第百九十八話「出航!」
サンタマリア号の進水式を終えた翌日、俺達は今キーンから離れた海上にいた。
「はや~い!」
「中々やるわね」
ルイーザは素直に驚いてくれているけど相変わらずミコトは一体何と戦っているんだろうか……。それはともかく結局全員でガレオン船『サンタマリア号』に乗って海に出ている。そう……、結局俺は皆が乗るというのを反対し切れなかった。
今はまだ海賊船退治のための出航じゃないとはいっても海上で出会えば戦闘にもなる。偶然であろうが何であろうが出会えば即開戦だ。こちらはまだ乗組員達の訓練のためにキーン近海に出ているだけだけどここはルーベークからそんなに遠くない。たまたま海賊達がルーベークの海上封鎖や関連する船を襲っている場面に遭遇しないとも限らない。
こちらがまだ戦う気がなくてもそういう展開も有り得るから皆を乗せるのは反対だって言ったのに結局押し切られてしまった。皆で揃ってやんややんや言われて父と母まで乗るからと言い出したらもう俺では止められない。こうなる気はしていたけど結局こうなったというところだろうか……。
「わっ!見て!あっちからも同じくらいの船が来たよ」
俺達がキーン沖の近海で訓練をしていると他にも同型船が三隻近寄ってきていた。もちろんどれも敵ではなく味方だ。新型船の試作として四隻同時に建造していた。そのどれもがすでに完成しており今回艦隊行動を取るために合同で訓練することになっている。
個別の航海訓練は行なっていたけど艦隊行動は今回が初めてだ。横につけたり縦に並んだりと船が自在に動いていく。この艦隊では単縦陣が主な陣形となるだろう。
砲が開発されておらず搭載していない他国の船は衝角による体当たりか横付けして乗り移る白兵戦で勝敗を決する。それに比べてまだまだ貧弱とはいえ艦載砲を搭載しているカーン家のガレオン船は単縦陣による砲撃戦が可能だ。さらにここから砲列を増やして戦列を組み砲撃する戦列艦へと進化することになるけどそれはおいておこう。
衝角で体当たりするつもりなら単縦陣は意味がない。だけど戦列を組み砲撃するつもりなら単縦陣は都合が良い。さらに単縦陣は無線もないこの時代では後続への作戦指示がしやすくて有利となる。極端に言えば前の船が撃った対象や残っている対象をすれ違い様なり並走時なりに撃つだけで良い。無線がなくて細かい指示が出来ない中で各艦がある程度判断しながら行動しやすい形だ。
この日から三日間毎日キーンから出航してガレオン艦隊は艦隊行動訓練に明け暮れた。
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ガレオン船の進水式から三日間訓練に明け暮れている間も遊んでいたわけじゃない。キャラック船はスカゲッラク海峡方面の監視とルーベーク周辺の警備を行なっていた。そしてキャラベル船はホーラント王国の海賊船の捜索だ。
俺達ではスカゲッラク海峡を完全に封鎖することは出来ない。語弊があるからもう少し正確に言えば海峡封鎖自体は出来るけど封鎖してしまうとカーマール同盟と戦争になるからするわけにはいかない、というべきか。
ただし海峡をそのまま何の監視もしていなければ海賊達が海峡を通ってハルク海から無事に逃げ出してしまうということも起こり得る。そこで海賊達がハルク海から逃げ出さないように海峡付近にキャラック船を派遣して監視と逃走の防止を行なっているというわけだ。
それと同時にルーベーク近海のパトロールにもキャラック船を出している。これで海賊達は直接ルーベークを海上封鎖したり近海にいる貿易船を襲ったりは出来ない。
そしてその間にキャラベル船は海賊達の本拠地や寄港先を探していた。一切陸に上がらず補給もしないということはあり得ない。どこかで寄港しているはずであり協力者がいるはずだ。その港や協力者を見つけることが出来れば奴らもやがて干上がるだろうと思っていた。だけどまだ海賊の寄港先は見つかっていない。
敵の捜索や寄港先の調査はこの三日でやったわけじゃなくてずっと前から行なっている。それでも見つからないということはよほどうまく隠れているのか、カーマール同盟の領域奥深くにある港を利用しているかのどちらかだろう。
俺達に情報が入ってこないということはプロイス王国が貿易を行なっているようなわかりやすい場所にはいないということになる。ならばプロイス王国が貿易していない遠くにあるカーマール同盟の港を利用している可能性が高いということだ。
情報によると海賊船は五隻はいるということがわかっている。五隻以上いるのかはわからないけど五隻が集結しているところは目撃されているから最低でも五隻はいるということだ。五隻以上もの海賊船がどこかに寄港しているはずなのに見つからない……。
「シュヴァルツ提督」
「はっ!」
サンタマリア号に乗っているカーン家海軍の提督であるシュヴァルツを呼ぶ。シュヴァルツはカーン家が船を建造するようになった頃から海軍の将官として召抱えていた者だ。クルーク商会を通しての紹介だったしこちらでも身元の確認は行なっている。そもそもうちがまだ名を上げる前から勤めてくれている者だから最近近寄ってきているスパイ達とは違って信頼出来る。
「まだ海賊達の寄港先は見つかっていないのですよね?」
「はっ……、申し訳ありません。手を尽くしているのですが……」
俺がそう言うと申し訳なさそうに頭を下げてきた。でも俺は別にまだ見つけていないことを責めようと思って呼んだわけじゃない。
「頭を上げてください。シュヴァルツもカーン家商船団もよくやってくれています。それよりも……」
俺は広げてある海図を指し示す。
「ハルク海最大の島、ルーベークの北東に位置するゴスラント島ヴィスベイ……。ここが怪しいと思いませんか?」
「なるほど。確かにここなら……」
ルーベークの北東にハルク海最大の島と言われているゴスラント島がある。この時代の情報や地図だからどの程度精度があるのかはわからない。だけどわかっている限りでこの近辺で最大の島であることは間違いない。その島最大の都市であるヴィスベイという町は港湾都市として栄えている。
もしルーベークを海上封鎖するつもりで自分達の本拠地はこちらから見つからないようにするつもりなら、このヴィスベイは距離も立地も所属も全て都合が良い。ゴスラント島はカーマール同盟にもプロイス王国にも所属していない。ホーラント王国の海賊が拠点にするにはうってつけだ。
「キャラベル船を先行させて調査しましょう。漏れがないようにキャラベル船七隻全て使って構いません」
「しかしそれでは……」
キャラベル船七隻と言えば建造中と大砲を搭載するための改装中のものを除けばカーン家が現在すぐに動かせるキャラベル船全てということになる。もしこの即座に動かせる戦力を全て動かして空振りだった場合……、最悪その間に入れ違いで海賊船がやってくれば残った船に対処する術はない。
しかしだからこそ七隻全てを動かして敵を見逃すことなく完全に捕捉してしまうつもりだ。もしこの予想が当たっていれば一気に敵の寄港地を叩ける。
「さらにガレオン船四隻も準備が出来次第ゴスラント島へ向けて出航しましょう」
「……はぁ。譲られるつもりはないということですね……」
シュヴァルツが呆れるのもわかる。絶対にそこに敵がいると判明しているわけでもないのにキャラベル船七隻、ガレオン船四隻、カーン家がすぐに動かせる船で海賊船の速力についていける船全てをゴスラント島へ差し向けるということになる。これで空振りだったら取り返しがつかない可能性もある賭けだ。
キャラック船が護衛に残っているとはいっても海賊船の足には敵わない。近くに来てもキャラック船では捕まえることは出来ないし逃げることも不可能だ。キーン、ルーベークの防衛と近海にいる貿易船の護衛、それからスカゲッラク海峡の監視任務にしか使えない。
俺は時間がないから焦って危険な賭けに出ている、というわけじゃない。確信がある。ルーベークの監視や封鎖、自分達の補給と隠れる場所から考えたら調べていない場所で条件に合うのはヴィスベイだけだ。点々と拠点を変えているのなら別だけど一箇所に留まっているのならば他に怪しい場所は全てこれまでキャラベル船が調べ尽くしてくれている。
「それでは一度戻ってガレオン船も出航の準備をしましょう」
「はっ!」
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すでに出航準備が出来ていてあちこちの捜索に出ていたキャラベル船は全てゴスラント島へ向けて出航していった。ガレオン船は物資を積み込む必要があるから一日遅れて出ることになる。皆を連れて今日はキーンの別邸で泊まることにした。
「これまでと違い次の出航は戦闘をしに行く前提で出航します。皆さんはここで待っていてください」
「駄目よ。私も行くわ」
いつも通り真っ先に口を出したのはミコトだった。だけど今回は一応それなりの理由があったらしい。
「もしかしたら魔族の国やカーマール同盟が噛んでるかもしれないんでしょ?だったら私が手伝った方が良いわ。違う?」
「それは……、まぁ……」
確かに魔族の国のお姫様であるミコトが魔族の国やカーマール同盟を止めてくれるというのなら非常に助かる。こちらとしてはホーラント王国が送り込んできた海賊は沈めるつもりだけどカーマール同盟と戦争をするつもりはない。船の性能では圧倒していると思うけど如何せん数と勢力範囲が違いすぎる。今はまだカーマール同盟と正面切って戦えるほどではない。
ミコトがカーマール同盟を止めてくれるのなら非常に助かる。助かるけど……、ミコトだけ連れて行って他の面子は連れて行かないという選択肢はあり得ない。ミコトを連れて行くということは他の面子も皆ついてくるということだ。
「もちろん僕達も行くよ!」
「うん!」
やっぱりね……。こうなると結局ほとんど全員ということになるじゃないか……。だから困るんだよ……。
「まぁいいじゃないフローラちゃん。負けるつもりはないんでしょう?」
「それはそうですが……」
敵を近寄らせず全て倒すつもりだけどそれはあくまでこちらの勝手な理想だ。実際に戦ったらそんな理想通りにいくとは限らない。
「フロト……、私も……」
「駄目です。クリスタは絶対に駄目です。クリスタはヘルムートと一緒に待っていること。これだけは譲れません」
最悪他の皆は妥協したとしよう。でもクリスタだけは駄目だ。ミコトは自分で言っている通りカーマール同盟の関係者だから今回の件について無関係じゃない。アレクサンドラはカーザース家の家臣なんだからうちの両親も参加する以上はこれも無関係じゃない。
カタリーナは俺のメイドで、ルイーザはカーザーン出身者だ。クラウディアは少し微妙ではあるけどプロイス王国の近衛師団員だからまだ戦場に立つ理由はある。だけどクリスタは駄目だ。クリスタはカーン領ともカーザース領とも関係ない。他派閥の貴族の子女であってこの戦いに巻き込むわけにはいかない。
「……わかった。待ってるからね?絶対……、絶対無事に帰って来てね?」
「ええ、もちろんですよ。全員無事に戻ってきます」
クリスタを安心させるように微笑む。俺だって皆に怪我をさせるつもりはない。全員無事に戻ってくる。全員無事に戻れるならクリスタも一緒でも問題ないとかいう突っ込みはさせない。それとこれとは別問題だ。
「さぁ……、それでは今日は明日の出航に備えて準備をしましょうか」
その日は少しだけ豪華な食事を摂って早めに休むことにした。そして翌日俺達は再びキーンの港でガレオン船『サンタマリア号』に乗り込んでいた。
「随分手を焼きましたが……、これで海賊騒ぎも決着といきましょう」
「はい。必ずやホーラント王国の海賊共を仕留めてご覧に入れましょう」
シュヴァルツが気合を入れて乗組員達を鼓舞する。キーン港を出航するガレオン艦隊は一糸乱れることなくハルク海を突き進む。目指すは恐らく敵の根拠地になっているであろうゴスラント島ヴィスベイだ。
「この一戦で海賊達を一人残らず捕まえますよ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
乗組員達の鬨の声が大海原に鳴り響く。一日遅れているガレオン艦隊は先行しているキャラベル艦隊に追いつくべく帆を一杯に張っていた。