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第百八十六話「カーザーン観光!」


 食休みを終えた俺達は早速カーザーンの町に出ることにした。こっちでも俺はあちこち視察に行かなければならないけど今日の予定は全て終わっている。


 さすがに何時に到着するかもわからないのに今日着いてすぐに何かするという予定までは入れていない。予定到着時刻は昼前になっていたし実際にそのくらいには到着した。だけど移動なんてどんなアクシデントがあるかわからないものだ。それを考慮に入れずに予定を組んでいたらちょっとしたことで全ての予定が狂ってしまう。


 例えば馬車で移動していたら途中で車輪が壊れるかもしれない。馬が転んで骨折するかもしれない。骨折までいかなくとも馬の体調が悪くて移動が遅くなることだってある。盗賊やモンスターに襲われたら?街道が何らかの理由で通れなくなっていたら?この世界の移動とはそういうイレギュラーの塊だ。日本のように秒単位で正確に移動するなんて出来ない。


 それらを踏まえた上で今日は午後までにカーザーンに到着して、あとは客人達と観光でも行こうという予定になっていた。到着が遅れていれば観光の時間が減るところだったけど幸い予定通りに到着出来た。なので今日はもうこれから皆とカーザーン観光に出かければ良いだけだ。


「それでは行ってまいります」


 両親やガブリエラは出かけない。もちろんゲオルクもだ。俺といつもの五人に加えてクリスタとヘルムートにイザベラ。それからオリヴァー隊の護衛が五名。だけど護衛は他にもいるようだ。見るからに護衛とわかるのは五名だけど周りに紛れて護衛する者も何人かついてくるらしい。


 皆でカーザース邸を出るとまず最初に向かったのは貴族街だ。ここまでは別に馬車に乗る必要すらなく歩いても十分来れる。だけど俺達が歩くとそれはそれで迷惑にもなるので馬車で移動するしかない。


「皆様リンガーブルク家へようこそ」


 アレクサンドラが前に立って俺達を迎えてくれる。今アレクサンドラが言った通りここはリンガーブルク邸だ。まだ家の掃除や住むための準備は終わっていないけどアレクサンドラの家も見たいということで皆で来ることになった。


 俺達が上がりこむと働いている者達の邪魔になるから外から眺めるだけでも良いと思っていたけどどうやら中に入るようだ。俺達が入るとすぐさま俺達の対応をしようとする者達が駆け寄ってこようとするけど止める。家中の掃除をしている中でお茶やお茶請けを出されても飲めないし作業の手を止めさせるだけ無駄だ。俺達は俺達で勝手に見て回るからと言って他の者が俺達の相手をする必要はないと伝える。


「へぇ!良い家じゃない!気に入ったわ!」


「ありがとうございますヴァンデンリズセン様」


「あははっ!」


「うふふっ!」


 ミコトとアレクサンドラが何か面白いことをしている。大仰にお礼を述べるアレクサンドラに二人で笑いあう。ちょっとした寸劇を見ているような気分だ。


「本当に良い家ですね。並べられている品もどれも相当良い物ですよ」


 そう言いながらクリスタもリンガーブルク邸を興味深そうに見ていた。確かに並べられている美術品や調度品は高級品だしとても落ち着いている。俺が行ったことのある他の貴族家の屋敷と比べるとこちらの方がよほど落ち着いた雰囲気だ。バイエン家とかはもう成金趣味みたいにケバケバしくてあまり良いとは思わなかった。


「ありがとうございますラインゲン様」


「あら?私も他の皆さんのように接して欲しいのだけれど?私だけ仲間はずれかしら?」


 今度はミコトの時と違い、本当に畏まって対応するアレクサンドラにクリスタは頬を膨らませていた。大分打ち解けたとは思うけどそれでもまだクリスタは他の皆とは少し距離があるかもしれない。周りは失礼にならないようにそうしているんだろうけどクリスタはそれが少し寂しくて不満のようだ。


「他の方も、皆さん私のことはクリスタと呼んでください。それに遠慮も無用ですよ。ヴァンデンリズセン様を相手にしても遠慮しておられないのですから私にも同じように接してくださいな」


「わかったわクリスタ!私もヴァンデンリズセンじゃなくてミコトって呼んでちょうだい!」


 すぐにミコトが反応して他の皆もわいわいとお互いを気安く呼び合う。前から何度も似たようなことを言い合っているけどなかなか打ち解けていなかった。こうして何度も繰り返すことで徐々に親しくなるのが普通なんだろう。だけど一人だけ少し距離を置いて縮こまっている人物がいた。


「クリスタがああ言っているのです。ルイーザも遠慮することはありませんよ」


「うっ……、うん……」


 そうは答えるけどまだ硬い。ルイーザは高位貴族であるクリスタに気安くすることに戸惑っているようだ。本来ならば口も聞けないような身分差であるルイーザとクリスタが気安く愛称で呼び合うなんて恐れ多いんだろう。だけど……。


「ルイーザ……、相手が他の皆と同じように接して欲しいと言っているのに遠慮していてはかえって失礼ですよ。ミコトやアレクサンドラにも、クリスタにも同じように普通に接すれば良いのです。礼儀作法だとか気にする必要はありませんよ。失礼のないように心がけることが大切なのです」


 確かに作法だのマナーだのという形式や決まりはある。だけど一番大切なのは相手に敬意を持って接することだ。敬意さえ払っていれば多少形式を間違えたからといって目くじらを立てるほどのことじゃない。そして敬意を払うことと親しくすることは両立出きる。


 誰だって普段から友達と接する時に堅苦しくなんてしていない。多少作法やマナー違反であろうとも砕けて接するだろう。だけどそこにきちんと相手への敬意があれば作法やマナーなんて大した問題じゃない。逆に礼を持たない相手ならいずれ周囲に誰もいなくなるだろう。大切なのは形じゃなくて心だ。


「そっ、そうだね……。それじゃ……、よろしくねクリスタ……」


「ええ、こちらこそよろしくねルイーザ」


 周囲から『わぁっ』と歓声が上がる。やっぱりクリスタはええ子やね。というわけで皆も徐々に打ち解けてきたようでよかったよかった。


 家人達が掃除している中をなるべく迷惑にならないように、皆で落ち着いた雰囲気のリンガーブルク邸を見てから次の目的地へと向かったのだった。




  ~~~~~~~




 次の目的地へと向かう途中の馬車の中でカタリーナに声をかける。


「本当にロイス家に寄らなくてもよかったのですか?」


 俺達が次に向かっているのは貧民街だ。ルイーザの知り合いなどを訪ねていこうということになっている。ロイス家は子爵なんだから当然貴族街の中に家がある。むしろカーザース邸から歩いてでも行ける距離だからな。まぁ前述通り歩いていくと色々と周囲に迷惑がかかるから短い距離でも馬車で行かざるを得ないけど……。


 貴族街から移動する前にロイス家に寄ることは簡単だ。それなのにカタリーナはいらないという。


「お気遣いありがとうございます。ですがロイス家へはまた別の機会にお時間をいただき顔を出したいと思います」


 カタリーナはチラリとクリスタを見ていた。クリスタも何故か頷いている。俺にはよくわからないけどまぁいい。


「そうですか……。わかりました」


 クリスタが何故頷いていたのか考えてみればわかることだ。カタリーナとヘルムートだけが実家に帰るのならば簡単な話だろう。ちょっと実家に顔を出して両親や家人達に挨拶すれば済む。だけど今俺達と一緒に寄ったらどうなる?


 ロイス家からすれば俺は主家の娘であり、いくらカタリーナとヘルムートの里帰りだったとしても主家の娘を外に待たせたまま放っておくなんてことが出来るはずもない。


 そして今はその主家の娘である俺の客人が何人もいる。しかもその中でもクリスタやミコトは立場上カーザース家より家格が上だ。そんな相手がいるのにカタリーナとヘルムートだけが家に入って俺達を外で待たせるなんて有り得ない。


 じゃあ俺達も家に招けば良いじゃないかと思うか?そう簡単な話じゃないだろう?


 ロイス家にとっては主家の家族を持て成すのも大変なことだ。失礼なことがあってはならない。出す物も相応の物を出して接待しなければならない。そこにさらに主家よりも格上の客人までいたらどうだ?ロイス子爵家がそんな相手に対応出来るわけがない。それは何もロイス子爵家を馬鹿にしているのではなく純然たる事実だ。


 貴族には格というものがありそれぞれそれに見合うように生きている。子爵家には子爵家の暮らしぶりというものがあり限界がある。他派閥の侯爵家や公爵家の接待が出来るような子爵家は存在しない。同派閥で簡単な接待やパーティーで済む場合しかそんな格上の相手など出来ないのだ。


 俺達が今無理にロイス家を訪ねればロイス家に余計な負担をかけることにしかならない。だからカタリーナも断っているのだろう。それを察した俺はそれ以上はカタリーナやロイス家のことについては突っ込まないことにした。


 そうこうしている間に馬車は貧民街へと到着してルイーザが降りて歩き出す。俺にとっては慣れた場所だけどクリスタとかアレクサンドラとかミコトにはあまり良くない場所だろう。そう思っていたけど皆平然と馬車を降りてきてルイーザに付いて歩き出す。


「ちょっ、ちょっと待って!こんな所にこんな綺麗な衣装を着た人が歩いていたら皆びっくりしちゃうよ!」


「それもそうですわね」


「私は別に気にしないわよ?」


 ミコトさん……、ミコトさんが気にするかどうかの問題じゃないんですよ……。


 ルイーザの言うことも尤もだろう。貧民街にドレスを着た高位貴族のご令嬢達が歩いていたら周りに迷惑をかける。さっきの馬車の件もそうだ。普通貴族は馬車で移動する。それを近い場所だからと歩いて行こうとすれば周囲に余計に迷惑をかけることになる。


 護衛達は周囲に気を配らなければならないし、通りにいる人達は貴族に対して失礼がないようにしなければならない。馬車が通るだけなら馬車を避けて道の端に行けば良いだけだけど、貴族本人が歩いている横を道を避けたからと普通に歩いてすれ違うなんてことは許されない。


 道を譲って跪いたり、頭を下げたり、そこまではしなくても貴族が通り過ぎるまで端に寄って待っていなければならなかったり、それぞれの立場にもよるけどそういう対応をしなければならなくなる。だから貴族が気まぐれで不用意に普通の道を歩くなんてことはしてはいけない。それは周囲に迷惑をかけるだけの行為だ。


 ちなみに俺もあちこち歩いているじゃないかと言われるかもしれないけど俺はきちんと対応している。例え本人の身分が貴族だと誰もがわかっていたとしても貴族として歩いていなければそういうことをする必要はない。つまり貴族の服を着ずに町を歩いていれば周囲がその相手が貴族だとわかっていても貴族として扱う必要はないということだ。


 俺やクリスタがクレープカフェに行くのに質素な格好をしているのはそこにある。例え顔を見て俺やクリスタが貴族であると知っている者がいたとしても、貴族の格好をせず貴族として振る舞っていなければ普通の市民と同じようにすれば良いのだ。


 それで今はどうか?今俺達は明らかに貴族とわかる装いをしている。そんな姿で貧民街を歩いていたら大変だ。周りはきちんと俺達を貴族として扱わなければならない。そんな奴らがゾロゾロ歩いていたら市民達にも良い迷惑だろう。


「私達は馬車で待っていましょうか……」


「そうね……。待っていましょうか……」


 クリスタも察してくれたようなので俺達は馬車で待機することにした。クラウディアは比較的ラフな格好だったからクラウディアだけ護衛として一緒に行くことになった。後はオリヴァー隊の者が護衛についているから心配はないだろう。


 馬車で暫く話をしながら待っているとルイーザが泣きながら帰って来た。ルイーザが泣いているから何かされたのかと思って一瞬心がざわついたけどどうやら問題はなかったらしい。


「どうしたのですかルイーザ?何かされたのですか?」


「違うの……。懐かしい皆と会えたから……、それに……、それにね?リタが……、あの時はごめんなさいって言って泣くから私も泣いちゃって……」


 リタ、あの時、というキーワードで何の話か俺にはわかった。ルイーザがまだ北の農場で働いていた頃、狂い角熊が襲ってきたあの時にモンスターに気付いて泣き出してしまったのが当時まだ幼かったリタだ。そのリタの泣き声を聞きつけて狂い角熊が襲ってくることになった。


 リタはあの後もずっと農場で働いている。俺のことはあの時のフロトだと理解していないし教えてもいない。リタはずっとルイーザがいなくなったのは自分のせいだと思っていたようだ。いつかルイーザが帰って来た時のためにとずっと農場での仕事を辞めずに続けていた。それが今日再会出来たんだろう。


 ルイーザに話を聞くとどうやらリタはあの時のことをルイーザに泣いて謝ったらしい。それを聞いてルイーザも泣き出してしまったのだという。他にも当時まだ子供だった仲間達も一緒に盛大に泣いてきたそうだ。


 ルイーザもリタも、他の当時の子供達も皆あの時から時間が止まって蟠りが残っていた。それが今日解けたのだとすれば今日はとても良い日だ。付き添っていたクラウディアも少し貰い泣きしそうにしている。今日はカーザーンの市街観光にやってきてよかった。


 その後まだ時間があったから少しだけあちこち見て回ってから暗くなる前に俺達はカーザース邸へと戻ったのだった。



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