配には及びませんよ。我がカーン家騎士団はご覧のようにいつでもどこでも渡河してルーベークの町へと駆けつけましょう」
ガタガタと……、震えが止まらない。まるで今までと表情が変わらずそう語るこの少女の形をしたモノは一体何だ?これではまるで……。
「わっ、我々を脅してルーベークを奪おうというのか!王国に自由と独立が保障されているこの自由都市ルーベークを!」
「議長……」
フェルディナントは思わず叫んでいた。そうだ。これではまるで示威行動だ。ルーベークを海上封鎖していた海賊ですら相手にならない海軍。そしていつでもどこでもあっという間に渡河出来る陸軍。もはやディエルベ川はルーベークを守るための壁ではなくルーベークの逃げ道を塞ぐ障害でしかない。
いつ、いかなる時に、どんな理由で、どんな気まぐれで、フロトがその気になれば今すぐにでもルーベークは攻め落とされる。いや、攻め落とされるのならまだ良い。完全に陸路も海路も封鎖されて干上がり飢えて死ぬまで放置される。
直接攻め込めば何かと問題にもなるだろう。しかし陸路、海路を何かの理由をつけて封鎖するくらいなら貴族なら出来なくはない。そして餓死するまで干上がる前にほとんどの者が音を上げてカーン家に服従するだろう。
「こんな……、こんなことをしてタダで済むと思うなよ!これは示威行動だ!威嚇だ!我々にこんなことをして……、ヒッ!」
そこまで言いかけたフェルディナント議長は顔の形だけは笑顔でありながら表情の抜け落ちている少女の形をしているモノを見て息を呑んだ。




