第二百六話「ルーベーク議会!」
ルーベークは困り果てていた。海上貿易で成り立っているルーベークが『海賊』に海上封鎖されている。船も出せず、隙を突いて出した船も度々被害に遭い多大な損害を出していた。船を出さなければ町が成り立たず、船を出して海賊に襲われればもっと大損害を出すことになる。
どうしようもない。お手上げだった。自由都市は傭兵を雇って町を守ったり戦争に参加したりすることもある。しかし海賊を破れるような傭兵など存在しない。船は非常に高価で貴重なものだ。川や近海で漁をするような小舟と違って貿易船や兵を乗せられるような大型船は非常に高価で建造するにも莫大な費用と時間がかかる。
そんな船を持ち、維持している傭兵団などいるはずがない。むしろそんな輩は海賊だろう。立派な船を持ち、それを自在に操れるだけの人材を持っている者達は海賊になっている。陸にいるならず者達が傭兵をしているのは陸の上で無法の限りを尽くして盗賊をしていてもすぐに討伐されてしまうからだ。
陸の上でいくら逃げ回っても相手も簡単に追いかけてこれる。また盗賊は足がつきやすくあまり派手に行動していると討伐隊が出されて狩られてしまう。ひっそり貧しい暮らしをしているのなら盗賊をしている意味はなく、派手に大きな襲撃を繰り返していたら討伐隊にすぐに見つかる。
それに比べて海賊ならばそう簡単には捕まらない。だだッ広い海の上で海賊をしていてもそうそう見つかるものではない。それにプロイス王国は海軍が十分ではない。ハルク海の王者であるカーマール同盟に狙われたら寄港出来る場所もなくなり追い詰められて殺されるだけだがプロイス王国の港や船を襲っている限りはカーマール同盟も野放しにしている。
だから船と十分な船員を持つならず者は海賊になる。カーマール同盟の港を拠点にしてプロイス王国の港や船を襲っていればそうそう捕まることはない。
これまでも貿易船が海賊に襲われることは何度もあった。しかしプロイス王国を頼っても効果的な対策はなかった。巡回の軍艦がいる間は海賊も大人しいがそれならそれで遠くの沖で貿易船が襲われるだけだ。海賊をどうにかしないことには根本的解決にはならない。
しかしプロイス王国の軍艦では足の速い海賊船に追いつけず追い払うのがやっとの有様だった。いつもでもそうなのに今回はもっと性質が悪い。何しろ相手は海賊船といってもホーラント王国の海軍だ。領土面積が小さいホーラント王国は国家の生き残りを海上に求めている。海洋国家であるホーラント王国の海軍はプロイス王国の海軍より圧倒的に優れる。
国は頼りにならず海上封鎖を破る術はない。ほとほと困り果てているルーベークでは議会が紛糾していた。
「ここは国に支援を求めて……」
「プロイス王国に何が出来る!今回の海賊はいつもとは違う!プロイス王国海軍では手も足も出ん!そもそもここまで出張っても来んだろう!」
「ホーラント王国に使者を出して……」
「そんな手が通じる相手ならこんなことをしてきていないだろう……。それならこんなことをする前に交渉してきていたはずだ」
何も有効な解決策がない。様々な意見が飛び交うがどれも机上の空論ばかりだった。そんな時議長がニヤリと笑って声を上げた。
「馬鹿でかく足の速い船をたくさん持つ者がいるだろう?」
「まさか隣の?」
「国でも手も足も出ないのに騎士爵ごときに何が出来ると……」
議員達のほとんどは議長の意見を懐疑的に見ていた。確かに巨大でありながら異様に足が速い船が往来しているのは知っている。ルーベークにも定期便が寄港しているのだからこの町でそれを知らない者などいない。しかしプロイス王国の海軍でも手も足も出ない相手に一地方のそれも騎士爵如きが相手になるとは思えなかった。
「な~に、心配はいらんよ諸君。討伐隊を出させて失敗しても我らの懐は痛まん。成功すれば御の字、失敗しても何の損もしない。このままじっとしているよりはマシだろう?『海賊』には敵わんにしても多少なりとも海賊に損害を与えて撤退させてくれるだけでも良いのだ」
「なるほど……」
「それならあのキャラベル船とキャラック船とかいう新型船を使えばもしかすれば……」
フェルディナント議長の意見に議員達も頷き始める。勝てるかと聞かれれば勝てるとは思えない。しかし損害を与えるくらいは出来るかもしれない。それなりに損害を与えれば『海賊』達も引き上げるだろう。ならば隣のクソ生意気な騎士爵を戦わせても何も問題はない。
「しかし援軍要請をすれば費用なり報奨金なりを求められるだろう?一体誰がそんな金を出すというんだ?」
その言葉を受けて議会はまたザワザワと騒がしくなる。誰も自分の懐からそんなお金など出したくない。町が壊滅的な被害を受けたら自分の財産も失われるというのにそれを守るための労力や費用ですら出したくないと考えている。誰かがお金を出してくれるのならそれにタダ乗りするが自分の懐を痛める気はなかった。
「背に腹は変えられん……。見事海賊を討伐してくれた暁にはルーベークの権利をかけた交渉を行おう」
「なっ!」
ザワザワと議場が騒がしくなる。議長は何を言っているんだ!という野次が飛び交う。ここにいる議員達はルーベークにおいて特権を持っているも同然だ。それなのにルーベークを他人に売り渡すようなことをすれば自分達の特権が失われてしまう。ここにいるような者達は誰一人自分の特権を失うことを良しとしない者達ばかりだ。例えそれで町が滅んだとしても……。
「落ち着け。『海賊を討伐してくれた暁には』、『交渉を行う』と言っておるのだ。ぐふふっ、わからんか?」
「…………!そういうことですか。さすがは議長」
「なるほど……。それなら……」
議員達はようやく議長の言わんとしていることがわかった。カーン騎士爵家如きにホーラント王国の海軍が破れるはずはない。損害を与えて撤退させることくらいは出来るかもしれないがそれでは海賊を討伐したことにはならないとか何とかケチをつけてごねれば良い。
そして『交渉を行う』と言っただけでルーベークの権利をやるとは約束していない。それならば交渉の結果ルーベークの権利を譲り渡さないという結論になったとしても何らおかしくはないだろう。
「議長も悪ですなぁ」
「何を言う。この案に賛成する諸君全員も同罪だろう?」
「くっくっくっ」
「わ~っはっはっはっ!」
こうしてこの日、ルーベーク議会では隣の領主カーン騎士爵家に『海賊を討伐した暁にはルーベークの権利を譲り渡す交渉を行う』ことを条件に海賊討伐の依頼を出す案が全会一致で可決されたのだった。
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カーン騎士爵家に援軍要請を出す案が可決されてからルーベークではあちこちに各種働きかけが行なわれていた。いきなりカーン騎士爵家に援軍要請を出しても断られる可能性が高い。そこでまずはルーベークにも商会を開いているクルーク商会を通してカーン騎士爵家に働きかけてもらうことにした。
クルーク商会を通してカーン家に連絡がいっているはずでありいずれ正式な返答が来るだろう。軍事行動には何ヶ月、場合によっては年単位の時間がかかることも当たり前なので今日要請して明日やってくるようなことはあり得ない。クルーク商会から知らせが来るまでじっくり待つこと半年ほどで連絡があった。
クルーク商会のヴィクトーリアと一緒にキーンへ向かう。このヴィクトーリアのことも気に入らない。たまたまクルーク商会という大商会に嫁いだだけの女が商会を引き継ぎ金と権力を手に入れただけだ。
プロイス王国一の大商会であるクルーク商会を敵に回すのは得策ではない。それはいくらハルク海貿易で利益を上げているルーベークといえどもその通りだ。
口惜しい。いつかこのヴィクトーリアもギャフンといわせてやる。そう思いながらもフェルディナントはそんなことはおくびにも出さずニコニコと上っ面だけ取り繕う。自分の本心にも気付かず上辺だけの会話で判断しているこんなババァのどこがすごい商人だというのか。これなら自分の方が遥かに優れている。
そんなことを考えている間にやってきたキーンの港で思いも寄らない情報に接することになった。これから何とか泣き付いて明確な約束をすることなくカーン家をうまく動かしてやろうと思っていたのに……、もう海賊は壊滅させてきたという。
まったくもって意味がわからない。これから援軍要請しようと思っていた所なのにまだ何も言う前に勝手にやってくれたのだ。これを活かさない手はない。
それにこのフロト・フォン・カーンという小娘だ。貴族らしくとても上品で美しい。何ならこのフロトという女の態度次第では経済援助をしてやっても良いだろう。もちろん見返りはその体だ。いくら相手は貴族とはいってもまだ年端もいかない小娘だ。貴族相手にも商売を行なってきた自分達とでは年季が違う。
この程度の小娘を転がすくらいいくらでも方法はあるだろう。それこそ今回の海賊討伐の件も利用すれば良い。そう思って舌なめずりしながら今後について頭を巡らせていたのだった。
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フロトをルーベークに連れて来たフェルディナントは待合室に案内した。ここは本来貴賓を持て成す場ではない。貴賓用の応接室はきちんとあるがこのクソ生意気な騎士爵の女を持て成してやるつもりなどない。キーンではヴィクトーリアもいたことから下手に出ていたがどちらの立場が上なのかわからせてやろうというのだ。
フロトを小さな待合室に放り込んだフェルディナント議長は議会に顔を出した。昨日のうちに知らせを出しているから今頃議会は大騒ぎになっていることだろう。議場へと入ったフェルディナントが目にしたのは予想通りの光景だった。
「まさか隣の領主が『海賊』を討伐してしまうとは……」
「欺瞞情報ではないのか?そもそも討伐のために出航したという情報すら入ってきていないぞ?」
「報酬はどうする?もし情報通り海賊を討伐したのだとすればさすがに知らぬ存ぜぬは通らないぞ……」
「俺は嫌だぞ!誰かが勝手に払え!」
紛糾する議会を眺めながらフェルディナントは議長席に座った。フェルディナント議長がやってきたことに気付いた議員達は一度口を閉じた。
「心配することはない諸君。カーン騎士爵家へは自由都市ルーベークからの感謝状を贈ろう!」
「感謝状……、そんなもので……」
普通に考えて海賊討伐をさせておいて感謝状一枚で終わりなどということはあり得ない。しかしそのあり得ないことを押し通そうというのだ。フェルディナントはさらに続ける。
「諸君らはフロト・フォン・カーンを見たことがあるか?私は会ってきたぞ。なんてことはないただの小娘だ。どうやってあのような小娘が爵位と領地を賜ったのかは知らんが所詮は世間知らずの小娘が相手。大貴族ですら相手に商売をしてきた我々とでは持っているものが違うわ」
ざわざわと議場が騒がしくなる。フェルディナントの言う通りだとすればルーベークの力と自分達の圧力で小娘程度いくらでも自由に出来る気がしてくる。
「それにな諸君!何とカーン家の小娘は身の程知らずにもルーベークやヴィスベイを加えてカンザ同盟なる集まりを作ろうとしておるようだぞ!まったく、その話を聞かされた時は笑いを堪えるのに苦労したぞ!」
議場もドッと笑いに包まれる。議会にはすでに海賊を壊滅させたことやゴスラント島やヴィスベイが海賊に協力していたという情報が齎されている。カンザ商会を盟主としたカンザ同盟などというふざけた夢物語を語って聞かせる議長とそれを聞いてさらに笑う議員で議場は大盛り上がりだった。
「カンザ同盟大いに結構!海賊に協力していたヴィスベイには我らが蒙った損害を賠償してもらいましょう!そしてヴィスベイはカンザ同盟に組み込まれるのでしょう?ならば我らの損害はカンザ同盟、カンザ商会が払うべきだ!これからヴィスベイを傘下に収めて収益を上げるのだからそこから我らに賠償を払えば良い!」
「おおっ!」
「そうだそうだ!」
ある議員の提案に議場はさらに盛り上がった。ゴスラント島はこれからカーン家とカンザ商会、カンザ同盟の管理下に置かれる。そしてカンザ商会はそこから利益を上げるだろう。自分達が蒙った損害は敗戦側であるヴィスベイに払ってもらう。そのヴィスベイを管理下に置くのだから自分達への賠償はカンザ商会が払え。議会の意見はそれで一致していた。
普通ならあり得ない。どこの馬鹿が海賊を討伐し海上封鎖を解いてくれた相手に自分達が蒙った損害を賠償しろと請求するというのか。そもそも……、である。そもそも自分達が敵わなかった海賊を討伐してきた相手は海賊よりさらに強力であることなど子供でも気がつくことだろう。
しかしこの場にいる議員や議長達は気付かなかった。フロトの姿があまりにお淑やかで上品で大人しそうな小娘だったから……。完全に舐めていたのだ。少し脅せばどうとでもなる。自由都市ルーベークの力を持ってすれば貴族であろうと逆らえない。そう思っていたルーベーク議会は全会一致でカンザ商会に賠償を請求する案を可決してしまったのだった。




