第百七十五話「久しぶりに料理!」
茶畑で予定外の会議が入ったから予定よりも遅くなったけど夕食には余裕で間に合う時間に帰って来た。帰って来た……、はずなのに……。
「夕食が……、ない……?」
「申し訳ありません!」
カーン邸のメイドが頭を下げる。カタリーナは皆を連れて町に出て、イザベラは俺に同行させていた。その上ヘルムートまでカタリーナ達と町だ。カーン邸の家人達に指示を出す者も居らず俺も何の指示もせずに出て行ったから家人達が夕食の準備をしていなかった。
そりゃどういう食事を用意しておけと指示しなかったのも悪いのかもしれないけど普通何も用意してないとかあるかね?王都のカーザース邸ではいちいちそんな指示をしなくても自動的に食事の用意がされていたからこんなことになるなんて思ってもみなかった。
まぁそれはそうか……。毎日同じようなパターンで日々が過ごされていればいちいち全ての指示をこちらがしなくても慣れた家人達が勝手にやってくれるようになる。それに比べて今日戻ってきたばかりのカーン邸では家人達も俺達の行動パターンがわからずにどうして良いかわからなかったんだろう。それなのに指示出来る人間も誰一人いなくなったものだから結果的にこうなってしまったと……。
夕食の準備をしておけとも言わずに出て行ったから外で食ってくると思ってしまったのかもしれない。それに長らくカーン邸で食事を摂っていなかった。カーン邸には俺達のための料理人もいない。メイドや執事達が勝手に作るわけにもいかず、料理人を連れてくるようにとの指示もなかったからそのままになってしまったのもやむを得ない。
「はぁ……、わかりました。私と客人達の分は今から私が用意します」
「フロト様にそのようなことをさせるわけには……」
「まぁまぁ、良いではないですか。たまにはそういうこともあります」
食い下がってくるメイドを下がらせて俺は厨房に入った。俺は久しぶりにカーン領に戻ってきたんだから和食もどきを食べたい。ということでまずはお米を炊こう。ミコトもご飯で良いのかな?まぁどっちみち俺のお茶碗一杯分だけなんて炊けないんだから少し多めに炊いておこうか。他の皆も興味を持って食べてみたいというかもしれないからな。
ご飯には味噌汁だろ!ということで味噌汁も作っておく。具材は適当に野菜を切って……、わかめも入れよう。港を手に入れたお陰で海産物も手に入るようになったお陰でこういう時は助かる。
それにしても俺達がいなかったのにこういう食材は誰が使ってたんだろうか?当然俺が学園に出て行く前に買ってあったものじゃない。誰かが買って置いてあったまだ新しい食材だ。野菜なら誰でも使うだろうけどわかめなんて誰がどうやって使ってたのか気になる所だ。
今度他の者達の食材の利用方法や調理法を聞いてみるのも良いかもしれない。俺だと日本で使われていたような方法しか思いつかない、というか真似しているだけだけどこちらの世界で独自に誰かが何らかの利用方法を思い付いて調理していたら新しい料理として発展しているかもしれない。
それから日本で言うところのフランスパンのようなものを取り出す。水分が少なくて硬いけどその分長持ちするパンだ。斜めに切ったパンの上にチーズと色々なトッピングを乗せて焼く。特製ピザ風トッピングパンの出来上がりと。
同じく切ったパンに溶いた卵に牛乳と砂糖を加えて混ぜたものに漬す。バターをひいたフライパンで焼けば……、フレンチトーストの出来上がり。
ピザもどきの具材にもしたソーセージも焼こう。ソーセージは地球でもかなり昔から存在していた。この世界でもソーセージっぽいものはあった。だけどあくまでソーセージは保存食、携行食であっておいしい食べ物じゃない。いや、はっきり言えばこの世界にあったソーセージっぽいものに関してはまずかった。
そこで俺が少々の改良を加えた現代地球のソーセージっぽいものを作っている。ただそれでも香辛料が貴重なために味としてはやっぱり日本のソーセージに比べて味は落ちる。香辛料が貴重だから基本的には挽肉に塩を混ぜただけのものだ。一部だけ俺の嗜好品として塩と胡椒を混ぜたものも作っている。
今日はお客さんもいることだし香辛料入りのソーセージを大盤振る舞いだ。焼く時にも塩胡椒をふって味を調える。日本なら当たり前のこれだけのことでもこの世界では非常に贅沢なことだ。
さすがにパンと肉だけだと栄養が偏る。野菜を切ってスティック状にしよう。これにつける調味料が必要だ。ということで俺はついに例のものを作り出す。卵、油、酢、塩、胡椒……。これらを混ぜ合わせる……、そう!皆大好きマヨネーズ!
今までは何だかんだと作ってこなかった。何より胡椒が貴重だから……。だけど今日は作る!何故こんなにバカバカと胡椒を使っているかと言えば王都で大量に仕入れてきたからだ。元々カーザース領では胡椒はほとんど手に入らなかった。だから胡椒を大量に使うのは憚られていたけど今回は違う。大金を叩いて王都で大量の胡椒を買ってきたからこそこんな贅沢が出来るようになったというわけだ。
野菜スティックにマヨネーズと味噌の二皿を用意する。ミコト以外は味噌は慣れてないから好まないかもしれない。それにマヨネーズも初体験だからどんな反応になるだろうか。味噌はウケないような気がするから味噌は俺とミコト用かなぁ……。
とりあえず今日はこんなもんでいいかな?少々物足りなくはあるけどそんなに大量に食べないだろう。ほとんど女の子ばっかりだし……。
そう考えたらすごい状況だな……。父以外女性ばっかりの食卓になるんじゃないか?ヘルムート達家人は同じ食卓で食事をしないからな。
まぁいいか。ピザもどきとフレンチトーストがいっぱいあるからお腹は膨れるだろう。ソーセージもあるしね。今日は時間も遅くて準備もしてなかったし一先ずこれで良いだろう。そう思って俺は料理を食堂に運ばせて皆を呼びに行かせたのだった。
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皆が座る食堂は微妙な空気に包まれていた。その原因はチーズだ。チーズの独特な臭いが食べたことのない者達に襲い掛かる。チーズも食べてみれば割りとおいしい。苦手な人もいるだろうけど俺が改良させたチーズはそんなに独特な臭いも味もしない。俺もそんなにチーズが大好きというほどじゃないからな。そんな俺でも食べられるように出来ている。
だけどそんなチーズですら食べたことがない者にとっては強烈な臭いに感じられるんだろう。出されたピザもどきの臭いに微妙そうな顔をしていた。
逆に食べたことがある者からすればどうということもないようだ。父や母は前のパーティーでピザも食べたことがあるし今日のこのピザもどきも平気だろう。そういう意味ではカタリーナやヘルムートも大丈夫だと思われる。
「それではいただこうか」
「う~ん!相変わらずフローラちゃんの料理はおいしいわぁ」
父と母が料理に手をつけたのを見て皆はお互いに顔を見合わせていた。そんな中で一番に手をつけたのはルイーザだった。
「私は牧場でチーズ作りもしているからね。そんなに好きではないんだけど……」
なるほど。そういえば少量とはいえ王都の牧場でもチーズも作っていたな。出来の確認をしたりもするだろうからルイーザが牧場で食べたことがあっても不思議じゃない。
「んっ!」
「だっ、大丈夫?出す?」
一口齧りついたルイーザに向かってクラウディアが皿を差し出す。どういう意味だよそれは……。
「ん~!おいしい!チーズってこんなにおいしかったんだね!」
「へ?」
それからおいしそうにバクバクとピザもどきを食べるルイーザを皆がキョトンとした顔で見ている。失礼な奴らだな。そんなまずい物は出さないぞ。おいしいとも言い切れないけどな。
「それじゃ私も……」
皆がおずおずと食べ始める。最初は恐々口に運んでいたけど一口食べたらあとは簡単だった。皆であっという間にピザもどきを食べていく。
「ピザばかりじゃなくて他のものも食べてくださいね」
「ってちょっとフローラ!それご飯と味噌汁じゃないの!?この野菜についているのも味噌?これはどうやって食べるのよ!?」
えぇ……?野菜にそのまま味噌を塗って食べるくらいは味噌を作っている魔族の国なら普通にしてるんじゃないのか?こんな食べ方したことがないのか?
「このように野菜スティックで直接掬って食べるだけですよ?」
俺は見本に野菜スティックを手にとって味噌を掬って口に運んだ。やっぱりきゅうりには味噌だな!ちなみにこのきゅうりもプロイス王国では普及していない。俺がクルーク商会に仕入れてもらった商品の一つでプロイス王国でもほぼカーン領でしか栽培されていないだろう。
だけどだからってこの周辺になかったものかと言えばそうでもない。お隣フラシア王国ではもっと昔に伝播して栽培されているらしい。料理長のダミアンなどはきゅうりのことを知っていたからフラシア王国では割とポピュラーな野菜なのかもしれない。
「私にもご飯とお味噌汁ちょうだい!」
「もしかしたらミコトもそういうかもしれないと思って用意はしてありますよ……」
メイドに合図してミコトの分も持ってきてもらう。うちの両親は和食風のものはあまり好まないけどミコトなら大丈夫だろう。
「僕もちょっと食べてみたいな!」
「あまり口に合わない方もおられますから試しに少量だけ持ってこさせましょう。他にも味見してみたい方はおられますか?」
そう聞くと皆が興味ありそうにしていたから一応客人達分を用意してもらった。もちろん小さい小皿に少量だ。いきなり大量に出してもうちの両親のように口に合わない可能性が高い。ケチ臭いと言われようともそんなにたくさん米や味噌があるわけじゃないから無駄には出来ない。
そして予想通りの結末だった。ミコト以外の皆には予想通り白米は口に合わなかった。特に不評な理由が味がないのにねちゃねちゃしている所のようだ。ミコトだけはお米も味噌汁もおいしいと言ってくれた。ちなみに皆も味噌汁はそんなに抵抗がなかった。独特の風味と塩気がある野菜スープだと思えば味噌汁にはそんなに抵抗はないのかもしれない。
「このマヨネーズっていうの?すごくおいしいね!」
「口に合ったのならよかったです」
ルイーザは元々貧民育ちだからか何でも率先して食べる。まずは食べてみようという意識が強いんだろう。それを見て皆が後に続くという感じだ。
「本当!このマヨネーズってとってもおいしいわぁ。フローラちゃん?どうして今までこれを用意してくれなかったのかしら?」
「お母様…………。マヨネーズには油やお酢、それから胡椒まで使われています。費用が高くつくのはもちろんそうおいそれと手に入れられなかったのです……」
コスト度外視でも胡椒の入手は中々難しい。ないわけではないけどいつでも好きな量を手に入れられるというものでもない。俺だって養鶏を始めてから卵が手に入るようになったから作りたかった。だけどそう簡単に作れるものじゃないから諦めていたほどだ。
「え!胡椒!?同量の黄金と等価だっていうあの胡椒!?」
ルイーザがオーバーに驚いている。まぁその胡椒だけど……。この前思わぬお小遣いが入ってきたからちょっと色々と王都で仕入れてきた。胡椒もちょっと贅沢に使えるくらいには買ってきたから今だけの大盤振る舞いというわけだ。
ピザもどきやフレンチトーストが大評判だったのは俺の予想通りでもあった。これらは元々皆にウケやすいだろうなと思っていたから何の驚きもない。マヨネーズも初めて出したけどこれが嫌いだという人もあまりいないだろうなとは思っていた。地球でもマヨネーズが好きという人は多い。もちろん嫌いという人もいるだろうけど少数派だと思う。
俺が意外だったのは味噌だ。野菜スティックに味噌をつけて食べるのが思いのほか人気だった。もっと味噌に好き嫌いがあるかと思ったけどここにいる皆は平気なようだ。同じく味噌汁も平気だったから味噌は案外ここでは受け入れられるのかもしれない。
白米の良さは相変わらず伝わらない。白米を食べているのは俺とミコトだけで他に喜んで食べている人はいなかった。こればっかりは育った環境の問題だろうか。子供の時から食べていないと白米を食べたいとは思わないのかもしれない。
パエリアとかピラフみたいにすればまだ皆も食べやすいだろうか。今度そういうものに挑戦してみるのも良いかもしれない。あるいはサラダとしてライスをふりかけておくとかならどうだろう。日本のように炊くというのをやめて別の調理法ならば食べやすくなるかもしれない。まぁそこまでして食べさせようとも思わないけど……。
夕食がないということで突然始めた料理だったけど白米以外は好評のうちに食事は幕を閉じたのだった。