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第百八十四話「上の兄!」


 目を覚ましたら知らない部屋でちょっとだけ驚いた。そう言えばフローレンの別邸に泊まったのだと思い出し落ち着く。その後はいつも通りに朝の訓練を行い食堂で皆で朝食を済ませると今日の予定を話した。


「今日はこの後にカーンブルクを経由してカーザーンへと戻ります」


「久しぶりにカーザーンが見れるんだね」


 ルイーザが心なしかうれしそうな顔をしている。そういえばカーザーンから引っ越して以来何年も会っていない幼馴染達もいることだろう。そういう者達と再会出来ることを楽しみにしているのかもしれない。


「うちの準備はまだなのですよね……?カーザース辺境伯様のお屋敷でお世話になるのは少々気が引けますが……」


 おいガブリエラさんよ……。カーン邸には散々お世話になっていたよね?それは別に良いのか?気が引けないのか?


 まぁアレクサンドラ達と再会した時に遠慮せず昔リンガーブルク邸で会っていた時のように接してくれと言ったのは俺だけど……。それにしたって王都でだってカーザース邸で世話になっていたのにカーザーンのカーザース邸の時だけこんな反応なのか?


「リンガーブルク家は長らくカーザース辺境伯家の家臣として過ごしてきたのです。そのカーザース家のお屋敷に呼ばれるだけでも大変名誉なことなのに一緒に住めるなど恐れ多いのですわ」


「そういうものですか……」


 俺が不思議そうにしていたからだろう。アレクサンドラがガブリエラの態度の理由を教えてくれたので一応頷いておく。


 今日は昨日と違って山越えがない分だけ時間に余裕がある。皆は思い思いに過ごしたようだけど俺は朝から再びフローレンの視察に回った。


 昨日から夜通し騒いでいた入植者達も落ち着いたようで今朝は後片付けに追われている者達以外は静かなものだ。まぁたぶん二日酔いとか徹夜明けで眠いとかそういうのが理由だろうけど……。


 朝からの視察を終えるとライナー村長達に見送られてフローレンを出発。来た時とは別の直接カーンブルクへ繋がる街道を通って東へ進む。カーンブルクの南北の街道と東西の街道が交差する場所を南のカーザーンへ向かえばあとは一直線だ。


 昼前にカーザーンへと到着した俺達はそのままカーザース邸へと向かった。カーザーンの視察や観光をするにしてもまずは一度カーザース邸へ戻った方が良いだろう。予定は伝えてあるからお昼ご飯もカーザース邸で用意している。一度カーザース邸に入ってお昼を食べてから皆で観光にでも行こうかという話で纏まった。


「あれがフロトの実家かい」


「ええ、そうですね」


 今まで回っていた場所は全て俺が建設した所であって生まれた家というわけじゃない。クラウディアが言うように生家という意味では間違いなくこのカーザース邸が俺の生まれ育った家だろう。


「でもまさかあの森があんなに開発されているなんて驚いたわよ」


「ミコトと会っていた頃はまだ何もない森だけでしたからね」


 ミコトと会っていたのはフローレンよりもっと北のヘクセンナハトに近い場所だった。あの当時はまだカーンブルクも開拓中であの時から考えればまさかフローレンのような場所に村が出来るのも夢のまた夢のような状況だった。


 もちろん俺は将来的にあの森を開発するつもりで探索していて偶然ミコトに出会ったわけだけど、それがこうして形になってくると何とも言えない不思議な気持ちがしてくる。


「フローラ様、到着いたしました」


「ありがとう」


 半年振りくらいで帰って来た実家の玄関口は何だか懐かしく感じる。予定ではこれから暫くはカーザース邸かカーン邸をウロウロするだけでそれほど大きな予定はない。


 でも……、あれ?おかしいな……?一応今は休暇のはずだよな?俺って休暇の前より今の方が忙しくなってないか?


 毎日毎日あちこち駆けずり回り、視察して、書類を処理して、人と会って……。学園に通っているより遥かに仕事量が増えている。俺ってそんなにワーカーホリックではなかったはずだけど……。


 少なくとも前世の仕事はそんなに好きじゃなかった。やむを得ずしていただけでどうしてもやりたい仕事というわけでもなかったし、休めるものなら休みたかった。でも今は何だか自分でも楽しんで仕事をしている気がする。


 まぁ前世も過労死か何かわからないけど仕事のし過ぎで体を壊して死んだのかもしれないし、ワーカーホリックになって体を壊さない程度には気をつけておこう。そんなことを考えながら馬車を降りているとカーザース邸から偉そうに歩いている人が出て来た。それはとても会いたくない相手だ。


「誰だこんな場所にこれほど多くの馬車を持って来た者は!今日は訪問者の予定はなかったはずだろう!邪魔だ!とっととどかせろ!」


「申し訳ありませんフリードリヒお兄様。今日帰ってくると予定は伝えておいたはずですが……」


 偉そうに怒鳴っているのは七つ年上の上の兄フリードリヒだ。俺はあまりフリードリヒとは馬が合わない。五つ年上の下の兄ゲオルクは気の良い優しい兄だけど上の兄フリードリヒとはまともに接した記憶すらない。


「誰だお前は?」


「……フリードリヒお兄様の妹、フローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースです……」


「ふんっ……。そんなことはわかっている」


 わかっているなら何故聞いた……。というより自分がわかっていないと思われるのが嫌でわかっていると言っただけだろうな。何というか自分だけは全てを理解している賢い人間だと思われないと気が済まないんだろう。謙虚さとかそういうものとは無縁な人物のように思える。


「お前の馬車が邪魔だ!とっととどけろ!私はお前のように暇ではない。これから家臣達との会合に出かけなければならない。女でプラプラ遊んでいるだけで良い学生のお前とは違うのだ」


「……申し訳ありません。全員が降りて荷物を片付け次第すぐにどけさせます」


 この兄は苦手だ……。学園では『カーザーンの神童』と呼ばれていた俊英らしいけどどうにも反りが合わない。将来フリードリヒがカーザース家を継ぐことになるだろうから領主としてもお隣同士、血筋的にも兄妹として接しなければならないだろう。それを考えれば余計な衝突や揉め事は起こさない方が良い。


「ちょっと待て……。誰か他にもいるのか?」


「はい。私の友人を招いております」


 俺の答えに少しだけ顎に手を当てて何かを考えるとすぐに口を開いた。


「まさか男じゃないだろうな?お前の嫁ぎ先は私が決める。それまでは余計な男と付き合って変な噂が流れないようにしろ」


「……え?私の許婚はすでにルートヴィヒ王太子殿下と決まっていますが?」


 あっ……、何かこの言い方だと俺もすでにルートヴィヒと婚約しているのを認めているみたいに聞こえてしまう。俺はそんなつもりはないし兄が俺とルートヴィヒの婚約破棄を手伝ってくれるというのなら是非手伝ってもらいたいんだけど……。


「はぁ?お前のような者がルートヴィヒ第三王子の婚約者なわけがないだろう。お前の相手は私がカーザース辺境伯家のためにより良い相手を見繕ってやる。大して役に立たないお前でも最後くらいは私の役に立って出て行け」


「いえ……、あの……?」


 こいつは何を言っているんだ?俺とルートヴィヒの婚約は非公表ではあるけど非公式ではない。内々には決定されていることで他の貴族達にはまだ公表されていないだけのことだ。それを兄が知らないとでもいうのか?父や母はフリードリヒに何も話していない?


「まさか世の中に流れているお前が第三王子の婚約者だという噂を真に受けているんじゃないだろうな?そんな馬鹿なことがあるはずないだろう。……まさかとは思うがあの噂もお前が自分で流しているんじゃないだろうな?あまり愚かなことはせずに大人しくしていろ」


 この兄は……、人の話をまったく聞かない……。まぁいい……。連れてきているのは女友達ばかりだ。それを教えればこれ以上余計なことも言ってこないだろう。


「連れてきているのは全員女性です。男性のお友達はあまりいませんので……」


 自分で言ってても悲しくなってくる。そういえば同級生の男友達ってジーモンだけじゃね?同世代まで対象を拡げてもルートヴィヒとルトガーが増えるくらいだな……。俺って元々男だったのに男友達もまともにいないのか……。


「うちに泊めるつもりか?ならば私に紹介しろ」


 日本風に聞くと妹が家に連れてきた女友達を紹介しろとか言うと、妹の友達に手を出そうとしている兄貴かなと思う所かもしれないけどもちろんフリードリヒはそんなつもりで言っていない。今の態度はつまり『この家の主である自分に泊める客を紹介しろ』と言っている雰囲気だった。


 父も母も健在で下の兄ゲオルクだってまだ家にいる。フリードリヒがカーザース辺境伯家を継ぐとも決まっていないのにこの物言いにはさすがに呆れるしかない。とはいえこんなところで兄を相手にゴチャゴチャ言っていても話が進まないのでさっさと紹介だけ済ませよう。


「それでは……」


「何をしている?」


「父上!父上と母上も一緒にお戻りでしたか」


 俺が同乗していた者から順番に紹介しようかと思っていたら後ろから父と母とガブリエラがやってきた。俺達が何かゴチャゴチャしていると思って様子を見に来たんだろう。父と母の登場でフリードリヒはガラリと態度が変わった。


「フローラが客人を連れて来たというので紹介を受けようと思っていただけのことです。父上や母上の手を煩わせるようなことではありません。……ところでそちらの女性は?」


 目敏くガブリエラを見つけたフリードリヒが品定めするかのようにガブリエラを見ながら問いかける。


「こちらはリンガーブルク家のガブリエラ夫人だ」


「ガブリエラ・フォン・リンガーブルクと申します。こちらは娘のアレクサンドラ・フォン・リンガーブルクです」


「アレクサンドラ・フォン・リンガーブルクです」


 アレクサンドラが長い挨拶をしそうだったから早々に俺が止めた。ガブリエラは普通の挨拶をするのにアレクサンドラがこれだけ変な挨拶をするのはニコラウスの影響だろうか。そうだろうな……。ニコラウスの手紙も貴族らしい言い回しで冗長だった。


「リンガーブルク家?ふんっ……」


 フリードリヒめ……。二人がリンガーブルク家だと聞いた途端に態度が悪くなった。何て野郎だ……。アレクサンドラを見下したような目で見ているのが不快でならない。


「それで?後ろの者達は?」


 いつの間にか俺の後ろに待っていた皆を順番に紹介していく。だけど何故かミコトがその順番をコントロールしているようで本来の作法では有り得ない順に人を押し付けてくる。前に出された者を紹介しないわけにもいかず俺はミコトが押してくる順番に紹介していった。


「こちらはフリーデン家のクラウディア・フォン・フリーデンです」


「クラウディア・フォン・フリーデンです」


「フリーデン家?失礼だが聞いたことがないがどこの方かな?」


 アレクサンドラより後に紹介されたからだろう。明らかに最初から見下した態度が出ている。あぁ、イライラする。俺は普段あまり怒らない方だと思うけどこうまであからさまに俺の女達を馬鹿にされたら腹が立つ。


「はい。父は騎士に叙爵され私自身も近衛師団として……」


「ふんっ!騎士爵だと?話にならない」


 なんって失礼な奴なんだ!まだクラウディアが話している途中だと言うのに遮ってまでそんなことを言うなんてこいつは礼儀というものを知らないのか!


「で?そっちは?」


 その次に立つルイーザに顎をしゃくってさっさと紹介しろと催促してくる。


「……こちらはルイーザです」


「あっ、あの……、ルイーザです」


「……姓もなしか?まさか平民ではあるまいな?」


 平民だよ。ルイーザには姓もない。だから何だ?その目をやめろ……。俺の女達をそんな目で見るな……。


「すみません!平民です!」


 ルイーザは精一杯頭を下げる。やめてくれ……。こんな奴に頭を下げる必要なんてない……。ルイーザは何も悪くない……。


「はぁ……。フローラ、お前は自分の立場というものを理解しているのか?お前の愚かな行い一つでカーザース家の命運を左右することもあるのだ。お前が愚かなのは仕方がないとしよう。だがこの私の足を引っ張るような真似はしてくれるな。付き合う相手はきちんと選べ」


 このっ!黙って聞いていれば……!俺は知らない間にギリギリと拳を握り締めていた。その手をそっと後ろからミコトに触れられた。慌てて振り返るとミコトは意地が悪そうな笑顔をしていた。


「私はクリスティアーネ・フォン・ラインゲンです。私のような者がフローラ様とお付き合いしていて申し訳ありません」


「……は?ラインゲン?ラインゲン侯爵家の方かな……?」


 明らかにフリードリヒが引き攣った笑みを浮かべて突然態度を変える。


「はい。ラインゲン侯爵カール・フォン・ラインゲンが娘クリスティアーネ・フォン・ラインゲンです」


「そっ、そうですか。それはわざわざこのような所までようこそおいでくださいました……」


 明らかに態度の変わったフリードリヒがクリスタのご機嫌を取るかのようにヘコヘコしだす。確かに序列的にはカーザース辺境伯家よりもラインゲン侯爵家の方が上だ。それにラインゲン家はバイエン公爵派閥に入っている。派閥を持たない一匹狼のカーザース家よりも格上であることは間違いない。


「私も名乗らせてもらうわね!私はミコト・ヴァンデンリズセンよ!」


「ヴァンデン……リズセン……?デル王国の……?」


 何か表情が抜け落ちたような顔でフリードリヒが呆然としている。そしてギギギッと俺の方へ視線を向けると『何故作法に則った順に紹介しないのか』と顔に書いてあった。普通なら他国の王族であるミコト、次にこの中で格が高いクリスタが紹介されるべきだろう。それなのに格で言えば低い者から紹介されたから残りの者も大したことがないとフリードリヒは思ったに違いない。


 アレクサンドラやクラウディアやルイーザの家格が低いからと馬鹿にされているのは腹が立つ。だけどクリスタとミコトが一泡吹かせてくれたのを見て少しだけ溜飲が下がったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] おそらく、フローラが生まれてくる前は 周囲の家臣団の大人たちから 神童だって持て囃されて育ってきたんだろうな 剣術の才能があります、学術に秀でたご子息だ 天才だ秀才だって大人たちから言われ…
2019/12/02 09:14 リーゼロッテ
[良い点] 知らないのに何故か知っているふりする人たまにいますよねw 絵に書いたような兄貴ですな、婚約関係の面倒臭さはフローラも負けてないと思う( [気になる点] フローラの7つ上の兄貴・・・というこ…
[一言]  大貴族たるもの、複数の爵位を持っているなんて珍しくないですよね。  カーザース辺境伯兼カーン騎士爵。うん、何も不自然ではない。(しろめ)
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