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第二百話「ヴィスベイ湾海戦!」


 シュヴァルツは冷や汗が止まらなかった。目の前の美しい少女の姿をしたモノは本当に人間か?と思わずにはいられない。


 シュヴァルツは若い頃からずっと船乗りとして生きてきた。下積み時代からそれなりの地位に上るまで海や船に関することはほとんど経験してきただろう。今では一端の指揮官になれていると自負している。まだ年も比較的若く時代の最先端にもついていけているつもりだ。


 しかし……、そのシュヴァルツをしてもこの新型の船とそこに搭載されている新兵器による戦術や運用はまだ確立されてはいなかった。操船指示や艦隊行動は取れる。しかしこの数々の新兵器を十全に使いこなすだけの指揮など到底出来ない。


 いや、今日この海戦を見るまでは出来るつもりだった。わかっているつもりだった。実際にこれらの新兵器を十全に使いこなすモノを見るまでは……。


 船を失い行くあてもなかったシュヴァルツを拾って、そして再び船を与えてくれた主君には感謝している。しかしいくら主君とはいえ海と船については自分の方が優れていると信じて疑わなかった。今回の作戦も全面的に支持していたわけではない。


 主君が考えた作戦は何かと無理があるものだと思っていた。それを補うのが自分の役目だと思っていた。それなのに……。


 シュヴァルツならばこの海戦では南下している海賊達の西から側面に接近し巨体を活かして体当たり。それで沈まない船に対してはこちらも南へ回頭し同航し新兵器の艦載砲を発射。その後接舷し数の優位で出航している海賊船三隻を撃沈または拿捕する。然る後に全艦をもってヴィスベイに残る海賊船に決戦を挑む。


 しかし主君が決定した作戦はあまりに無謀だった。いや、これまでの常識から考えれば無謀と思わざるを得ない作戦だった。体当たりもせず接舷もせず反航戦ですれ違い様に砲撃を浴びせてから足の速いキャラベル船だけ反転させて追撃させる。残ったガレオン艦隊はそのままヴィスベイへと向かう。あまりに無謀な作戦だと思った。


 確かに新兵器のカーン砲の威力は知っている。いや、知っているつもりだった。しかしそれだけでどれほどの損害を与えられるか懐疑的に見ていたのだ。そもそも折角の数の優位を捨てて艦隊を分けるなど下策にしか思えなかった。いくらキャラベル船の足が速いとはいっても反転して追撃するまでには相当かかると思っていた。それがどうだ……。


 先頭を進んでいた敵艦はすでに傾いている。あそこまで傾けば最早沈没は免れないだろう。そして二番目、三番目の船も船体も甲板も惨状が広がっていた。まだ沈んではいないがこれから沈んでもおかしくないほどの損傷だ。そして仮に沈没は免れても反転して追撃に入っているキャラベル艦隊から逃れる術などない。


 恐ろしい……。自分はこの新型艦隊や新兵器の使い方などまるで理解していなかったのだ。それに比べてこの少女はどうだ。たった十五歳ほど、そして海戦の経験はないと言っていた主君は完璧なまでにこの新型艦隊と新兵器の使い方を理解している。自分達の常識では考えもつかなかった使い方により旧式船や旧来の戦術が全て陳腐化してしまった。


 あり得ない。人間じゃない。戦の申し子だ。天才などという陳腐な言葉では言い表せない。時代の寵児、麒麟児、どんな言葉をもってしても不足だ。恐ろしい。確かに恐ろしい。しかしそれと同時にシュヴァルツは震えていた。これほどの主に巡り合えた自らの幸運に……。


 これからの時代にこの『カーン家商船団』は世界にその名を轟かせるだろう。そして自分はそんな素晴らしい主に仕えることが出来、世界最先端の艦隊を任されている。ならば自分はこの戦でこの艦隊と新兵器の使い方を身につけよう。


 目の前で主が示してくれている。これらの真の使い方を、運用方法を、運用思想を。


 この時初めて主君に向かって絶対の忠誠を抱いたシュヴァルツとカーン家商船団の乗組員達はこの後世界に羽ばたくことになる。




  ~~~~~~~




 仲間達の船三隻を送り出したヴィスベイに残っていたホーラント王国の海賊達は暢気に構えていた。カーマール同盟の勢力圏内にあるゴスラント島にプロイス王国の船がやってくるはずなどないと高を括っているのだ。しかし三隻が出航してから間もなく遠くの方から雷鳴の如き轟音が聞こえてきて騒然となった。


「何の音だ?」


「雷とはまた違う……。聞いたこともない音だ」


 遠くの方から連続して聞こえてくる轟音に嫌な予感を覚えた海賊達は本来出航する予定になかった残りの船も急いで出港準備に入った。


「急げ!船を出すんだ!準備が出来た船から出せ!」


 おおわらわで出航の準備を進めていたが全ては遅かった。自分達はまだ出航準備も整っていないというのにそいつは湾の外に現れたのだ。この後地獄の惨状を生み出す悪魔達が……。


「親分!あれを!」


「なっ!何てでけぇ船だ……」


 南の島影から現れたのは見たこともないほど巨大な船だった。しかもそれが四隻もいる。さらに言えばそれほど巨大な船でありながら船足は速い。自分達の船とは何回りも大きさが違うというのに船足にはほとんど差がないとすら思えるほどに速かった。


「あの旗はどこの旗だ?」


「知るか!」


「三色の旗に鷲!見たこともない!」


「急げ!湾から出るんだ!このままじゃやべぇ!」


 相手の所属も目的も不明だ。ただ一つわかることはこのまま湾内にいれば一方的に攻撃される恐れがあるということだけだろう。水兵が陸の上で捕まるなど恥辱だ。湾の入り口を封鎖される前に出航して外に出るしかない。最早準備だ何だと言っている場合ではなかった。


「うわっ!もう出口が!」


 島影から姿を現したと思った所属不明の超巨大船四隻はあっという間に湾の入り口を封鎖してしまった。しかし海賊達は止まらない。錨を上げた船から次々に出航していく。


「奴等どういうつもりだ?」


 しかし出口を封鎖している敵と思しき艦隊はどてっ腹を湾に向けて速度を落としている。これでは出口を目指している自分達にどてっ腹に衝角を突きこんでくれと言っているようなものだ。


「へっ!どうでもいいぜ!そんなにどてっ腹に穴を開けて欲しけりゃくれてやる!このまま突っ込め!」


 自分達の船よりも何回りも大きな船といえども船底に大穴が開けばすぐに沈む。どれほど水兵が乗っていようとも衝角で穴を開けられて沈めば意味はない。しかし……、嫌な予感は消えない。むしろますます嫌な予感が強くなってきている。


「あの黒い筒は何だ?」


 ふと……、湾の出入り口を封鎖している敵船の舷側についている窓から見える黒い筒が気になった。次の瞬間……。


 ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドドドドドンッ!


 一斉に黒い筒が火を噴き大轟音と共に丸い弾が飛んできていた。それを見た瞬間海賊の親分は嫌な予感の意味を悟った。そしてそれは遅かった。親分は強烈な死の予感を覚えたのとほぼ同時に挽肉になりこの世を去った。


「うわぁ!何だこれは!」


「面舵!面舵!」


「いや、取り舵だ!取り舵!」


 次々飛んで来る丸い弾が当たり船体に穴が開く。理不尽なほどに圧倒的な暴力の前に成す術もなく仲間達が死んでいく。五月雨式に飛んで来る砲弾は止む事がなく五隻の海賊船は次々に浸水しその速度を急激に落としていた。


 しかし!最後に出航した五隻目の船は幸運にも他の船の陰になっていてさほど致命的な損傷を受けていなかった。もちろん被弾はしている。しかし榴弾でもない小口径のカーン砲では当たり所が良ければ数発被弾した程度では木造船でもそう簡単には沈まない。


「やった!抜けられるぞ!南だ!南へ向かえ!」


 最後尾を走っていた『シュピーゲル』はぎりぎりまで前の船の陰に隠れて敵からの攻撃を凌ぎつつ湾出口まで接近。そこから一気に最大戦速で飛び出し南へ抜けた。敵船は南からやってきて北を向いている。南へ抜けた『シュピーゲル』を追うためには反転せねばならず、あれだけ巨大な船では軽快な『シュピーゲル』には到底追いつけないように思えた。




  ~~~~~~~




 一番北側の先頭で砲撃を加えていた艦隊旗艦『サンタマリア号』で作戦指揮を執っていたシュヴァルツは舌打ちしたい気持ちだった。敵海賊船のうち一隻が封鎖されている湾出口の隙間から抜け出したのだ。ガレオン船四隻では湾の出口を完全に封鎖するには到らなかった。


 北に向いて並んでいるガレオン船の南を抜けて南下しようとしている。南に逃げられては追跡するにしても追いつけるとは思えない。いくらガレオン船が船体に比べて優速だとはいってもほとんど損害を与えていない海賊船に反転してから追いつけるほどの速度差はない。


 南に行けば先ほどゴスラント島沖で海戦を行なったキャラベル艦隊がいる。運が良ければキャラベル艦隊が気付いて捕捉してくれるかもしれないと期待するしかない。


「さすがに全てを抑えることは出来ませんでしたか……」


「いえ、逃がすつもりはありません。あの船には他の船の戦意を挫く犠牲になってもらいましょう」


 シュヴァルツの言葉に答える主、フロトの言葉の意味が理解出来ない。しかしそれも一瞬のことだった。ヒョイッと飛び上がったフロトは一足で船尾楼の上へと飛び乗った。そして……。


「土よ……」


 魔法などわからない素人でも一目でわかるほどに馬鹿げた魔力が渦巻いたかと思うとフロトが手を掲げた上に巨大な岩の塊のようなものが出現していた。先端が尖った細長い形をしているその岩がフロトの言葉と共に撃ち出される。


「貫け」


 ただ無造作に、それでいて優雅に、フワリと掲げていた手を前に動かす。ただそれだけ。それだけで頭上に浮かんでいた巨大な岩は物凄い速さで撃ち出され湾の封鎖を突破して外海へと出た海賊船に命中した。そして岩が命中した瞬間……。


 ドゴォーーンッ!


 という大轟音と衝撃を撒き散らした。


「うおおっ!」


 離れた場所にいる巨大なガレオン船ですらその衝撃と波で大きく揺れていた。巨大な岩に撃たれた海賊船が居た場所は巨大な水柱が立ち上り、水柱が消えた後には海賊船は消えていた。辺りには散乱した木片が散らばっている。


「信じられん……。なんて威力だ……」


「あの規模の船が魔法一発で木っ端微塵に!?」


 誰もが驚きのあまり呆然としていた。何のことはない。凄まじいと思った新型船や新兵器など『本当の破壊の権化』の前ではまだまだ大洋に浮かぶ木の葉の一枚にすぎないということだ。


 この瞬間、残っていた海賊達は全員戦意を喪失していた。湾内からその光景をまざまざと見せ付けられたのだ。今飛んできている丸い砲弾ですら手に負えないというのにあんなものまで見せられて抵抗しようなどと思える者は皆無だった。




  ~~~~~~~




 ゴスラント島沖海戦、ヴィスベイ湾海戦はカーン家商船団の圧勝に終わった。カーン家商船団は船に損傷を受けるどころか水兵の一人すら失うことなく八隻の海賊船全てを戦闘不能にし降伏させた。


 ゴスラント島沖海戦で反転して残った海賊船の相手をしていたキャラベル艦隊は比較的損傷の軽かった最後尾を走っていた『ウインドホンド』を拿捕してヴィスベイで合流していた。


 ヴィスベイ湾で戦った海賊船五隻のうち湾内に残っていた四隻は海賊の降伏時点ではまだ全て沈まず残っていた。しかし沈没も時間の問題という船が二隻あり、それは海賊降伏後にガレオン船によって湾の外へと曳航され航行に影響のない場所で沈んだ。


 残りの二隻のうちの一隻も損傷が激しく長くはもちそうになかったために、そちらは自力航行で沖へ出て自沈。残ったのは『エーンドラヒト』一隻のみだった。


「他の二隻は損傷が激しく沈没しました。海に投げ出された残っていた海賊達は拿捕した船に乗せています」


 合流してきたキャラベル船からの報告を聞きながらフロトは黙って頷く。


「よくやってくれました。まだ敵がいるかもしれません。湾内に入るのはキャラベル船一隻のみとして残りは湾出口を引き続き封鎖。私は短艇でヴィスベイに上陸します」


「危険です!大将自ら上陸されるおつもりですか?」


 フロトの言葉に周りはすぐに反対した。まだ陸の上にも海賊の残党が潜んでいるかもしれない。仮に海賊はもういなかったとしてもヴィスベイの住民や兵達が襲ってくる可能性もある。そんな場所へノコノコと大将を行かせるわけにはいかない。


「おや?それではシュヴァルツが私の護衛をしてくださるのですか?」


「あ~……、そうでしたね……。お嬢にゃ護衛なんていりませんな……」


 クスクス笑うフロトを見て、シュヴァルツは先ほどの魔法を思い出し首を振ったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] あぁ、やっぱり艦砲射撃より フローラの魔法のほうが威力があったか なんとなくそんな気はしてた フローラの二つ名は 戦女神(ヴァルキュリア)フローラとか?ww
2019/12/17 23:40 リーゼロッテ
[一言] 圧倒的な新兵器である大砲はあくまでも雑魚(精鋭一般兵)用の装備なのだ… こんなのが何人もいたら兵器で対抗するのは難しいですねえ、それこそ戦艦でも作らないとw 逆にこんなのが城や陣に潜入して来…
[一言] 200話おめ
2019/12/17 20:59 リーゼロッテ
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