第百七十六話「密談!」
フローラが出かけている間、客人達の接待を申し付かったカタリーナは皆を連れて町に繰り出していた。とはいえ実はカタリーナも長らくカーンブルクを離れている間にすっかり様変わりしているので案内しようにも知らない所が多い。
「え?!手押しポンプがこんなにあちこちに!?」
町を歩いているとクラウディアはまずあちこちにある井戸の全てに手押しポンプが設置されていることに驚いた。手押しポンプはクルーク商会が販売している最新の器具として有名だ。その手押しポンプが設置されている所と言えば有力な高位貴族の邸宅か地域にとってよほど重要な井戸などに王国や領主の援助を受けて設置されている場合しかない。
そこらの井戸全てに設置するなど費用がかかりすぎる上にそんな数を注文しても納品されるのにいつまでかかわるかわからない。そもそもそんな補助金を出すほど王国も領主達もお金が余っているわけもなく周辺住民が共同で使う重要な井戸などに点々と設置するのが精一杯だ。
それなのにこの町はどこもかしこも見える井戸全てに手押しポンプが設置してある。予算や費用の問題だけではなくよくぞそれだけの数を揃えられたということにも驚きを隠せない。
「手押しポンプはフローラ様の発明ですからね。カンザ商会を設立する前にクルーク商会の技術者達に作り方を教えて販売委託しているだけなのでフローラ様にとってはいくらでも製造可能なものです」
「えっ!そうなの!?」
ふふんっ、とばかりに無駄に誇らしげにカタリーナが答える。クラウディアは素直に驚いたしそれを知らなかった者達も全員驚いたがそれは別にカタリーナが誇らしげにすることではないだろうと心の中で突っ込みは忘れない。
「町の規模や人口こそまだ少ないですけど町並は素晴らしいですわね……」
アレクサンドラとガブリエラはうっとりしながら町を眺める。確かに煉瓦造りの高層建築物などはほとんどないが建物はどれも凝った物が多く、低層の木造が多いからなどと馬鹿には出来ない。建物の造りや装飾などどれもまるで芸術品のように素晴らしく通りを歩きながら建物を見ているだけでも美術館を歩いているかのようだ。
「置いてる物もわけのわからない物が多いわね。それにお店の商品も王都じゃ見たこともない物も多いわ」
ミコトの言葉に全員が頷く。確かに見たこともない商品が多い。
「ヘルムート様、あれは何ですか?」
「あぁ、あれは……」
そしてこちらが女ばかりで観光しているというのに二人だけ桃色空間を作っているバカップルが存在していた。
「へぇ!そうなんですか。ところでヘルムート様のご実家はどの辺りでしょうか?」
「私の実家のロイス家は本来カーザース家に仕える家柄です。ですので家はカーザーン……、ここへ来る前に通り抜けた城塞都市の方にあります」
女性陣を案内しながらカタリーナはヘルムートとクリスティアーネのやりとりを盗み聞きしていた。そしてクリスティアーネの言葉からピンとその真意を感じ取った。さりげなく実家のことを聞き出したクリスティアーネの狙いは両親への挨拶に違いない。ならばカタリーナが取るべき道は一つ。クリスティアーネを支援して両親にヘルムートの婚約者として紹介してしまうことだ。
フローラにつく悪い虫は全て排除する。それは例え実の兄であろうとも例外ではない。兄が有能なことは理解している。フローラがその能力を必要としていることも……。
だからこそ実力で無理やり排除することは出来ない。しかしフローラに手を出させないようにはしておかなければならない。ならば答えは自ずと出て来る。ヘルムートにはフローラの執事をさせたままさっさと結婚させてしまう。そうすればフローラに下手に手を出すようなことはしないだろう。
「…………」
「……」
クリスティアーネとカタリーナはお互いにアイコンタクトで利害の一致を悟った。ヘルムートの外堀を埋めてしまうのにカタリーナほど心強い味方はいない。カタリーナがヘルムートの家族の問題を片付けるのに支援してくれるだけでもミッションの難易度は圧倒的に変わる。二人はただ目と目でわかりあって頷き合った。
「カーザーンの観光もしたいけど無理かな?」
「今日はやめておきましょう。また後日ご案内します。……まぁルイーザは案内などしなくとも大丈夫でしょうけど……」
ルイーザの申し出をやんわり断る。今日観光に出ているのも本来ならば予定外の行動だ。旅の疲れもあるだろうしあまり長時間ウロウロするものでもない。
カーザーン出身のルイーザやガブリエラ・アレクサンドラ親娘がカーザーンに行きたがることは想定内だ。しかし今日は我慢してもらってまた後日に出かけるように説得する。もちろんその時はヘルムートとクリスティアーネもカーザーンへ行くことになるだろう。その段取りもあるために今日無理に行くのは避けたいのだ。
しかしそんなカタリーナやクリスティアーネの策略など気付くことなく全員納得して今日は無理にカーザーンまで行かないことになり、カーンブルク観光だけで一日を潰してカーン邸へと戻ったのだった。
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おいしいフローラの手料理の数々を食べた面々は非常に満足していた。フローラが次々に新しいものを開発していることは知っていた者もいたがまさかあんなに次々知らない料理が出て来るとは思ってもみなかった。
味噌、味噌汁、マヨネーズ、チーズ、ピザ、フレンチトースト、ほとんどの者はほとんどの物を食べたこともなかった。味噌やお米を齎したミコトは当然味噌やお米は知っていた。牧場で働いているルイーザもチーズそのものは知っていた。しかしその調理方法や食べ方がまた思いもよらない新しいものだ。
味噌を生の野菜に塗って食べるだけという単純でありながらあんなおいしい食べ方があったなどミコトは知らなかった。いつもそのまま齧っていたチーズにあんな食べ方があったなどルイーザも知らなかった。同じ食材、同じ料理でもフローラが手を加えるとまるで別の食べ物のように変化してしまう。
ただ一つ……、白米というものだけは皆に評判が悪かった。あれをバクバク食べられるのはフローラとミコトだけだ。あれのどこがおいしいのかやどうやったらおいしく食べられるのかなどという質問をミコトにぶつけるがミコトも明確に答えられるような答えは持っていなかった。改めて聞かれたらただ何となく食べている……、という風にしか答えようがない。
そして極め付きはお風呂だ。王都のカーザース邸にもお風呂はあったがその比ではない。広い浴槽、豪華な内装、充実した設備、超巨大な姿見、カーザース邸のお風呂がまだ仮設だったこともありカーン邸のお風呂の設備と機能の充実ぶりが際立っている。
「は~……、いいお湯だったわ」
ボフッ!とベッドに腰掛けるミコトを注意する者はいない。ここにはカタリーナ、ルイーザ、クラウディア、アレクサンドラ、ミコトの五人しかいない。これからここでこの五人による密談が行なわれるのだ。
「それで僕達を集めて何の用なんだい?カタリーナ」
クラウディアが切り出した言葉で全員の視線がカタリーナに集まる。少しだけ間を置いてからカタリーナが口を開いた。
「はい……。この長期休暇でカーン領に帰っている間に私達五人でフローラ様に色々仕掛けてみてはどうかと思って集まっていただきました」
「フローラに仕掛ける?」
カタリーナの言葉にミコトが首を傾げる。何となくカタリーナの言わんとしていることがわかる者も、わからない者も、皆がカタリーナの言葉の続きを待っている。
「はっきり申し上げますとフローラ様は『待ち』一辺倒です。もっと具体的に言うならば『へたれ』です。フローラ様から襲い掛かってきてくださるのを待っていては私達がお婆ちゃんになっても来られないでしょう。ですからこちらから仕掛けるのです」
「ちょっ!それは前の約束と違うんじゃないかな?」
ルイーザが口を挟むがカタリーナは止まらない。
「良いのですか?フローラ様から私達を選んでくれるのを待っていては永遠に決着はつきませんよ?それまでただ選ばれるのを信じて待ち続けるのですか?私は何も抜け駆けしてフローラ様を押し倒しその操を奪い合おうと言っているのではありません。お互いに納得出来る決まりを設けて平等、公平、対等にフローラ様に迫ろうと提案しているだけです」
「「「「う~~~ん…………」」」」
カタリーナの言葉は恐らく正しい。このままフローラからこの五人の誰を一番に選ぶか待っていては一生決着はつかないだろう。それならばカタリーナが言うように全員が納得出来る方法を決めてこちらからフローラに迫った方が早い。というよりそれ以外に解決方法はない。
ただ問題なのはこちらからフローラを襲うとして全員が納得出来る方法などあるのかということだ。フローラの性格からすれば一番最初に襲い掛かればそのままなし崩しでフローラの初めてを奪うことが出来るだろう。そしてそれは全員が望んでいる。自分こそがフローラの初めてを奪って一番になってやろうと思っている。
そんな五人の意見が纏まるはずもない。むしろだからこそ『それならば恨みっこなしでフローラに選ばせよう』と決まったのだ。自分達の方から迫って無理やり奪って良いのならば前回の決まりなど決める必要はなかった。
「それなのですが……、どうせもう皆さんこの五人全員がフローラ様と結ばれるのはわかっていますよね?それも許容していますよね?問題なのはただ『この五人の嫁の中で誰がフローラ様にとって一番なのか』をはっきりさせたいだけですよね?」
「「「「…………」」」」
カタリーナの鋭い言葉に全員がお互いに顔を見合わせる。
そうだ。どうせもうフローラはこの五人全員と結ばれることになるだろう。少なくともこの五人はもうそう思っている。それを認めていないのはフローラだけだ。そもそも高位貴族ならば一夫多妻も重婚も当たり前のこの国で、それも異端の同性愛で今更相手が一人でないと駄目だの何だのという理由もない。五人全員と結ばれれば全てが丸く収まる。
ただし……、ただし五人全員がフローラの嫁になることは許せるとしてもその中でも誰が一番なのか。もっと言えば自分が一番であると言って欲しいと誰もが思っている。だからその順番だけははっきりさせようというのが『フローラに一番に襲われるのは誰か』『フローラの方から襲ってくるまでこちらから力ずくで迫るのは禁止』という取り決めなのだ。
「ですからそれをはっきりさせるために五人全員で同時にフローラ様に迫りましょうよ。その中で誰に一番最初に手をつけるかで良いではないですか。ついでにそれならフローラ様の初めても全員で同時に奪えることになります。フローラ様の初めてはこちら全員で奪える。そして私達五人の順位も同時につけてもらえる。こんな良い案が他にありますか?」
確かにこれまでの考え方では0か100かのような両極端しかなかった。フローラに選ばれて一番最初の夜伽の相手を務められるか、もしくは他の者が選ばれて自分は外れるか、その二つしかなかった。
しかしカタリーナが言うように五人で同時に迫り六人で初体験をすれば自分達五人全員でフローラの初めてを奪える。それなら外れたら何もない0か100かよりも、一人で楽しむよりは周りに邪魔者もいる代わりに自分が外れてゼロになるよりは参加出来るだけまだ良い。
そしてその時にフローラに手をつけられた順を順位としておけば自分達の序列も決まる。必ずしも手を出した順が好きな順とは限らないが当日にそういう風に誘導することも可能かもしれない。
このまま何もせずフローラが動いてくるのを待っているだけでは埒が明かない。それならばカタリーナの言葉に乗って全員で攻めてみてはどうだろうかというのも頷ける。
「私はそれでもいいわよ」
「私も……」
「僕としてはそれはむしろうれしいことばかりだね!」
「私としてはそのような行為は少々はしたないとは思いますが……、他の方が参加される中で私だけ不参加というわけにはまいりませんわ」
四人の合意を取り付けたカタリーナはやや俯いてニヤリと口の端を持ち上げた。
「それでは全員合意ということでよろしいですね。では長期休暇の間にいつどうやってフローラ様を襲うか話し合いましょう」
「「「「うふふふ」」」」
五人は悪巧みの詳細を詰めるべくさらなる話し合いを続けたのだった。
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「へっくちっ!」
久しぶりの自室で寛いでいたフローラはくしゃみが出ると同時に悪寒を覚えてブルリと身を震わせた。
「あれ?風邪かな?……それとも美少女が俺の噂話でもしてるのかな?なんてね!ふふっ」