第百八十一話「暗躍!」
フローラ襲撃計画を話し合った五人は翌日も悪巧みの話し合いに余念がなかった。折角長期休暇でカーザース領、カーン領へとやってきたというのにむしろ学園に居た時よりもフローラと一緒にいられる時間が少ない。しかしそのことに不満を言う者はいなかった。何故ならば……。
「ふっふっふっ……。この休みの間に僕がフロトを奪ってあげるよ」
「抜け駆けは駄目ですよ。皆で一緒に……です」
カーンブルクにやってきて二日目。今日もフロト一人で視察に出かけているがいつもの五人は集まって昨晩の話し合いの続きをしている。とはいえ何か具体的に話し合っているわけではなく、ただ五人で寛いでいるだけにしか見えない。
それに提案者であるカタリーナはそのことだけに集中もしていられない事情があった。邪魔者の一人、もとい兄ヘルムートを嵌める……、ではなく幸せにするための計画も練らなければならない。この休みの間にヘルムートとクリスティアーネの仲を確固たるものにしてしまうのだ。
いつでも常に手が足りていないフローラの下から優秀な人材を遠ざけてしまうわけにはいかない。カタリーナのフローラを想う気持ちは本物でありそのフローラを困らせたり足を引っ張るようなことをカタリーナは絶対にしない。
しかしフローラに言い寄る男は必要ない。全て完全に排除してしまう必要がある。それが例え実の兄であったとしてもだ。
カタリーナとてヘルムートがどういう気持ちでフローラのことを見ているかくらいとっくの昔に察している。そしてヘルムートはその想いを押し殺して仕事に徹していることも理解している。しかし……、それが永遠に続くという保証はどこにもない。ある日突然想いのままに暴走してフローラに迫らないとも限らない。だから絶対にそういうことが出来ないようにしてしまうのだ。
クリスティアーネが覚悟を持ってカーザース領へとやってきたことはあの時のアイコンタクトで理解出来た。ならばカタリーナもこの機会を逃さずクリスティアーネを両親に紹介してヘルムートを完全に嵌めて……、ではなく、幸せにしてあげなければならない。
フローラを五人で襲ってこの長期休暇の間に奪ってしまうこと。そしてクリスティアーネをロイス家に連れて行き兄ヘルムートの結婚相手として両親に紹介すること。カタリーナはこの二つをこの休みの間に達成しなければならない。そのためには色々と準備や段取りが必要であり今日明日でケリがつくようなことではない。
焦る必要はない。じっくり……、絶対に逃さないように周到に用意を行い一発で決める。
「カタリーナさん……、悪い顔になっておりますわよ……」
「何のことでしょうか?」
アレクサンドラの指摘にしれっと答えるカタリーナの顔はいつものすまし顔に戻っていたのだった。
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翌日、カーン領滞在三日目、今日はようやくフロトと一緒に行動出来るということで五人とも少々浮かれていた。何のかんのと言ってもやはりフロトと一緒に居られたらそれだけでうれしくなってしまう。
カタリーナはなるべくヘルムートがクリスティアーネ付きになるように操作しながら全体を掌握していく。ヘルムートの方も主人の客人であるクリスティアーネを放置するような真似が出来るはずもなく、妹の陰謀など気付くこともなくクリスティアーネの世話を行なっていた。
甲斐甲斐しくクリスティアーネの世話をしているヘルムートを満足気に見詰めながらカタリーナは常に状況を見て頭を働かせる。
「うっわぁ~~!すごくおっきぃ~~~!」
「すごい!こんな船見たことないよ!」
カーンブルクの船着場に着いた一行は停泊している船の巨大さに驚いた。船着場などというから人が歩ける程度の木製の桟橋に小船でも泊まっているのかと思っていたがとんでもない。それは最早港という規模だ。
そして停泊している船がまた大きい。あまり海や船について知らない者だけでなく軍で海や船に関しても見聞きしたことがあるクラウディアですらこれほどの巨大船は見たことも聞いたこともなかった。
「すごい……。カーザース辺境伯家とはこれほどの……」
クリスティアーネも徹底的に整備されている港と巨大な船に驚きを隠せなかった。このような船など見たこともない。
「いえ、これはフロト様の所有です。建造も所有も全てフロト様です。カーザース家とは関係ありません」
「えっ!?」
丁寧にクリスティアーネをエスコートしながら解説しているヘルムートを見ながらカタリーナはほくそ笑む。良い感じに進んでいることを確信したカタリーナは二人の雰囲気を壊さないように周りを遠ざけて二人きりにさせる。
クリスティアーネはヘルムートの説明の意味がわからなかった。クリスティアーネは未だにカーザース家とカーン家の違いについて理解していない。フロトがカンザ商会の会頭ということも聞いてはいるが、実質的にはカンザ商会はカーザース家の商会だろうと認識していた。
ご令嬢が名目的に商会の会頭に納まっているだけでまさかフロトが個人で立ち上げて経営している商会であるなどと夢にも思っていない。カーン領の開発やカンザ商会の経営を十五歳程度の少女が行なっているなど誰が思うだろうか。
カーザース家とカーン家のことについていまいち理解出来ていないクリスティアーネは名目上の所有者がフロトになっているのだろうくらいに受け取って納得した。
ひとしきり船や港を見学した一行はようやく船に乗りカーンブルク港を出港した。その船、キャラック船は巨大でありながら船足が速い。これだけ大きな船なのだから船足は遅いだろうと思っていた一行は逆の意味で期待を裏切られた。
「これほど大きな船がこんなに速いなんて……、信じられません」
「はははっ。この船を見た方は皆様そう言われます。ですがクリスティアーネお嬢様、あまり身を乗り出すと危険です。もう少しこちらへ」
甲板から身を乗り出して外を眺めているクリスティアーネの手を取って自分の方へと誘導する。
「あっ!」
「おっと……」
その時船が揺れてクリスティアーネがバランスを崩して倒れそうになった。ヘルムートは咄嗟に手を引きクリスティアーネを抱き寄せる。ヘルムートが引っ張って抱き寄せてくれたお陰でクリスティアーネが転ぶことはなかった。しかし転ぶことはなかったが今も体はヘルムートと密着していて……。
「あっ!あのっ!」
「咄嗟のこととはいえ未婚の女性を抱き寄せてしまいました。申し訳ありません」
真っ赤になったクリスティアーネがヘルムートを見上げながら声を上げると、揺れが収まったことを確認したヘルムートはクリスティアーネを離しながら頭を下げた。
「いえ……、助けていただいてありがとうございます」
離れたヘルムートを残念に思いながらもクリスティアーネはヘルムートは悪くないとお礼を述べる。何か良いことばかり起こる。本当にこんなに都合の良いことばかりで良いのだろうかと思いながらもクリスティアーネはもう少しだけこうして二人で船に揺られていたいと思ったのだった。
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キーンという町についた一行はもう何度目になるかの驚きに襲われていた。カーンブルクの港でも十分立派だと思ったものだがキーンの港はその比ではない。カーンブルクのような河港ではなく海港であるキーンはその規模も大きい。その上見たこともない先進的な作りの港には整然と巨大船が並んでいる。
「こんな所にも町が出来ていますのね……」
アレクサンドラには信じられない思いだった。長らくカーザース家に仕えてきた名門リンガーブルク家に育ったアレクサンドラは領内のことについても相当詳しく習っている。それによればカーザーンより北や西には何もなく魔族の国やフラシア王国との国境を守るようにカーザーンが鎮座していると聞いていた。
それなのにカーンブルクといいキーンといい、数年前までは何もなかったはずの場所に一体どうやってこれほどの物を短時間で作り上げたのかと思うような立派な町が出来上がっている。これで驚くなという方が無理な話だった。
「今日はこのままカーン家のキーン別邸にてお休みいただく予定となっております」
カタリーナの言葉に従い皆が馬車に乗りキーンにあるカーン家の別邸に向かった。こちらのカーン別邸も立派なものでこんな屋敷を何棟も所有しているだけでもその財力がわかるというものだった。
別邸に到着してもフロトはゆっくりしている暇がない。早々にまた出掛けて行ったフロトを見送ってから再び会議という名の女子会が開かれて五人で集まってダラダラと過ごす。最早この五人は五人が揃っている時は気の置けない親友同士の集まりのようになっていた。
「ね~?こんなことしてていいのかしら?」
長ソファに寝転がりながらクッキーに手を伸ばしているミコトが何となく声を上げる。皆チラリとミコトを見るがその姿を咎める者などいない。
「何かいけない理由でもありますの?」
背筋をシャンと伸ばしてお茶を飲んでいるアレクサンドラもこれで十分リラックスしている。他の面子と違って姿勢を崩していないからといって一人だけ気取っているというわけでもない。
「でもこうしてると居心地いいんだよね~……」
「そうかな……。私はまだこんな豪華な部屋って緊張するんだけどな……」
ミコトに倣ってダラダラしているクラウディアに、チョコンと小さくなってソファに座っているルイーザが答える。
「遠慮することないわよ。どうせ私達は皆そのうち家族になるのよ?ルイーザは家族相手にいちいち緊張や遠慮するの?しないでしょ?私達に対してだって、フロトの家に対してだって家にいる時のようにしたらいいのよ」
「あはは……」
ミコトの言い分もわからなくはない。しかしそう言われてはいそうですかと貴族の豪華な家の中でリラックス出来るほどルイーザは図太くなかった。
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翌日、ようやくフロトと一緒に視察に行けるということで出てみた先で全員が驚いた。もう何度も驚いているのだが今日の驚きはまた別種のものだ。
まずこの轟音を響かせて遥か先にある的を破壊する『カーン砲』というものだ。この大砲と呼ばれているものがとんでもない兵器であることはフロトの嫁五人組にもクリスタにもわかる。これだけで戦争の概念が覆るような超兵器だ。
それなのに……、それを生身の人間が撃ち落す……。フロトは自分のことを言われている自覚はなかったようだがフロトの母、『血塗れマリア』だけじゃない。同じことをしたフロトもとんでもない存在だ。
もちろんフロトの嫁五人組はそんなことでフロトを恐れたり差別したりはしない。むしろ単純に凄いと賞賛しているだけだ。ただし問題がある。それを話し合うためにその日の晩は緊急女子会が開かれていた。
「ちょっと!あんなの聞いてないよ!フロトが強いのは知ってたけどあそこまで人間離れしてるなんて!」
クラウディアは近衛師団でフロトの強さを十分に知っているつもりだった。しかしその認識は甘かったと言わざるを得ない。クラウディアが思っていた以上にフロトは人間離れしていた。
「このままでは計画は失敗してしまうのでは?」
アレクサンドラも顎に手を置いて考えていた。このままでは計画を根本から見直さなければならないかもしれない。
「やっぱりあんな計画は無理だよ……」
「今更何言ってるのよ!それならルイーザだけ抜ける?」
弱気なルイーザにミコトは腰に両手を当てて覚悟を迫った。
「落ち着いてください。大丈夫です」
そして計画の発案者であるカタリーナの言葉に全員が視線を向ける。皆の意識が集中したのを確認してからカタリーナは続けた。
「まず……、フローラ様、いえ、フロト様に我々が力ずくで敵わないことは最初からわかっていたことです。当然計画には織り込み済みですので問題ありません」
「なるほど……」
「確かに……」
今日のフロトの力を見る前から力ずくでは敵わないことくらいは百も承知だった。それでも大丈夫なように計画を練っているのだから今更それを見せられた所で慌てることはないというのは説得力がある。
「そしてフロト様は私達に絶対に危害を加えません。ですので力でも素早さでも私達の方が劣っていようともどうとでもなるのです。いえ、どうとでも出来るようにこの計画があるのです」
「そっ、そうだよね……」
「うんうん」
カタリーナの話に引きこまれて皆次第に希望を取り戻していく。
「フロト様は押しに弱く優柔不断です。ですから計画通りにすれば必ず……」
「ふっふっふっ」
「お~ほっほっほっ」
「くすくす」
「必ず成功させるわよ!」
完全に自信を取り戻した五人はさらに成功率を高めるための話し合いを行なったのだった。