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第十九話「前へ進もう!」


 どうしてこうなったのだろうか……。俺はどこでどう間違えたのか。最初の頃はカタリーナもキラキラした目で俺を見ていた。そういう目で見られるのもちょっと苦手ではあったけど悪い感情ではなかったはずだ。いつも『フローラ様』『フローラ様』と言って笑顔でついてくる可愛い女の子だった。


 それなのに何ヶ月か経った頃くらいからカタリーナの態度が硬くなり始めた。こちらがどれほどフレンドリーに接しても何か壁でもあるかのように距離を感じる。


 そりゃ主家の娘と家臣の娘では立場の違いというものがあるだろう。カタリーナは賢い子だからそれくらいはきちんと理解している。だけど最初の頃はもっと砕けた感じで、まるで憧れの人を見るようにキラキラした目で俺を見てくれていたはずだ。なのに何故……。


 いつからかカタリーナは俺に対して余所余所しくなった。一緒にお茶をしようと誘っても向かいに座って一緒に飲んでくれることはなくなった。カタリーナがお茶を淹れて後ろに立っているような関係だ。


 もしかしたら最初の頃のカタリーナの態度を見て誰かが家臣の娘が主家の娘に対してなんて態度だと言ったのかもしれない。そんなことは気にしなくて良いからもっと友達のように接してくれていいと何度も言ったのにとうとう最後までカタリーナと和解出来なかった。


 虚弱体質も改善して家での治療を終えてロイス家に帰る日、俺はカタリーナに友達どころか一緒に暮らした姉妹だと俺の気持ちを伝えたのにすげなく返された。俺は何かカタリーナを怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。それともあるいは一緒に暮らすうちに俺のメッキが剥がれて本性を見抜かれてしまったのかもしれない。


 カタリーナはお姫様に憧れているような女の子だった。最初の頃に俺にあんな視線を浴びせていたのも俺のことをお姫様だと思っていたからだろう。


 確かに世間的に見れば俺はカーザース辺境伯家のお姫様ということになるだろうけどそれはただの生まれがそうだというだけのことだ。俺の中身は到底お姫様とは程遠い。


 礼儀作法もままならず未だにオリーヴィアには怒られてばかりだ。家庭教師達も最近では俺の授業はあまりみてくれなくなった。見込みがないから見限られてしまったのかもしれない。少しばかり前世の記憶があるから何とか取り繕っているだけで俺はこの世界の貴族の子供達に比べたらむしろ不出来な方のようだ。


 一緒に暮らしているうちにカタリーナもそのことに気付いてしまったんだろう。憧れのお姫様のように俺を見ていたのに実際の俺を見てがっかりしたに違いない。だからカタリーナはあんなに余所余所しくなってしまったのかな……。


 この世界で生まれて初めて出来た同い年の友達はたった数ヶ月で俺の前からいなくなってしまった。それも最悪の形でお別れしたままだ。俺はただ女の子同士でキャッキャウフフしたかっただけなのにどうしてこうなってしまったのだろうか。


 失意のままカタリーナを見送った俺には落ち込んでいる時間も与えられはしない。出来の悪い俺は休んでいる時間も立ち止まっている時間もない。周囲に置いていかれないように常に走り続けなければ俺は周囲についていくことすらままならないような者だ。


 カタリーナを乗せた馬車が見えなくなると俺はクルリと踵を返した。いつまでもここで立ち止まっている場合じゃない。少しでも前に進まなければ……。カタリーナとの失敗を繰り返さないためにも俺はまた走り続けなければならない。




  =======




 カタリーナのために作っていた料理の数々を料理長のダミアンに教えて家族でも食べることになってからすぐに俺は畜産と農業を拓いた。市場で買ってくるだけでは食材の品質と量が確保出来ないからだ。


 農業に関してはリタイアした農夫を雇用して貧乏で仕事に困っているカーザーンの貧民の子供達に指導してもらうことで比較的スムーズに進めることが出来た。まずはテンサイの栽培しかしていない。いきなりあれもこれもと手を出すことは不可能だ。


 働いてくれている老農夫や子供達は自分達が砂糖を作るためにテンサイを栽培していることは知らない。余計なことを知れば後々誰かに狙われた時に身の危険がある可能性もある。情報流出を抑えるためという目的もあるけど甜菜糖が流通しだした頃に余計な事件に巻き込まれないための備えでもあるわけだ。


 そして畜産の方はまず鶏の飼育から始めた。鶏なら俺も裏の森の中で飼育したことがある。朝に鳥小屋から出して柵の中で放し飼いにして鳥小屋の掃除をして餌を与えるだけだ。放し飼いで勝手に餌を食べてくれればそれが一番良いけど一応鳥小屋の中にも餌を撒いておく。時間になると外に出していた鶏を鳥小屋に入れれば仕事は終わりだ。


 掃除の時に回収した卵は基本的にその日のうちに使い切る。この世界じゃ冷蔵庫もないし長期間新鮮なまま保存するのが難しい。地下倉庫なら温度も湿度もある程度は一定だし多少はもつかもしれないけどそれでもよく火を通して食べる必要がある。


 まずは鶏から始めて徐々に牛や豚を増やしていく。今では結構な数の牛と豚もいるから牛乳や肉も比較的簡単に手に入るようになった。


 畜産は簡単には出来ないから経験のある者を探して連れて来るのも少々苦労したようだ。今現役バリバリで働いている者はそこでの仕事があるからうちの牧場に来てもらうわけにはいかない。今は牧場の仕事から離れているけど経験豊富で手が空いている人物なんて探したってそう見つかるわけがないのはわかるだろう。


 日本のようにハローワークがあって自分に適した仕事を労働者の方から自発的に探して応募してきてくれるなんてわけにはいかない。なるべく経験豊富で指導も出来て変な理由で前職を辞めたわけじゃない人なんてどうやって探したらいいのかもさっぱりだ。


 俺はただマリウス達にそういう人物を探してきてくれと頼んだだけで実際に探してきたのはヘルムートやイザベラだろう。伝手とかも使ったんだろうけど俺には真似出来ないことだ。本当に二人が優秀すぎて助かる。


 牧場の方は牛や豚を買ってきて育てているからすぐに数が増えたけどテンサイはそうはいかない。種を植えてから育って収穫出来るようになるまでまだ時間がかかるだろう。そんなわけで家畜達の飼料と甜菜糖はすでに栽培している他の農家から仕入れたテンサイを使っている。


 そろそろ牧場と農地の巡回に出かけよう。モンスターが出るって話だったけどこれまでそんなに出たことはない。さすがに町の近くだからか、他の町との流通もあるから街道沿いも町の近くもモンスターの討伐は定期的に行なわれているようだし頻繁にモンスターが出るというほど治安が悪いわけじゃないようだ。


 牧場と農地が出来てから俺は男装させられて騎士見習いの『フロト』としてカーザース辺境伯軍に同行している。俺の素性を知っているのは最近俺の訓練に参加するようになった槍使いのドミニクだけだ。


 最近の俺の訓練では『槍に対する訓練も積んでおく必要がある』と言われて四人掛かりになっている。確かに戦場では槍が一番メインの武器だし槍に対する訓練をしておかなければ実戦で役に立たないだろう。そんなわけで槍の使い手であるドミニクが俺の訓練に加わることになった。


 そのドミニクは俺が男装して領主軍に紛れ込んでいる時に護衛と監視として俺について来ることになっている。これまで何度か巡回の時に本当にモンスターが出たけど俺が前線に出て戦う機会はまだない。


 俺は『騎士見習い』という立場ということになっているから大人の正規兵達がいるのに最前線に出されるはずもない。大人達がモンスターと戦っているのを後方で眺めているだけだ。


 見るのも勉強のうちだし見ているだけとはいっても場数としてはカウント出来る。いきなりモンスターと出会ってもまともに動けないだろうからこうしてモンスターに慣れるだけでも大いに意味はあるはずだ。


 農場も牧場も基本的に朝が一番忙しい。農場なんかはほとんど午前中の仕事しかないくらいだ。だから巡回に行く俺達も午前中がメインとなる。もちろん普通の兵士達や農夫達は管理や監視をするために午後からもいるけど俺は家庭教師の授業もあるから一日中巡回しているわけにもいかない。


 そこで労働者達も多い午前中に巡回して午後から家庭教師達の授業を受けるように時間割りが変わった。カタリーナが居た頃はそんなに巡回にも同行していなかったし午前中が授業だったけどカタリーナがロイス家に帰ってからは今のパターンだ。


 馬に乗る練習も兼ねて巡回には馬で行くこともある。もちろん徒歩の場合もあるから必ずしも馬とは限らない。今日は行軍の訓練も兼ねているそうで鎧を着込んで隊列を組んで歩いている。


 練兵場で整列した隊列が順番に出発していく。俺は中盤よりやや後の方の隊の最後尾にいる。隣にはドミニクが付き添っている形だ。


 兵達は本来朝訓練をしてから巡回に出て、巡回から戻ると再び訓練。昼食休憩を挟んで午後から巡回、訓練、巡回で一日が終わる。もちろん非番の者もいるし夜警の者もいるから夜の勤務の者はまた別サイクルだけど大多数の昼の者達は大体こんな感じだ。


 俺は朝の巡回にだけ同行しているから他の兵士達から変な目で見られている。そりゃそうだ。騎士見習いだというのなら朝の訓練にも参加すべきだし午後から出てこないのもおかしい。朝の巡回だけ護衛付きで同行して何が騎士の見習い訓練だというのか。


 そもそもここには俺と同世代の子供なんて一人もいない。普通の子供達は別の所で訓練しているらしい。そもそも貴族の子弟は基本的に各家で独自に育てられる。俺の年で兵士に混ざっているなんてのは異例といえば異例だそうだ。


 俺としては兵士達の訓練にも参加しても良いんだけど父に絶対に参加するなと止められている。理由はわからないけど万が一俺がカーザース辺境伯家の者だとバレたらまずいからかもしれない。それにへなちょこの俺がバレた際にカーザース辺境伯家の者だと知れ渡ったら家名に傷が付くという考えもあるのだろうか。


 何にしろ絶対に参加するな。見学もするな。と厳命されている以上は父に逆らってまでそのようにする理由はない。父は厳しくはあるけど無意味なことはしない人だし何だかんだと言っても俺のわがままも聞いてくれている。父を煩わせるようなことをすることもない。


 今日の巡回は徒歩ということもあって北側の森へも入っていく。定期的に森に入って人間の縄張りだと示して獣やモンスターを追い払ったり、それでも森の奥へ引っ込まないものは討伐したりする。牧場を回ってから北の森に少し入って各隊が決められた場所の獣とモンスターを追い払ってから農場の方へ行く。


 俺が作ったテンサイ栽培の農場は北の牧場から少し東に離れた場所にある。牧場と農場の間は特に何もない。これから牧場や農場が拡張されたらいずれは隣接することになるかもしれないから広めに間がとられている。


 もちろんそういう意味もあって場所は少し離して用意されたわけだけどそれ以外にもきちんとした理由はもちろんある。テンサイの栽培条件に適した場所が今の農場付近だった。だからそこに農場を作ったというわけだ。


 カーザーンの外壁に沿うように農場が広がっている。老農夫や子供達でもそれほど危険なくやってこれる場所だ。農場に近づくと声が聞こえてきた。


「あっ!フロト!はやくはやく!こっち手伝って!」


「あぁ、おはようルイーザ」


 俺の姿を見つけたルイーザが手を振って俺を呼んでいる。俺は巡回だけじゃなくて農場で手伝いもしている。兵士達はこのままカーザーン周辺の巡回を続けるけど俺はこの牧場と農場近辺だけだ。だからここで別れて農作業を手伝うのが日課になっていた。


 俺を呼んでいるのはルイーザという女の子だ。俺より二つくらい年上で十歳だったかな。仕事もなく貧困に喘いでいる子供達をここで雇っているわけだけど子供達の実質リーダー的存在だ。


 牧場の方は比較的年も上で体力も腕力もある子供が選ばれている。こちらの農場の方は牛や豚に襲われたら危ない子供達ばかりだから、その中では年も上の方で気が強いルイーザがいつの間にか指揮を執るようになっていた。


「おはよう。さっ、こっちをお願いね」


 ルイーザの目の前まで行くとにっこり笑いかけながら鍬を渡される。小さい子供達は鋤を使っているけど俺は鍬だ。鍬の方が腕力が必要になるからということで俺は鍬が必要な作業を任されている。


 ルイーザはお淑やかな貴族の娘とは違って快活で性格もはっきりしている。貴族のお上品な振る舞いとは無縁なタイプだけど元気で明るくて可愛らしい年相応の女の子と言えるんじゃないだろうか。


 カタリーナのことはちょっとショックだったけどルイーザのお陰で少し立ち直れた。カタリーナがいなくなった後は暫く女の子と話も出来なくなっていたからな……。


 だけどルイーザが落ち込んでいる俺にも前と同じように話しかけてくれたお陰で今ではこうして普通に女の子とも話せるように回復した。


 所詮元庶民だった俺には貴族の娘との付き合いは難しいのかもしれない。それに比べたら前世の俺と同じ庶民の子供であるルイーザの方が打ち解けられるんじゃないだろうか。


 普通なら今の俺でも『騎士見習い』といえば庶民とは違う。下級とはいえ貴族の子弟ということになる。それでもルイーザはこうして友達のように接してくれる。最初は他の子供達も、もちろんルイーザも俺を騎士の息子と思って遠巻きに見ているだけだったけど今ではご覧の通りだ。


 もうカタリーナとのことは忘れよう。ここでなら俺の身の丈にあった子供らしいキャッキャウフフが出来るかもしれない。そう思って今日も畑を耕していたのだった。



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