第二百三話「カンザ同盟!」
久しぶりにキーンの港へと戻ってきた俺達はようやくゆっくり陸の上を歩ける。ゴスラント島に上陸していたのは俺だけだし、陸に上がったとは言っても到底ゆっくり出来るような状況じゃなかった。むしろいつ死角から刺客が襲ってくるかわからなかったくらいだ。死角から刺客が……。
「ご無事で何よりですフロト様」
「ヴィクトーリアさん!御機嫌よう。お久しぶりです。どうしてこちらへ?」
俺達が港で船から下りているとヴィクトーリアが声をかけてきた。王都で会って以来か?随分久しぶりな気がする。
「学園の長期休暇中にフロト様がルーベークの問題を解決なさるおつもりだろうと思いやってきました」
なるほど。そういえば元々このルーベークの海上封鎖について俺に教えたのもヴィクトーリアだったな。長期休暇で実家に戻っている今しか俺がこの件を解決するタイミングはないと思ってやってきたわけか。
「そちらの方は?」
ヴィクトーリアの後ろに恰幅の良いおじさんが立っている。偶然いる無関係の人じゃなくてヴィクトーリアの関係者なのは間違いないだろう。
「ご紹介します。こちらはルーベーク議会のフェルディナント議長です」
「フェルディナントです。お会い出来て光栄です、フロト・フォン・カーン様」
紹介されたおっさんが頭を下げる。プロイス王国をはじめとしたハルク海沿岸などの各地には自由都市と呼ばれるものが存在する。自由都市というのは特定の領主に支配されている領地と違って各都市が強い自治権を持って半分独立しているような都市だ。
例えばカーザーンやカーンブルクはそれぞれの領主が支配する都市であって領主に税を納め、領主の決めたことに従う義務がある。だけど自由都市は特定の領主に属さず、領主への納税の義務もなければ指示に従う義務もない。各自由都市がそれぞれ議会などを通して都市運営を行なっている。
ならばどこにも属していないゴスラント島のヴィスベイも自由都市かといえばそうじゃない。ルーベークは自由都市として認められているけどゴスラント島はどこにも属していないだけで自由都市として認められているわけじゃないというわけだ。
ルーベークは商人や海運業者が議会を作り、その議会が都市運営を行なっていた。だけど今回ホーラント王国に海上封鎖されたことによりルーベークはほとほと困り果てていたという。そこでクルーク商会のヴィクトーリアに泣きつき、ヴィクトーリアから俺に話が回ってきたというわけだ。
まぁヴィクトーリアやルーベークから言われたり要請がなかったとしても早晩ホーラント王国とは激突することになっていただろう。カーン家だって海上輸送には力を入れているし将来的には大洋へと進出することを目論んでいる。ホーラント王国にハルク海を封鎖されて黙ってみているわけにはいかなかった。
どちらにしろ結果的に俺達がホーラント王国と対決していたとしても今回はヴィクトーリアに要請されて行なったことだ。そしてヴィクトーリアは報酬はルーベークだと言っていた。そのことについて話をしに来たのだろう。
「それで……、今回は報酬についての話ですか?」
俺がそう言うとヴィクトーリアは目を瞑って頷いた。どうやらそのつもりのようだ。
「そうですか。それではこんな場所でも何でしょう。場所を変えましょうか」
ヴィクトーリアとフェルディナントを伴ってカーン家のキーン別邸へと向かう。他の皆も疲れているだろうし捕虜達も連れて行かなければならない。
ラモール達ホーラント王国海軍の捕虜達はそのまま野放しには出来ない。こういうこともあるかと思って用意しておいた簡易の収容所に連行して収監する。本格的な監獄や牢屋というわけじゃないけど向こうも抵抗する意思はもうないから問題ないだろう。勝手に出歩いたりさえしなければそれほど問題はない。
連れて来た捕虜達は監獄へ、ラモールとグスタフは俺達と一緒にキーン別邸へ向かった。
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キーン別邸でクリスタとヘルムートに迎えられて家に入る。ほとんど来たことがない上に増改築までされているから自宅に帰って来たという感じはしないけど他よりはまだしも落ち着く。ここでなら詳しい話も出来るだろう。
「ほ~……。これは素晴らしいお屋敷ですなぁ……」
フェルディナントはしきりにあちこちを見て褒めていた。フェルディナントは商人だそうだから相手の家や置いている物もよく見る癖があるんだろう。商人は金の匂いに敏感だ。またそうでなければ金儲けなんて出来ない。騙し合い化かし合いの世界に生きる商人がのほほんと何も考えていなければあっという間に周りに食われて財を失うだろう。
もちろんただ良い物や高い物を並べている家だから安心だとは言えない。詐欺師だってそれくらいは考えているわけで相手を信用させようとあの手この手で騙してくる。家を豪華に見せたり高級品を並べたりするくらいの小細工は朝飯前だ。
じゃあそういった物を置いていようがいなかろうが判断材料にはならないかと言えばそうじゃない。見せ掛けのためだけに高級品を持ってきて置いているだけなのか、本当に財力がある相手なのかを見極めるのが商人の腕の見せ所だろう。
そんなヴィクトーリアとフェルディナントを連れて応接室に入ると向かい合って座った。カタリーナがお茶を用意して出て行く。今回は重要な話になりそうだから俺達三人以外は誰もいない。
「それでお話というのは?」
「はい。今回カーン様が見事海賊を追い払ってくださいました暁にはルーベークにカンザ商会様をお招きしたく存じます」
ルーベークにカンザ商会を招くという言い回しは少々引っかかるな。ルーベークは自由都市で運営は議会が行なっている。当然議会が気に入らない相手はルーベークで商売出来ないし、途中で追放も出来るだろう。だけどほとんどの場合はきちんと手続きをして申請すればルーベークで商会を開くことが出来る。
自由都市は広大な領地を持つ領主の庇護下にある一都市とは違う。半独立状態とは言ってもそれは逆に言えば全て自分達で賄わなければならないことも意味する。だから自由都市は外部から流入してくるものの大半を受け入れる。
例えば自分達のライバルになり得る商会が進出してこようともある程度は受け入れざるを得ない。一都市だけで生き延びなければならない自由都市が外の者を拒絶して殻に閉じこもっていたらそれは自殺行為だからだ。ある程度先に権力を握っている自分達が有利になるようにはしていたとしても外部からの新規参入を全て断っていたら都市が衰退してしまう。
何が言いたいかと言うと、つまりカンザ商会がルーベークに進出しようと思ったら普通に申請手続きを済ませて出店すれば良い。海賊退治、海上封鎖解除のために莫大な予算と海軍を出して危険を冒す理由はまったくない。
もちろん今更海上封鎖されているルーベークにそのまま進出しても旨味はない。それならもっと前に進出しておくか海上封鎖をどうにかするか、何らかの対処が必要だろう。正規の方法で出店すれば良いだけのカンザ商会を招くとはフェルディナントの言っていることは筋が通らず意味不明ということになる。
「ルーベークとカーン家はこれまでもそれなりに良い関係を築いてきました。それを踏まえた上での発言ということですよね。ならばカンザ商会を招くとはどういう意味ですか?」
カンザ商会はルーベークには直接出店はしていない。カーン領、カンザ商会とルーベークという形では取引は行なっているけど直接出店はしていなかった。それなのに今更そんなことを言ってくるということは言葉通りの意味ではないということだろう。
「それは私からご説明いたします」
「ヴィクトーリアさん?」
ここからは説明を引き継ぐとヴィクトーリアが口を開いた。どちらが説明しても同じだとは思うが黙って頷いて先を促す。
「今回の件でルーベークは、いえ、他も含めて全ての自由都市は気付いたのです。いくら自由都市として権利を保障されていようとも自分達の力だけで対処出来ることには限りがあるのだと」
それはそうだろうな。自由都市は傭兵を雇ったりして独自の戦力を持ったり戦争に参加したりもするけど所詮は一都市に過ぎない。一都市では出来ることにも限りがあり対応にも限度がある。今回のように国家規模の相手が海上封鎖してきた場合には一都市だけで対応するのはかなり難しい。
「そこで力のある方の庇護下に入り安全を確保したいと思う者も多く出たのです」
「ちょっと待ってください。それでは結局領主の下に降るということではありませんか。自由都市である権利を自ら放棄してやめるということですか?」
ヴィクトーリアの言うこともわかる。一都市で対処出来ないのなら領主や国に援助を求めるしかない。でもその庇護下に入るということは自由都市としての権利も放棄してどこかの領主の領地に組み込まれるということだ。一都市では対処出来ることにも限度はあるだろうけどここにきて今更自由都市の権利を放棄してどこかに組み込まれるというのもどうなんだろうか。
「確かにそういう意見もありました。一都市だけでは生き残れない。だから自由都市を放棄してでもどこかの庇護下に入ろうという者。またある者はあくまで独立を保ち自分達だけで生き残る方法を模索しようという者。議会は紛糾し結論は中々出ませんでした」
それはそうだろう。誰もわざわざ自分の権利を放棄して旨味を失うことなどしたくはない。だけどそれにしがみ付いていて自分の命や都市そのものの存続が危うくなればそれに固執する意味もない。
「そもそも自由都市が勝手にどこかの領主に降りその領内に組み込まれることを自由に決めることは出来ません。王国や……、教会の許可が必要になるでしょう」
それもそうだな。ルーベークが勝手にカーン家に降ってカーン領になりますなんて俺達だけで勝手に決めて良いことじゃない。自由都市の半独立や権利が保障されているということは保障している者、権威、が存在するということだ。その頭越しにそんな重大なことは決められない。ルーベークをカーン領に組み込むのならばそういう所に相談して許可を求める必要がある。
「そこで……、各自由都市が盟主を戴き、お互いに助け合い、協力し合って一つにまとまろうということに決めたのです」
「なるほど……」
どこかの領主に降って領内に取り込まれるのではなく名目上であろうとも各自由都市はそのまま存続した状態で一つに纏まろうというのか。
「今後私達に賛同する自由都市はその地にカンザ商会を受け入れカンザ商会を盟主として戴きお互いに協力し合い一つに纏まるのです」
「それでカンザ商会を招くという表現なわけですね」
カーン家ではなくあくまでカンザ商会を頂点とした『自由都市と商人による共同体』的な形を取るというわけか。それなら名目上は領主に降るわけでもどこかの領内に組み込まれるわけでもない。実質はカーン家に降りその庇護下に入りながら名目上は独立を保つ。これなら王国や教会に相談したり許可を貰う必要もない。
「そうです。これこそが自由都市がこれから生き残っていくための道。カンザ商会による自由都市の共同体『カンザ同盟』です。いかがでしょうか、フロト様?どうかご協力いただけませんか?」
『カンザ同盟』ね……。すぐに『はい』とは言えないな。一見悪くない話に聞こえるけどうちのメリットとデメリットがあまり明確じゃない。領内に組み込むのならうちに税を納める義務も発生するしうちの命令に従う義務もある。その代わりに庇護を受けられるというわけだ。
それに比べて今の説明のカンザ同盟だと同盟各都市がうちに対して何をどうしてくれるのかは明確じゃない。それなのにうちは同盟都市を守らなければならない義務を負うことになる。納税もしてくれない相手をただで守らなければならないのならばそれはうちの防衛力へのタダ乗りだ。うちが利用されているだけでメリットがないことになる。
「それでカーン家、あるいはカンザ商会は何を得るのですか?出店できるだけならば正規の方法で手続きすれば済む話でしょう?」
それに他の自由都市にカンザ商会が出店できなくともそれほど困らない。結局自由都市の他の商会とはライバル関係でもあるわけで、その自由都市へ出店できなくても他の地域に出店してそちらを押さえれば良い。すでにライバルが勢力を握っているところにわざわざ不利な条件で入って行く必要はないからな。
「まだ全てが決まっているわけではありません。今後それらの詳細についてはルーベーク議会やカンザ商会との交渉によって決める必要はあります。まずは海上封鎖している海賊を追い払いカンザ商会の実力と有用性をルーベーク議会に示し……」
「あぁ……、それでしたら、海賊はもう壊滅させましたよ」
「「…………え?」」
どうやらヴィクトーリアとフェルディナントはまだ俺達がすでに海賊を壊滅させたと知らなかったらしい。ポカンとした二人を見ながら澄ました顔を維持しながらどうしたものかと頭を悩ませたのだった。