第百九十九話「ゴスラント島沖海戦!」
ゴスラント島近海にて、一日先行していたキャラベル艦隊と合流した俺達は情報交換を行なっていた。
「やはりいました。ようやく見つけましたよ。ヴィスベイがホーラント王国の海賊達の拠点です」
先行していたキャラベル艦隊はヴィスベイの港に停泊しているホーラント王国の船を確認したらしい。こちらは高いマストの上から望遠鏡で確認している。まず間違いないだろう。
俺はいずれ大洋へ出ることを想定してガラスが出来るようになってから望遠鏡の試作を指示していた。望遠鏡の構造自体はそう難しくないから俺でも指示は出来る。問題はきちんと像が結ぶように調整したりどの程度拡大出来るかの問題だ。それは研究班がトライアルアンドエラーを繰り返して作り上げる。そこまでは俺の仕事じゃない。
望遠鏡の他に航海技術を高めるために羅針盤も開発している。全天候型で波に揉まれても方位を見失わないように作るのに色々と工夫が必要だった。今でも精度や揺れた際の正確さがどの程度かはわからないけど何もないよりは格段にマシだろう。
他にも航海技術を高めようと六分儀とか色々開発しようとしてはいるけど道具を作る技術も未熟だし、そもそも道具だけあっても乗組員達の技術というものも必要になる。俺は船乗りじゃないからそこまで詳しくは指示出来ない。何となく知っている道具や知識を中途半端に教えるのが限界だ。
それはともかくだ。広い海を見れば水平線が見える。水平線の先の海が見えないのは地球が丸いからだ。地球が丸いから自分の見ている高さから地球の丸み自身に隠れて見えなくなる所までしか見えない。ならばより遠くまで見ようと思えばどうすれば良いのか。
答えは考えるまでもない。自分が見ている高さをより高くすればより遠くまで見えるようになる。ただしどんなに頑張って遠くから見ても星の丸みの半分までしか見えない。普通に一方から見ているだけでは星の裏側までは見ることは出来ない。
うちの船はそういうことも想定してマストの見張り台の高さを出来るだけ高くしている。もちろんいくら理論上遠くまで見えても肉眼じゃ見える限界は知れている。だからこそうちは望遠鏡も開発しているというわけだ。高いマストの見張り台に昇り望遠鏡で覗けば相手がこちらを察知出来ない距離から一方的に相手を知ることが出来る。
それにより調べた限りではヴィスベイの港にホーラント王国の海賊船が八隻停泊しているのを確認したとのことだった。他に出航中の海賊船がいるかもしれないけど一先ず今ヴィスベイにいるのは八隻のようだ。
「出来れば港に停泊している間に決着をつけたいですが……」
港に停泊していればこちらから一方的に攻撃しやすい。向こうが出航準備を整える前に船体に航行不能なほどのダメージを与えることが出来れば万々歳だ。
もちろん港で戦えば港にも被害が出るだろう。だけど海賊船を匿っている港が相手だ。多少の被害なんて知ったことじゃない。それに目の前でこちらの力を見せ付けておくことは悪いことじゃないだろう。ただ……。
「今からヴィスベイに接近して攻撃するとなれば夜になってしまいます。攻撃するのならば明日の方が……」
「そうですね……。明日海賊達が出航しないことを祈るしかありません」
ここはヴィスベイから少々離れた場所だ。今から港に向かって開戦すれば日が暮れるまでに決着がつかない可能性が高い。そうなると夜陰に紛れて海賊達がヴィスベイの町を脱出しかねない。逃げたところでゴスラント島は島なんだから逃げ場なんてないんだけど一網打尽にするためには日中が良いだろう。
明日俺達がヴィスベイ攻撃に向かうまでに海賊達が出航しないでいてくれたら一番楽だ。湾内で全て沈めることも逃げ出す海賊を捕まえることも出来る。もし俺達がヴィスベイに到着する前に出航されていたら海戦となって面倒が増える。
「ここの所奴等はルーベーク封鎖や貿易船を襲ってません。そろそろ活動する頃でしょうからもういつ出航するかわかりません」
それが問題だ。活動周期から考えればもう今日、明日にでも出航してもおかしくない。とはいえ今こちらから仕掛けるのは現実的ではない以上は奴等が動かないことを願って夜明けを待つしかないだろう。
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翌朝、夜明けと共にヴィスベイへ向かった俺達にヴィスベイの監視に残っていたキャラベル船が近づいてきていた。キャラベル船四隻とガレオン船四隻の八隻は昨晩離れた所で夜を明かしたけどキャラベル船三隻は夜を徹してヴィスベイを見張るように近海に残していた。その一隻がこちらに向かってきている。
「どうしましたか?」
「はい、どうやら海賊船が出航しちまったみたいです」
あらかじめ決めていた信号旗の知らせで一番最悪のパターンがきたようだ。信号旗だけでは細かい内容まではわからないけど大雑把にはわかる。
「とにかく急ぎましょう」
海賊船に逃げられたら困る。出来る限り船速を上げて急行した。
「見えました!海賊船です!」
見張り台が航行中の海賊船を発見したらしい。詳しい情報を聞きながら海図とにらめっこする。
「敵はルーベークに向かっているようですね」
「そうですね……」
シュバルツの言葉に同意する。ゴスラント島はサツマイモ型というか涙滴型というか、北側が細く南側は丸い形をしている。その北西側にあるヴィスベイの港は南にあるプロイス王国や南西にあるキールやルーベークからは島が陰になっていてその方面から直接は見えない。
ヴィスベイを出航した海賊船は島を迂回しながら南下や南西に向かえばプロイス王国沿岸部やルーベークへ出ることが出来るというわけだ。今回出航している海賊船は三隻。残り五隻はヴィスベイの港に停泊したままらしい。出航している三隻はすでに島から離れつつある。
「出航中の海賊船に一撃を加えてから艦隊を分けましょう」
シュバルツや他の幹部達とどうやって海賊船と戦うか話し合う。俺達は今南西から北東へ向かってゴスラント島に接近中だ。ヴィスベイを監視していたキャラベル船は島影にならない北西から監視していた。だけど俺達は接近を気付かれないように島影を利用して南西から接近している。
この航路を少し東寄りに変えれば南下中の海賊船三隻と反航戦が出来る。同航戦とは戦っている両者が同じ方向に向かって走りながら戦うことだ。ということは反航戦というのはお互いが逆方向に走ってすれ違いざまに戦うことを言う。
「ガレオン船四隻、キャラベル船五隻による単縦陣で反航戦を仕掛けます。通過後船足の速いキャラベル船は反転、残っている海賊船を追跡し拿捕または撃沈。海戦の戦場を通過したガレオン艦隊はそのままヴィスベイの港へと向かい停泊中の残りの海賊船を湾内で沈めます」
船体の大きさの割りにはガレオン船は速い。だけど恐らく航行中の海賊船に反転して追いつくだけの速度差はないだろう。反航戦で海賊船にダメージを与えるつもりではあるけどどれだけ船足を奪えるかはわからない。だから絶対海賊船より優速のキャラベル艦隊を反転、追跡させて残った海賊船を仕留めさせる。
反航戦で通過したガレオン艦隊は砲撃戦の音で異常を察知するかもしれない残った海賊船が出航する前にヴィスベイの港に接近し可能ならば湾内で海賊船を沈める。完全に封鎖出来るとは限らないから敵を逃がす可能性はある。出来れば昨晩から監視に当たっていたキャラベル船二隻にも協力してもらいたい所だけど連絡している時間はない。もう今すぐ決断しなければ敵を逃がすことになる。
「…………他に手はありませんね」
「それでは他の船に連絡を!時間がありません!これは時間との戦いです!」
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久しぶりに海賊行為に出ることになったホーラント王国の船三隻はのんびり悠々とハルク海を渡っていた。
「異常な~し」
「見てないくせによく言うぜ」
「ははっ。どうせこんな場所にゃ俺達かカーマール同盟しかいないだろ?」
「ちげぇねぇ」
見張りもやる気なく寝そべりながら周囲も確認せずダラダラ過ごしているだけだった。プロイス王国はこんな所まで来るはずがない。こんな場所まで来ればカーマール同盟と揉めるもとになりかねない。プロイス王国の海上戦力でカーマール同盟と勝負になるはずがない。だからプロイス王国はこんな場所まで来るはずがないのだ。
もちろんゴスラント島はカーマール同盟の領土ではないがカーマール同盟の勢力圏内にある。こんな場所を航行しているのは自分達かカーマール同盟の船しかあり得ない。だからゴスラント島近海であるこの辺りで警戒しているような者は居なかった。それが敵の接近を知るのが遅れる致命的な要因となった。
「おっ、おい!何だあの船は?どこの船だ?」
「いつの間にこんな近くに!?見張りは何をしていた?」
「見たこともねぇ……。それに……随分でかくねぇか?」
ほぼ南下というくらいの方角に進んでいる自分達に南西から北東方向へ向かって接近してきている多数の船影に気付いて慌てる。広い海のど真ん中で比較する対象がないために大きさが認識し辛いが向かってきている船団の船は随分大きいような気がする。
「いや……、気がするんじゃねぇ……。でかい!それに速いぞ!」
「何隻いやがるんだ!どこの船だ!?」
「敵は九隻!三色の旗に鷲だ!どこの所属だ?」
「知るか!とにかく敵だ!戦闘用意!」
鐘を打ち鳴らし大急ぎで戦闘用意に取り掛かる。しかし敵は待ってはくれなかった。見る見る近づいて来る敵の船の大きさがようやく理解出来た。
「馬鹿な……。何てでかさだ……」
「こんな馬鹿げたでかさなのになんて船足だ!」
「舵を切れ!衝角を……」
ぐんぐん自分達に近づいて来る敵船団にすれ違う時に単横陣から衝角で船体に穴を開けようと機会を窺う。いくら相手がでかくとも船底に穴が開けば沈む。接舷されて白兵戦になれば乗組員の少ない自分達が不利だが図体のでかい相手は小回りが利かないはずだ。接舷させないように一瞬の隙を狙ってどてっ腹に大穴を開けてやろうと待ち構える。
しかし敵は接舷を狙っている様子はなかった。自分達の横を通りぬけようとしているだけだ。
その行動の意味がわからない。巨大な船体を利用して体当たりするか接舷して乗組員の数に物を言わせて白兵戦をする以外にどうするつもりだというのか。
「あん?何だありゃ?」
その時、敵の巨大船の舷側の窓が開き、なにやら見慣れない筒のようなものが顔を覗かせていることに気付いた。それが何なのかホーラント王国の者達にはさっぱりわからなかった。そして……。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドドドンッ!
耳を劈くような大轟音と火柱、そして煙が吐き出されると共に自分達に向かって何かが飛んできているのが見えた。
先頭を走っていた『ハルテカンプ』の船員達は何が起こったのか理解出来なかった。これまで一度も見たことがない現象が起こったのだ。それが自分達にどのような悲劇を齎すのかなど知る由もない。初撃の一斉射を受けた先頭のハルテカンプは蜂の巣にされ喫水付近及び船底に穴が開きあっという間に浸水し始め傾き始めた。
本来ならば浸水に対応するはずの船員達の多くも砲弾を浴びてあちこちで挽肉と血の海になっておりまともに応急処置に対応している者もいなかった。
二番目を走っていた『ゼーバールドゥ』の船員達はそれを見て半狂乱になって逃げ惑った。しかし通過していく敵は慈悲など与えてはくれない。反航戦で通過しながら次々に五月雨式に火を噴く敵船から降り注ぐ砲弾によりゼーバールドゥもまた船体が穴だらけになった。さらにマストが折れ甲板上は大混乱に陥り航行能力の大半を失い舵も利かなくなっていた。
最後尾を走っていた『ウインドホンド』でも何が何だかわからないうちに次々降り注ぐ砲弾で甲板上、船内を問わず多くの船員が死傷しまともに航行出来なくなってしまった。
たった一度……、たった一度すれ違いざまに何かを仕掛けられただけでホーラント王国の三隻は成す術もなく一方的に戦闘不能、もしくは撃沈されてしまったのだ。
「なっ……、なんなんだこれは……。何なんだよぉ~~~!」
ウインドホンドの甲板上で偶々生き残った者が見たのはまさに地獄だった。穴だらけの船体。挽肉や血の海になった仲間達。そして……。
「敵の後続船五隻が反転!追ってきます!速い!振り切れない!」
「もう……、おしまいだ……」
一度通り過ぎた敵船のうち比較的小型の五隻が一糸乱れぬ艦隊行動で反転して自分達を追ってきている。その動きだけで自分達との練度の違いがはっきりとわかった。
船体に穴が開き、浸水し、マストが折れ、船員の大半を失っているホーラント王国の船は、今はまだ沈んでいないだけでまともに動くことすら出来なくなっている。もう一度先ほどと同じ攻撃を受けたら今度こそ全船が撃沈されるだろう。
それを悟った生き残った者達は最早戦う意思など完全に失っていたのだった。