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第百七十七話「視察視察!」


 実家に帰ってきても毎朝の日課は変わらず……、むしろ両親に加えてエーリヒとドミニクまで増えて余計に大変になっている。エーリヒは俺の剣の家庭教師を終えてからはカーン家の剣術指南に収まっている。ドミニクは元々俺の護衛兼槍の訓練相手だったけどこちらも同じくカーン家の指南役として兵士達に槍を教えている。


 王都に居た間は父と母の二人掛かりだったのにこちらに帰ってきたら何故か四人相手に増えていた。いや……、武器持ちは四人だけどもう一人いたな……。


 クリストフも俺の魔法の家庭教師が終わってからはカーン軍の魔法部隊創設のために働いてくれている。実際に魔法使いを集めて部隊を作り魔法を教えている。


 俺の日課の訓練はこの五人を相手にしての実戦形式だ。最近は何とか父と母の猛攻にも耐えられるようになったかなと思ってきた所なのにまた一気にハードルが上がってしまった。未だに生傷も絶えないし到底貴族のご令嬢の生活じゃないだろう……。


 ちなみに残りの家庭教師だったレオンとオリーヴィアだけど、軍略と兵法を教えてくれていたレオンはカーン軍の軍師として雇っている。オリーヴィアはカーン家の家人達の教育だ。うちは譜代の家臣というものがいないから素人から雇ってみっちり教えなければならない。


 まぁ実際にはカーザース家の家臣の次男、三男とか未婚女性とかが仕えてくれているからまったくの一般素人っていうことはないけど……。そういう者達でも作法が甘かったりするのでオリーヴィアに鍛えてもらっているというわけだ。


 昨日は夕食を用意していないというポカをやらかしたうちの家人達だけど作法や所作はそれなりになってきている。イザベラやヘルムート、カタリーナとオリーヴィアが教育してくれているからうちは騎士爵家にしては立派な家人達を抱えているだろう。ただしそのお陰で家人達にはオリーヴィアは滅茶苦茶恐れられているけど……。


 オリーヴィアは少し厳しい所もあるけど俺みたいに物覚えの悪い生徒にも親身になって繰り返し繰り返し教えてくれたし良い先生だと思う。怖いと思って敬遠しがちだけどきちんと向き合えばきちんと応えてくれる……はず?


「今日も視察に出かけますが夕食には戻る予定です。食事の用意はしておいてください」


「かしこまりました」


 朝の訓練を終えて朝食を囲みながら今日の予定について話しておく。食事が必要かどうかだけ言っておけば後は家人達がやってくれる。料理長のダミアンが戻ってくるまでまだ暫くかかるけどカーザース邸にはダミアンの弟子達がいるから向こうから呼んでくるだろう。もちろんメニューもこちらが指定しなければ勝手に作ってくれるので余計なことを言う必要はない。


「そういうわけで本日も少し視察に行かなければなりません。皆さんを呼んでおいて放ったらかしのままで申し訳ありませんが明日までご容赦願います」


「予定より三日も早く着いたんだからそれだけ時間が余ってたんじゃないの?」


「すみません……。空いた分だけ予定になかった視察を入れることになりましたので……」


 ミコトの指摘に素直に謝る。むしろ当初の予定通りだったならほとんどは皆を同行させて各所を回るだけでよかった。だけど急遽入れた予定ではそんな大人数になると視察先だって困るし、何より機密で見せられない所の視察が多い。


 現地まで連れて行っても結局機密で見せられないから外で待っていろとか言うくらいなら最初から同行を断る方がまだしもマシだ。誰だって行った先で見せられないと断られたら気分が悪いだろう。


 今日俺が視察に向かうのはヘクセンナハト方面だ。ただキーンまでは行かない。キーンにはまた後日、というか明日から船で向かう予定だから行く必要はない。当初の日程では明日カーンブルクに到着して明後日にキーンへ向かう予定だったけど早く到着出来たから一日前倒しでキーンに向かうように予定を変更している。


 今日はヘクセンナハトの各施設や現場を視察して、ヘクセンナハトの山越えの道から直接ディエルベ川沿いに出る別の街道を通ってカーンブルクの船着場方面へ戻ってくることになっている。その帰り道にディエルベ川沿いにあるガラス工場や鏡工場等の工場地帯の視察も行なう。


 昨日船着場方面に行ったのに何故昨日のうちに視察してこなかったのかと言うと時間が足りなかったからだ。予定でも一杯一杯だったのにさらに予定外の会議で時間がさらに遅くなったから見ている暇なんてなかった。時間があればどこかくらいは見れるかと思ったけどあの会議のせいでね……。


 まぁ文句を言っても仕方がない。あの会議だって重要だった。意見交換出来たお陰で茶畑がより良くなるのならばいくらでも会議くらいしようじゃないか。あっ……、やっぱり嘘です。いくらでもじゃなくてせめて常識の範囲内でお願いします。


 それはさておき俺は今日も重要施設の視察に出なければならない。残る皆は好きに過ごしてもらえば良い。出かけるのなら誰かに言って出かけてもらっても良いしカーン邸やカーザース邸に居たいというのならそれでも良い。その辺りはカタリーナやヘルムート、他の家人達がうまくやってくれるだろう。


「それでは今日もイザベラと……、護衛はドミニクに頼みましょうか」


 ガタッ!


 と動いた奴がいるけどここは両親も客人もいる場だ。辛うじて声は出さずに堪えたらしい。オリヴァーが滝の涙を流してすごい表情をしているけど無視しておく。昨日の視察でもオリヴァーは何かとうるさかったし、そもそも隊長が一人で部隊を放ってウロウロしてちゃ駄目だろ。というわけで今日は元々俺の護衛が仕事だったドミニクに頼む。


 ドミニクもカーン軍の指南役になっているけど別に良いだろう。今でも俺の護衛をクビになったわけじゃない。それに隊長は常に指示を出す必要があるけど指南役は常時部隊にくっついている必要もないだろう。


 朝食を終えて準備を済ませた俺はさっそくヘクセンナハト方面への街道を馬車で駆け抜けていったのだった。




  ~~~~~~~




 まず向かったのはヘクセン白磁の窯元だ。陶磁器やガラスの研究者であるエーレンに会って色々と話を聞きながら視察していく。


 ガラスの方は工場で大量生産、というほどじゃないけど、工場で生産出来るけどヘクセン白磁はそうはいかない。一つ一つ職人が手作りしている。裏に製造番号を入れて作っているけど出荷以前に製造過程で壊れてしまうものや色や焼き上がりが製品に耐えないものがどうしても出てしまう。それらの製造番号は欠番であり存在しない製品番号になる。


 だから何か困るのか?と聞かれたら別に困らないんだけどコレクターとかが必死に番号を揃えようとしても、そもそも最初からその番号の製品がないんだよ、となったら何か可哀想だなと思っただけだ。


 俺は窯とか陶磁器にはそんなに詳しくないからほとんどエーレンの努力によって出来上がった。俺も多少はおぼろげな知識でアドバイスはしたけどそんなものは微々たるものだ。エーレンはそれで随分助かったと言ってくれているけどお世辞だろうな。


 窯元を見た後は植物研究所にも足を運ぶ。こちらにも結局温室が作られており様々な環境で植物を育てている。もちろん育てるだけじゃなくて品種改良や生態などの研究。また様々な成分を抽出する実験などもこの植物研究所で行なわれている。


 今日はアンネリーゼはこちらにいるようで昨日に引き続きこちらでも顔を合わせることになった。昨日と違って今日以降の予定は全て各所に伝達済みだからもしかしたらアンネリーゼは俺のためにわざわざ今日こっちに来てくれていたのかもしれない。エーレンはほとんど窯元にいるようだけどそれも昨日のうちに俺が視察に来る連絡は届いている。


 二つの施設を見た後に行くのはヘクセンナハトの採石場だ。石灰なども含めて色々な鉱物などを掘っている。さらにあちこちを掘らせて埋蔵資源の調査も行なっている。その中であるだろうなと思っていたものが出たと聞いて俺は喜んだ。それは黒いダイヤモンドとも呼ばれるもの。そう、石炭だ。


 石炭とは簡単に言えば植物の化石だ。地球では植物や動物の進化の過程である時期に植物が得た成分を分解出来る分解者がいない、もしくは少ない、という時代があった。


 どういうことかと言えば今ならば例えば倒木にはきのこなどの菌類がついたりシロアリのようなものが分解してしまう。そうしてやがて木が朽ちて土へとかえるわけだけど特定の時期に植物は当時分解されにくい成分を作り出した。今ならば倒木を放っておけばやがて朽ちていたのが長い年月朽ちることなく山積みとなり地面にそのまま沈んでいった時期があったというわけだ。


 そうして朽ちることなく地中や水中に埋もれた植物はさらに分解が進まず地中で熱や圧が加わり化石、つまり石炭へと変化していった。だから地球では基本的にどこでもその年代の地層付近まで掘ればまずほとんどの地域で石炭が出てくる。


 もしこの世界も地球と似た進化を辿っているのだとすればどこを掘ってもほぼ石炭が出て来るはずだ。そう思って調査していたらやっぱり出て来た。


 地球でも石炭の利用は案外古い。メジャーな燃料であったかどうかはともかく古くから多少なりとも燃料として利用されていたものだ。


 俺はこれから大量の燃料を必要としている。それを普通に薪で賄っていたらこの辺り一帯が木の生えていない不毛地帯になってしまうだろう。今も燃料として木を切ったら植林は行なっている。将来森林不足が起こるだろうと思って今の時点から環境対策はしている。


 それでもこれからの発展を考えれば燃料が足りない。特にこれからは製鉄も盛んにしていく予定だ。薪よりも強い火力を得られる石炭はどうしても外せない。もっと将来的には石油も欲しい所だけどそんなのはまだまだ先の話だろう。普通に考えたらそこまで達するのは俺が死んだ遥か後の話だと思う。


 ともかく各種工場や製鉄には大量の燃料が必要になる。その燃料源として石炭を期待していたけどきちんと出てくれてよかった。


 ただあとの問題もある。一応簡単な環境対策は行なっているけど石炭を燃やしたり製鉄を行なえば環境汚染が進むことになる。もちろんちょっと石炭を使ったからすぐ汚染されるということはない。製鉄も同じだ。


 現代の宗教と化している環境活動家とかが言うように一つでも石炭を燃やしたから即座に、はい環境破壊です、などという極端な話とは違う。


 そこまで極端に言うのは愚かな話ではあるけどだからって何もしなくて垂れ流して良いというものでもない。可能な限りは対策を取っておく必要がある。現代の環境基準を満たすほどの対策は出来ないとしても可能な限り対策しておかなければ……。


 ヘクセンナハトでの視察を全て終えた俺は来た時の街道とは別のディエルベ川方面へ出る街道を通って帰る。ディエルベ川に出て南下していくと工場地帯が見えてきた。ガラスや鏡の製造でも環境汚染や公害が発生するから可能な限りの対策は行なっている。とはいえ所詮素人の俺が考えた程度だから問題はたくさんあるだろうけど……。


 板ガラス工場を視察した後にガラスから鏡を作る工場へと移る。鏡が作られているのを見ているとどうしても作ってみたい『アレ』のことを考えてしまう。男なら誰もが『アレ』を悪用したいと考えたことがあるはずだ。そう!マジックミラーを!


 マジックミラーの理屈自体は簡単だ。普通の鏡なら反射させるものを一面に塗っている。だけどそれを小さな無数の穴あき状に加工するとマジックミラーが出来上がる。


 明るい方から見ると無数の穴が開いていても光が反射されて鏡として見える。しかし暗い方から見ると無数の小さな穴から向こうの景色が見えてしまうのだ。これを女風呂とか脱衣所とか更衣室とかに仕掛けて裏から見てみたいと思った男子はたくさんいるだろう。


 マジックミラーの原理自体はわかっているから頑張れば作れなくはないと思う。ただ作れたとしてどこに設置してどう利用するのかが問題だ。そもそもマジックミラーを仕掛けようと思ったら建物を作る段階から仕掛ける場所の裏にでも部屋を作っておかなければならない。夢はあるけど実際に利用する所は限られそうだ。


 最後にこの二つの工場から少々離れた所にあるもう一つの工場地帯へと向かう。そこは綿から糸を織っている工場だ。ついでに余った繊維からセルロースを作る工場もある。ここは火災になると大変だろうから注意が必要だ。そういった対策も確認してから俺は昨日と同じ船着場からカーンブルクの中心地へと走る街道を通ってカーン邸へと戻ったのだった。



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