第二百一話「上陸!」
不思議だ……。多くの人間の命を奪ったというのに不思議なほどに心が落ち着いている。白兵戦で間近で殺し合いを見たわけじゃない。自らの手で斬って殺したわけじゃない。だけど間違いなく俺の指示で大勢の兵士が動き敵兵を死に至らしめた。俺にいたってはこの手で直接魔法を使って大勢を殺した。それなのに不思議なほどに心は落ち着いている。人を殺せばもっと心がざわつくと思っていた。
モンスターや凶悪な犯罪者と対峙したわけじゃない。海賊とはいっても向こうだって上官に命令されてやってきたホーラント王国の兵士達だ。俺はそれを知った上で彼らを殺した。それなのに特に取り乱すこともなく平然としている。
あるいは俺は人間らしい心なんて最初から持っていなかったのかもしれない。こんな殺伐とした世界に転生したっていうのに今まで平然としていたことからもそれがわかる。
モンスターに襲われるだけじゃない。盗賊や犯罪者に襲われるかもしれない。刺客に襲われるかもしれない。いつかそういう時が来るとわかっていた。それなのに俺はそれを憂うこともなく当たり前のように受け入れていた。そして実際に手を下しても心は静かなままだ。
やらなきゃやられる。相手が先に手を出してきたから降りかかる火の粉を払っただけだ。それでも……、何も感じないなんて俺は冷たい人間なんだろう。でも今は都合が良い。こんな所で泣き喚いている暇はない。俺が人の心も持たない化け物だというのならそれに相応しく決着をつけに行こう。
「おや?それではシュヴァルツが私の護衛をしてくださるのですか?」
「あ~……、そうでしたね……。お嬢にゃ護衛なんていりませんな……」
俺を止めようとする者達にそういうとシュヴァルツは呆れたような顔で首を振っていた。わかってもらえたようで何より。
これから俺は一部の者だけを連れて上陸して後始末をしなければならない。もちろん両親や俺の可愛い女達やシュヴァルツは連れて行けない。上陸しても何があるかわからない。安全も確保されていないのに女達は連れていけないのは当然だし両親も巻き添えにするわけにはいかない。俺に何かあれば指揮を引き継ぐシュヴァルツも同じだ。
湾内には沈まずに残った海賊の船を曳航させているキャラベル船一隻だけを入れる。あとは俺は短艇で上陸する。短艇の乗組員以外は誰も連れて行く必要もないだろう。俺は準備された短艇に乗ってゴスラント島に向かったのだった。
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俺達がゴスラント島に上陸すると辺りには人っ子一人いなかった。当然人の気配はある。皆建物の中に入って隠れているだけだ。陸に残っていた海賊か、さっきの湾出入り口で戦った時に海に投げ出されたのか、飛び込んだか、一部の海賊もこちらの港に残っている。ただ海賊達も姿を隠していて表に堂々と出ている者はいなかった。
「え~……、それでは貴方と貴方、付いてきてください」
「えっ……」
「はっ!」
短艇に乗ってここまで漕いできてくれた水兵から二人適当に選ぶ。俺一人でウロウロしても良いんだけど舐められて余計な争いが起こる可能性もある。一応見た目だけでも護衛を連れている方が相手も馬鹿なことを考える可能性が下がるだろう。
後ろを見てみれば海賊船二隻を曳航しながら湾内にキャラベル船が入ってきているのが見えた。あの二隻には先の海戦で生き残った海賊達が乗せられている。見た目だけの脅しだけど湾外の艦隊がカーン砲を見せているから下手なことはしないだろう。
カーン砲の命中精度から言えばこの配置で湾外の艦隊が発砲することはまずない。何しろ二隻を曳航している味方のキャラベル船にも当たる可能性が極めて高い。だから普通は撃たない。それは相手もわかっていることだろう。だけど絶対はない。
もし海賊達が不穏な動きを見せて曳航しているキャラベル船がやられそうになったり奪われそうになれば躊躇わず砲弾の雨を降らせるだろう。敵もそれがわかっているから下手なことはしない。大人しく俺と敵大将の話し合いの結果を待っているはずだ。
「さて……、どこに行けば良いのです?この島か町の領主とホーラント王国の提督がいる場所へ案内しなさい」
港から少し進んでから俺は周囲にそう声をかけた。付近の建物に人が隠れていることはわかっている。誰かが俺達の案内をするだろう。
「…………こちらへ」
港の近くの建物から一人の男が出てきてそういった。いかにも海の男、荒くれ者、海賊、という風体をしている。こいつらはホーラント王国の水兵だけど実際に海賊行為もしているし海賊とそう大差はない。警察がやくざとそう変わらないのと同じだ。……ん?ちょっと違うかな?
まぁいい。出て来た男が案内してくれるというので素直についていく。俺が選んだ護衛役二人は困惑した表情を浮かべているけど気にしない。二人は敵の罠だったらどうしようとか、殺されるかもしれないとか心配しているのかもしれないけどその心配はない。
俺達を殺せば交渉は絶望的となる。海戦の決着はつき交渉の使者として俺がやってきたというのにその俺を殺したり人質に取ったりしようとすれば俺達の怒りを買うのはわかっているだろう。そうなれば先ほどまざまざと威力を見せ付けたカーン砲が火を噴くことになる。
町は廃墟になり無関係の住民まで大勢が犠牲になるだろう。そこまでしてわざわざ交渉の使者を殺す意味はない。徹底抗戦するつもりなら最初からしているだろう。海賊が降伏して今戦闘が止まっているということは敵もそこまでは望んでいない。だから俺達が害される可能性は極めて低い。
「失礼します。使者の方をお連れしました」
町の中に入って少し歩いた先にあったこの近隣にしては立派な建物の扉をノックすると案内の男は扉を開けて俺を促した。ここからは俺一人で入れということだろう。
「御機嫌よう。私はプロイス王国の騎士爵フロト・フォン・カーンと申します。貴方がたが今戦争の終戦協議の交渉相手ということでよろしいですか?」
建物に入ると二人の人物が座っていた。一人はいかにも貴族という風体。もう一人も貴族の格好ではあるんだろうけど日に焼けているしいかにも軍人という感じだ。俺は二人に対していつものように丁寧になりすぎないように少しきつめに声をかけた。
今回はいつものようにご令嬢が殿方に話しかけるのとは訳が違う。今回は戦勝側である俺が戦敗側である二人に謙ってはいけない。偉そうにすれば良いというものではないけどこちらが譲ったり謙ったりするのは駄目だ。
「私が『海賊の頭領』ラモール・エグモントだ。話は私が伺おう」
日に焼けた軍人風の男がそう言ってきた。もう一人の男は名乗っていないけどこの町の代官か島の領主だろう。つまりラモールは町は関係なく自分達『海賊』が勝手にやっていたことだと言っているというわけだ。
「え~……、私はゴスラント島の領主のグスタフ・クヌートソン・ホンデです」
ドンッ!
「ひっ!」
ツカツカと二人の前まで歩いて行った俺は二人の前にあったテーブルを叩き割った。ふざけた態度の相手には自分達の立場を思い知らせておかなければならない。特に俺は今こんな容姿だから舐められやすい。交渉で組し易いと思われたら無駄に交渉が面倒になるだけだ。
「『ホーラント王国から派遣されてきた艦隊』が勝手にやったことだから『一方の国に加担していた自分達は関係ない』とでも?」
「「…………」」
俺に指摘されてラモールとグスタフはお互いに顔を見合わせていた。こいつらの言い分はラモール達はこの港に停泊していただけの海賊で、海賊達が勝手にあちこちで海賊行為を働いていただけでヴィスベイやゴスラント島は海賊達とは関係ない。今回のことでゴスラント島が責められる謂れはないと言い逃れしようと思っていたんだろう。
だけど俺がホーラント王国から派遣されてきた兵士達がホーラント王国の指示に従ってプロイス王国に海賊行為を働き、ゴスラント島はホーラント王国に協力していた、と正確に指摘したわけだ。
「国家間の戦争の一方に味方していたのです。敵に加担していれば敵だと認められても文句は言えません。当然ゴスラント島はその覚悟があってホーラント王国に加担していたのですよね?」
「国家間の戦争とはおかしなことを言われる。私達はただの海賊だ。私達がどこを襲おうとも……」
「茶番はいりませんよ。貴方がたがホーラント王国の正規兵だということはわかっています。そういう時間の無駄はやめましょう。それから六人潜ませていますがそれも時間の無駄です。私を捕らえても人質の価値はありませんし、そもそも捕らえることも出来ません」
そう素直に認めはしないだろうとは思っていたけどこんな茶番に付き合わされるとは……。
「はて……、何のことやら……」
あくまでとぼけるつもりらしい。ならば良い。
「そうですか。つまりそこに潜んでいる者達は貴方がたとは関係ない者達ということですね?ではこちらで勝手に処分させてもらいますよ?交渉の場に勝手に潜んでいる不逞の輩なのですからね。……土よ」
「ヒィッ!」
「うわぁっ!」
俺が小さな石の弾丸をあちこちに飛ばすと隠れていた者達が慌てて飛び出してきた。もちろん本人達には当ててはいない。展開次第ではこれから尋問しなければならないかもしれない相手だ。先に負傷させて失血死でもされたら無駄になるからな。
「待て!待ってくれ!俺達はラモール提督に言われて潜んでいたんだ!無関係じゃない!殺さないでくれ!」
飛び出してきた兵士達は口々にそんなことを言い出した。練度と忠誠心が低すぎるな。ちょっと脅したくらいでこんなにあっさり自白するようじゃこんな任務は任せられない。
それでもこいつらを使っているということはもう他に人がいなかったんだろう。主力のほとんどは船に乗って出て、今や俺達の捕虜になっている。ここに残っているのはこの程度の者達しかいないという証拠だ。
「これでもまだとぼける気ですか?私は時間の無駄は好みません。もし徹底抗戦すると言われるのでしたらそれでも良いですよ。土よ……」
俺は再び魔法を発動させる。今度はさっきの小石のような小さなものとは違う。人間の頭ほどもある大きさだ。
「貴方がたも先ほど外海で一隻沈んだのは見ていましたよね?あれは私の魔法です。何なら今度はヴィスベイに撃ち込んでみますか?建物に篭ったくらいで凌げるとお思いでしたら精々頑丈な建物に入ることですね。まぁその程度では私の魔法からは逃れられませんが……」
人間の頭大の塊を八つ出してフワフワと自分の周りを飛ばさせる。八つというのはこいつらの数と一緒だ。二人の貴族と潜んでいた六人。俺がわざわざ八つ出して周りを飛ばしている意味は理解しているだろう。
「確かに私達は『元ホーラント王国の水軍関係者』だ。だが私達はもう軍を辞めている。私達とホーラント王国には最早何の関係もない」
なるほど……。あくまで軍は辞めて出てきましたと言い張るつもりか。確かにそういう建前は誰もがするだろう。大東亜戦争ではアメリカだって日本に宣戦布告することなく『義勇兵』として戦争に参加して日本を攻撃している。しかし彼らはあくまでアメリカ軍とは関係ないフリーランスの傭兵だからアメリカとも関係がなく宣戦布告なしの騙まし討ちではないということになっている。
「言ったはずですよ。私は時間の無駄が嫌いなのです。そんな建前などいりません。このような時間の無駄などせず腹を割って話なさい」
「「「…………」」」
ほとんどの者はお互いに顔を見合わせている。だけどラモールだけはじっと俺を見詰めていた。相当肝が据わった人物のようだ。
普通海賊というのは犯罪者として罰せられる。戦争で兵士や騎士であれば捕虜としてある程度とはいえ身分は保障されているし名誉もある。だけど海賊は兵士や騎士としての名誉もなく犯罪者として晒されて処刑されるだけだ。同じ死ぬにしてもそれは誇り高い兵士や騎士ほど耐え難いことだろう。
それでもラモールは動じることなく一切口を割らない。これほどの人物ならば処刑するぞと脅しても無駄どころか逆効果だろう。ラモールは祖国のために自分が不名誉な罪を着せられてでも黙って処刑されるつもりだ。
惜しい人物だと思う。ここまで肝が据わって忠誠を尽くす者はそうそういない。こんな所で無駄死にさせて良い人材じゃないだろう……。ホーラント王国は何故これほどの人物をこんな使い捨てのようにしたのか。そして何故ラモールは祖国にここまでされても尚頑なに忠誠を守ろうとするのか……。
他の者達から口を割らせればホーラント王国の悪行を暴くことは出来る。だけどそれじゃ駄目だな。はっきり俺達の勝ちだと示すためにはラモールに負けを認めさせて『提督』と呼ばれていたラモールの口を割らせる必要がある。
どうやってこれほどの人物の口を割らせようかと俺は思案に暮れたのだった。