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第百八十七話「ピクニック?」


 昨日のカーザーン観光は非常に有意義だった。ルイーザがカーザーンに残っている幼馴染達と再会して蟠りが解けたのはとても良いことだ。いつも通りの朝の日課を済ませて皆で朝食を摂りながら今日の予定について話す。


 ちなみに上の兄フリードリヒはいない。どうやら昨日は帰ってこなかったようだ。そもそも俺は上の兄とはほとんど会った記憶がない。幼い頃はカーザース邸の裏にある練兵場で訓練しているのを見たことがあるけど、それからはあまり見なくなったような気がする。昨日会ったのだって何年振りくらいの再会だったんじゃないだろうか。


 それはともかく今日の予定だ。今日俺はカーザーン南の川へ視察に行かなければならない。今日の視察は一切情報が漏らせない機密というわけじゃないから同行したい者がいれば同行してもらっても良いけど面白いものが見れるとも思えない。


「特に面白いものがあるとも思えませんがどうしますか?」


 俺が今日視察に行く場所の説明をしてから皆に聞いてみる。もちろん両親やガブリエラは昨日同様同行しない。父、というかカーザース家やカーザーンにとっては関係ある話だけど今日の視察に一緒に行く必要はないということで今日は来ないことになっている。


「私はもちろんフローラと一緒にいるわよ!」


「そうですわね。私も同行させてもらいます」


 川や森を見に行くだけだから何も面白いことはないと思うんだけどミコトやアレクサンドラは同行するつもりらしい。反対する理由もないけど来ても面白くないと思うけど……。


「じゃあ今日は皆で野掛けだね」


 いやいやクラウディアさん?別にピクニックに行くわけじゃなんですよ……。まぁちょっと時間を取ってピクニックしてもいいけど……。


「川を見てどうするの?」


 ルイーザは素朴な疑問という感じで聞いてきた。だけど具体的な内容についてはまだ言えない。一緒に視察に行くことには問題はないけど俺が何をするつもりなのか。何を視察してどうするつもりなのかについてはまだ秘密だ。


「それではピクニッ……、いえ、野掛けでもしましょうか……」


 本当は俺は別にピクニックに行くわけじゃないんだけどこの際クラウディアの案に乗って皆にはピクニックということにしておこう。それなら皆が来ても少しは楽しめるだろう。


 近場だから南の川を見てからカーザーン北の農場とカーザース邸近くの牧場も視察に行こうと思っていたけどこれはちょっと無理かな。ピクニックもするつもりならそれなりの準備も必要だ。すぐに視察に出かけるつもりだったけどピクニックの準備が増えたからすぐには出られない。


「それでは皆さん同行されるということで……、少し食休みしておいてください」


 何だかんだとクリスタもピクニックを楽しみにしていそうだったから結局昨日と同じメンバーで出かけることになった。皆には休んでもらってその間に俺はピクニックの準備に取りかかる。


 別に俺がする必要はないんだけどお弁当は俺が作る。下に敷くシートとか日除けは家人達が用意するだろう。その間に俺は手早く簡単なお弁当を作る。今からだと凝ったものは出来ない。簡単でなおかつピクニックにぴったりのものといえば……、これだろうな。


 ちょっとだけ手間のかかる物を段取りしている間に簡単に出来る物は手早く済ませていく。最初は超お手軽料理にしようと思っていたけど作り出すとあれもこれもとメニューを増やしてしまった。


 当初の予定よりかなり遅れて俺は南の川へ視察に、皆はピクニックへと出かけたのだった。




  ~~~~~~~




 カーザーンの城郭から出て南へと向かう。それほど遠くないのですぐに目的地へと到着した。俺達の目の前には小さな川が流れている。


 まぁ小さな川とは言ってもさすがにカーザーンの北側に東西に流れている小川のような小さなものとは違う。あれは川というか……、川ではあるんだけど何ていえば良いのやら……。現代日本で言えば小川で地上にむき出しになっている下水も一緒に流れているような川のようなものだ。


 俺達の目の前にあるこの川は流量もそれなりにはあるし規模としては結構大きい。ただしディエルベ川やヴェルゼル川に比べれば小さなものだ。


 源流はヘクセンナハトから流れ出た川でカーンブルクとカーザーンの西側を北から南に流れ、カーザーンの南で東へと曲がってディエルベ川に注ぐ。カーンブルクでもカーザーンでもこの川から取水している。両都市の命を支えているこの川はアースタル川という。


 このアースタル川のディエルベ川へ注ぐ前の地点。カーザーンの南側で東方向へと流れが変わる場所に来ている。俺がここへ視察にやってきた理由はもちろんここを運河として掘削、拡張するためだ。


 ディエルベ川とヴェルゼル川はお互いに繋がっていない。そして出口も違う。ハルク海へ注ぐディエルベ川とヘルマン海へ注ぐヴェルゼル川を領内で自由に往来出来ればとてつもない効果を生み出すだろう。その二つを繋げる運河の候補地がこのアースタル川というわけだ。


 何もないところをいきなり全て掘ってディエルベ川とヴェルゼル川を繋げるのは難しい。環境への影響も大きくなるだろう。そこでディエルベ川へと注いでいるアースタル川のうち東西方向に流れているこの部分を利用して掘削、拡張を行なう。


 もちろんアースタル川はヴェルゼル川まで繋がっていないからそこから先は新たに掘削する必要がある。何もないところを全部掘るよりは色々とメリットがあるだろうと考えてのことだ。何よりどこをどう繋げるかというのも重要な意味がある。


 水路も道路と同じでありどこをどう通すかという選択はとても重要だ。道路だって建設する際には極力通しやすい場所を通したいだろう。だけど何もない所に道路だけ通しても意味はない。どこを通過させるのかというのも重要になってくる。それは水路だって同じだ。


 もちろん最短距離でフローレンからカーンブルクまで繋がるというのはそれはそれでメリットもある。だけど流通や実際の建設工事を鑑みればフローレンからカーザーンを通りカーンブルクへ。そしてカーンブルクからルーベーク、キーンへと繋がる一大流通経路になればお互いに大きなメリットが得られるだろう。


 そういう意味で今日はアースタル川が拡張可能かどうか。拡張するならばどうすれば良いか。またアースタル川からヴェルゼル川までの流路や実際に掘れるかどうかなどの視察にやってきたというわけだ。


 同行している皆には森を見て回ったり川を見て回ったりのピクニックを楽しんでもらう。その間に俺は建設の専門家や職人の棟梁達、カーン家の関係部門の役人や予算関係などについて話し合う。


 まず一番の問題となったのが法関係だ。カーン家の法務局に調べさせていたけどプロイス王国では運河建設に関する法律や決まりというものがない。というのも地方領主が独自に運河建設や川の付け替え工事を行なった前例が存在しないからだ。


 プロイス王国でも古くから多少の小規模運河は建設された歴史があるらしい。ただし治水や運河建設、川の付け替えといった工事は全てプロイス王国が国家事業として行なっている。それを地方領主が単独で行なった前例がない。前例がないのだから当然それに関する法律も存在しない。


 前例がなくて法律がないなら勝手にやれば良いじゃんというほど単純な話じゃない。これは権利や義務に関係するために迂闊に手を出して良い問題じゃないからだ。


 例えばプロイス王国は各地の領主達の権限が極めて強い。簡単に言えば独立国家の集合体とも言えるような国家体制だ。そしてプロイス王国がこういう国家体制だからというだけじゃなくてどんな時代のどんな国であろうとも権利と義務は明確に決められている。


 物凄く単純化して言えばそこに住む住民達は国家や領主に対して納税の義務がある。ただし納税している限りはそこで住む権利も、他国の侵略者から守られる権利も保障されている。同じように地方領主も国家に対して税を納める義務がある代わりに様々な権利が認められている。


 そうなると当然、逆に国家の権利というものもあるわけだ。プロイス王国でいえばいくら地方領主が独立国家並みだとしても外交権はプロイス王国が持っている。領内の統治に関しては独立国家並みの権限を有する領主達だけど外国との交渉、つまり外交権はプロイス王国が権利として持っておりそれに従う義務がある。国権や王権というものがありそれに逆らうことはプロイス王国への反逆となるわけだ。


 それから考えれば治水工事や運河建設が『国家の権利』となっているのだとすれば地方領主にすぎないカーン家が勝手にそれを行なうわけにはいかない。莫大な予算や手間がかかるから地方領主が勝手にやってくれても良いんだよ、とは国は絶対に言えない理由がある。


 そんなことを認めれば、外交は大変だろうから国家に代わって地方領主の私が勝手に外交をしましょう、とか、軍事行動は大変だろうから私が国家に代わって勝手に国軍を組織して指揮しましょう、とかいうことを認めてしまうことになる。安易に国がそういった『国家の権利の代行』を認めるわけにはいかないのがわかるだろう。


 カーン家法務局が調べた限りでは過去に地方領主が独断で運河建設をした前例はなく法律も存在しない。かといってそれが国家の権利だと明記している法もまたない。


 それに運河建設はわからなくても利水行為は認められている。カーン領で上下水が完備されているのを見てわかる通り河川の流域では川の水を利用、つまり利水や取水は自由に認められている。いちいち取水のための工事まで国が請け負わないし申請も必要なく領内で勝手に出来る。


 もちろん各村などが勝手に利水することは認められない。川から村まで水を引くなどしようと思えば領主へお伺いを立てる必要がある。明文化されていないけどこれらから考えると治水は国家の権利、利水は領主の権利、そして実際に水を利用するのは住民達、ということだろう。


「国王陛下へのお伺いは私が行ないます。まずは運河を建設する場合の経路の検討、確認。周辺の森の伐採や堤防建設。曳舟道の整備などから進めましょう」


 運河の建設が国家の権利だったとしても領内の街道整備は領主が行なえる。国家事業の、いわば国道にあたる街道は国が主導で敷設するけど都道府県道や市町村道のようなものはこちらで敷設出来る。ならばディエルベ川からヴェルゼル川までの『街道整備』ならこっちで勝手に進めても問題はない。


 王様やディートリヒに聞いて決定が下るまでただぼーっと待っていたら時間の無駄だ。その間に森を切り開いて運河のルートを確保すると共に周辺の整備を始めておく方が良い。


「あぁ、それからこの辺りのアースタル川の拡張も進めておきましょう」


 カーザーン南方のアースタル川拡張も進めてしまおう。治水工事や運河建設が国家権利だったとしても利水なら領主が出来る。名目は……、そうだな……。アースタル川を拡張してディエルベ川の水をこちらに引きこみカーザーン南方に農場を作る、とでもしておこうか。これなら国に文句を言われる筋合いはない。


 まぁ俺はカーン領の領主であってカーザース領の領主じゃないんだから勝手にカーザース領の利水について決める権限はないんだけど……。それは父が後出しでも許可してくれるだろうから問題はない。建設費用はうちが出すことになるけど……。


「フローラ様!現地調査を行なったところ経路については……」


「フローラ様、こちらの建設工法ですが……」


「これについてはいかように……」


 ワラワラと棟梁達や役人達が集まってくる。あまり専門的なことを聞かれても俺にはわからない。高低差や作業の効率、建設費用を抑える方法やら色々と考えなければならないことは山積みだ。特に高低差が厄介だな。現代なら閘門を作れば良いじゃないかと思う所だけどこの国の建築技術で閘門が作れるだろうか……。


 そもそも閘門の注水はどうする?排水は簡単だ。低い方へは簡単に水は流れてくれる。だけど水位を上げるのはどうする?現代のようにポンプで注水とはいかない。古い方法なら高地に貯水池を作ってそこから水を流すという方法もあるだろう。だけどそれだと貯水池も作らなければならなくなる。それにその貯水池の水量が問題だ。


 今はまだ良いだろう。船の往来も少ないだろうし船体も小さい。だけどこれから船の数も増え大きさも大きくなったら小さな貯水池では対応し切れない。貯水池の水がなくなったから雨が降るまで運河が通行出来ませんなんて言えない。


 まだ経路も決まっていないし高低差もどのくらいあるかはわからない。だけど考え出せばキリがないほどに問題だらけだ……。まぁ地球の歴史だってかなり昔から運河建設なんてしているんだからやって出来ないことはないんだろうけど……。


 働けど働けど猶わが仕事一向に減らず……、なんて言葉がつい出そうになってしまう長期休暇のある日のピクニックの朝だった。



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