第百七十八話「新型船!」
昨日までに色々と視察を終えた俺は今日から本格的にカーン領での仕事を行なっていく。当初の予定では今日中にカーンブルクに到着して、明日キーンへ向かう予定だったけど予想以上に早くカーンブルクに到着したから若干の前倒しが行なわれている。
「それでは今日は皆さんで船着場に向かい船でキーンへ向かいましょうか」
「へぇ……、船で行くの?」
あれ?皆に予定を言ってなかったのかな?ミコトが不思議そうにしているからカタリーナに視線を向けたけどカタリーナは黙って首を振っていた。
「ミコトさん……、予定は前に聞きましたわよ?」
「そうだっけ?僕もあまり聞いてなかったよ」
アレクサンドラが説明してくれたけどクラウディアも覚えてないらしい。俺が視線を向けるとルイーザは頷いていたから覚えているという意味だろう。
まぁ二人が予定を覚えていなくともすることには変わりがないし、どうするということを気にしていない者はどうするかについて文句もないということだろう。例えば船旅は絶対に嫌だと思っていたら予定を聞いた時に船で移動すると言われたら絶対覚えているはずだ。その場で別の乗り物に変えてくれと言ってもおかしくない。
それを言わなかったどころか覚えてもいないということは大して興味がない。つまり船旅でも問題ないと本人が思ったということだろう。
「船酔いが酷い等の方がおられないのでしたら予定通りで良いですね?」
「いいと思うよ」
ミコトは黙って頷きクラウディアも即答したことから船酔いとかで船に乗れないということはないようだ。それなら当初の予定通り船でキーンまで向かうことにする。
朝食を済ませて少し時間を置いてから俺達は早速船着場へと向かったのだった。
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カーンブルク東端の船着場へと到着した。今ここに停泊しているのは普段運航している客船じゃない。俺達が乗るためのチャーター船……、ともちょっと違うけどそんな感じだ。
チャーターだと専用に借りたものということになるんじゃないだろうか。だけどこれはカーン家所有の船であり極端に言えば俺が俺の持ち物である船で移動するだけということになる。でも普段からカーン家所有の船で貨物船や客船を運航しているわけだから、そこから余っている船を持ってきて乗るということはやっぱりチャーター船になるんだろうか?
まぁ細かい定義はどうでも良いとして、一般客がわいわい乗ってくると面倒なので今朝一番の貨物船に俺達が乗せてもらうような感じだ。
いくら俺が持ち主で経営者であったとしても俺達の移動のためだけに一隻の船を動かすというわけにはいかない。そこで俺達が乗る船にキーン行きの荷物も乗せている。だからやっぱりキーン行きの貨物船に俺達だけ特別に乗っているようなものだろうか。
「うっわぁ~~!すごくおっきぃ~~~!」
「すごい!こんな船見たことないよ!」
クラウディアとルイーザが驚きの声を上げる。だけど何かクラウディアの言い方は少々……。いや、クラウディアにそんな意図はないはずだ。そういう風に受け取るのは俺の心が汚れているからだろう。
「ふーん……。大きさだけなら今まで見てきた中で一番ね」
魔族の国のお姫様にまでそう言われて恐悦至極。魔族の国は北方のデル王国やその他の周辺国に強い影響力を持っている。当然海を渡らなければそれらの国には辿り着けないのでそれだけ海や船に関しては一家言あるということだ。その魔族の国のお姫様までそういうということはそれなりに誇れることだろう。
「うっ……、このような大きな物が浮かぶものなのですか?沈んだりしませんか?」
「アレクサンドラ……」
どうやらアレクサンドラはあまり大きな船に関わったことはないようだ。船で川を下ると聞いてもっと小さな船だと思ったのかもしれない。
「まぁまぁ!早く乗りましょう!」
「お母様……」
そして何故かついてきているうちの両親は早く乗ろう乗ろうとうるさい。ガブリエラも含めて大所帯の俺達は早速船に乗ってディエルベ川を下っていくことにした。
「こんなに大きいのにすごく速いね!」
「気に入っていただけましたか?」
「うん!とっても!」
ルイーザが眩しい笑顔で笑いかけてくる。ルイーザはとても素直な反応をしてくれるからこちらとしても驚かせがいがある。つまらない贈り物でもオーバーなくらい喜んでくれるし少しのことでもこうして素直に反応してくれる。
「ふっ、ふんっ!速度もまぁまぁね!」
ミコトは一体何と戦っているんだろうか……。まぁある意味将来うちの船と魔族の国の船が争うことになる可能性もあるけど……。
「もうすぐルーベークが見えてきますね……」
「はい」
俺は船長に話しかける。船長も船の先を睨むように見詰めていた。ハルク海は今でもホーラント王国の船に海上封鎖されている。それも今回の休暇の間に片付けようとは思っているけど確実に片付くとは限らない。
ディエルベ川を越えてルーベークの横を通りすぎハルク海へと出る。遠く水平線の先に小さな豆粒のような船が見えている。この距離では肉眼でそれが海上封鎖しているホーラント王国の船かただの貿易船かは見分けがつかない。
いくら海上封鎖されているとはいってもルーベークのすぐ目の前にホーラント王国の船が常に屯しているわけじゃない。ハルク海近海をウロウロしながらたまに商船を襲ったりしているだけだ。だから必ずしも船が出せないわけでもなく、リスク覚悟で出ている商船もいることはいる。
何より貿易と商売で成り立っているルーベークは多少なりとも船を出して貿易をしなければ死活問題だ。海上輸送と海上貿易によって発展してきたルーベークが今急に全て陸上輸送に切り替えて賄うということは出来ない。
カーン家の船はキャラベル船はホーラント王国の船よりも足が速く、キャラック船は大きさが違いすぎて襲えない。うちの船が被害に遭ったこともないしホーラント王国の船を追い払うのに一役買っている。だけど直接大規模な争いをしたことはなくこちらが近づいても向こうも逃げるだけということの繰り返しだった。
うまくすればキャラベル船なら向こうに追いつけるだろうけど戦う術がない。不用意に深追いしすぎてキャラベル船が一隻で追いかけた所を向こうの船に囲まれでもしたら大事だ。
現時点での海戦は相手の船に横付けして乗り移っての白兵戦がメインとなっている。となれば船員、兵員の数が物を言う戦いなわけで、一隻で複数の船に囲まれて襲われれば一溜まりもない。余計な被害を出さないためにはこちらも下手に深追いせず仲間と連携出来る位置を保たなければならない。
そんないたちごっこの繰り返しでここ何ヶ月ずっと膠着状態のようだ。ただこちらは商船を襲われたりして被害が増している。追い払っているだけでは根本的な解決にはならない。それをどうにかするためにもこれからのキーンの予定が重要になってくる……。
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「うわぁ!すごい!すごい港だね!」
「ルイーザは素直で可愛いですね」
「えっ!?えっ!?」
キーンの港を見て素直に驚いてくれるルイーザが可愛くてその頭をナデナデする。年齢はともかく学年で言えば二学年上になるはずのルイーザだけどこういう所は子供っぽい。
「ちょっとフロト!ルイーザばっかりずるいじゃない!私は?」
「はいはい、ミコトも可愛いですよ」
「ふ……、ふんっ!当然よね!」
ミコトの頭も撫でてあげると顔を赤くしてそっぽを向きながらも満更でもなさそうにしていた。まぁこれはこれで可愛い。ツンデレなんてそんなに好きじゃないと思ってたけど実際に目の前にいるとまた違う感想になる。
多分俺の余裕が昔と違うからだろうな。自分も幼くて同世代のツンデレだったら恐らくそんなに可愛いとは思えなかっただろう。俺がミコトよりも年上で精神的に余裕があるから可愛く見えるんだ。わかりやすく言えば大人が赤ん坊が泣き喚くのを聞いてもそう怒らないのと一緒だろう。
大人ならば余裕があるから子供の泣いている原因を取り除いて泣き止ませようとする。逆に最近は精神的に未熟な親や大人が増えたから子供が泣き喚いていたら虐待したりする事件が増えた。心に余裕がなければ、精神的に子供な大人が子供の面倒を見てもそういう事件に発展してしまうだけだ。
その点俺は転生前から合わせて結構な年数を生きているからミコトのツンデレも受け入れられるだけの心の余裕があるということだろう。
「さぁ、それではこれから生活する家に向かいましょう」
キーンに入港した船から降りると俺達はまずキーンでの拠点に向かうことにした。キーンにもカーン家の別邸が存在する。カーンブルクのカーン邸ほど立派じゃないけどこちらで活動するのに十分な別邸だ。
「…………あるぇ?」
キーンの別邸ってこんなのだっけ?何か俺が知ってるのと違うな?
「こちらも増改築されているようですね。ですが今回は都合が良かったと思います」
「そっ、そうですね……」
どうやらキーンの別邸もカーンブルクのカーン邸同様にいつの間にか増改築されていたようだ。もう何も言うまい……。
「それではこちらは頼みましたよ」
「はい……。いってらっしゃいませ」
キーンの別邸に入った俺達はちょっとだけ休んでからすぐに出る。本来は明日到着の予定だったから入れていなかった視察を増やしたから行なうためだ。
皆には別邸で休んでおいてもらう。視察に行くのはいつも通り俺とイザベラとオリヴァーとなった。本当はオリヴァーは面倒なんでドミニクに頼みたい所だったけどオリヴァーはこちらまでついて来てしまったし、ドミニクと交互で護衛すると言い出して聞かないのでこちらが折れることにした。
三人で馬車に乗って向かうのはキーンの造船所だ。それも新設された最新の大型造船所でありここではキャラック船を超える次世代の新型船が建造されている。
「進捗状況はどうですか?」
「これはこれはフロト様!もちろん順調ですよ。むしろ本当はすでに完成しているも同然ですからな」
俺が造船所に入って棟梁に話しかけると笑顔でそう答えられた。棟梁が言うように実は新型船はほぼ完成している。あとはアインスが開発した『アレ』を積み込めば完成だ。
キャラック船よりも大きく、全幅と全長の比率が縦に長くなっている。喫水も浅いためにキャラック船よりも浅瀬でも航行出来る上に速度も速い。ただしデメリットとして喫水が浅いために転覆しやすくなる。
ここまで言えばもうおわかりだろう。そう!皆大好きガレオン船だ!
日本のイメージだと大航海時代と言えばガレオン船と思いがちだけど実際には大航海時代を築き上げたのはキャラベル船やキャラック船だった。そのキャラック船から発展したのがガレオン船だ。さらにガレオン船は戦列艦へと発展していくことになるけどそれはまぁいい。
ガレオン船が戦列艦に発展していくようにガレオン船は構造からして砲列を備えた作りをしている。俺が建造を指示したこの世界のガレオン船も当然砲列を備えている。あとはアインスの『アレ』、大砲の試射試験がうまくいけば砲列に大砲を積み込んで完成だ。
ちょろちょろ逃げ回るホーラント王国の船に追いつく船足と、白兵戦をする前に勝敗を決することが出来るほどの武装を備えたこの新型ガレオン船でハルク海の自由を取り戻す。
あとは大砲を積み込むだけで完成という状況まで出来ているガレオン船の同型船がすでに四隻完成している。この四隻はカーン家の所有だけど今後を見越してカンザ商会と造船組合もそれぞれ建造中だ。これらが完成した暁にはハルク海を取り戻すどころか逆にホーラント王国を海上封鎖してやろう!
まぁ……、たぶん無理だけどね……。
俺としては本当に逆封鎖してやりたい所だけどそれは政治的に難しいだろう。何よりホーラント王国の海上封鎖をしようと思ったらフラシア王国の領海をウロウロすることになる。そうなればフラシア王国まで刺激しかねずおいそれと行くわけにはいかない。王様の政治判断で行くなと言われる可能性の方が高いだろう。それくらいはわかっている。
ハラワタは煮えくり返っている。思い知らせてやりたい。だけどそれが出来ない以上はこちらに来ている船くらいはきっちり落とし前をつけさせてやる。うちが直接の被害を受けていないから良いという話じゃない。うちに、プロイス王国にちょっかいをかければどうなるか思い知らせてやる!