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第百八十二話「村の名は!」


 大砲の試射試験とキーンの視察を終えた次の日、今日は朝から新たな開拓村へ向かう。船でカーンブルクへ戻ると大きく迂回するルートになり余計に時間がかかる。山道を上ることになるけど陸路でヘクセンナハトを越えて向かう。


 一台の馬車に乗り込みすぎたら重量オーバーとなってかえって足が遅くなるので今回は三台の馬車に分乗だ。というか父や母やガブリエラはいつまで俺達と一緒にウロウロするつもりだろうか。ガブリエラはまだカーザーンに帰ってもリンガーブルク邸の準備が出来ていないとしても父と母は仕事をしなくて良いのだろうか。


「何か変な道ね」


「変?何がですか?」


 馬車の窓から外を眺めているミコトがポツリと漏らしたのを俺は聞き逃さなかった。走っても馬車が揺れないこの時代にしてはかなり良い道だと思うんだけど……。


「あの山の道よ。くねくねと折り返しているでしょ?」


「あぁ……」


 どうやらミコトはつづら折りのことを言っているようだ。確かにこの先に見える道は山肌をくねくねと何度も折り返して蛇行しているのが見えている。ヘクセンナハトのような大きな山を越える街道を作ろうと思ったらどうしてもそうなってしまう。だけど魔族の国はヘクセンナハトを越えるような街道は敷いていない。ミコトは険しい山を越えるためのこういった街道は見たことがないのかもしれない。


「険しい山を上る際に山頂方向に向かって真っ直ぐ進むと上り坂が急で大変でしょう?なので少しでも緩やかな坂になるようにあのようにしているのですよ」


「ふ~ん……」


 ミコトの返事からはわかっているのかわかっていないのかいまいちわからない。ただ一つわかるのは自分から聞いてきたくせに大して興味なさそうだということだけだ。


 つづら折りは古来から世界各地で見られる。真っ直ぐ山頂に向かって進もうとすると坂が急になりすぎる。坂が急だと上りは大変で馬車でも上れないかもしれない。そして下りはブレーキも効かない急降下になってしまう。そこで道を山肌に沿ってクネクネと何度も折り返し出来るだけ緩やかな上り坂の道にする。


 現代でもそういった山道が存在しているのは山国である日本に住んでいる人ならばよくわかることだろう。魔族の国ではあまりそういうものがないのか。それともただ単純にミコトが知らなかっただけなのか。魔族の国にヘクセンナハト以外に高い山がないのならばそういう知恵や知識もないのかもしれない。


 このつづら折りに関しては俺が指導したわけではなく、この街道を通す計画を立ち上げたら設計者や職人達が自分達で作り上げたものだ。こういったどこでも自然発達する生活の知恵というものはこの世界も地球もそう変わらない。


 そんなヘクセンナハト越えの街道を走り山頂を越えてカーンブルク方面へと下りる。ヘクセンナハトの麓では四方向への街道が伸びている。一つ目はもちろんヘクセンナハトを上るこの道。そしてカーンブルクからヘクセンナハトへと到る道。もう一つが数日前に走ったばかりのヘクセンナハトの麓からディエルベ川へ出る道。そして最後に今日向かうのが西へと伸びる街道だ。その街道を進めば開拓村へと辿り着く。


 カーンブルクから西へ伸びる街道を走っても開拓村へと辿り着くけど、開拓村からこのヘクセンナハトへと続く街道も整備されている。今の所開拓村から街道を通ってどこかへ出ようと思ったらカーンブルクへ直接繋がる道かヘクセンナハトの麓へと通じるどちらかの道しかない。


 これから向かう開拓村の開拓が一段落すればこのヘクセンナハトの麓にも町を作っても良いかもしれない。東はディエルベ川へ。西は開拓村へ。北はヘクセンナハト越えで南はカーンブルク。ヘクセンナハトの麓に町を作れば交通の要衝となるだろう。


 ただ一つ問題もある。それはカーンブルクからヘクセンナハトを越えてキーンへ向かってもそれほど遠くないということだ。馬車で一日もかからず向かうことが出来る。果たしてそんな近くに町を作って需要があるだろうかというのが問題だ。


 まぁ一日で移動可能というのは俺達のように大した荷物も持たず高速でぶっ飛ばしていけばの話であって、行商などが大荷物を持って移動するのならばカーンブルクから出発して、ヘクセンナハト越えの前に麓で一泊という需要もあるかもしれない。それに何らかの事故やアクシデントがあった場合に麓に町があれば何かと助かるだろう。


 例えば途中でモンスターに襲われたとか、馬車が壊れたとか、馬の体調が悪くなったとか……。ここら辺一帯はモンスターは滅多に出ないし出てもあまり強いモンスターはいないけどね……。


 俺が一人で考えていても仕方がない。開拓村の方が落ち着く前にまた皆に相談してみるのも良いだろう。ちなみにキーン側は山を下りてからキーンまでそれほど遠くない、というか色々な施設が山の麓から海まで続いているからキーン側に町や村を作る必要はない。


 そんなことを考えているうちに街道の先に開けた場所と大きな川が見え始めていた。




  ~~~~~~~




 馬車をぶっ飛ばしてきた俺達は早朝に出たこともあり昼過ぎ、三時のおやつの前くらいには開拓村へと到着した。今日は村開きであり入植者達もやってきているから大勢の人で賑わっている。


「ようこそおいでくださいましたフロト様」


「ライナー、ご苦労様です」


 俺が馬車から降りると中年の男が近寄ってきて声をかけてきた。この男はライナーと言いこの開拓村の村長を任せることになっている人物だ。


 皆が馬車から降りるとライナーに案内されて開拓村を見て回る。この村は川の東岸に建設されている。理由は簡単で西のフラシア王国の動向を探ったり、侵攻してきた場合には最前線としても機能するためだ。そのために川を盾にしてフラシア軍を食い止めるために川の東側を中心に建設されている。


 将来的には西岸にも色々と建てて確保しておきたいとは思っているけど、まずはこの川を渡河してくる敵を食い止めることを優先したい。


「どうですかこのヴェルゼル川は……。ディエルベ川には負けますがそれでも立派なものでしょう?」


「そうですね……」


 開拓村の西側に流れている川はヴェルゼル川といい北に向かって流れている。魔族の国やヘクセンナハトを避けて西側に曲がりヘルマン海に流れ出ている。


 魔族の国の半島を境に東側の海をハルク海、西側の海をヘルマン海という。これまでプロイス王国はハルク海貿易を中心に行なってきた。だけど俺の野望はハルク海貿易の掌握じゃない。


 確かにハルク海貿易はこれまで多大な利益を上げてきただろう。決してそれを否定するものでもなければ必要ないと思っているわけでもない。ただしハルク海には致命的な弱点がある。それはハルク海が地中海だということだ。


 日本で地中海と聞くとイタリア半島があるヨーロッパの南にある場所を思い浮かべるだろう。それも間違いじゃないけど海洋学上地中海というのは何もヨーロッパの南にある地中海のことだけを指すわけじゃない。


 地中海というのはヨーロッパの地中海がそうであるように陸地に囲まれた海のことだ。細かい定義はともかく陸地から出っ張っていて周りを海に囲まれている陸地を半島と呼ぶ。その逆に陸に囲まれている海を地中海と呼ぶ。


 ミコトから習った地理によればハルク海は魔族の国の半島とその北側にある半島の間の海峡を通ってヘルマン海に出る以外には外に出るルートが存在しない。つまりいくらハルク海を東に進んで行っても袋小路でありハルク海を制覇しても大洋には出られない。


 大洋に出るには魔族の国の北にある海峡を通るしかなく、今のプロイス王国の状況ではそれも難しい。現時点でハルク海貿易によってプロイス王国の各都市や商人は利益を上げているけどその先はないというわけだ。


 それに比べてこのヴェルゼル川を下っていけばヘルマン海へと出ることが出来る。ヘルマン海からはさらに西へ向かえば大洋に出ることが出来るらしい。それはまだあやふやな情報としてしか入ってきていないけど海はみんなどこかへ繋がっているんだからそれは正しいだろう。東が出られないのならば西が外に繋がっていなければおかしいことになる。


 ハルク海貿易を否定するつもりはない。これからもハルク海貿易で利益を上げていく必要はあるしハルク海を制覇しなければ他の沿岸国に利益を掠め取られる。いや、利益を掠め取られるだけならまだしも海を押さえられて出られなくなったら最悪だ。だからハルク海を軽視するつもりはない。


 だけどハルク海だけを制して良い気になっていたら時代に取り残されることになる。もっと早く、他の国が動き出す前にヘルマン海へ、そしてそこから大洋へと出て世界貿易を牛耳る。出来ることなら熱帯地方などへの航路を確立して熱帯産の欲しいものを貿易で手に入れるんだ。


 ただしそこには問題もある。まずこのヴェルゼル川は途中でフラシア王国の領内を通る。ヘルマン海に出るまでに他国を通らなければならない。しかもそのフラシア王国の領内というのは昔にプロイス王国から奪われた領地だ。


 魔族の国は人類共通の敵として長年敵対してきた。フラシア王国からその魔族の国へと到る領土を半ば脅迫のような状態で奪われたという。


 元々魔族の国、ヘクセンナハトの大山脈の南側は全てプロイス王国の領土だった。だけどそれだと魔族の国と国境を接しているのはプロイス王国だけとなる。長年対魔族の国境警備は全てプロイス王国の負担だけで賄われてきた。


 そこで各国に人類共通の敵である魔族への対処の協力を呼びかけた。その時にフラシア王国はプロイス王国の領土割譲を持ち出してきたというわけだ。魔族の国へと到るまでのプロイス王国の領土をフラシア王国に割譲する。それによってフラシア王国も魔族の国と国境を接するようになり国境警備において両国が協力して対処することとなった。


 その当時の政治判断としてはそれは正しかったのかもしれない。それを俺が判断することは出来ないけど俺個人の意見としては馬鹿なことをしたものだと思う。割譲が行なわれるまではヴェルゼル川流域は全てプロイス王国だったしホーラント王国の周囲を全てプロイス王国の領地が囲んでいた。そのためにホーラント王国はプロイス王国に友好的であり非常に関わりの深い国となっていた。


 それが今ではフラシア王国に本来の目的とは関係ないような場所を含めた広大な領地が割譲され、ホーラント王国はフラシア王国に国境を囲まれることになり親フラシア王国に傾いてしまった。今後プロイス王国が躍進していくためにも大洋に出なければならない。その足がかりを全て放棄したフラシア王国への領土割譲と多大な譲歩は馬鹿なことをしたものだと言われてもやむを得ないだろう。


「さぁフロト様、まずは領主様からのご挨拶を」


「はい」


 今はゆっくり視察している暇はない。まずは村開きの宣言を行なって盛大にパーティーを開始しなければ皆が待っている。少しだけ川を見た俺達は村開きのイベントのために皆が待っている場所へと向かった。


 開拓村は一先ず第一次入植者達が生活出来る程度には出来上がっている。もちろんまだまだ完成には程遠いしこれからもさらに開拓されていくことになる。だけど今日が村開きの日だ。今日村開きが行なわれる理由はもちろん俺の学園の都合なのは言うまでもない。今回の長期休暇を逃せば次の長期休暇まで半年近く先になってしまう。この長期休暇の間に色々しなければならない理由は全てこれが原因だ。


「皆さんこんにちは。私はカーン領の領主フロト・フォン・カーンです。皆さんの働きによりこの新しい開拓村が今日開かれることになりました。まだまだこれからも拓かなければなりませんが今日は村開きという日を祝いましょう!」


 俺の挨拶が終わるとパチパチと盛大な拍手が鳴り響いた。ここにいるのは開拓に従事してくれた労働者や職人達、そして第一次入植者としてこの村で暮らすことになる者達だ。数は決して多くはない。大規模な町に比べれば本当に小さな村というレベルだろう。


 それでもこの新たなる村が開かれる目出度い席に皆は笑顔だった。これからもまだまだ大変な開拓が待っているだろう。だけど今日くらいは皆で浮かれて騒いでもバチは当たらないと思う。


「続きましてライナー村長より村の命名です!」


 拍手と歓声の中ライナーが俺と入れ替わりで壇上に上がる。そして高々と宣言した。


「この新たなる村の名はフローレン!今はまだ小さな村ですがやがてプロイス王国でも大きな町となります。その時にはこの名はプロイス王国中に知れ渡っていることでしょう!」


「なっ!?」


 俺の困惑を他所に『わー』『きゃー』という大歓声と盛大な拍手がいつまでも鳴り止まない。そんな中を壇上から下りてきたライナーを捕まえる。


「ちょっとライナー……、そのフローレンというのは……?」


「もちろんフローラ様のお名前からいただきました」


 やっぱりか!しれっと答えやがって!俺も今の今までこの開拓村の名前なんて聞かされてなかった。ここの領主はフロトだとはいえ関係者達は俺の本来の名前フローラも当然知っている。それが新しい村がフローレンだなんて名前だと知れば俺が自分の名前から付けたみたいに思われるんじゃないだろうか。


 新しい村に自分の名前を付けるなんて痛い奴だと思われるかもしれない。これだけの人の前でもう大々的に発表してしまった。今更なかったことには出来ない……。俺はこれからずっと開拓村に自分の名前を付ける痛い奴だと思われたまま過ごさなければならないのか……。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] カーンブルクやらキーンやらもカーン家から名前取ってたんじゃないの……? [一言] 初感想です。ここまで3日かけて読みました。とてもよい作品でした。これから最新話まで駆け抜けます。
[一言] ヘクセンナハトの峠のダウンヒルのヘアピンカーブを馬車でドリフトしながらバトルする競技とかできそう( 大丈夫大丈夫、ベビーブームが来たらフローラとフロトに因んだ名前が増えると思うから
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